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 ―――終わった。

 今日の業務が。

 全てを片付けたわけじゃない。

「キリル様・・・・・・今、なんと仰いましたか?」

「キミにはここに居て欲しい」

 終わった。
 今日のスケジュールはもう崩壊してしまった。

「どうしたんだ? 具合でも悪いのかい?」

 キリル様は私の身体を心配して立ち上がってくださり、近寄って来た。

「大丈夫です」

(メイド長への道が遠のいただけ・・・・・・たったそれだけ)

「でも、涙目じゃないか」

「いえ、目にゴミが入っただけです」

 私が気持ちを変えて強がると、少し心配した顔をしていたキリル様でしたけれど、理解してくれた様子で私を席へと案内してくれた。

「あぁ、座って」

「ですが、ここはお客様用の席ですよ。メイドの私が座って塵でも付いたら困ります」

「ボクの大切なお客様はメリッサ、キミだよ」

 今日は心臓が止まりそうなことが何度もあって、大抵のことでは驚かない気でいたつもりだし、キリル様のお兄様のアーノルド様と同じような意味の言葉だから大丈夫に違いないはずなのに、私の心臓は、キリル様の細めた色っぽい瞳を見て、今日一番の鼓動を打って止まりそうになった。

「ボクの立場がキミに嫌な思いをさせてしまうかもしれないが、ボクは可能な限りキミを傷つける物を排除し、それ以上の幸せをキミに提供したいと思う。だから、一緒に幸せになってくれないか?」

 キリル様は私に近づき、ポケットから光る物を取り出した。それはすぐに指輪だと分かり、大きく綺麗なダイヤモンドは一切の不純物が無くとても綺麗に輝いていた。

「メリッサ、キミのことを愛している。結婚しよう」

 そして、その指輪の凄いところはそれだけじゃない。
 リング部分もキラキラ輝いていて、どうやら宝石が散りばめられているようだ。
 そんな小さな宝石をちりばめる技術はこの国でも一番優れた職人のジョセフしかできないだろう。

 そんな風に頭を働かせていると、鼓動は少し収まってきた。けれど、自分の状況はおざなりになっていたようで、いつの間にか、私の左手はキリル様に大切に持ち上げられていて、指輪が私の薬指に触れそうになっていた。

「・・・っ!」

 私は急いで、左手を引いた。
 アーノルド様とは違い、品行方正で、彼の行うことは間違いがないキリル様を拒むようなことは今までもしてこなかったし、これからもする気は全くなかった。けれど、今回ばかりはキリル様の行動は、私の気持ちを含めた99%以上合っているのに、とても大事な情報が一つ、たった一つだけ抜けていて、私はキリル様を拒んでしまった。

 今までの心臓にかかった負荷が赤色の爆発みたいな突発的なものだとしたら、今度の心臓への負荷は青色のジワジワ締め付けられるようなもので、心が寒かった。
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