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「ひどいです、キリル様・・・こんなのって酷すぎじゃないですか」

 私は震えた。
 こんな気持ちは初めてだ。

「ごめん、本当にキミには悪いと思っている。でも、これくらいのことなら平気だろ?」

 キリル様は少し珍しくいじわるな顔で笑っていらっしゃて、私を誘っているような気がする。
 それが私の心に火を灯す。

「平気でなんていられませんよ! あっ、すいません・・・つい・・・・・・汚すぎて、もう・・・・・・」

 我慢できない。
 こんなの私に耐えられるはずがないじゃない。

「いいのかい? まだ、準備ができてないようだけれど・・・・・・」

「もちろんです! 掃除させてください!!」

 私は腕を捲り上げた。

 キリル様に連れて来られた目的地は森に囲まれた屋敷だった。中に入ると、床から手すりから何までホコリまみれで、メイド魂に火がつかずにはいられなかった。

「掃除道具は・・・・・・」

「大丈夫ですっ、自分で探してやりますので、キリル様はおやすみください」

 違う違う、そうじゃない。

「あっ、すいません。まずはおやすみになる部屋を教えてください。そこから始めないと、ああやっぱり、お手を煩わしてしまうのですが、掃除道具の場所を教えてください」

「よし、やろうか」

 キリル様は荷物を置いて、私と同じように腕捲りをして、首元のボタンを外した。細くても私と違って男らしい筋肉質な腕と胸元がチラつくと少しドキドキしてしまい、目を逸らして、掃除する算段をするフリをして当たりを見渡して誤魔化した。

「だめです。これは・・・メイドの役目です」

「あぁ、でも、今のキミはボクのメイドじゃない。一緒に暮らす女性だ」

(それって、夫婦・・・・・・)

 キリル様が変な言い方をされたので、変なことを考えてしまった。どういう意図なのかと、キリル様の顔を伺うと、その凛々しい瞳にドキッとしてしまう。

「あぁ、もちろん。落ち着いたら、雇用条件や賃金について話そう。もちろん迷惑料も払わせて貰うよ」

「迷惑料?」

「ああ、そうだよ。王家のゴタゴタ・・・ボクの計画の被害者だからね」

「いいえ、大丈夫です」

「大丈夫って・・・メリッサ」

「えーっと、鈍感のせいか分かりませんが、今の状況に困っておりません」

 私がそう伝えると、キリル様がは目を丸くして、

「やっぱりキミは凄いや」

 と言って笑った。

「じゃあ、メリッサにお願いしようと思っていたことがあるんだけど、いいかな?」

 私は失礼ながらキリル様のお話の途中から、ピシッと右腕を上げていた。

「・・・何かな、メリッサ」

「その前に、そろそろ掃除をさせてください」

 そう言うと、キリル様は笑いながら「そうだったね、ごめん」と言って掃除用具の場所を案内してくれた。
 それから、とりあえず食堂とキリル様の部屋だけお掃除するだけで一日が終わった。
 キリル様には鈍感だと伝えたけれど、鈍感な私でも今日は、激動の1日だった。

 でも、いつも通り掃除をしていたら私の中にあったわずかばかりのモヤも消えていった。
 だから、布団に入った時に、私はどこに行っても私で、私の天職はメイドなんだと理解して、ぐっすり眠った。

 そう・・・・・・夢を見忘れるくらいに。
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