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早漏爺
相席の男より
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「以上が、話です」
相席の男はそう言って話を締め括った。
男は白髪混じりの頭髪を短く刈りそろえ、落ち着いた灰色の服を着ている。目立つ要素の無い、何処にでもいるような初老の男だ。
「ありがとうございます」
それは単なる偶然だった。
たまたま電車内で相席となった男。話し好きだという彼に私の仕事、『異常姦見聞録』を話した所、ぴったりのネタを紹介してくれた。
「どうですか。今の話。使えそうですか?」
「えぇ、ピッタリですよ。丁度、手持ちのネタも尽きていた所、助かりました。幾つか質問してもよろしいですか?」
「どうぞ、私が知っている事なら」
男はしたり顔で言う。
さて、何を聞こう。
次の駅までまだ時間はある。だが話がどれ程長いか分からないので先に重要な事を聞いておくべきだろう。
「ではさっそく……。犯人といいますか。亡霊の正体というのは分かっているのでしょうか?」
「あー気になりますよね。私もです。こればかりはぱっとした話も無くてですね……いやぁすみませんね、さっそく分からない事で」
そう言って男は申し訳そうに頭を掻いた。
「確か亡霊の格好については詳しく分かっていましたよね」
「えぇ。ずばりホームレス風といった感じですね。ですがそれが逆に難しいんですよ。ホームレスの人身事故なんて昔はそれなりにありましたからね」
「そういうものですか」
男が分からないと断言する以上、亡霊の正体に迫るような手掛かりは無いのだろう。諦めて次の質問に移ろう。
「所で、その車両というのはこの辺りのものなのでしょうか?」
「ほぅ、それはどうしてそうお思いに?」
「私は職業柄、こういった怪綺談は集めているつもりですが、今の話は初めて聞きました。なのでこの土地特有の話かなと思いました」
電車に纏わる怪談であれば似た話がない事は無いが、女性をレイプする霊など、その時点でまず聞かない話しだ。
「そうですね……ふふっ。私はずっとこれを利用してますから、分かるんですが……」
もったいぶるように少し間を空けて男はニヤリと笑った。
「この車両が、正にその車両ですよ」
「え?!」
確か話の内容では車両に乗った女性はそれだけで襲われる可能性がある。
私はちらりと車両内を見回した。
見える範囲に女性の利用者は一人もいない。
「気づきましたか。この車両に女は乗っていませんよ。こんな田舎のローカル線に女性専用車があるのは不自然に思いませんか?」
「そう言えば……」
今は夕方。帰宅時間と重なっているが席に空きがある程余裕がある。
「誘導ですよ。地元民なら噂を聞いて勝手に避けるのですが、たまに知らない子が居ますからね。なるべく自然に誘導できるようにという処置でしょう」
男はさらりとそう言った。私は素直に驚いていた。
男の語る内容もだが、その口ぶりにだ。ただの地方の怪綺談だと軽い気持ちで聞いていたが、男の話はいやに生々しく臨場感があった。
よく出来た陰謀論を聞かされたかのような現実味だ。
「それ程まで……対策が必要な程の被害が出たのですか?」
「さぁ、私も色々と聞いたのですが、亡霊がどれ程深刻視されていたかは定かでは無いですね。終わってみれば証拠は残りませんし……ふふっ。次の段階まではタイムラグがありますからね。それに、女性専用車の話も実は分からないんですよ。世間の流れでたまたまそうなっただけかもしれません。あくまで噂ですので」
男は対策の方を噂と言った。やはり男にとって車両に出る亡霊は噂ではなく、真実という事なのだろう。
「あ、でも次に乗る方は気の毒かもしれませんね」
「と、言いますと?」
男は意味深に笑っている。
普段私が職業を聞かれても、ライターと答えることはあれども『The tinker』の名前を出す事は無い。ホラー&エロティックを堂々と掲げている以上、身知らずの人間に世間話で出せる内容では無いという判断は当然だ。
私が『The tinker』の事を話したのは、この相席の男がそういった下世話を好むような人物だと判断したからだ。
そして、この男は『The tinker』に相応しい怪綺談を披露し、それに相応しい今も下賤な笑みを浮かべている。
「もう随分と溜まっているはずですから。……ふふっ」
相席の男はそう言って話を締め括った。
男は白髪混じりの頭髪を短く刈りそろえ、落ち着いた灰色の服を着ている。目立つ要素の無い、何処にでもいるような初老の男だ。
「ありがとうございます」
それは単なる偶然だった。
たまたま電車内で相席となった男。話し好きだという彼に私の仕事、『異常姦見聞録』を話した所、ぴったりのネタを紹介してくれた。
「どうですか。今の話。使えそうですか?」
「えぇ、ピッタリですよ。丁度、手持ちのネタも尽きていた所、助かりました。幾つか質問してもよろしいですか?」
「どうぞ、私が知っている事なら」
男はしたり顔で言う。
さて、何を聞こう。
次の駅までまだ時間はある。だが話がどれ程長いか分からないので先に重要な事を聞いておくべきだろう。
「ではさっそく……。犯人といいますか。亡霊の正体というのは分かっているのでしょうか?」
「あー気になりますよね。私もです。こればかりはぱっとした話も無くてですね……いやぁすみませんね、さっそく分からない事で」
そう言って男は申し訳そうに頭を掻いた。
「確か亡霊の格好については詳しく分かっていましたよね」
「えぇ。ずばりホームレス風といった感じですね。ですがそれが逆に難しいんですよ。ホームレスの人身事故なんて昔はそれなりにありましたからね」
「そういうものですか」
男が分からないと断言する以上、亡霊の正体に迫るような手掛かりは無いのだろう。諦めて次の質問に移ろう。
「所で、その車両というのはこの辺りのものなのでしょうか?」
「ほぅ、それはどうしてそうお思いに?」
「私は職業柄、こういった怪綺談は集めているつもりですが、今の話は初めて聞きました。なのでこの土地特有の話かなと思いました」
電車に纏わる怪談であれば似た話がない事は無いが、女性をレイプする霊など、その時点でまず聞かない話しだ。
「そうですね……ふふっ。私はずっとこれを利用してますから、分かるんですが……」
もったいぶるように少し間を空けて男はニヤリと笑った。
「この車両が、正にその車両ですよ」
「え?!」
確か話の内容では車両に乗った女性はそれだけで襲われる可能性がある。
私はちらりと車両内を見回した。
見える範囲に女性の利用者は一人もいない。
「気づきましたか。この車両に女は乗っていませんよ。こんな田舎のローカル線に女性専用車があるのは不自然に思いませんか?」
「そう言えば……」
今は夕方。帰宅時間と重なっているが席に空きがある程余裕がある。
「誘導ですよ。地元民なら噂を聞いて勝手に避けるのですが、たまに知らない子が居ますからね。なるべく自然に誘導できるようにという処置でしょう」
男はさらりとそう言った。私は素直に驚いていた。
男の語る内容もだが、その口ぶりにだ。ただの地方の怪綺談だと軽い気持ちで聞いていたが、男の話はいやに生々しく臨場感があった。
よく出来た陰謀論を聞かされたかのような現実味だ。
「それ程まで……対策が必要な程の被害が出たのですか?」
「さぁ、私も色々と聞いたのですが、亡霊がどれ程深刻視されていたかは定かでは無いですね。終わってみれば証拠は残りませんし……ふふっ。次の段階まではタイムラグがありますからね。それに、女性専用車の話も実は分からないんですよ。世間の流れでたまたまそうなっただけかもしれません。あくまで噂ですので」
男は対策の方を噂と言った。やはり男にとって車両に出る亡霊は噂ではなく、真実という事なのだろう。
「あ、でも次に乗る方は気の毒かもしれませんね」
「と、言いますと?」
男は意味深に笑っている。
普段私が職業を聞かれても、ライターと答えることはあれども『The tinker』の名前を出す事は無い。ホラー&エロティックを堂々と掲げている以上、身知らずの人間に世間話で出せる内容では無いという判断は当然だ。
私が『The tinker』の事を話したのは、この相席の男がそういった下世話を好むような人物だと判断したからだ。
そして、この男は『The tinker』に相応しい怪綺談を披露し、それに相応しい今も下賤な笑みを浮かべている。
「もう随分と溜まっているはずですから。……ふふっ」
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