異常姦見聞録

黄金稚魚

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天使

死後に纏わる雑談

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「眞鍋ってさ」

 オフィス。
 連続するキーボードを叩く音が絶え間なく続いている。

「痩せた? 年明けぐらいからか、なんかげっそりしてるわよ」

 キーボードを叩く音が止まる。


「は? 突然なん……」

 隣のディスク。桑村による突拍子のない言葉によって私の作業は中断された。

 桑村は両腕を組んで座っている。耳には白いイヤホンが刺さっている。
 外された片方のイヤホンからは女の喘ぎ声漏れていた。

 あんあんと、わざとらしい嬌声。ここまで聞こえるということはかなりの音量だ。

 この女、真っ昼間からAV鑑賞してやがる。


「何やってんだお前」

「何って? 資料に目通してるだけよ」

 桑村はパソコンのディスプレイを私の方へ向けた。
 暗い画面に裸の女が映る。その四肢には赤いチューブが絡まっている。
 
「なんだこれ」

「触手モノの新作よ」

 したり顔で桑村は言う。
 チューブのように見えたものは触手らしい。
 女の手足に巻きついた触手。表面には血管のよくなものが浮き出ている。細く纏わりつくもの、後ろで蠢く太い触手の塊、複雑に枝分かれしたもの。
 バリエーション豊富な触手が女を貪っている。


「観て見なさいよこれ。おっぱいに張り付いてるやつとか凄いでしょ。先っちょから出てるぬめぬめとかクオリティ高いわぁ。これ全部人の手で動かしてるのよ。まさに古き良き特撮技術の結晶、今じゃ怪獣映画だってこんな事やらないわよ」

「お前AVの感想言いたいだけだろ」

 早口で捲し立てる桑村。資料だかなんだか知らないがこれを仕事と言い張るのは腹立たしい限りだ。

「あーつかれた、ちょっと休憩」

 動画を一時停止で止めると、桑村はぐっと背伸びすると椅子を回しディスクから離れた。


「疲れるような事をしていたのか?」

「まぁいいじゃない。それよりもアンタ、今回は随分と古い案件引っ張り出してきたわね」

 急に話題を変えると桑村は私のディスクから雑誌を引っ張り出上げた。
 既に表紙は色褪せている。十年以上前のオカルト雑誌だ。

「よく見つけたね」
「まぁな。記憶に残っていたんだ」

 記事の表紙タイトルは「死後の真実」。

「なになに。神は虚像? 原罪とは……。人類洗脳計画。ずいぶん飛躍した陰謀論ね」

「殆どがネットからの寄せ集めだよ。だが人類洗脳計画。これは今回の体験者、天使に犯された女の証言がベースだ」

「天使は死んだ人間の魂を犯し、生まれ変わった魂は天使を信じる者となる」

「筆者の解釈だよ」


 臨死体験の考察に正解など無い。
 実際に死後の世界を体験した者でさえ、出来事の意味を理解しかねるのだ。
 ましては言葉で聞いただけの我々が真実に辿り着けるとは到底思えない。


「死後の世界ねぇ。結局アンタはどう思ってるの?」

 
 しばらく黙ってページ捲っていた桑村だが、飽きたのか雑誌をディスクの上に戻した。

「あるだろうな」
「おっ断言したね」

 食い気味に反応する。私が即答した事が意外だったようだ。


「魂の存在は認めている。この世には肉体と脳だけでは説明つかない事があるからだ」

「私らの仕事が正にそれよね」

 桑村はバンバンとディスク上に積み重なったオカルト雑誌の山を叩く。
 彼女の言う通り、説明がつかない事オカルトが我々の飯の種だ。
 賛同したいが、私も良いところなので自説の続きを話したい。


「だからといって万人の魂がそれぞれ同じ終わりを迎える訳では無いとも思っている」

「どう言う事よ?」

「臨死体験の証言がそれぞれ食い違うように、死後の末路は人によって異なるものではないかと私は思っている」

「あぁ天国行ったり地獄行ったりって話ね。それで、中には何処にも行けないような奴がいるって事か。私ら的には溢れた奴そっちメインだもんね」


 天国や地獄といった場所。幽霊のように現世に止まる選択肢。
 はたまた消えるか。

 我々生者が知りうる死後の情報はどれもこれも違う結果を迎えるものばかりだ。

「宗教家が言うように特定の条件を満たした人間のみが行ける死後の世界もあるのかもしれない」

「ふぅん。それ今回のレポート?」

「……そうだ」

 ちらりと横目でパソコンを見る。画面には書きかけの原稿、今喋った内容とよく似た文章が続いている。

「まぁなんにせよ、これは私の意見であって真実では無い」

 そして最後にこう締め括るつもりだ。


「死後の世界を知る事は誰にもできないのだから」

「なら、ぴったりのがあるよ」

 待ってましたと言わんばかりに桑村は自分の鞄を漁りだした。
 そして私のディスクに一冊のファイルを投げ渡した。

「これは?」

「今回の件は何年も昔の話を掘り起こしただけでしょ。蘇りほやほやならもっと面白いと思わない?」


 ファイルの表紙タイトルは反魂機械。


 反魂とは死者を呼び戻す事だ。死者を蘇らせる装置、どこに出してもはずかしく無い立派なオカルトアイテム。

 私は促されるままにファイルをパラパラと流し読みする。

 そして理解する。桑村がこれを持ってきた理由を。

 ただのオカルトアイテムであれば私の担当では無い。
 ファイルの中に記されていた情報、それはこの世ならざる異形の
 
 これは異常姦案件だ。


 だが、しかし……。



「本題までの前置きが長いんじゃないのか?」

「今思い出したんだって。朝渡そうとして忘れてたのよ」

「おいおい」
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