聖女の兄は傭兵王の腕の中。

織緒こん

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小悪党と隠された王子。

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 見上げた王城は、ギィのカリャンテ大公領にある城砦に比べると、とても優美で美しかった。とんがり屋根のあるシンデレラが住んでいそうなお城だ。王様の息子であるコニー君はここで育ったらしい。夢のように可愛らしい王子様にピッタリだ。残念ながら待ち構えていたのは夢の王子様じゃなくて、煤けた箒とビア樽だったけれど。

 遠慮するシュウさんに肩を貸して歩く。侍従としては王子様の婚約者の手を煩わせるなんて憤死ものだろうが、こうやって密着していれば内緒話もしやすい。広間にたどり着いたときも、俺の知らない『謁見えっけんの間』という場所だと教えてもらった。それに俺をエスコートしようとするヌゥトの手を、振り払うための口実になった。

 そうして王様に謁見するための広間にやって来たんだが、王様がいないのに使ってもいい部屋なんだろうか。

 箒とビア樽⋯⋯もとい、宰相と侯爵は玉座の前に立っていた。お互いに肘で押し退けあっていたので、おおかたどちらが玉座に座るか揉めているんだろう。あちこち包帯に巻かれて杖までついているのに、元気なことだ。盗賊はおっさんたちを襲うふりじゃなくて、本当に痛めつけたらしい。

「おお、ヌゥトよ。よくぞ聖女様をお救い申し上げた。ささ、こちらへ連れて来ぬか」

 俺たちに気づいて上機嫌な声を上げたのは箒のような宰相で、鼻の下を伸ばしてだらしのない表情かおをしていた。

「何を言うか。もともとは我がジージュエル侯爵領で保護したのではないか!」
「我が息子が盗賊より奪還して参ったのだ! 私のモノに決まっておろうが‼︎」

 モノかい。いやぁ、面と向かって言われるといっそ清々しいなぁ⋯⋯とでも言うと思ったか。

「息子⋯⋯こんなときだけそう呼ぶんだねぇ、コンセンス伯爵は」

 おや、何かご家庭の問題か? 父親を他人のように呼んで、ヌゥトはうっそりと笑った。いつも俺に向ける毒の滴る色気じゃない。怨みつらみのこもった笑みだ。

「聖女様は僕の花嫁だよ。だって、僕が喚んだのだもの。伯爵がそれを僕に強いたのでしょう?」
「⋯⋯コンセンス伯爵家の繁栄の為だ。我が家のモノだ! まずは当主である私の伴侶となるのが相応しい」
「母上はどうするのさ?」

 お母さんのことは母上って呼ぶんだ。箒よりは関係が良好と見た。伯爵夫人はご存命なんだね。夫人と離婚する気なのか、俺を妾にする気なのか、どっちにしろ気持ち悪い。

「そうだ、伯爵夫人がいるではないか。その点儂は既に妻はおらぬ。儂の元に来るのが妥当である」
「何を言う。女遊びが過ぎて、愛想を尽かされたのではないか。そんな不実な男に、聖女様は相応しくない!」

 五十歩百歩だ。

「あなたがたに聖女様を娶る正当性があるとでも思っているの?」

 ヌゥトがバカにした口調で言った。オマエモナ~。でもコイツの余裕は何を根拠にしているんだろう。おっさんたちは、わからなくもない。宰相だの侯爵だの目に見える地位が、彼らが思う正当性なんだろう。それが全くの勘違いだとしても、勝手に思い込むのは自由だ。

「わ、私はお前の父親だぞ!」
「えぇ、残念ながらね。だから何だと言うの? 僕が聖女様を花嫁と呼ぶのに相応しい血筋であることと、あなたが僕の父親であることは、別の話だ」

 話がややこしくなってきた。どうなっているのかとシュウさんに視線を向けると、彼が小さく頷いた。

「宰相の奥方は出自が知れないことになっています。コンセンス伯爵家に嫁がせるために、同格の伯爵家がご養女として迎え入れました。⋯⋯塔でお育ちなった魔術師です」
「塔で育ったって⋯⋯」

 魔術師になる素養のある子どもが集められた別棟を思い出す。今はブチが閉じ込められている場所だ。

 シュウさんを支えるためにピッタリとくっついて、小さな声で言葉を交わす。彼は俺に寄りかからないようにしているみたいだが、足の傷は俺のせいで負ったようなものだ。こうして支えていると、シュウさんの身体が鍛えられているのがわかる。この世界の男性としては細身ではあるけれど、俺よりは体格がいい。

 それにしたって、出自の知れない魔術師をわざわざ養女にして妻にするって、何か理由があるんだろうか。宰相の態度を見るに、恋愛結婚じゃなさそうだ。

「血筋⋯⋯、不明と言われている出自が、実はとんでもなく高貴とか」
「その可能性はあります。魔術師の塔に集められる子どもの中には、普通の孤児院にいては都合の悪い子もいますから」

 貴族には魔力持ちが多いと習った。歴史かマナーの時間だったと思う。高貴な血脈の為せる業と思われているが、証明はできていないと締め括られた。俺は単純に、魔力持ちを積極的に娶ったための遺伝じゃないかと思ったんだけど。

 で、浮気やなんかで生まれた都合の悪い子どもの中に魔力持ちがいたりすると、塔に捨てるってことか。

「母上が高貴な方だと言うのは、公然の秘密だ。あなたもよく知っているじゃないか。嫌がる母上に封印環を着けて無理矢理犯して、責任を取ったふりをしたんだ。自分に足りない高貴な血脈を次代に取り込むためだったんでしょう?」

 奥さんをレイプで手に入れたのかよ。そりゃあ、召喚した聖女をレイプするのに躊躇ためらいがないわけだ。常習なんだもん。底が浅いクズだと思っていたけれど、想像以上のクズっぷりだった。背中に怖気が走ってブルリと震えた。俺がまだレイプされていないのは、箒とビア樽が互いを牽制しているからだ。

 それにしても、表向きは出自が知れないことになっていて、本当は高貴な血筋の伯爵夫人って何者なんだろう。

「ふふふ。知りたい、聖女様?」

 ヌゥトは俺たちのヒソヒソ話を聞いていたようだ。よそ様の家庭の事情に興味はないが、これからの自分の行動につながるかもしれない情報は掴んでおかなきゃならない。俺はゆっくりと首を縦に振った。

「おぼこい聖女様には刺激が強いかなぁ。この国の貴族の男は、年頃になったら閨指南を受けるんだ。実地でね」

 それはギィに聞いた。ギィのお父上は、そのまたお父上が王妃様を迎える前に受けた閨指南で授かった子だと言っていた。ヌゥトは俺が大公領と縁付いていると知らない。だからそういった知識はないものと思って話を進めるようだ。

「母上は先々代王弟殿下のお胤なんだよ。僕の祖母は閨指南役に選ばれた後に、それを妬んだどこぞの未亡人の指図でお抱えの私兵に輪姦されたんだ。子が出来たけど、父親が誰なのかわからなくてね。時の王弟殿下は不憫に思って離宮に迎えようとしたらしいけど、お祖母様の婚家と実家は穢されたお祖母様の存在を恥じて、放逐したんだってさ。そうしたら、なんとまぁ。月満ちて生まれて吃驚びっくり暁天ぎょうてん、王弟殿下そっくりの可愛い男の子だったんだ」

 伯爵夫人、まさかの男性だった。そうか、変態できるから、ヌゥトのお母さんが男性でもおかしくはない。

「お祖母様はね、手のひらを返すように母上の親権を主張し始めた婚家と実家を心底嫌って、魔術師の塔に逃げ込んだんだってさ。魔力持ちだったのが幸いしたね。そして王位継承権なんて面倒なものも御免だから、男に生まれた母上を姫のように育てたんだ。性別が揺らぎがちな乳児の頃からね」

 なるほど。変態するほど箒のことが好きだったのかと、ヌゥトのお母さんの男の趣味を疑ったが、元から変態してたんだな。待て、それ以前に箒はレイプ魔だったよ。好きになんかなるはずはない。

「母上が先々代の王弟殿下の息子であるのは、殿下との謁見が許された者なら、誰もが気づくらしいよ。コンセンス伯爵は宰相の地位を数人の政敵と争っていたから、王家の姫に準じる母上を娶るのは、足場がために役立ったことだろうな」

 ヌゥトが自分が生まれる前の出来事をこうも詳細に語れるってことは、幼い頃から延々と聞かされ続けたんだと思われる。彼本人が魔術師として塔での地位を確立していそうだし、お母さん諸共に塔に篭って伯爵家とは一線を引いていたのかも知れない。

 何とも重たい話を聞かされて、有耶無耶のままに謁見の間での宰相との邂逅は終わった。空気を読まない侯爵が「親子喧嘩は他所でやれ」と騒いで俺を連れ出そうとしたため、宰相と取っ組み合いの喧嘩になったからだ。

 塔に帰るのかと思ったら、王城に継ぎの間付きの部屋を与えられて引き留められた。やたらとヒラヒラした部屋は、公爵家で与えられていた部屋よりも品良く纏まっていたけれど、やはり姫君のための部屋だと思う。ミヤビンが喜びそうだ。

 シュウさんの足はすっかり強張って、立っているのも辛そうだ。彼は俺が寛がないと絶対に休憩しないから、ごねずに部屋に入った。

 送ってきたヌゥトは相変わらずシュウさんに手を貸したがったけれど、本人が拒否をした。けれど少しだけ躊躇ったのか、差し伸べられた手を払う手はやんわりしたものだった。

 部屋に案内されるまでの間、ポツリポツリとヌゥトが話す。独り言めいた言葉に毒は感じられなくて、酷く狼狽える。

「母上がさ、僕に王様になれって言うんだよ。閨指南なんてろくでもないしきたりは誰も幸せにしないから、撤廃しろってさ」

 彼はクスクス笑った。

「そのろくでもないしきたりを無くすために、僕に拐かしと人殺しの人非人ひとでなしになれってさ。それこそ、どんなろくでなしだよ」

 俺とシュウさんは返事もせずにただ聞いた。同情しちゃいけない。理由はどうであれ、ヌゥトはやってはいけないことをやったんだ。

「ふふふ、君からは僕が召喚した時の魔法陣の残り香を感じるんだ。だから君が異世界からの渡り人であることは間違いない。でもね、君が本物の聖女である必要はないよ。僕のとなりにいるのが聖女様だって、民が信じてくれればそれでいいんだ」

 そうか、俺がいくら聖女じゃないって言い張っても、ヌゥトにはどうでもいいことだったんだ。

「胸のアミュレット、君が気を失っている間に確認したよ。遺髪から⋯⋯君の血縁の香りがする。姉妹か従姉妹と一緒に界を渡ったね」

 遺髪ときたか。年頃の娘が髪の毛を切るっていう発想がないんだ。だから、聖女が既に亡くなっていると思っちゃったのか。勝手に人の大事な妹を殺すな。とは言え、ミヤビンが髪を切ったときのサイの絶望っぷりは凄まじかったから、ヌゥトの勘違いはあり得なくもない。

「⋯⋯俺の背中には、斜めにザックリ刀傷があるよ。死にかけたところを、ギィが助けてくれたんだ」

 ミヤビンは擦り傷ひとつないけどな。それは言わないでおく。

「それは惚れちゃうねぇ。でもあの男に返してあげられない。陛下も王太子殿下も行方不明の今、誰かが玉座に座らなくちゃならないんだ」

 言うだけ言ってヌゥトは部屋を出て行って、残された俺とシュウさんは、呆然と後ろ姿を見送った。
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