聖女の兄は傭兵王の腕の中。

織緒こん

文字の大きさ
45 / 47

微睡みと覚醒と再会と。

しおりを挟む
 とろとろと目覚めと微睡みを行き来しつつ、幸せの余韻に浸る。太い腕ががっしりと俺を抱き込んでいて身動きできないが、それすらも嬉しい。胎の奥がぼんやりと熱を持っているのがわかる。……ギィを受け入れた名残だ。

「ルン、起きよう。そろそろみながブチ切れそうだ」
「んぅ」

 起きようと言いながら、耳に甘ったるい声を吹き込むのはやめてくれ。目は覚めたが腰は抜けそうだ。腕の力が弛まっても、起き出すのは難しい。

 ドロドロだったはずの身体はすっかりキレイになっている。ちゃんと寝間着も着ていてギィがやってくれたのかと疑問に思いつつ身を起こすと、視界にちらりと人影が……シュウさんだ!

「シュウさん! 無事で……? あ、歩いてるーーッ!」

 ヌゥトに腱を切られたせいで、足を引き摺って歩いていたシュウさんが、ふらつきもせずに水差しの乗ったトレイを運んでいる。びっくりしてベッドから飛び降りようとして、失敗した。シーツを蹴り飛ばせなくて絡まったままズルズルと滑り落ちる。

「嘘だろ⁈」

 腰が抜けそうだなんてとんでもない。とっくに抜けているんじゃないか。

「落ち着け、ルン」
「お怪我はありませんか?」

 昨夜のダメージなど全くないギィに抱き上げられ、トレイをチェストに置いたシュウさんに心配される。待って、いろんなことがごちゃごちゃに頭の中で回っている。

 ギィとした幸せで恥ずかしいアレコレとか、なんでギィは元気なのとか、シュウさんの足が治ったのは嬉しいけど何があったのかとか。

 キョドッているとシュウさんと目があった。彼はにっこり笑って言った。

「おめでとうございます」
「……アリガトウゴザイマス」

 これはやっぱり、ギィとを祝われているんだろう。もしかして、俺をキレイにして寝間着を着せたのもシュウさんなんだろうか? いや、マジ、それ無理。あんな汚れやこんな汚れ……うわぁぁあぁぁッ‼︎

「ルン様。お着替えいたしましょう。それとも今日はお寝間着のままで過ごされますか?」

 気遣われている……!

「着替えます……」

 恥ずかしさを隠しきれず、蚊の鳴くような声で返事をする。ギィに見守られながらシュウさんに着替えさせてもらうなんて、酷い羞恥プレイだ。

 なんとか着替え終わって、震える足で立つ。ちょうどいいタイミングで部屋の扉が開いた。

「ルン兄ちゃん!」

 記憶にあるよりちょっとだけ背と髪が伸びたミヤビンが驚いた猫みたいにぴーんと背筋を伸ばして固まった。これ以上は無理だろうってほど目を見開いている。目玉が落ちないか心配だ。

「ビンちゃん?」
「カオルン兄ちゃん!」

 一足飛びに駆け寄って、ダイブしてくる。漫画だったらドーンと擬音がつきそうな勢いで抱きつかれて、マットレスの上にひっくり返った。今の俺は生まれたての子鹿より足腰が弱い。

「うえええぇぇぇ、もう会えないかと思ったあぁぁぁ!」

 美少女が台無しだ。

「もう一年くらい会ってない気がするぅぅぅうぅっ!」

 それは俺も思う。しかし兄ちゃんは今、可愛い妹を抱き起こしてやる力がないんだ。下敷きになったままジタバタしていると、ミヤビンの身体が浮いた。ゴマ塩頭のマッチョ、フィーさんがミヤビンを抱き上げたからだ。入り口で王太子のコニー君が耳を塞いで『聞いてません、聞いてません!』ってブツブツ言っている。あ……ミヤビンが『カオルン』って言ったから、真名だと思ってるのか。

「大丈夫だよ。『カオルン』も愛称だから」
「そうなのですか?」

 コニー君はミヤビンのうっかりで彼女の真名を知ってしまった。この世界の常識を知らなかったミヤビンが、自己紹介をして真名を教えてしまったのだ。その上、ミヤビンの兄の真名まで知ってしまったら焦るよな。……ミヤビンの苗字を知ってるから、組み合わせに気づいたらだいぶアウトだけどね。

 ミヤビンが俺の上から引き剥がされたのを見計らって、ギィが起こしてくれた。まるでおじいちゃんの介護だ。

「無理をするな」

 って、こっそり耳打ちされた。自分で強請ったことだからあんまり言いたかないが、ほとんどギィのせいだからな! 普段使わない場所の筋肉を酷使したせいで、身体中が痛いんだよ。えっち明けで妹……それも小学生の顔を見るのがいたたまれない。いや、離れ離れになっていたから会えて嬉しいけど、もうちょっと心の準備をさせて欲しかった……

「で、ビンちゃんとコニー君は、なんでここにいるの? 王都にいるのは危険じゃない?」

 フィーさんに抱っこされたミヤビンと、ふたりの傍に立つコニー君を交互に見る。食料は不足しているし、警備も杜撰だ。残っているのは地方に頼れる親戚がいない庶民と暴漢ばかりと聞いた。

「父の名代で……」

 コニー君が真っ直ぐに俺を見た。彼のお父さんは、この国の王様だ。敵の目を掻い潜って、弟であるカリャンテ大公──ギィのお父さんの領地にいるんだよな。王妃様も一緒に。

「王都は今、奸臣にわたくしされています。王家の血筋の僕が聖女と共に姿を現すことで、正当性はこちらにあるのだと知らしめたいのです。……その、まだ、父上は毒が身体から抜け切っていないことになっていて……」

 大人びた言葉遣いとは裏腹に、しょんぼりと眉が下がる。せっかく両親と再会できたのに、また離れ離れだ。この子はまだ幼いのに、王太子という立場が甘えを許さない。王様はミヤビンがアロンさんの助けを借りて癒したってことだけど……

「行方不明で死んだものとされていた王子様が出てきたら、侯爵や伯爵は立場がなくなるもんね」

 国王の甥より息子のほうが、説得力がある。直系の王子様で王太子だもん。

「そういえば、アロンさんは?」

 ギィと一緒に来ていたはずだ。まさか、正気を失っていたせいで見た幻じゃないよな……

「ビンと一緒にシュウの治癒を終えた後、塔に戻った。ヤンとジャンが追いかけて行ったから、塔が崩壊することはないだろう」
「ジャンはともかく、ヤンは抑止力にはならないんじゃ……」

 よかった。幻じゃなかった。それにしてもアロンさんにベタ惚れっぽいヤンが、長期間アロンさんを監禁していた塔を簡単に許すか?

「一応、子どもたちの保護も兼ねているから、滅多なことはしないと信じたい」

 うわぁ、ギィの視線がどこかに飛んでいる。何かを諦めた感が凄いな。見た目の爽やかなイケメンぶりを裏切ってべらんめぇなアロンさんのことだ。崩壊は免れても半壊くらいはするんじゃないかな……聖蹟輝石せいせききせきを取り戻して絶好調みたいだし。

 ひとまずこっち側の面子メンツに被害はないようだ。王様と王妃様はカリャンテ大公と一緒だし、あそこには治癒師のサーヤさんがいる。そういえば小さなお姫様は元気かな。この世界は男でも子どもが産める。抱っこさせてもらったサーヤさんの赤ちゃんを思い出して、俺は臍の下をそっと撫でた。いつか……ここに命が宿る日が来るかもしれない。

「ルン兄ちゃん。お腹が痛いの?」
「え? あ、いや、腹筋が筋肉痛で!」
「そっかぁ。捕まってた間、運動してなかったんだね」
「そうか、筋肉痛か」

 そうなんだよ、あんまり使わないから……って、違うだろ、俺⁉︎ ミヤビンの純粋な眼差しが刺さる。そしてギィの意味深に微笑む口元がえっちだ。そうだよ、絶対、あれやこれやのポーズのせいだよ‼︎

 俺はみんなの前では決して言えない文句を飲み込んだ。
しおりを挟む
感想 176

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。

竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。 あれこれめんどくさいです。 学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。 冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。 主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。 全てを知って後悔するのは…。 ☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです! ☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。 囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...