少女魔法士は薔薇の宝石。

織緒こん

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深刻なのに、たゆんたゆんが気になる。

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 蛇神ザッカーリャは半人半蛇の姿をしていた。上半身は人間でいう二十歳くらいの見た目で、控えめに言って美人だわ。ローゼウスのキラキラ美形集団に囲まれて育った私でさえ、一瞬見惚れるくらい。

 小さな祠を下半身でグルリと巻いて、上半身は気怠げに祠にもたれかかっている。長い髪は緩くウェーブして流れ落ち、地面に渦を巻いていた。髪も下半身の鱗も、地は白いのに赤黒く斑になっている。いわゆる蛇模様みたいなのじゃなくて、シミというか、汚物をかけられたみたいな薄汚い斑だ。白い部分も艶がない。

 ミシェイル様の鱗から鑑みるに、もとは美しい真珠の光沢だったのに違いない。

 それにしても困った。

 向こうから問答無用で攻撃されたら、ガンガン突っ込んでいけたのに。アンニュイな雰囲気で静かに佇んでいる相手にいきなりぶちかましちゃ、ダメでしょう。

「ユンは天龍の巫女だから、お伺い、たてる」

 ユンが弓を持つ手を下げて一歩進んだ。

 茫洋と視線を彷徨わせていたザッカーリャが、こっちに気付いて上半身を起こした。

 たゆん。

 なんという、お胸様!

 こらそこ、タタン! 咄嗟に顔背けてるけど、耳まで真っ赤よ!

 そりゃそうだわ。野生の蛇が服なんか着てないわよ。そう言えば絵本の人魚姫って、貝殻のおブラ様してるわよね。海の中なら調達もできるのに、岩ばかりの山の上じゃ何にもないわね!

「タタン、よそ見してると相手に遅れをとりますわよ」

「ははははは、はいッ」

 シーリア、年頃の男の子の心をもうちょっと察してあげて。⋯⋯シーリアも察してあげるほど大人じゃないけどさ。

 私? 中身アラサーですが、なにか?

「終わりのない生命の象徴たる大地の女神様、天空の龍の巫女、バロライのキ族ハン家のユンと申します」

 ユンは岩の上に膝をついて弓を置くと、両手を掲げた。

「我がこうべは天空の龍のみに垂れるものゆえ、礼拝はご容赦くださいませ」

 ⋯⋯巫女バージョンのユン、いつものぽややんをどこかにうっちゃってるわね。

 パッツンに切りそろえた前髪から覗くほとんど黒に近い、濃い青色をした瞳がザッカーリャの赤黒く濁った瞳を見た。神の瞳を正面から見るなんて、正気の沙汰じゃないんだけど。

 やっぱりこうしてると、聖女じゃなくて巫女だって感じだわ。勝手な偏見だけど、聖女様って神様にひたすらお祈りする人ってイメージない? 代わりに巫女って、対象と対話してるって感じがする。

「大地の女神様、なにをお苦しみあるか。貴女様のお苦しみが、大地を揺るがし大気を蝕んでおりまする。心穏やかに、心安く、憂い有れば払うてまいります」

「わたくしの、憂い? 『博打で擦った』『試験に落ちた』『上官が認めてくれない』『畑を野良犬が荒らした』『夫が浮気した』『娘が陸でなしと結婚した』⋯⋯もっともっとよ」

 それはザッカーリャの憂いじゃない。

「『山の祠の蛇王が悪い』ってみんなが言うの。わたくし、ここで眠っているだけなのに」

 あぁ、それは、前世でもよくある話しよ。

 いい子にしてないと◯◯が来るよ、とか、上手くいかないのは◯◯に祟られているからだ、とか。◯◯に入るのはなんでも良い。鬼とか悪霊とか、手っ取り早く責任を押しつけられるなにか。

 それが、ヴィラード国やアエラ国の周辺は、祠にに封じられた蛇王だっただけだ。人々に悪気なんてない。心の中で呟くだけだもの。

 そうして、自分たちの負の感情を押しつけて蛇神の卵を育て、孵化すると討伐する。

 とんだマッチポンプよね。

「ドロドロと黒いなにかで身体の内側が苦しくて、吐き出しながらのたうつの。そうすると、少し楽になるのよ」

 それが地震と瘴気なのね。

「苦しくて苦しくて、泣いて泣いて。そうしていると血の臭いのする剣を持った人間が、山に登ってくるの。『お前のせいだ』『穢れた邪神』そう言って、真っ黒いものをわたくしに浴びせかけるのよ」

 ザッカーリャは押しつけられた邪念を返却しているだけとも言える。それがわからない人間は、一方的に蛇王を邪神とか魔王とか、ラスボス扱いして討伐に来て憎しみをぶつけるわけだ。

 悪循環。

 諸悪の根源がとっくに滅んで、なにが真実かわからないままに繰り返される無限ループ。

「わたくし、もう、わたくしでいたくないの。苦しいのも寂しいのも、もうイヤなの。あの人の夢を見ながら、眠っていられれば、それでよかったのに。ほら、来るわ。わたくしを憎いって言う、なにかが⋯⋯」

 空気が騒ついている。目に見えるものじゃない。人間の悪意とか絶望とか、念の塊みたいな不快ななにか。

「あ⋯⋯あ⋯⋯あ⋯⋯っ」

 ザッカーリャは硬直したように動きを止めて、目を見開いたまま宙を見つめた。長い髪が風もないのにうねり、髪と下半身の斑らのシミが濃く広がっていく。

 彼女は祠から身を離してのたうった。バシンバシンと尻尾の先が地面を叩くたび、大地が揺れた。

 ザッカーリャのお胸様も揺れている。

 割れた地面から黒いモヤが噴き出して一瞬視界を遮った後、大気に馴染んで消えていく。この大気に溶けた瘴気が、ヴィラード国の男性たちを蝕んでいくんだわ。

「あああぁぁああああっ⋯⋯‼︎」

 咆哮を上げてのたうつザッカーリャは、とても苦しそうだった。

 最初の神子を殺した奴、出てこいやぁ!

 ザッカーリャがあんまりにも可哀想で、私は顔も知らない諸悪の根源に悪態をついた。

 
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