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モチベUPは薔薇と棺。
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ザシャル先生が私たち全員の額に祝福の聖句を唱えながら唇を落とした。アル従兄様から一瞬殺気が立ち昇り、ユンの懐から不自然な振動が起こった。シーリアとタタンはちょっと照れ臭そうにしている。
「三枚羽からの祝福です。どうか無理はしないでください。何度挑んでもいいのです。無理をしないで何度でも撤退してきなさい。何度でも次の策を練りましょう」
「何度でも⋯⋯」
「そう、何度でも」
先生が眠たげな目元を緩ませて、穏やかに微笑んだ。
「僕のせいで、危険な目に遭わせて申し訳なく思う。⋯⋯その上、皆に任せて安全な場所で待つなんて、とても歯痒い。どうか、これを持っていって」
ミシェイル様が差し出したのは、星の砂?
海辺の土産物屋に売っている星の砂みたいに、小さなガラス瓶に真珠の光沢を放つ小さな薄い鱗が入っている。
「手袋に引っかかったりして、自然に剥がれたものなんだ。鱗なんて気持ち悪いかもしれないけれど、持っていって欲しい。ザッカーリャ様に僕はここにいると伝えて⋯⋯」
青を通り越して唇まで真っ白な顔で、ミシェイル様はシーリアの手を取ってそれを握らせた。ミシェイル様とシーリアは公爵夫人を通じて薄く血縁がある。皇家の血に連なるふたりが手を取る姿は、物語を描いた絵画のように美しい。
神聖な気持ちになって、頑張ろうって気力が湧いてきた。
「ロージー、俺たちの宝石姫。忘れないで、ガラスの棺を」
「アル従兄様、いろいろ台無し!」
「なんだか、普通に激励するより効き目がありそうだと思って」
「効果は抜群よ!」
恐ろしい! なにがなんでも生きて帰らなきゃ! ローゼウスの帝国離脱も怖いけど、ガラスの棺がもっと怖い!
アル従兄様がにっこり笑った。無駄にイケメンなんだから、腹が立つったら。
そのアル従兄様、昨日ザシャル先生と試しに祠を目指してみて、あえなく断念している。登り始めて暫くして地面が揺れた。『想定外の規模』って東北で散々言われたくらいの体感で、立っていられなかった。ひび割れた地面からプシューッと音がして真っ黒い蒸気なようなものが吹き出して、アル従兄様とザシャル先生の姿を覆い隠した。
揺れと視界不良で歩けないので、ふたりは転がるように戻ってきた。
その途端、揺れは治まって黒い蒸気も大気に溶けるように消えた。あの黒いのは蒸気に見えただけで、瘴気の塊だったとザシャル先生が言った。
ドッグタグに刻んだ《漢字》がなければ、命はなかっただろうとも。
こうして大人の男性は登れないことを確認して、私たちは出発した。ふと振り返ると、崩れ落ちるミシェイル様をアリアンさんが抱き上げているところだった。気力を振り絞って見送ってくれている。
ミシェイル様の体調は、大地が微弱に振動している限り元には戻らないと思う。船酔いに苦しむ人を、船の上で寝かせ続けているようなものだから。
「先生は何度でもとおっしゃってましたけど、ミシェイル様が保ちませんわ。食べても食べなくても嘔吐が止まらないようですもの。一回で終わらせますわよ」
十歳の子どもがその状態で、あと何日耐えられるんだろうか? オカンなシーリアでなくても、心配になる。
アリアンさんはミシェイル様につきっきりになった。陛下と騎士団長から、殿下を最優先させるよう厳命されているそうだもの。騎士様は帝国に忠誠を捧げているから当然だわ。
あれ? アル従兄様も本職は騎士で、三兄様も白鷹騎士団の副団長よね。⋯⋯帝国から離脱するって、忠誠はどこに誓ってるのよ⁈
薔薇で飾られたガラスの棺が脳裏に浮かぶわ。メルヘンな世界で、小人になったアル従兄様たちがシャコシャコと剣を研いでいる⋯⋯! ローゼウス家の七人なんてものじゃない物騒な小人たち! なんて恐ろしい想像なの!
嫌な想像を振り払って崖のような道を登る。
登山の隊列の基本は先頭にサブリーダー、二番手に初心者もしくは体力のない者、その後に中堅が来て殿はパーティーリーダーなんだそうだ。
それを踏まえて、先頭は岩と森のローゼウスで育った私、次に帝都育ちのシーリア。三番目はシーリアのサポートのタタンで、殿は山岳民族出身のユンが務める。ユンが殿なのは守護龍さんの存在も込みよ。
大人の男性って、どこらへんが境目なのかしらね。タタンは十五歳には見えない小柄で子供っぽい見た目をしているんだけど、気配りとか大人っぽさを感じることもある。
学院には同じ歳にはとても見えない、おっさんみたいな学生も居たしね。彼らがここにいたら、一緒に登れていたのかしら?
斜面を滑らないように登っていくと、だんだん視界が霞んできた。雲の中に入ったようでいて、違う。モヤが黒い。瘴気よね。
ドッグタグのおかげか、年齢と性別のおかげか、体調に変化はない。少し息苦しいのは、高地で酸素が薄いからだと思う。
四時間くらい歩いたかしら。その辺の岩に座って干し肉を齧って水を飲む。
「あれよね」
「あれ⋯⋯」
見上げたそこに、凝って真っ黒なモヤがある。気のせいか、周りの薄いモヤを引き寄せているようにも見える。
「フェイ、呼んでおく?」
「ザッカーリャを刺激しそうだから、最終手段でいいわ」
「行きましょうか」
シーリアの声を合図に、私たちは立ち上がった。
ザッカーリャは目の前だ。
「三枚羽からの祝福です。どうか無理はしないでください。何度挑んでもいいのです。無理をしないで何度でも撤退してきなさい。何度でも次の策を練りましょう」
「何度でも⋯⋯」
「そう、何度でも」
先生が眠たげな目元を緩ませて、穏やかに微笑んだ。
「僕のせいで、危険な目に遭わせて申し訳なく思う。⋯⋯その上、皆に任せて安全な場所で待つなんて、とても歯痒い。どうか、これを持っていって」
ミシェイル様が差し出したのは、星の砂?
海辺の土産物屋に売っている星の砂みたいに、小さなガラス瓶に真珠の光沢を放つ小さな薄い鱗が入っている。
「手袋に引っかかったりして、自然に剥がれたものなんだ。鱗なんて気持ち悪いかもしれないけれど、持っていって欲しい。ザッカーリャ様に僕はここにいると伝えて⋯⋯」
青を通り越して唇まで真っ白な顔で、ミシェイル様はシーリアの手を取ってそれを握らせた。ミシェイル様とシーリアは公爵夫人を通じて薄く血縁がある。皇家の血に連なるふたりが手を取る姿は、物語を描いた絵画のように美しい。
神聖な気持ちになって、頑張ろうって気力が湧いてきた。
「ロージー、俺たちの宝石姫。忘れないで、ガラスの棺を」
「アル従兄様、いろいろ台無し!」
「なんだか、普通に激励するより効き目がありそうだと思って」
「効果は抜群よ!」
恐ろしい! なにがなんでも生きて帰らなきゃ! ローゼウスの帝国離脱も怖いけど、ガラスの棺がもっと怖い!
アル従兄様がにっこり笑った。無駄にイケメンなんだから、腹が立つったら。
そのアル従兄様、昨日ザシャル先生と試しに祠を目指してみて、あえなく断念している。登り始めて暫くして地面が揺れた。『想定外の規模』って東北で散々言われたくらいの体感で、立っていられなかった。ひび割れた地面からプシューッと音がして真っ黒い蒸気なようなものが吹き出して、アル従兄様とザシャル先生の姿を覆い隠した。
揺れと視界不良で歩けないので、ふたりは転がるように戻ってきた。
その途端、揺れは治まって黒い蒸気も大気に溶けるように消えた。あの黒いのは蒸気に見えただけで、瘴気の塊だったとザシャル先生が言った。
ドッグタグに刻んだ《漢字》がなければ、命はなかっただろうとも。
こうして大人の男性は登れないことを確認して、私たちは出発した。ふと振り返ると、崩れ落ちるミシェイル様をアリアンさんが抱き上げているところだった。気力を振り絞って見送ってくれている。
ミシェイル様の体調は、大地が微弱に振動している限り元には戻らないと思う。船酔いに苦しむ人を、船の上で寝かせ続けているようなものだから。
「先生は何度でもとおっしゃってましたけど、ミシェイル様が保ちませんわ。食べても食べなくても嘔吐が止まらないようですもの。一回で終わらせますわよ」
十歳の子どもがその状態で、あと何日耐えられるんだろうか? オカンなシーリアでなくても、心配になる。
アリアンさんはミシェイル様につきっきりになった。陛下と騎士団長から、殿下を最優先させるよう厳命されているそうだもの。騎士様は帝国に忠誠を捧げているから当然だわ。
あれ? アル従兄様も本職は騎士で、三兄様も白鷹騎士団の副団長よね。⋯⋯帝国から離脱するって、忠誠はどこに誓ってるのよ⁈
薔薇で飾られたガラスの棺が脳裏に浮かぶわ。メルヘンな世界で、小人になったアル従兄様たちがシャコシャコと剣を研いでいる⋯⋯! ローゼウス家の七人なんてものじゃない物騒な小人たち! なんて恐ろしい想像なの!
嫌な想像を振り払って崖のような道を登る。
登山の隊列の基本は先頭にサブリーダー、二番手に初心者もしくは体力のない者、その後に中堅が来て殿はパーティーリーダーなんだそうだ。
それを踏まえて、先頭は岩と森のローゼウスで育った私、次に帝都育ちのシーリア。三番目はシーリアのサポートのタタンで、殿は山岳民族出身のユンが務める。ユンが殿なのは守護龍さんの存在も込みよ。
大人の男性って、どこらへんが境目なのかしらね。タタンは十五歳には見えない小柄で子供っぽい見た目をしているんだけど、気配りとか大人っぽさを感じることもある。
学院には同じ歳にはとても見えない、おっさんみたいな学生も居たしね。彼らがここにいたら、一緒に登れていたのかしら?
斜面を滑らないように登っていくと、だんだん視界が霞んできた。雲の中に入ったようでいて、違う。モヤが黒い。瘴気よね。
ドッグタグのおかげか、年齢と性別のおかげか、体調に変化はない。少し息苦しいのは、高地で酸素が薄いからだと思う。
四時間くらい歩いたかしら。その辺の岩に座って干し肉を齧って水を飲む。
「あれよね」
「あれ⋯⋯」
見上げたそこに、凝って真っ黒なモヤがある。気のせいか、周りの薄いモヤを引き寄せているようにも見える。
「フェイ、呼んでおく?」
「ザッカーリャを刺激しそうだから、最終手段でいいわ」
「行きましょうか」
シーリアの声を合図に、私たちは立ち上がった。
ザッカーリャは目の前だ。
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