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一族総ヤンデレ疑惑。
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あれから三日かけて、ザッカーリャ山の麓までやって来た。さらに二日かけて三合目付近まで登る。三合目までは馬車が通れる道があった。うねうねと九十九折になっていて、なにかを思い出す。アレだ、日光いろは坂。
ただしめちゃくちゃに道が悪い。
ひび割れや道を塞ぐ土砂を、魔術で埋めたり除けたりしながら、とてもゆっくり進む。幸い瘴気の影響は動物にはないけど、揺れや地鳴りがすごくて、馬が始終落ち着かない。
ザシャル先生は馭者の役目をタタンに任せて、先頭を歩いている。ひっくり返って地面に顔を出した大木の根っこに、馬が脚を取られたら大変だもの。
そうして、とてもゆっくり進んで、ようやく三合目にたどり着いた。
ザッカーリャが眠っている間は、三合目までは誰でも登ってこられるらしい。山の恵みは取り過ぎなければバチは当たらないし、冒険者もそこそこ来てるみたいだ。寂れたキャンプ場みたいな設備はあるもの。
「これから先は、徒歩になります。高い山にも登りますから、三日ほど留まりますよ」
わりと元気なんだけどな。大人組とミシェイル様はここで待機だから、私たちの体力温存なのかしら。
「慣れないまま、登ると、病気になる」
すぐに行けるのに、とか考えていたら、ユンが私の服の袖を引いて言った。
⋯⋯あ、高山病だ。
「バロライ、高地。低地から来た人が、たまに動けなくなる」
ユンは山岳民族の出身だった。
「そうです。五合目までしか登りませんが、そこでザッカーリャと交渉が決裂すれば、なにが起こるかわかりません」
そっかぁ。体を慣らしたり荷物の点検をしたり、しなくちゃいけないことがある。
体を慣らすのに三日、そのあと五合目まで登るだけなら一日、祠からザッカーリャを誘き出すのにどのくらいの時間がかかるんだろう。
「七日から十日、贅沢言ったら半月くらい、ここに篭城できるだけの備蓄が欲しいところだな」
「畑作っちゃうのと魔法符をたくさん書いておくの、どっちがいいかしら?」
暗雲が立ち込めるこの場所に、瘴気におかされた人が、わざわざ登ってくることもないでしょ。ましてや閉じ込めている邪神が目覚めたって噂があるのに。だったら、バーンと畑作っても誰も見てないと思うけど。
「宝石姫⋯⋯」
「ロージーよ」
「ロージー、全て解決した後に、健気に育つ野菜たちを埋める覚悟はあるのか?」
「あ⋯⋯」
無理ですね~。アル従兄様に指摘されて断念する。暗雲が消えて地鳴りが治ったら、山の恵みを求める人は、再びここに登ってくるものね。
魔法符は使うぶんしか作らないって、ザシャル先生と決めた。配布もしない。私たちの目の届かないところで落としたり盗難にあったりのほか、贈与や売却をされたら大変だもの。
この旅の間も一度や二度、盗賊に遭うことを覚悟していたから、余分な符は準備していない。とはいえ、ヴィラード国に入ってからは、ゲスい領主にしか遭遇してないけど。
ヴィラード国は人から奪う気力もないほど疲弊していた。帝国に攻め入ろうとしていた領主も、領民が動かないものだから、結局未だに攻め入らないし。直接害を与えようとして来たのは、帝国内で絡まれた冒険者崩れだけだったわ。
それはさて置き、私は名刺サイズの紙に漢字を書き綴った。誰にも言えないけどさ、私がここでザッカーリャに殺されちゃったら、帰りの水の確保もできないんじゃないかなぁなんて思ったり。
危なくなったらユンが守護龍さんを呼んでくれる。
「ユンの友だち、蔑ろにするフェイは、嫌い」
なんて最強の脅し文句で、ユンが守護龍さんを脅しているから、助けてはもらえるんだろうけど、最悪の最悪は考えちゃうわけよ。
「ローゼウスの薔薇の宝石」
「んもう、ロージーよ」
「いいや、俺たちの宝石姫」
「アル従兄様?」
ペンをインクに突っ込んでいたら、アル従兄様が私の隣に腰を下ろした。
「宝石姫が生まれたとき、一族みんなが喜んだ。何百年ぶりかのローゼウスのお姫様。⋯⋯行かせたくないよ。伯父上もお前の兄たちも、うちの親父、叔父貴たち、従兄弟ども、誰ひとり、お前がヴィラード国に赴くことなんざ許してないさ」
「それでも、私は決めたわ」
「わかってるさ。だから俺が来たんじゃねぇか」
「ありがとう」
旅のあれこれは、アル従兄様がなんとかしてくれたもの。それに、身内がいるって心強かったわ。
「宝石姫に何かあったら、ローゼウスは帝国から離反する⋯⋯多分じゃない。絶対だ」
「え⁈」
冗談⋯⋯言ってる表情じゃないわね。
「宝石姫を奪った帝国を、俺たちが許すと思うか?」
思わない⋯⋯。
自意識過剰とか、自惚れとかで済ませるには、私は愛されすぎている。
「だからね、俺たちの宝石姫。ローゼウスの至宝の君。心の片隅にも、死を思い浮かべないで」
「あ⋯⋯」
「死ぬ準備みたいに、符を書き綴らないで」
「従兄様⋯⋯」
さすが、アル従兄様。兄弟ほど近すぎず程よい距離で見守ってくれていた、私の従兄。前世を思い出したその場にもいたわよね。
「君が死んだら亡骸を、薔薇で飾ったガラスの棺に納めて祭壇に飾るよ。そして帝国に離脱表明して、それが許されなかったら宣戦布告だ」
「なに、その恐ろしい計画!」
「宝石姫の二番目の兄は、俺の従弟ながら恐ろしいな。綿密に計画を練っているよ」
「イーーヤーーッ!」
なんなの、そのヤンデレ‼︎
「だからね、愛しい薔薇の宝石。何があっても、死を考えないで」
「生きる! 帰ってくる! 死ぬときは老衰で!」
真剣な表情で真っ直ぐに私を見つめるアル従兄様に向かって、私はブンブンと首を上下させた。
それを見ていたシーリアが呟いたのが聞こえた。
「ローゼウス辺境伯爵家の真髄ですわね」
反論できない⋯⋯。
ただしめちゃくちゃに道が悪い。
ひび割れや道を塞ぐ土砂を、魔術で埋めたり除けたりしながら、とてもゆっくり進む。幸い瘴気の影響は動物にはないけど、揺れや地鳴りがすごくて、馬が始終落ち着かない。
ザシャル先生は馭者の役目をタタンに任せて、先頭を歩いている。ひっくり返って地面に顔を出した大木の根っこに、馬が脚を取られたら大変だもの。
そうして、とてもゆっくり進んで、ようやく三合目にたどり着いた。
ザッカーリャが眠っている間は、三合目までは誰でも登ってこられるらしい。山の恵みは取り過ぎなければバチは当たらないし、冒険者もそこそこ来てるみたいだ。寂れたキャンプ場みたいな設備はあるもの。
「これから先は、徒歩になります。高い山にも登りますから、三日ほど留まりますよ」
わりと元気なんだけどな。大人組とミシェイル様はここで待機だから、私たちの体力温存なのかしら。
「慣れないまま、登ると、病気になる」
すぐに行けるのに、とか考えていたら、ユンが私の服の袖を引いて言った。
⋯⋯あ、高山病だ。
「バロライ、高地。低地から来た人が、たまに動けなくなる」
ユンは山岳民族の出身だった。
「そうです。五合目までしか登りませんが、そこでザッカーリャと交渉が決裂すれば、なにが起こるかわかりません」
そっかぁ。体を慣らしたり荷物の点検をしたり、しなくちゃいけないことがある。
体を慣らすのに三日、そのあと五合目まで登るだけなら一日、祠からザッカーリャを誘き出すのにどのくらいの時間がかかるんだろう。
「七日から十日、贅沢言ったら半月くらい、ここに篭城できるだけの備蓄が欲しいところだな」
「畑作っちゃうのと魔法符をたくさん書いておくの、どっちがいいかしら?」
暗雲が立ち込めるこの場所に、瘴気におかされた人が、わざわざ登ってくることもないでしょ。ましてや閉じ込めている邪神が目覚めたって噂があるのに。だったら、バーンと畑作っても誰も見てないと思うけど。
「宝石姫⋯⋯」
「ロージーよ」
「ロージー、全て解決した後に、健気に育つ野菜たちを埋める覚悟はあるのか?」
「あ⋯⋯」
無理ですね~。アル従兄様に指摘されて断念する。暗雲が消えて地鳴りが治ったら、山の恵みを求める人は、再びここに登ってくるものね。
魔法符は使うぶんしか作らないって、ザシャル先生と決めた。配布もしない。私たちの目の届かないところで落としたり盗難にあったりのほか、贈与や売却をされたら大変だもの。
この旅の間も一度や二度、盗賊に遭うことを覚悟していたから、余分な符は準備していない。とはいえ、ヴィラード国に入ってからは、ゲスい領主にしか遭遇してないけど。
ヴィラード国は人から奪う気力もないほど疲弊していた。帝国に攻め入ろうとしていた領主も、領民が動かないものだから、結局未だに攻め入らないし。直接害を与えようとして来たのは、帝国内で絡まれた冒険者崩れだけだったわ。
それはさて置き、私は名刺サイズの紙に漢字を書き綴った。誰にも言えないけどさ、私がここでザッカーリャに殺されちゃったら、帰りの水の確保もできないんじゃないかなぁなんて思ったり。
危なくなったらユンが守護龍さんを呼んでくれる。
「ユンの友だち、蔑ろにするフェイは、嫌い」
なんて最強の脅し文句で、ユンが守護龍さんを脅しているから、助けてはもらえるんだろうけど、最悪の最悪は考えちゃうわけよ。
「ローゼウスの薔薇の宝石」
「んもう、ロージーよ」
「いいや、俺たちの宝石姫」
「アル従兄様?」
ペンをインクに突っ込んでいたら、アル従兄様が私の隣に腰を下ろした。
「宝石姫が生まれたとき、一族みんなが喜んだ。何百年ぶりかのローゼウスのお姫様。⋯⋯行かせたくないよ。伯父上もお前の兄たちも、うちの親父、叔父貴たち、従兄弟ども、誰ひとり、お前がヴィラード国に赴くことなんざ許してないさ」
「それでも、私は決めたわ」
「わかってるさ。だから俺が来たんじゃねぇか」
「ありがとう」
旅のあれこれは、アル従兄様がなんとかしてくれたもの。それに、身内がいるって心強かったわ。
「宝石姫に何かあったら、ローゼウスは帝国から離反する⋯⋯多分じゃない。絶対だ」
「え⁈」
冗談⋯⋯言ってる表情じゃないわね。
「宝石姫を奪った帝国を、俺たちが許すと思うか?」
思わない⋯⋯。
自意識過剰とか、自惚れとかで済ませるには、私は愛されすぎている。
「だからね、俺たちの宝石姫。ローゼウスの至宝の君。心の片隅にも、死を思い浮かべないで」
「あ⋯⋯」
「死ぬ準備みたいに、符を書き綴らないで」
「従兄様⋯⋯」
さすが、アル従兄様。兄弟ほど近すぎず程よい距離で見守ってくれていた、私の従兄。前世を思い出したその場にもいたわよね。
「君が死んだら亡骸を、薔薇で飾ったガラスの棺に納めて祭壇に飾るよ。そして帝国に離脱表明して、それが許されなかったら宣戦布告だ」
「なに、その恐ろしい計画!」
「宝石姫の二番目の兄は、俺の従弟ながら恐ろしいな。綿密に計画を練っているよ」
「イーーヤーーッ!」
なんなの、そのヤンデレ‼︎
「だからね、愛しい薔薇の宝石。何があっても、死を考えないで」
「生きる! 帰ってくる! 死ぬときは老衰で!」
真剣な表情で真っ直ぐに私を見つめるアル従兄様に向かって、私はブンブンと首を上下させた。
それを見ていたシーリアが呟いたのが聞こえた。
「ローゼウス辺境伯爵家の真髄ですわね」
反論できない⋯⋯。
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