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彼らの話。
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ヴィラード国の兵士はほとんど農民だと聞いた。冒険者っぽい人はさておき兵士と思しき三人のうち、ひとりは雑兵、残るふたりはまんま野良仕事のついでっぽかった。装備が違うもの。
虚ろな目をして一心不乱に幻のなにかを貪り食う姿は異様だった。冒険者が「一緒にいたくない、牢から出してくれ!」と懇願する気持ちは痛いほどわかった。
「補給もほとんどないのに、どうして何度も攻めてくることができるのか不思議だったけど、こういうことなのね」
仙人が霞を食べる、じゃないけど、幻を食べて動いてるんだわ。ガリガリに痩せて、とても栄養の補給をしているようには見えないけど。
「敵兵の大半が農奴だそうです。それでも死に物狂いでかかってこられれば容赦なく切りつけますが、ふらふらとにじり寄ってくるだけなのでそれも躊躇われると」
赤ん坊を抱いた女性までいるらしい。それ、敵兵っていうの?
「女性は万にひとつも自分の意思が介在しているとして、赤ちゃんは保護したほうが良いのではありませんか?」
シーリアが青い顔をして言った。
「ザッカーリャ山で会った、勇者たちを覚えていますか?」
あの、調子のいい、エセ勇者様ご一行ね。私たちが頷くと、先生は続けた。
「難民に乗じて⋯⋯というようなことを言っていましたね」
そう言えば⋯⋯。
「侵攻の本隊は後ろに控えているのですか?」
タタンが、みんなが思ってるだろうことを聞いた。
「斥候は行っているでしょうけれど、どうなんですか?」
ザシャル先生が冒険者に視線を流した。眠たげな眦に流し見られて、髭面で垢じみた冒険者は汚れた顔を赤くした。
「冒険者は信用が第一だ」
つまり、質問に答えることは拒否すると。
「質問に答えていただければ、その連中とは違う牢に移して差し上げますよ」
牢から出すとは言わないのね。でもその取り引き条件は、冒険者の心を揺らしたみたい。視線を忙しなくキョロつかせて、捕虜を見たところで固まった。捕虜のひとりがにへーっとだらしなく笑った瞬間、ばっちり目があってしまったみたい。
うん、それマジ恐怖だと思う。
「あなたはヴィラード国のギルドで、クエストとしてこの侵攻の依頼を受けたんですか?」
ザシャル先生の声は甘ったるく優しかった。幼気な少年を誘惑する毒婦みたいに見えて、性別を越えて怖気が走ったわ。待って、ザシャル先生、次兄様と同じ系統の人⁈ お腹の中、真っ黒系⁈
冒険者はブンブンと首を横に振った。
「違う、ギルドは通してねぇ! 傭兵部隊に志願したんだ‼︎」
彼の恐怖は捕虜に対してなのか、ザシャル先生に対してなのか、判断に悩むところよ。
「話してくれますか?」
「話す、話すから出してくれ‼︎」
「話が終わってからですよ」
「なんだ、なにが聞きたいんだ。早く聞けよ!」
これは青少年が見てもいい光景なのかしら? 拷問ではないけれど、大の男が這いつくばって懇願するように自国の情報を駄々漏らすさまは、普通、子どもに見せないと思う。
冒険者が話した内容は確信に触れるものはなかった。まぁ傭兵部隊は正規の軍隊じゃない。しかもにわか志願、使い捨ての人材に陸な情報が与えられるはずもないんだけど。
やっぱり攻めてきてるのは、土地を捨てて帝国に逃げ込もうとして国境を越えられなかった難民ですって。ザッカーリャ山から遠い帝国との国境沿いでは、男たちへの瘴気の影響は薄く、狩りをしたり山菜を採ったりして、なんとか生き延びていたらしい。
ローゼウス領はヴィラードの間者を懸念して国境を越えさせてはくれないが、支援物資はくれる。難民からはヴィラード国の政府よりよっぽど信頼されていた。
山の恵みと支援物資のお陰で死ぬことはなかったが、彼らは常に腹を空かせていた。ところがある日突然、腹が空かなくなったのだという。
ヴィラード国の中央から逃げてきた奴らが、変な甘ったるい匂いのする乾いた葉っぱを火に焚べた。匂いを嗅いだ連中は楽しい気持ちになって、気分が高揚するまま暴れ始めた。
侵攻の中心になっているのはそんな人々で、戦う訓練を受けているのは傭兵と冒険者の他は、扇動役の下っ端兵士だ。
「俺が合流したころは、下っ端の野郎は普通だったのに、だんだんこんなになっちまった」
こんなになるのがわかってるから、下っ端にやらせたんでしょうね。
後から合流した冒険者が、最初のころの出来事を詳しく知っているのは、壊れ始めた下っ端が自分の手柄だと自慢げに喋ってくれたからだって。
変な匂いのする葉っぱの正体とか出どころは、さっぱりわからない。
「これ以上は冒険者では無理でしょう」
ザシャル先生は約束通り冒険者を牢から出して、別の場所に連れて行かせた。黄金の三枚羽は平騎士より位が上だから、命令権を持っているのよ。先生は基本丁寧なので口調はお願いなんだけど。
「さて、ロージー・ローズ。あなたを呼んだのは、彼らを浄化して欲しかったのです」
だと思ってました。
なんらかの薬物中毒だったら浄化じゃ無理だけど、守護龍さんは瘴気まみれって言ったわ。
一点集中で行きましょうか。
両手の指で作った三角形から、照準を合わせる。めっちゃ至近距離だけど捕虜さんたちに触れるのは怖い。
「《浄光照射》」
光の帯が雑兵っぽい捕虜に吸い込まれて行った。人間の身では、ザッカーリャほどの瘴気は溜め込むことができないみたいで、光が入った分押し出された瘴気は灰色の煙のようだった。
やっぱり瘴気だわ。
ザシャル先生はそっと頷いて、私に続きを促した。
虚ろな目をして一心不乱に幻のなにかを貪り食う姿は異様だった。冒険者が「一緒にいたくない、牢から出してくれ!」と懇願する気持ちは痛いほどわかった。
「補給もほとんどないのに、どうして何度も攻めてくることができるのか不思議だったけど、こういうことなのね」
仙人が霞を食べる、じゃないけど、幻を食べて動いてるんだわ。ガリガリに痩せて、とても栄養の補給をしているようには見えないけど。
「敵兵の大半が農奴だそうです。それでも死に物狂いでかかってこられれば容赦なく切りつけますが、ふらふらとにじり寄ってくるだけなのでそれも躊躇われると」
赤ん坊を抱いた女性までいるらしい。それ、敵兵っていうの?
「女性は万にひとつも自分の意思が介在しているとして、赤ちゃんは保護したほうが良いのではありませんか?」
シーリアが青い顔をして言った。
「ザッカーリャ山で会った、勇者たちを覚えていますか?」
あの、調子のいい、エセ勇者様ご一行ね。私たちが頷くと、先生は続けた。
「難民に乗じて⋯⋯というようなことを言っていましたね」
そう言えば⋯⋯。
「侵攻の本隊は後ろに控えているのですか?」
タタンが、みんなが思ってるだろうことを聞いた。
「斥候は行っているでしょうけれど、どうなんですか?」
ザシャル先生が冒険者に視線を流した。眠たげな眦に流し見られて、髭面で垢じみた冒険者は汚れた顔を赤くした。
「冒険者は信用が第一だ」
つまり、質問に答えることは拒否すると。
「質問に答えていただければ、その連中とは違う牢に移して差し上げますよ」
牢から出すとは言わないのね。でもその取り引き条件は、冒険者の心を揺らしたみたい。視線を忙しなくキョロつかせて、捕虜を見たところで固まった。捕虜のひとりがにへーっとだらしなく笑った瞬間、ばっちり目があってしまったみたい。
うん、それマジ恐怖だと思う。
「あなたはヴィラード国のギルドで、クエストとしてこの侵攻の依頼を受けたんですか?」
ザシャル先生の声は甘ったるく優しかった。幼気な少年を誘惑する毒婦みたいに見えて、性別を越えて怖気が走ったわ。待って、ザシャル先生、次兄様と同じ系統の人⁈ お腹の中、真っ黒系⁈
冒険者はブンブンと首を横に振った。
「違う、ギルドは通してねぇ! 傭兵部隊に志願したんだ‼︎」
彼の恐怖は捕虜に対してなのか、ザシャル先生に対してなのか、判断に悩むところよ。
「話してくれますか?」
「話す、話すから出してくれ‼︎」
「話が終わってからですよ」
「なんだ、なにが聞きたいんだ。早く聞けよ!」
これは青少年が見てもいい光景なのかしら? 拷問ではないけれど、大の男が這いつくばって懇願するように自国の情報を駄々漏らすさまは、普通、子どもに見せないと思う。
冒険者が話した内容は確信に触れるものはなかった。まぁ傭兵部隊は正規の軍隊じゃない。しかもにわか志願、使い捨ての人材に陸な情報が与えられるはずもないんだけど。
やっぱり攻めてきてるのは、土地を捨てて帝国に逃げ込もうとして国境を越えられなかった難民ですって。ザッカーリャ山から遠い帝国との国境沿いでは、男たちへの瘴気の影響は薄く、狩りをしたり山菜を採ったりして、なんとか生き延びていたらしい。
ローゼウス領はヴィラードの間者を懸念して国境を越えさせてはくれないが、支援物資はくれる。難民からはヴィラード国の政府よりよっぽど信頼されていた。
山の恵みと支援物資のお陰で死ぬことはなかったが、彼らは常に腹を空かせていた。ところがある日突然、腹が空かなくなったのだという。
ヴィラード国の中央から逃げてきた奴らが、変な甘ったるい匂いのする乾いた葉っぱを火に焚べた。匂いを嗅いだ連中は楽しい気持ちになって、気分が高揚するまま暴れ始めた。
侵攻の中心になっているのはそんな人々で、戦う訓練を受けているのは傭兵と冒険者の他は、扇動役の下っ端兵士だ。
「俺が合流したころは、下っ端の野郎は普通だったのに、だんだんこんなになっちまった」
こんなになるのがわかってるから、下っ端にやらせたんでしょうね。
後から合流した冒険者が、最初のころの出来事を詳しく知っているのは、壊れ始めた下っ端が自分の手柄だと自慢げに喋ってくれたからだって。
変な匂いのする葉っぱの正体とか出どころは、さっぱりわからない。
「これ以上は冒険者では無理でしょう」
ザシャル先生は約束通り冒険者を牢から出して、別の場所に連れて行かせた。黄金の三枚羽は平騎士より位が上だから、命令権を持っているのよ。先生は基本丁寧なので口調はお願いなんだけど。
「さて、ロージー・ローズ。あなたを呼んだのは、彼らを浄化して欲しかったのです」
だと思ってました。
なんらかの薬物中毒だったら浄化じゃ無理だけど、守護龍さんは瘴気まみれって言ったわ。
一点集中で行きましょうか。
両手の指で作った三角形から、照準を合わせる。めっちゃ至近距離だけど捕虜さんたちに触れるのは怖い。
「《浄光照射》」
光の帯が雑兵っぽい捕虜に吸い込まれて行った。人間の身では、ザッカーリャほどの瘴気は溜め込むことができないみたいで、光が入った分押し出された瘴気は灰色の煙のようだった。
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