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ヴィラード国、襲来。
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領内に空砲の音が響き渡って三日、城砦の中は落ち着いたものよ。領民は粛々と避難してきてひとりの漏れもなかった。
小さなお子さん連れやお腹の大きい女の人、お年寄り、病人、気をつけてあげないといけない人々は、城砦の使用人棟の空き部屋に入ってもらい、残りの大半が大広間に寝泊りする。彼らはうちの家令の指示に従って区画を整理して棒と布で仕切りを作り、プライベート空間を確保していた。
自治会長⋯⋯もはや驚くまい。テレビで見た、災害避難所のような光景だわ。
「なんと素晴らしい⋯⋯! これは父上に報告して、帝国全土で避難訓練を実施するべきではないのか?」
第三皇子殿下が視察モードに入られました!
いいのかな、住民にこれだけ力があるってことは、次兄様の闇の計画が解凍されたとき、帝国に対抗する力があるってことなんだけど。
藪蛇が怖いから黙っておこう。
ミシェイル様はカーラちゃんをエスコートしながら、大広間の領民を労って歩いた。お年寄りに拝まれている。
私たちは共有スペースを掃除をしたり、貯蔵された食料の点検をしたりして過ごした。
暫くザシャル先生には会っていない。大兄様と次兄様と一緒に、白鷹騎士団のフィッツヒュー団長と難しい話をしている。叔父様たちもそれぞれ砦に散って、防衛線を張っている。
ローゼウスの私兵団には地の利がある。大勢いる従兄たちが白鷹騎士団の分隊に、数名ずつアドバイザーとして参加することになった。この辺は配備される従兄からの情報よ。軍議とやらを盗み聞きする勇気はないもの。
城砦は他の砦に比べたら国境から離れている。ここまでたどり着かれるときは、他の小さな砦がいくつか落とされているってことよね。
攻められては追い返しを繰り返して五日、大兄様は作戦に支障がない限りは、いい情報も悪い情報も領民に伝えている。
南の端っこの砦が囲まれて、騎士が砦に戻れなくなったらしい。砦の中は最低限の私兵と領民が五世帯。食糧も三ヶ月分くらいあるし、井戸もある。敵兵を中に入れさえしなければなんとでもなる。
帰れなくなった騎士達は補給が出来なくなって、やむなく一番近くのニシン砦に身を寄せつつ、助力を求めた。ニシン砦を預かっているのは大叔父様で、彼は自ら出陣すると敵兵を三人ばかりと冒険者をひとり捕まえて帰ってきた。
三人の敵兵と冒険者は大叔父様の孫が城砦まで連れてきて、今、私の目の前にいる。
領主の娘と言うだけで軍議への参加資格も何もない、謂わばただの小娘が、捕虜と対面させられるなんて、異常なことよ。女子高生が自衛隊の作戦会議室に連れてこられるようなものでしょ?
女子どももいる砦の中には入れたくないので、騎士団が陣幕を張っている演習場に捕らえてある。大きな岩の凹みに突貫で格子をつけて、檻の代わりに利用していた。
私だけじゃなくてユンにも招集がかかって、結局シーリアとタタンも付いてきた。念のため手にはそれぞれが得意な得物を持っている。
すっごい久しぶりに会ったザシャル先生に、演習場の入り口で出迎えてもらう。殺伐とした空気の中、相変わらず眠たげな眼をしていてなんだかおかしい。
「シーリア・ダフ、タタン・アプフェル、あなた方もきたのですね」
相変わらずフルネーム呼びですか。ザシャル先生だわ~って安心する。
「ハ・ユン、守護龍殿を呼び出せますか?」
「あい」
ユンじゃなくて、守護龍さんが必要だったのね。ユンは理由を聞くこともなく、無造作に「フェイ」と守護龍さんの名前を呼んだ。召喚の聖句など唱えることもなくただ名前を呼んだだけで、空は分厚い雲に覆われた。
演習場に駐屯する騎士は帝都で見ているので落ち着いたものだけど、ローゼウスの私兵はなんだなんだと空を指さしたりしていた。
雲の隙間から龍身が見えたのは一瞬で、私たちの目の前には、爬虫類の瞳を持つ人外の美貌の男が立っていた。
もうヤダ、イケメンはお腹いっぱいなのよ!
異世界クオリティーは美形しか許さないんだろうか? 卓袱台をひっくり返したい衝動に駆られるものの、残念ながら卓袱台がなかったわ。
「我が姫、呼んでくれて嬉しい」
すかさずユンを子ども抱っこして、甘ったるい声でほっぺたにすり寄っている。
「ユン、用事ない。先生の話、聞いて」
端的に言ったユンに気分を害すこともなく、守護龍さんはザシャル先生に向き直った。⋯⋯ユンを抱いたまま。
「守護龍殿、こちらのヴィラード国の捕虜を見て欲しいのです」
見て欲しい?
人なのに、会って欲しいじゃなくて、見る。捕虜は人間扱いしないってわけでもないし、ザシャル先生に緊張が見える。
変。
先生は魔術師の最高峰たる黄金の三枚羽だもの。私に緊張を悟らせるなんてありえない。
ザシャル先生は守護龍さんを捕虜の元まで案内した。私たちももちろん後を追う。
そうして見たのは。
とろんとした目を宙に彷徨わせながら、半開きで涎の垂れる口でなにかを咀嚼している男が三人。三人はそこに食べるものがあるというように、手で掴んで口に運び、噛み砕いた。
パントマイム? そのイっちゃった目で?
それを薄気味悪そうに見ている男は正気のようだ。
「頼むから、こいつらと別の牢に入れてくれ! おとなしくするから‼︎」
冒険者らしい装備の男が、格子を掴んで揺すりながら叫んだ。気持ちはわかる。襲ってくる気配はないけど、とにかく怖い。
「ヴィラード国とやらの連中か? 面白いことになっておる。瘴気まみれではないか」
守護龍さんが酷薄に笑んだ。
瘴気って? ザッカーリャはカーラちゃんになって、清らかな存在なんだけど。
「こやつら、ザッカーリャを隠れ蓑に大層な化け物を飼っていたようだ」
なんですと⁈
ザッカーリャとは別に、魔王とか邪王とかが存在するって言うこと?
それがヴィラード国の人々を唆して、ローゼウスに攻め込んでるんだろうか。
退治する?
誰が?
呼ばれたってことは、私もメンバーだったり?
どんな英雄冒険譚よ⁈
小さなお子さん連れやお腹の大きい女の人、お年寄り、病人、気をつけてあげないといけない人々は、城砦の使用人棟の空き部屋に入ってもらい、残りの大半が大広間に寝泊りする。彼らはうちの家令の指示に従って区画を整理して棒と布で仕切りを作り、プライベート空間を確保していた。
自治会長⋯⋯もはや驚くまい。テレビで見た、災害避難所のような光景だわ。
「なんと素晴らしい⋯⋯! これは父上に報告して、帝国全土で避難訓練を実施するべきではないのか?」
第三皇子殿下が視察モードに入られました!
いいのかな、住民にこれだけ力があるってことは、次兄様の闇の計画が解凍されたとき、帝国に対抗する力があるってことなんだけど。
藪蛇が怖いから黙っておこう。
ミシェイル様はカーラちゃんをエスコートしながら、大広間の領民を労って歩いた。お年寄りに拝まれている。
私たちは共有スペースを掃除をしたり、貯蔵された食料の点検をしたりして過ごした。
暫くザシャル先生には会っていない。大兄様と次兄様と一緒に、白鷹騎士団のフィッツヒュー団長と難しい話をしている。叔父様たちもそれぞれ砦に散って、防衛線を張っている。
ローゼウスの私兵団には地の利がある。大勢いる従兄たちが白鷹騎士団の分隊に、数名ずつアドバイザーとして参加することになった。この辺は配備される従兄からの情報よ。軍議とやらを盗み聞きする勇気はないもの。
城砦は他の砦に比べたら国境から離れている。ここまでたどり着かれるときは、他の小さな砦がいくつか落とされているってことよね。
攻められては追い返しを繰り返して五日、大兄様は作戦に支障がない限りは、いい情報も悪い情報も領民に伝えている。
南の端っこの砦が囲まれて、騎士が砦に戻れなくなったらしい。砦の中は最低限の私兵と領民が五世帯。食糧も三ヶ月分くらいあるし、井戸もある。敵兵を中に入れさえしなければなんとでもなる。
帰れなくなった騎士達は補給が出来なくなって、やむなく一番近くのニシン砦に身を寄せつつ、助力を求めた。ニシン砦を預かっているのは大叔父様で、彼は自ら出陣すると敵兵を三人ばかりと冒険者をひとり捕まえて帰ってきた。
三人の敵兵と冒険者は大叔父様の孫が城砦まで連れてきて、今、私の目の前にいる。
領主の娘と言うだけで軍議への参加資格も何もない、謂わばただの小娘が、捕虜と対面させられるなんて、異常なことよ。女子高生が自衛隊の作戦会議室に連れてこられるようなものでしょ?
女子どももいる砦の中には入れたくないので、騎士団が陣幕を張っている演習場に捕らえてある。大きな岩の凹みに突貫で格子をつけて、檻の代わりに利用していた。
私だけじゃなくてユンにも招集がかかって、結局シーリアとタタンも付いてきた。念のため手にはそれぞれが得意な得物を持っている。
すっごい久しぶりに会ったザシャル先生に、演習場の入り口で出迎えてもらう。殺伐とした空気の中、相変わらず眠たげな眼をしていてなんだかおかしい。
「シーリア・ダフ、タタン・アプフェル、あなた方もきたのですね」
相変わらずフルネーム呼びですか。ザシャル先生だわ~って安心する。
「ハ・ユン、守護龍殿を呼び出せますか?」
「あい」
ユンじゃなくて、守護龍さんが必要だったのね。ユンは理由を聞くこともなく、無造作に「フェイ」と守護龍さんの名前を呼んだ。召喚の聖句など唱えることもなくただ名前を呼んだだけで、空は分厚い雲に覆われた。
演習場に駐屯する騎士は帝都で見ているので落ち着いたものだけど、ローゼウスの私兵はなんだなんだと空を指さしたりしていた。
雲の隙間から龍身が見えたのは一瞬で、私たちの目の前には、爬虫類の瞳を持つ人外の美貌の男が立っていた。
もうヤダ、イケメンはお腹いっぱいなのよ!
異世界クオリティーは美形しか許さないんだろうか? 卓袱台をひっくり返したい衝動に駆られるものの、残念ながら卓袱台がなかったわ。
「我が姫、呼んでくれて嬉しい」
すかさずユンを子ども抱っこして、甘ったるい声でほっぺたにすり寄っている。
「ユン、用事ない。先生の話、聞いて」
端的に言ったユンに気分を害すこともなく、守護龍さんはザシャル先生に向き直った。⋯⋯ユンを抱いたまま。
「守護龍殿、こちらのヴィラード国の捕虜を見て欲しいのです」
見て欲しい?
人なのに、会って欲しいじゃなくて、見る。捕虜は人間扱いしないってわけでもないし、ザシャル先生に緊張が見える。
変。
先生は魔術師の最高峰たる黄金の三枚羽だもの。私に緊張を悟らせるなんてありえない。
ザシャル先生は守護龍さんを捕虜の元まで案内した。私たちももちろん後を追う。
そうして見たのは。
とろんとした目を宙に彷徨わせながら、半開きで涎の垂れる口でなにかを咀嚼している男が三人。三人はそこに食べるものがあるというように、手で掴んで口に運び、噛み砕いた。
パントマイム? そのイっちゃった目で?
それを薄気味悪そうに見ている男は正気のようだ。
「頼むから、こいつらと別の牢に入れてくれ! おとなしくするから‼︎」
冒険者らしい装備の男が、格子を掴んで揺すりながら叫んだ。気持ちはわかる。襲ってくる気配はないけど、とにかく怖い。
「ヴィラード国とやらの連中か? 面白いことになっておる。瘴気まみれではないか」
守護龍さんが酷薄に笑んだ。
瘴気って? ザッカーリャはカーラちゃんになって、清らかな存在なんだけど。
「こやつら、ザッカーリャを隠れ蓑に大層な化け物を飼っていたようだ」
なんですと⁈
ザッカーリャとは別に、魔王とか邪王とかが存在するって言うこと?
それがヴィラード国の人々を唆して、ローゼウスに攻め込んでるんだろうか。
退治する?
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