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ハリボテ作りは総力戦。
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城砦の父様の書斎に、旅のメンバーと領主以外の家族が揃っている。領主本人であり書斎の主である父様はいない。
「宝石姫の一大事を、伯父貴を抜かして話し合ってもいいもんかねぇ」
「いないのが悪いのよ」
アル従兄様の呟きを母様がバッサリ切って捨てた。父様は帝国の規則で帝都に留め置かれているから、このぞんざいな扱いはちょっと可哀想だと思う。
そこに白鷹騎士団のフィッツヒュー団長が現れて、大兄様が集めた面子が揃ったわ。
母様と義姉様は兄様たちからなんとなく聞いただけで、私の魔術を見たことがない。例によって小さな《灯》の魔術を見せると、母様が「まぁ」と小さく言った。
動じてない。
「便利でいいわね」
「お湯とかすぐに沸かせたりするの?」
義姉様が興味津々で聞いてくる。
「旅の途中にテントで盥のお風呂に入れるわ」
「じゃあ、この子が産まれるとき、産湯を沸かしてもらおうかしら。聖女様が沸かしてくれた産湯なんて、とてもご利益ありそうじゃない?」
「あら、ほんとね」
義姉様がパッと顔を輝かせてお腹を愛おしそうに撫で、母様が賛同した。ローゼウスに外から嫁してきたふたりは、とても肝が座っている。
「聖女様なら新しくドレスを誂えたほうがいいかしら?」
「お義母様、神事で身に纏うような、厳かなものも必要ですわ」
キャッキャウフフ言いながら、ローゼウスの嫁様たちが盛り上がっている。なんで、まずはドレスなのよ。
「辺境伯爵夫人、継嗣夫人」
シーリアが割って入る。そうよ、ドレスなんて今は関係ないわよ。真面目なシーリアだって、そう思うわよね。
「ドレスはダフ商会にお任せください!」
え、会話に参加するの⁈
「母がドレスメーカーに伝手をもっていますわ。若い才能あるデザイナーも、多く援助しておりますの」
「それは、いいわ!」
なんの話をしてるの⁈ 私が浄化と治癒をしまくったら、自然に聖女扱いされるってだけじゃないの⁈
「別に冒険者の装備でも⋯⋯」
「それ、ダメ」
ええっ⁈ ユンからもダメ出しがきた‼︎
「ユンも神事のとき、伝統の衣装。巫女は巫女らしく。でないと、足元見られる。小娘、御しやすいと思われがち」
なるほど⋯⋯。
すごい力を持った普通の小娘なんて、傀儡にはもってこいよね。先に飾り立てて、隙をなくすのか。
「ドレスも話し相手や後見人と同じなのね」
教会や神殿に付け入る余地を与えないために、私の存在が世に出る前に足場を固めてしまうのね。ドレスはその比喩と言うか、目に見える明確な立場の表明なわけよ。
「騎士団では所属ごとに制服の意匠が違うでしょう? わかりやすく、聖女に連なる者は同じ意匠の装いをすればいいのよ」
だからデザイナーさんが必要なのね。
「あー、それ、白鷹騎士団も乗っていいか?」
フィッツヒュー団長が私たちに一瞥をくれたあと、大兄様に向き直った。
「嬢ちゃんたちは一応、俺らの預かりになっている。ウチの騎士は帝都の訓練場で力の片鱗を見ているし、これからヴィラード国にも一緒に行くんだろう。嬢ちゃんの起こす奇跡とやらを目の当たりにすることになるんだ」
難民たちの方は、正気を失った状態で奇跡を甘受するけど、騎士団はがっつりしっかり、自分の目に焼き付けちゃうと思われる。
⋯⋯デスヨネ。
「帝都に凱旋したら、赤熊、緑鹿、黒鯨、黄猪、青牛、各騎士団が護衛に名乗り出るだろうな。当然奴らと懇意にしている貴族が嬢ちゃんに接触をはかる」
うわ、メンドクサ!
「幸い、白鷹騎士団はローゼウス辺境伯爵家と仲がいい。ついでに言うと、副団長が常日頃『薔薇の宝石、マジ天使』だの『宝石姫はまさに聖なる乙女だ』だの吹聴してるからな。団員が嬢ちゃんの存在をとっくに受け入れている」
三兄様、なにやらかしてんの⁈ それはまた、お耳汚しを⋯⋯。
アリアンさんと並んでミシェイル様の後ろに立つ三兄様を見ると、ドヤ顔してる。なんでそんな『俺、やってやってぜ!』みたいな顔してるのよ。
「白鷹騎士団は、いざとなったら帝国を捨ててローゼウスに付くと?」
大兄様が探るように言った。
騎士の忠誠は皇帝陛下にある。それを覆すことは、騎士の誇りを投げ出すことよ。
「いいや」
団長が男くさく笑った。
「白鷹騎士団は嬢ちゃんに付く」
ちょっと、ミシェイル様の前でなにを言ってるの? 帝国の第三皇子殿下よ!
ダメだ、息が苦しくなってきた。ミシェイル様、聞かなかったことにして!
懇願の気持ちを込めてミシェイル様を見つめたら、皇子様はにっこりお笑いになられた。
「その時は僕も、皇籍を降りて共に参る。カーラ様の神殿をこの地に建立すれば、神子たる僕がそばにいることに、なんの不思議もない」
神 殿 の 建 立。
私が聖女として立柵されるのを、母様たちに説明してるんじゃなかったのかしら? なんでこんな、話がデカくなってるわけ⁈
私はついていけなくて、口から魂が出る錯覚に陥ったのだった。
「宝石姫の一大事を、伯父貴を抜かして話し合ってもいいもんかねぇ」
「いないのが悪いのよ」
アル従兄様の呟きを母様がバッサリ切って捨てた。父様は帝国の規則で帝都に留め置かれているから、このぞんざいな扱いはちょっと可哀想だと思う。
そこに白鷹騎士団のフィッツヒュー団長が現れて、大兄様が集めた面子が揃ったわ。
母様と義姉様は兄様たちからなんとなく聞いただけで、私の魔術を見たことがない。例によって小さな《灯》の魔術を見せると、母様が「まぁ」と小さく言った。
動じてない。
「便利でいいわね」
「お湯とかすぐに沸かせたりするの?」
義姉様が興味津々で聞いてくる。
「旅の途中にテントで盥のお風呂に入れるわ」
「じゃあ、この子が産まれるとき、産湯を沸かしてもらおうかしら。聖女様が沸かしてくれた産湯なんて、とてもご利益ありそうじゃない?」
「あら、ほんとね」
義姉様がパッと顔を輝かせてお腹を愛おしそうに撫で、母様が賛同した。ローゼウスに外から嫁してきたふたりは、とても肝が座っている。
「聖女様なら新しくドレスを誂えたほうがいいかしら?」
「お義母様、神事で身に纏うような、厳かなものも必要ですわ」
キャッキャウフフ言いながら、ローゼウスの嫁様たちが盛り上がっている。なんで、まずはドレスなのよ。
「辺境伯爵夫人、継嗣夫人」
シーリアが割って入る。そうよ、ドレスなんて今は関係ないわよ。真面目なシーリアだって、そう思うわよね。
「ドレスはダフ商会にお任せください!」
え、会話に参加するの⁈
「母がドレスメーカーに伝手をもっていますわ。若い才能あるデザイナーも、多く援助しておりますの」
「それは、いいわ!」
なんの話をしてるの⁈ 私が浄化と治癒をしまくったら、自然に聖女扱いされるってだけじゃないの⁈
「別に冒険者の装備でも⋯⋯」
「それ、ダメ」
ええっ⁈ ユンからもダメ出しがきた‼︎
「ユンも神事のとき、伝統の衣装。巫女は巫女らしく。でないと、足元見られる。小娘、御しやすいと思われがち」
なるほど⋯⋯。
すごい力を持った普通の小娘なんて、傀儡にはもってこいよね。先に飾り立てて、隙をなくすのか。
「ドレスも話し相手や後見人と同じなのね」
教会や神殿に付け入る余地を与えないために、私の存在が世に出る前に足場を固めてしまうのね。ドレスはその比喩と言うか、目に見える明確な立場の表明なわけよ。
「騎士団では所属ごとに制服の意匠が違うでしょう? わかりやすく、聖女に連なる者は同じ意匠の装いをすればいいのよ」
だからデザイナーさんが必要なのね。
「あー、それ、白鷹騎士団も乗っていいか?」
フィッツヒュー団長が私たちに一瞥をくれたあと、大兄様に向き直った。
「嬢ちゃんたちは一応、俺らの預かりになっている。ウチの騎士は帝都の訓練場で力の片鱗を見ているし、これからヴィラード国にも一緒に行くんだろう。嬢ちゃんの起こす奇跡とやらを目の当たりにすることになるんだ」
難民たちの方は、正気を失った状態で奇跡を甘受するけど、騎士団はがっつりしっかり、自分の目に焼き付けちゃうと思われる。
⋯⋯デスヨネ。
「帝都に凱旋したら、赤熊、緑鹿、黒鯨、黄猪、青牛、各騎士団が護衛に名乗り出るだろうな。当然奴らと懇意にしている貴族が嬢ちゃんに接触をはかる」
うわ、メンドクサ!
「幸い、白鷹騎士団はローゼウス辺境伯爵家と仲がいい。ついでに言うと、副団長が常日頃『薔薇の宝石、マジ天使』だの『宝石姫はまさに聖なる乙女だ』だの吹聴してるからな。団員が嬢ちゃんの存在をとっくに受け入れている」
三兄様、なにやらかしてんの⁈ それはまた、お耳汚しを⋯⋯。
アリアンさんと並んでミシェイル様の後ろに立つ三兄様を見ると、ドヤ顔してる。なんでそんな『俺、やってやってぜ!』みたいな顔してるのよ。
「白鷹騎士団は、いざとなったら帝国を捨ててローゼウスに付くと?」
大兄様が探るように言った。
騎士の忠誠は皇帝陛下にある。それを覆すことは、騎士の誇りを投げ出すことよ。
「いいや」
団長が男くさく笑った。
「白鷹騎士団は嬢ちゃんに付く」
ちょっと、ミシェイル様の前でなにを言ってるの? 帝国の第三皇子殿下よ!
ダメだ、息が苦しくなってきた。ミシェイル様、聞かなかったことにして!
懇願の気持ちを込めてミシェイル様を見つめたら、皇子様はにっこりお笑いになられた。
「その時は僕も、皇籍を降りて共に参る。カーラ様の神殿をこの地に建立すれば、神子たる僕がそばにいることに、なんの不思議もない」
神 殿 の 建 立。
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