少女魔法士は薔薇の宝石。

織緒こん

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聖なる雨と清らの風。

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 ローゼウス領は領土のほとんどが、岩と森。資源が少なそうで農耕地も少なそうに見えるけど、岩自体が商品になる。皇帝陛下の住居、すなわち帝都の多角形要塞も、ローゼウス産の岩を積んで建築されている。見栄えが良くて頑丈な高級石材なのよ。

 作物も岩山をくり抜いた穴に、森から運んだ腐葉土を盛って段々畑をつくり、領民が満足するだけ食べたうえに、備蓄も確保できる量を育てている。当然、森の恵みも豊富で、木の実や山菜、食べられる獣が沢山いる。

 なにが言いたいのかと言うと、ローゼウス領は帝国から離脱しても、なんら困ることがないってことよ。

 そうならないことを祈りながら、私はドレスの裾を捌いた。チーム聖女のお仕着せを着るのは、帝都に帰るときでいい。でも相手にインパクトを与えるためにも、私のドレスアップは必要なんだそうだ。

 ドレスは女の戦闘服ではあるけれど、それは駆け引きとかそういう戦いの場のはずよね。完全武装した白鷹騎士団の人に四方を囲まれて、戦場のど真ん中で真紅のドレスを纏っている。

 スーパーメイドのカロルさんは、私がヴィラード国に潜入している間にローゼウス領に呼び戻されていて、早速聖女付きに任命されていた。彼女が聖女付きになって最初の仕事は、私を飾り立てることだった。

 なぜか次兄様つぎのにいさまから渡された見たことない新品のドレス(もちろん、ジャストサイズ)を着付けられ、カロルさんのスペシャルな手技で髪の毛を結い上げられて、戦場に立つ。

 まずは南端の砦よ。

 酷い有様だった。

 森の木を切り倒して皮を剥ぎ、でできた幼虫を口にするさまを見た。蜂の子とか食べる文化はあるけれど、けへけへ笑いながらナイフを木屑に振り下ろす姿は恐ろしかった。か細い赤ん坊の鳴き声が、そこかしこから聞こえる。難民は女子どもが多いようだった。

 こりゃ騎士団もローゼウスの私兵も手こずるわ。なんの武器も持ってない、明らかに飢えた難民。斬ったら絶対夢に出てくる。民を守るためなら、最終手段として全滅させるでしょうけど。

 でも、私がいる。

「ロージー・ローズ。派手におやりなさい」

 黄金の三枚羽の正装をしたザシャル先生が、淡く笑った。私はエスコートしてくれていたアル従兄様から手を離して、天に向かって両手を掲げた。

「《浄光如降雨じょうこうあめふるがことく》」
 
 《浄光照射》は一点集中なので、千人規模の集団には向かない。広範囲で空中に霧散しないで降り注ぐイメージで、なんちゃって漢文もどきよ。

 天にまっすぐ昇った城下の光は、輝く白い雲になって、黄金に輝く雨を降らせた。ザァザァとまるでゲリラ豪雨のように見えるけど、水じゃないから濡れることはない。

 光の雨に打たれた人々の体から、黒いモヤが漏れ出てきて、白鷹騎士団の人たちが、初めて目視する不気味なものに一瞬怯んだ。

 イメージが大事。魔力はほとんど消費しないので、私の想像力で決まる。

 十分くらい経ったのかしら。黒いモヤが宙をぐねぐね泳いで依代よりしろを探しているのがわかる。それもしばらく雨に晒されているうちに、薄くなって消えた。

 瘴気が抜けきった人からバタバタと倒れて、まるで折り重なったご遺体の山の上にいるような錯覚を覚える。

「《癒光如薫風ゆこうかぜかおるがごとく》」

 揺蕩う治癒の光が緩やかな風に乗って流れていく。光るドライアイスが渦巻いているようにも見える。

 光は人々を癒し終えるとはじけて消えた。

 健やかな寝息が聞こえてくる。汚れた身体や衣服はそのままだけど、幽鬼のようなおどろおどろしさは無くなった。

「嬢ちゃん⋯⋯、聖女様。やったなぁ」

 フィッツヒュー団長がニヤリと笑った。

「宝石姫。俺たちの薔薇の姫、お前がいなきゃ俺たちは、この赤子を殺して燃やさなけりゃならなかった。お前はこの赤子を救うのと同時に、俺たちの騎士道も救ってくれた」

三兄様さんのにいさま

 三兄様が私をギュッと抱きしめる。

 うん、兄様たちがこの人たちを殺していたら、私も殺させてしまった罪悪感で押し潰されていただろう。

「おい、離れろや」

 アル従兄様が三兄様をベリっと引き剥がした。

「なにするんだよ。兄妹きょうだいだからいいじゃないか」

「兄妹といえど、独り占めするんじゃねぇ。宝石姫は一族の宝珠だ」

 ローゼウスの従兄弟同士がぎゃんぎゃん始めた横で、ザシャル先生が私をそっとエスコートしてくれた。

「愛されてますね」

 眠たげな眼差しで見つめられた。フィッツヒュー団長もニヤニヤしている。

 せっかく三兄様が珍しくカッコ良かったのに、何でこうなるかなぁ。

 私たちを取り囲む白鷹騎士団の皆さんも、生ぬるく見守っている。

「いつものことですから、ローゼウス嬢はお気になさらず」

 ⋯⋯いつものことなんだ。

 厳かな気持ちも、人の命を救った達成感も、全部全部吹っ飛んだ。

 締まらない。誰か助けてーーっ!
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