少女魔法士は薔薇の宝石。

織緒こん

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生理的に無理!

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 斥候からの報告では、ヴィラード国王の陣は、国境から三キロメートルほどの街道沿いに張られている。なのに見張りがいるとか、警戒している様子はない。

「潜入した時に通っただろ? あのあたりにいる」

 アル従兄様が大体の位置を教えてくれる。この辺はローゼウス領と地続きで、森と岩しかない。前も思ったけど、ローゼウスうちと変わらない条件なのに、なんでこんなに開発が進んでいないのかしら。売れるものがいっぱいあるのに、お金を稼がずに他所から奪ってくる意味がわからない。

 取り留めのないことを考えていると、向かう先の空気がどんよりと重苦しい圧を発しているのが感じられるようになってきた。白鷹騎士団の皆さんには《浄化》と書いた札を守袋に入れて首から下げてもらっている。
 
 守護宝珠と同じ効果があるのにかかる費用はほとんどゼロ。城砦のお針子部屋に山ほどある端切れを、時間の節約のために騎士様自身で縫ってもらって、私が書き散らかした紙を入れただけのものよ。

 もちろん縫い物なんかしたことのない人が大半だから、五センチ角のミニ巾着だって縫うのは至難の技よ。見栄えはトホホなものが大半だったけど、これはこれで意味がある。万が一捕虜になった場合でも、不出来なものほど取り上げられずに済む可能性が高い。

 近づくと黒い靄がゆっくりと集まり始めて、次第に濃さを増した。一定の方向にグルグルと流れてやがて渦を巻く。靄は竜巻を逆さまにしたような⋯⋯そうじゃない、蛇がトグロを巻く形で私たちの前に立ちはだかった。

 その靄の下に八百弱くらいかな、敵兵がのっそりと現れた。なんで目算で人数がわかるかって? なんとなく、地元の中学生が全校朝礼してるくらいの人数に見えるからよ。

 少し距離があるけど、馬上の私にも見える。明らかに、砦に攻めてきた兵よりも装備がいい。正規軍だと思われる。

 ヴィラード国軍の先頭ど真ん中に、宝飾の重さで垂れ下がった衣装を纏った長い髭の男が、ぬぞーッとしか表現できない様子で立っていた。

「ヴィラード国王だな」

「なんで先頭にいるの?」

 アル従兄様の呆れたような声に、私も呆れた声で問うた。国王が討たれたら国は終わりだわ。前に出てくるのは最後の手段でしょうに。

「わかりきってるじゃないか、宝石姫。イカれているからさ」

 ま、そうでしょうね。

「国とは人間ひとが定めた境界です。禍ツ神にはそんなこと関係ありませんよ。古くなった依代よりしろをさっさと捨てて、新しい依代に移りたいのでしょうね」

 ザシャル先生の声は淡々としている。国王は自分の意思でここにいるんじゃないってことかしら。

「禍ツ神は新しい依代の目星はつけてるんでしょうか?」

「私かシーリア・ダフでしょう」

 へ?

 私の疑問にこともなく答えた先生は、口角を僅かに上げた。

「神というものは案外賢い。その地における最も高貴な血に寄生して搾取するんですよ」

 先生、そんな言い方したら、神様が怒りますよ! って、ユンがこくこく頷いてる⁈ はっ、守護龍さんに寄生されているのね⁈

「我が侯爵家は数代前に庶出の皇女殿下を賜っています。そして、シーリア・ダフは血統で言えば皇女と言っても良いのです。そういう意味ではミシェイル殿下は最も危険なので、城砦に残っていただきました」

 なんと!

 でも、そしたらシーリアも城砦にいた方がよかったわよ。ユンは守護龍さんを呼ばなきゃいけないかもしれないから仕方ないけど、シーリアは無理に来る必要はなかったのに。シーリアが来なかったら、タタンだって残ったわよね。

「⋯⋯先生、シーリアとふたりで囮になる気ですか?」

 シーリアがにっこり微笑んだ。わかっていてここまで来たんだ。

「聞いてない!」

「言ってませんもの」

 言ったら、私がゴネるとでも思ったの? もちろんゴネるけどね!

「なんにせよ、ここまで来ちゃったからには、後戻りはできないさ」

 アル従兄様、知ってたわね?

「ロージー、信じてますわよ。万一のときはあなたが浄化してくれるのでしょう?」

 ぐぬぅ、ここでデレるか⁈ シーリアが、釣り気味の目元を弛めている。

「⋯⋯宝石姫、照れてるのも可愛いんだけど、そろそろあっちの御大、動き出し出そうだよ」

 あ、ヴィラード国王ほったらかしてた。

 ヴィラード国王はガリガリに痩せて灰色の皮膚をした、長い髭の老人だった。髭には艶はなくて、ウィルフレッド叔父様の美髯びぜんには程遠い。目は落ち窪んで、ポッカリとのように真っ黒だ。金銀と貴石の宝飾を、これでもかと身につけている。冠は重すぎて首をやられそうな代物だった。

「やはりあの宝飾からは聖の力を感じません。ただの重たい枷ですよ」

 眠たげな目元を細めてヴィラード国王を、観察していた先生は、無感動に言った。予測していた通り、加護宝珠は加護の力を磨耗しきって、すっからかんらしい。

 ヴィラード国王が首を巡らせてこちらを見た。

 正確には、シーリアと先生を見つけたんだと思う。

 落ち窪んで真っ黒だった眼窩でキョロンと目玉が動いた。今までのようだったそこに、突然目玉がはめ込まれたように見えた。

「気持ちワルッ」

「⋯⋯不気味」

 私とユンの口から漏れた感想は、この場にいる誰もが思ったことだろう。

 空気が揺れた。

 グゲッ、グケーッケッケッーーッ!

「ひっ」

 笑っている⁈

 およそ人間の喉から発生する笑い声じゃない。

 ザッカーリャと対峙したときには感じなかった生理的嫌悪感が背中を走り、私はブルリと身震いした。
 
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