少女魔法士は薔薇の宝石。

織緒こん

文字の大きさ
67 / 87

カマドウマからの禍ツ神。

しおりを挟む
 ヴィラード国王は、みょーんと跳んだ。

「は?」

 我ながら間の抜けた表情カオをしてると思うわ。だって、人間があんな、跳躍する?

 助走もなく、おもむろにって表現がぴったりくる、ばね仕掛けのおもちゃのように跳んだのよ。なんかこんなジャンプする生き物いなかったかしら。

 ほら、あれよ。

 カマドウマ。

 王衣がはためいて、宝飾品が太陽の光を反射する。加護の力は失っても、貴金属としてはいいものなのかもしれない。持ち主の役には立ってないけど。

 私たちが呆気にとられている間に、カマドウマ⋯⋯もとい、ヴィラード国王はみょーんみょーんみょーんと三回跳ねて、隊列の先頭まで迫った。国王の背後でヴィラード国軍が土煙を上げて突進してきたけど、先頭の国王とはかなり距離がある。

 もう一度跳ねると白鷹騎士団を飛び越えて、シーリアたちに迫る勢いだわ。ザシャル先生が柔らかな声で囁くように聖句を唱え始めたとき、ヴィラード国王はみょ⋯⋯と跳び上がったところを、三兄様さんのにいさまに足首を掴まれて、ビッターンと地面に落ちた。

「させるか、このまま行ったら宝石姫のところまで行くだろうが」

 三兄様が整った顔を歪めた。してるなぁ。

「野郎ども、戦闘⋯⋯かかれッ!」

 だから三兄様、カッコいいけど、もうちょっとこう、騎士様らしくしようよ。とは思えど、迫りくる敵兵を前にお上品ぶっていてもどうしようもない。

 駆け出した白鷹騎士団はすぐにヴィラード国軍と衝突し、あちこちから剣を打ち合う音が聞こえ始めた。

 グゲゲッ、グゲーーッ!

 また変な声がして、ヴィラード王が起き上がった。三兄様は真正面で剣を構え、異形の王を見据えている。

 ヴィラード国王の鼻がひしゃげて変な方を向いている。顔の下半分を真っ赤に染めて奇声を発する姿に、なんか変な安堵を覚えた。

「良かった、血が赤い⋯⋯」

 あそこまで異形めいていると、血が緑でも不思議はないもの。

 キロキロと目玉を動かして、シーリアとザシャル先生を視界にとらえると、ヴィラード国王はにちゃりと笑った。髭に覆われた口元でも、案外わかるものね。

 爽やかな笑顔とは程遠いけど。

「宝石姫、馬上から行けるか?」

「やってみる」

 耳元でアル従兄様が言ったので頷く。禍ツ神の気配に怯えているのか、単にヴィラード国王の見た目の問題なのか、馬が落ち着かなくて狙いが定まるのか心配してるのね。

 素早く視線でユンとタタンに合図する。ヴィラード国王の視線がシーリアとザシャル先生に釘付けになっている隙に、ふたりとアル従兄様が馬を操って移動した。

 馬って相当大きいと思うんだけど、獲物を前によだれを垂らしている禍ツ神の目には入らないらしい。なんの邪魔もなく位置を決め、シーリアたちと四方に位置を取った。

 そろりと移動しながら、正方形になる位置を探る。フォンッと空気を揺るがす気配があって、四方結界が完成したのが体感で分かった。

 真っ直ぐ肘を伸ばして、両手の親指と人差し指を使って作った三角形のスコープで、ヴィラード国王に照準を合わせる。

 対面にいるザシャル先生の口の動きが止まるのが見えた瞬間。

「エリアス、退けろ‼︎」

 うわぁ、びっくりした! ほとんど耳元でアル従兄様が叫んで、三兄様がヴィラード国王の前から飛び退ったのと同時に強い風が吹き、ヴィラード国王の身体が風の檻に囚われた。

 三兄様は軽い身のこなしでタタンの馬に駆け寄ると、いなないて前脚をあげようとするのを宥めた。

 ヴィラード国王は風の檻の中を引っ掻くようにして破ろうとしている。彼が向かおうとしているのは、真っ直ぐにシーリアだ。

「あのジジイ、弱い方に標的を定めたな」

 黄金の三枚羽は、襲いかかるのにはリスクが高い。とは言え、シーリアはザシャル先生と馬に相乗りしている。簡単に捕まったりしないわよ。

「いくわよ。《浄光照射じょうこうしょうしゃ》!」

 三角形の光の帯が、真っ直ぐにヴィラード国王に光を注ぐ。浄化の光が光線となって、突き刺さる。

 まずは禍ツ神をヴィラード国王から引き摺り出す。

 ザッカーリャのときとは違う。彼女の肉体が人間じゃなかったことと、彼女に巣食う瘴気の源が、人間の怨念のようなものだった。今度は人間の肉体から、神そのものを引き摺り出す。

 いや、もう、マジ無理ゲー。

 グギァーーッ、グギャッ。

 益々人間から離れていく叫び声に、禍ツ神を引き剥がした後の国王は、命があるのか不安になる。人の命を奪う覚悟はできていない。

「《浄光照射》!」

 檻の中でヴィラード国王が暴れると照準がずれる。馬がタタラを踏んでもずれる。アル従兄様が必死で馬を宥めて手綱を引く。臆病な馬の頭上から、こんな光線が発射されているんだもん。馬もだいぶ耐えていると思うわよ。

 グッギャーーッ。

 お、声の様子が変わった?

 何度も《浄光照射》を打ち込んでいると、ヴィラード国王が見えない檻の格子を掴んで動きを止めた。ザッカーリャのときみたいに、黒い靄が出てくる様子はない。

 ヴィラード国王が立ったまま背中を丸めてブルブル震え始めた。

 ガッガッガッ。

 笑ってるの? 呻いてるの? よくわからない声を発している。

 ピシッ⋯⋯!

 は?

 背中にヒビ?

 割れたヴィラード国王の背中から、黒い塊が見える。

「脱皮?」

 私の言葉は声になったのだろうか。

 びゅうびゅうと風が吹き荒れて、風の檻がほどけた。精霊たちが怯えて逃げ惑う気配がする。

 突風と濃い瘴気の塊に吹き飛ばされた。一瞬の浮遊感。アル従兄様が私のお腹に手を回して引き寄せるのを感じた。目の端にヴィラード国王の身体が内側から剥がれ落ちるのが見えた。

 そして風の檻も四方結界も吹き飛んだ場所に。

 うっそりと半身を起こす巨大な蛇が。

 シュルシュルと赤い舌を伸ばして、ザシャル先生に庇われるシーリアを見ていた。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

転生小説家の華麗なる円満離婚計画

鈴木かなえ
ファンタジー
キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。 両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。 ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。 その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。 逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。

処理中です...