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禍ツ神様、ごめんあそばせ。
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黒い靄がわさわさと集まってきて、なにが起きているのかと視線を巡らせると、白鷹騎士団の皆さんが相手をしていた、ヴィラード国の兵士がバタバタと倒れていくのが見えた。
口、鼻、耳の穴から黒いタールのようなものがどろりと出てきて、それが気化して靄になった。黒い靄はしばらく揺蕩って、風に乗ってたなびき始めた。靄は禍ツ神の元に集まって、掲げた手のひらで凝り、玉になった。真っ黒で鈍く光っている。
禍ツ神はそれを、躊躇いなく口に入れ、喉を広げて飲み込んだ!
ソフトボールくらいあったわよ⁈
⋯⋯さすが蛇。
まさか、あの可憐なカーラちゃんも丸呑みとかするのかしら? 人身ではやめて欲しいと、切に願う。
現実逃避はさておき、黒い玉を飲み込んだ禍ツ神の体は、あちこちに見えていた火傷が綺麗さっぱり消えてしまった。
「傀儡に分け与えていた瘴気を、取り返しやがったな」
ちっと舌打ちしてアル従兄様が言って、納得した。ヴィラード国の兵士から出てきた黒いの、瘴気だったんだ。タール状だったのは、捕虜にした人たちより禍ツ神の近くにいたから、瘴気が濃かったんじゃないかしら。
「瘴気って言うか邪念とか怨念って、神様のご飯になるんでしょ?」
お腹いっぱい元気いっぱい、になっちゃったんじゃない? 火傷も治って煤けた王衣も綺麗になって、心なし、お肌も艶々してるように見える。
「龍の君、神々の理に従って静観していただこう!」
禍ツ神は蛇身を揺らして尻尾を振った。
地面が割れて地鳴りが響く。
蛇の神は大地を象徴する神様と言うだけあって、地面に対する影響がすごい。ザッカーリャのときのように微細な揺れが断続的に起こって、一瞬目が回った。砦の方まで揺れが届いているなら、またミシェイル様が苦しむことになる。
「守護龍さん! 鎮めるとか、封じるとか考えなくてもいいんでしょう⁈」
ごめんね、禍ツ神様! 人類の未来がかかってるの。全力で行くわよ!
ちょっと離れたところにいる守護龍さんに、大きな声で聞いた。禍ツ神にも聞こえてるけど、しょうがない。守護龍さんがにやりと笑ったので肯定したと判断する。まぁ、神様同士は不可侵らしいから、言葉にできないんでしょう。
「小娘が!」
あ、禍ツ神がこっち見た。でも、よそ見していいのかな?
カッ
バリバリ
ドーンッ!
ユン、いい仕事してくれるぅ!
絶妙なタイミングで雷が走り、巨大な尻尾を支えに胴を天に向かって伸ばしていた禍ツ神は、再び避雷針となった。
ドーンッ!
ドーンッ!
ドーンッ!
ユンはバロライ育ちらしい容赦のない早弓で、立て続けに雷を落とした。
咄嗟に地に伏せた禍ツ神の横っ面に火炎が襲いかかり、グギャーーッと人の言葉でないものが口から吐き出された。タタンが剣を構えて火炎放射を続け、炎の勢いで軽い体が後方に飛ばされそうになっているのを、三兄様が抑えている。
三兄様、剣を持たせたら天下一品なんだけど、さすがに禍ツ神を相手に接近戦は無理だ。うまい具合に経験の足りないタタンを助けてくれている。
禍ツ神はキロキロと目を動かして、ユンとタタンの両方を見比べて、タタンに標的を定めたようだ。ユンの背後には守護龍さんがいる。
ズルンと身体をくねらせて、タタン目掛けて進もうとして、背後から風の刃に襲い掛かられた。
グルンと禍ツ神が振り向いた先には、ザシャル先生の風の壁に守られたシーリアが、杖を掲げて立っていた。
ザシュン、ザシュンと結構えげつなく禍ツ神の体が切り付けられている。私の《鎌鼬》を見たシーリアと先生が、研究を重ねて風の精霊が喜びつつ言うことを聞いてくれる聖句を練り上げていたの。その成果ね。狭い範囲の精霊に働きかけるから、細かい指示ができるんですって。
「我が妃よ、構ってやらぬからと拗ねるでない」
あー、出た出た。勘違い野郎。自分が偉けりゃ誰もが言うこと聞くって思ってるタイプ、何様だ⁈ 禍ツ神様だ‼︎
「気持ちの悪いことをおっしゃらないでください」
シーリアはツンモードで言い放った。禍ツ神には一生デレモードは見せないと思う。
それにしても、あんまりダメージはないみたいね。こうなったら、いっちょいきますか。
「みんな、目を閉じて‼︎」
私の合図で全員が顔を手で覆った。
禍ツ神がこっちを見た。
「《聖光爆裂》‼︎」
あんだけ瘴気を溜めまくってたら、聖なる光を打ち当てるしかないっしょ?
あたりが真っ白になるほどの光が、禍ツ神に激突してドーンと爆発した。目を閉じても全然防ぎきれなかった光が、強烈に眩しい。
衝撃波も相当なもので、私の髪も衣服もびゅうびゅう風に吹かれてぐっちゃぐちゃになった。倒れなかったのはアル従兄様が支えてくれてるからよ。
チカチカした目をパチパチしていると、火炎放射が禍ツ神を襲い、雷がドーンと落ちた。目を閉じただけの私と違って、腕で視界を遮ったみんなは、すぐに次の行動に移れたようだ。
くけくけと気持ち悪い禍ツ神の悲鳴が聞こえてくる。
目の違和感が薄れると、ボロボロの王位を上半身にかろうじてひっかけた禍ツ神が、所々抉れた肉を晒してのたうっていた。
イケる?
まだよ。
相手は腐っても神様。
ビタンビタンと尻尾を振り回しながら、ヌロリと、身を起こす。
「お前、その魔術はなんだ? ⋯⋯魔術ではないな?」
赤い二股の舌をちらりと覗かせて、禍ツ神は私に興味を示した。
口、鼻、耳の穴から黒いタールのようなものがどろりと出てきて、それが気化して靄になった。黒い靄はしばらく揺蕩って、風に乗ってたなびき始めた。靄は禍ツ神の元に集まって、掲げた手のひらで凝り、玉になった。真っ黒で鈍く光っている。
禍ツ神はそれを、躊躇いなく口に入れ、喉を広げて飲み込んだ!
ソフトボールくらいあったわよ⁈
⋯⋯さすが蛇。
まさか、あの可憐なカーラちゃんも丸呑みとかするのかしら? 人身ではやめて欲しいと、切に願う。
現実逃避はさておき、黒い玉を飲み込んだ禍ツ神の体は、あちこちに見えていた火傷が綺麗さっぱり消えてしまった。
「傀儡に分け与えていた瘴気を、取り返しやがったな」
ちっと舌打ちしてアル従兄様が言って、納得した。ヴィラード国の兵士から出てきた黒いの、瘴気だったんだ。タール状だったのは、捕虜にした人たちより禍ツ神の近くにいたから、瘴気が濃かったんじゃないかしら。
「瘴気って言うか邪念とか怨念って、神様のご飯になるんでしょ?」
お腹いっぱい元気いっぱい、になっちゃったんじゃない? 火傷も治って煤けた王衣も綺麗になって、心なし、お肌も艶々してるように見える。
「龍の君、神々の理に従って静観していただこう!」
禍ツ神は蛇身を揺らして尻尾を振った。
地面が割れて地鳴りが響く。
蛇の神は大地を象徴する神様と言うだけあって、地面に対する影響がすごい。ザッカーリャのときのように微細な揺れが断続的に起こって、一瞬目が回った。砦の方まで揺れが届いているなら、またミシェイル様が苦しむことになる。
「守護龍さん! 鎮めるとか、封じるとか考えなくてもいいんでしょう⁈」
ごめんね、禍ツ神様! 人類の未来がかかってるの。全力で行くわよ!
ちょっと離れたところにいる守護龍さんに、大きな声で聞いた。禍ツ神にも聞こえてるけど、しょうがない。守護龍さんがにやりと笑ったので肯定したと判断する。まぁ、神様同士は不可侵らしいから、言葉にできないんでしょう。
「小娘が!」
あ、禍ツ神がこっち見た。でも、よそ見していいのかな?
カッ
バリバリ
ドーンッ!
ユン、いい仕事してくれるぅ!
絶妙なタイミングで雷が走り、巨大な尻尾を支えに胴を天に向かって伸ばしていた禍ツ神は、再び避雷針となった。
ドーンッ!
ドーンッ!
ドーンッ!
ユンはバロライ育ちらしい容赦のない早弓で、立て続けに雷を落とした。
咄嗟に地に伏せた禍ツ神の横っ面に火炎が襲いかかり、グギャーーッと人の言葉でないものが口から吐き出された。タタンが剣を構えて火炎放射を続け、炎の勢いで軽い体が後方に飛ばされそうになっているのを、三兄様が抑えている。
三兄様、剣を持たせたら天下一品なんだけど、さすがに禍ツ神を相手に接近戦は無理だ。うまい具合に経験の足りないタタンを助けてくれている。
禍ツ神はキロキロと目を動かして、ユンとタタンの両方を見比べて、タタンに標的を定めたようだ。ユンの背後には守護龍さんがいる。
ズルンと身体をくねらせて、タタン目掛けて進もうとして、背後から風の刃に襲い掛かられた。
グルンと禍ツ神が振り向いた先には、ザシャル先生の風の壁に守られたシーリアが、杖を掲げて立っていた。
ザシュン、ザシュンと結構えげつなく禍ツ神の体が切り付けられている。私の《鎌鼬》を見たシーリアと先生が、研究を重ねて風の精霊が喜びつつ言うことを聞いてくれる聖句を練り上げていたの。その成果ね。狭い範囲の精霊に働きかけるから、細かい指示ができるんですって。
「我が妃よ、構ってやらぬからと拗ねるでない」
あー、出た出た。勘違い野郎。自分が偉けりゃ誰もが言うこと聞くって思ってるタイプ、何様だ⁈ 禍ツ神様だ‼︎
「気持ちの悪いことをおっしゃらないでください」
シーリアはツンモードで言い放った。禍ツ神には一生デレモードは見せないと思う。
それにしても、あんまりダメージはないみたいね。こうなったら、いっちょいきますか。
「みんな、目を閉じて‼︎」
私の合図で全員が顔を手で覆った。
禍ツ神がこっちを見た。
「《聖光爆裂》‼︎」
あんだけ瘴気を溜めまくってたら、聖なる光を打ち当てるしかないっしょ?
あたりが真っ白になるほどの光が、禍ツ神に激突してドーンと爆発した。目を閉じても全然防ぎきれなかった光が、強烈に眩しい。
衝撃波も相当なもので、私の髪も衣服もびゅうびゅう風に吹かれてぐっちゃぐちゃになった。倒れなかったのはアル従兄様が支えてくれてるからよ。
チカチカした目をパチパチしていると、火炎放射が禍ツ神を襲い、雷がドーンと落ちた。目を閉じただけの私と違って、腕で視界を遮ったみんなは、すぐに次の行動に移れたようだ。
くけくけと気持ち悪い禍ツ神の悲鳴が聞こえてくる。
目の違和感が薄れると、ボロボロの王位を上半身にかろうじてひっかけた禍ツ神が、所々抉れた肉を晒してのたうっていた。
イケる?
まだよ。
相手は腐っても神様。
ビタンビタンと尻尾を振り回しながら、ヌロリと、身を起こす。
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