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10 浮気?
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夜空に星が輝き始めた頃。
城のダイニングにこの国の国王、王妃、第一王子カール、双子の第二王子ルーク、第三王子マークが会していた。
いつも通りの晩餐は、特にこれといった会話もなく、メインディッシュを終えた。
カチャカチャと食器を片付ける音が聞こえる中、突然、皆の視線が私へと注がれた。
(急にどうしたというのだろう?)
ちょっといろいろあって食欲がなく、残してしまったせいなのか、皆は心配そうに私を見ているように見える。
お茶とデザートが運ばれてきたところで、この国の国王である父上が口を開いた。
「カール、アイリーン嬢とナディーン嬢とオードリー嬢とダイアナ嬢の婚約が決まったと聞いたのだが、誠か?」
「あ、はい。本当です」
そう答えると、父上は憐れむような目で私を見た。
「13人も婚約者候補がいたというのに、このところことごとく婚約者が決まり、ほとんどいなくなってしまったではないか。カール、どうするつもりなのだ?」
「はぁ、まぁ、どうにかしないといけませんね」
私自身、『彼女』たちに婚約者が決まったと聞いたのはつい先程だ。
彼女たちから私の婚約者を選ぶつもりはなかったが、結婚したい相手が現れたから『彼女』から外して欲しいという書面がいっぺんに届けられたことには驚いたのだ。
またあの大量の書類にサインをしなければならない(それも4人分も)憂鬱感と、これで婚約者候補は事実上2人だけになったことの焦りもあり、私は今、プチパニック状態だった。
とりあえずお茶でも飲もうと手を伸ばしたところで、母上がゆっくりと話し始めた。
「彼女たちの婚約は喜ばしいことです。それにカール、あなたが悪いのですよ。のらりくらりと相手を決めず次々と『彼女』を増やし、誰にでも良い顔をしていたからこの様な事態になったのです。王子だからって調子に乗っていたのではなくて?」
「そんな事は……」
調子乗ったことはない。
それに、『彼女』が増えたことには父上、母上も関わっているのに。
「いいですか、ルークもマークも10歳にして、婚約者を決めているのです。それなのに」
母上が珍しく目を鋭くした。
「あなたったらランディとばかり一緒にいて!」
「へっ……?」
ど、どうしてランディが出てくるんだ?
それに、一緒にいるのは側近だから仕方ないのに。
母上だっていつも数人の侍女を連れている。それと同じだと思うけど?
「いや、ランディは側近だから……」
「そうだったわね。けれど、あなたももう16歳。おかしな噂が立つ前に、婚約者を決めなさい」
「おかしな噂って?」
『彼女』がたくさんいるってこと?
それはすでに国民のほとんどが知っていることだ。
母上の言葉の意味がわからず首を傾げていると、お茶を飲んだマークが話し出した。
「もう遅いですよ母上。カール兄様とランディには禁断の恋との噂があるのです」
ルークは真っ直ぐに私を見て、ニッと笑みを浮かべた。
「噂が本当なら、僕は応援しますよ。隣国へ渡れば結婚もできます。その時には継承権を、僕らのどちらかに譲ってくださいね」
「はっ?」
すでにプチパニック状態だった私は何が何だかわからなくなった。
禁断の恋って……ランディと私が恋人ってこと?
マークとルークを交互に見ながら、瞬きを繰り返していると「冗談です」と二人は声を揃えた。
冗談って何処からどこまで?
ランディのこと? 継承権?
それとも結婚?
すると、私と双子との会話を聞いて「ほほほ」と笑っていた母上が、閃いたとばかりに両手を合わせた。
「婚約者はスカーレット嬢にしなさい。一番最初に『彼女』にしているし、あの子なら誰も文句を言わないわ」
「いっ、いや……スカーレット嬢は」
彼女にはケイトリン嬢という愛する人がいる、とは言えず口籠ると、父上と母上、弟達からまた冷めた目を向けられた。
「まさか、また『彼女』を増やすおつもりですか?」
「兄上、浮気者は嫌われますよ」
ルークとマークは呆れたように話す。
「うっ浮気なんてしないよっ!」
浮気って、それだけはありえない。
ブンブンと首を横に振っていると、ルークが赤い瞳を煌めかせた。
「たくさんの彼女を持っている時点で、兄上は浮気者だと思います」
ーー浮気者?
私、浮気者なの?
◇◇◇
その後、父上から「この一年内に婚約を!」と一喝されディナーと話は終わった。
部屋に戻ってすぐに、話疲れた私は、上着と靴を脱ぎ捨て、ベッドにダイブした。
柔らかくて気持ちいい。
「どの世界でも、親の言うことは一緒だ……」
婚約者を決めるつもりではいるけれど、まだ16歳になったばかりなのに。
弟たちは10歳で婚約者が決まっているけれど。
(でもさ、前世だとまだ高校生だよ。婚約とか、早すぎると思うんだよね)
「……どうしよう」
父上に言われなくとも、絶賛婚約者探し中だった。
ーーまさか、ランディと噂になっているとは知らなかったけど。
「2人のどちらかに決めないと……」
顔を横に向けると、机の上に置いてある5人分の書類の山が見えた。
「明日、明日書くから」
そう言って、体を仰向けにして目を瞑る。
「婚約……私が婚約者を決めたら、彼女たちは……」
婚約者を決めるつもりでいたけれど、内々の決定にしておこうと思っていた。
結婚は成人を迎えるまでできないのだ。だから、そのギリギリまで、スカーレット公爵令嬢、ケイトリン男爵令嬢、ノーラ聖女の3人の『彼女』たちはそのまま置いておくつもりでいたのに。
だが、父上に決めるよう言われてしまったため、公表しなければならない。
公表すれば、カール王子の『彼女』制度はなくなる。
「困ったなぁ」
隣国は同性婚が認められている。
スカーレット公爵令嬢もそのことは知っている。結婚を望むなら、彼女を連れてこの国を出て行くはずだけど、それをしないのには理由があるのだろう。
ノーラ聖女、彼女がずっとコーディ神官の側にいられるようにするには……。
「マジで婚約者、どうしよう」
そもそも王族ならば、弟たちのように10歳の頃には婚約者が決められる。
だが、私は世継ぎという理由で決められなかった。
いや、父上はその頃にはすでに決まっていたと聞いたことがある。
私だけが、どうして?
「もしかして……」
ーー転生、関係ある?
あの時、最後に好きな人と幸せな結婚がしたいと願ったから……転生した私、カール王子の婚約者は決められなかった?
「お爺さん神様、すごいな」
あんなに小さかったのに、めちゃくちゃ力持ってたんだ。
(だったら、もう一度……一緒になりたいって願えばよかった)
『浮気者は嫌われますよ』
フッとマークに言われた言葉を思い出した。
浮気か……。
まさか自分が、その言葉を言われる立場になろうとは思わなかったな。
浮気……。
「光輝の相手……どんな人だったんだろう」
実はちょっと……ううん、すごく気になってた。
あの時互いに36歳。私(かおり)は少しでもキレイに見えるように努力していた、つもりだ。
けれど、不妊治療をしていた私の体は、毎日の薬や注射、通院で心とともにボロボロだった。
ーーあの辛さは、経験しないとわからないと思う。
毎月、月の物が来る度に地獄に突き落とされる。妊娠出来ない私は、女としてダメだと言われている感じがしていた。
気づかれない様に平静を装っていたから、周りは誰も知らないけど。
でもまぁ、不妊治療も妊娠のために控えていた飲み物や食べ物も、お爺さん神様の言葉をきっかけにやめてしまったけれど。
ーーちょうどよかった。
あの時の私は、疲れ切っていたから。
止めたら止めたで妙な不安があったけど。
どちらにせよ、私は妊娠することはなかったから。
ーー最後まで、光輝とは何もなかったから。
あの頃、夜になると光輝のスマホにかかってきていた電話の相手。
光輝は会社の後輩だって言ってたけど、本当は彼女だとわかってた。
いつもベランダや廊下に出て、私に聞かれない様に話していたから。会社の後輩だったら、あんなコソコソと話す必要ない。
それに『あきら』って優しい声で呼んでるの、何度も聞こえてて。
ーー『あきら』さん、どんな人だったんだろう。
光輝は、華奢な清楚系美人が好きだったから、そんな女性なんだろうな。
私とはまったく違うタイプの……。
「……ばか……光輝のばか! 私の名前はほとんど呼んでくれなかったくせに、あきらって、浮気相手の名前はしょっちゅう甘い声で呼んでさっ! ばかっばかっ!」
思い出したら悔しくなって、枕に顔をくっ付けて叫んだ。
今は部屋に一人きり。
そう思って前世で香が溜め込んでいた思いを吐き出した。
「かおりって、呼んでほしかった! もっとぎゅってして欲しかった!」
もし、廊下に声が漏れていたとしても、カール王子様ご乱心? と思われるだけ。
どうせ言っている内容なんて誰もわかんないから。
◇◇◇
(……香……)
カールが一人きりだと思っていた部屋に、ランディはいた。
仕事を済ませ、明日の約束をしてシシリアを帰したランディは、少しでも早くカールに会うためにダイニングの扉の前で待っていたのだ。
すると、何やら神妙な面持ちで出てきたカールが、ランディに気づくことなく早足で通り抜けた。
(カール?)
ランディは、そのままカールの後ろをついて行った。
カールは、ランディが後ろにいると気づかないまま、自室へ戻り、服と靴を脱ぎ捨てベッドへダイブしたのだ。
ランディはそっと部屋の扉を閉めて、声をかけるタイミングを見計らい、部屋の片隅に立っていたのだが。
そこで、カールの口から前世の自分へのありもしない浮気話を聞くことになった。
(違う、違うんだ……)
「バカ……」
カールが、今にも泣き出しそうな声で何度も呟く。
ランディは唇を噛み締め、ただ聞くことしかできなかった。
伝えたいことはたくさんある。
けれど、今は……。
しばらくすると、カールが静かになった。
「……カール、寝たのか?」
スー、スーと寝息が聞こえてくる。
ランディは足音を立てない様にベッドへと近づいた。
「カール?」
カールは眉間には皺を寄せ、口はタコみたいに尖らせたまま眠っていた。
「『あきら』は会社の後輩、男だよ」
囁くように話したランディは、そっとカールの髪に触れた。
柔らかな金色の髪。
短い髪は、するりと指を抜ける。
俺、甘い声で名前を呼んだ覚えはないけど。
確かに、香の名前はほとんど呼ばなかったな。
呼ぶ時は『ねぇ』とか『おい』なんて言ってた。
何だか名前を呼ぶのは照れくさくてっていい訳だよな。
「……かおり」
◇◇◇
「おはようございます、カール王子様。本日はリゼット・モーガン伯爵令嬢の所へ行きますよ」
ランディの甘い声がすると同時に、耳にフッと息を吹きかけられた。
「ふえっ?!」
びっくりして飛び起きて、そのまま片手で首を抱えた。
ーーわぁ、めっちゃ首が痛い。
寝違えているみたい。
昨日、あのまま寝てしまったからなのか、凄く首が痛いよ。
起きたのを確認したからか、ランディは、ガバッと布団を剥いだ。
ーー寒っ!
「カール王子様、モーガン伯爵家に行く前に5名分の書類にサインをしていただかなければなりません。本日は予定が詰まっておりますので、急いで下さい!」
「ええっ! 今起きたばっかりだぞ」
「急いで!」
ランディが、アイスブルーの目から矢を飛ばすような勢いで私を見ている。
さっきの甘ったるい声はどうした?
お前変わりすぎだぞ? などと思いつつ、私は急いで身支度を整え書類にサインをした。
ああ、『彼女』に入れるのは簡単なのに外すのは何でこんなに大変なんだろ。
1人分の書類をすませた時、ぐううっとお腹が鳴った。
そういえば、身支度を整えた時、水を一杯のんだだけだ。
「……お腹空いた。ランディちょっと休憩させて」
判を押しながら、後ろに立っているランディに言った。
「ほら」
突然、口の中にぶどうが一粒押し入れられる。
「むぐっ」
「美味いだろう?」
おいしい、おいしいけどちょっとこれは違うだろう?
それに恥ずかしい。
この部屋には、昨日からランディの手伝いをすることになった、シシリア嬢もいるのだ。
彼女はちょっと離れた場所に椅子を置き、私達の様子を見ながらニヤニヤ笑っている。
「ランディ、自分で食べるからーーぐっ、んっ」
口を開いた途端、ぶどうを口に入れられた。
結局、私が「もう食べきれない」と言うまで、ランディは口にぶどうを運び続けた。
「うふふ、眼福ですわ」
シシリア嬢は私とランディのやり取りを見て楽しそうに笑っている。
恥ずかしい……ランディのバカ!
男同士なのに、お口にあーんとかするな!
くそっ、強く抵抗出来ない私も悪いのか?
でもあの顔……うっ、ズルい。
ーー何とか昼前に5人分の書類は完成した。
それからすぐに、私達はモーガン伯爵家へと出掛けたのだ。
城のダイニングにこの国の国王、王妃、第一王子カール、双子の第二王子ルーク、第三王子マークが会していた。
いつも通りの晩餐は、特にこれといった会話もなく、メインディッシュを終えた。
カチャカチャと食器を片付ける音が聞こえる中、突然、皆の視線が私へと注がれた。
(急にどうしたというのだろう?)
ちょっといろいろあって食欲がなく、残してしまったせいなのか、皆は心配そうに私を見ているように見える。
お茶とデザートが運ばれてきたところで、この国の国王である父上が口を開いた。
「カール、アイリーン嬢とナディーン嬢とオードリー嬢とダイアナ嬢の婚約が決まったと聞いたのだが、誠か?」
「あ、はい。本当です」
そう答えると、父上は憐れむような目で私を見た。
「13人も婚約者候補がいたというのに、このところことごとく婚約者が決まり、ほとんどいなくなってしまったではないか。カール、どうするつもりなのだ?」
「はぁ、まぁ、どうにかしないといけませんね」
私自身、『彼女』たちに婚約者が決まったと聞いたのはつい先程だ。
彼女たちから私の婚約者を選ぶつもりはなかったが、結婚したい相手が現れたから『彼女』から外して欲しいという書面がいっぺんに届けられたことには驚いたのだ。
またあの大量の書類にサインをしなければならない(それも4人分も)憂鬱感と、これで婚約者候補は事実上2人だけになったことの焦りもあり、私は今、プチパニック状態だった。
とりあえずお茶でも飲もうと手を伸ばしたところで、母上がゆっくりと話し始めた。
「彼女たちの婚約は喜ばしいことです。それにカール、あなたが悪いのですよ。のらりくらりと相手を決めず次々と『彼女』を増やし、誰にでも良い顔をしていたからこの様な事態になったのです。王子だからって調子に乗っていたのではなくて?」
「そんな事は……」
調子乗ったことはない。
それに、『彼女』が増えたことには父上、母上も関わっているのに。
「いいですか、ルークもマークも10歳にして、婚約者を決めているのです。それなのに」
母上が珍しく目を鋭くした。
「あなたったらランディとばかり一緒にいて!」
「へっ……?」
ど、どうしてランディが出てくるんだ?
それに、一緒にいるのは側近だから仕方ないのに。
母上だっていつも数人の侍女を連れている。それと同じだと思うけど?
「いや、ランディは側近だから……」
「そうだったわね。けれど、あなたももう16歳。おかしな噂が立つ前に、婚約者を決めなさい」
「おかしな噂って?」
『彼女』がたくさんいるってこと?
それはすでに国民のほとんどが知っていることだ。
母上の言葉の意味がわからず首を傾げていると、お茶を飲んだマークが話し出した。
「もう遅いですよ母上。カール兄様とランディには禁断の恋との噂があるのです」
ルークは真っ直ぐに私を見て、ニッと笑みを浮かべた。
「噂が本当なら、僕は応援しますよ。隣国へ渡れば結婚もできます。その時には継承権を、僕らのどちらかに譲ってくださいね」
「はっ?」
すでにプチパニック状態だった私は何が何だかわからなくなった。
禁断の恋って……ランディと私が恋人ってこと?
マークとルークを交互に見ながら、瞬きを繰り返していると「冗談です」と二人は声を揃えた。
冗談って何処からどこまで?
ランディのこと? 継承権?
それとも結婚?
すると、私と双子との会話を聞いて「ほほほ」と笑っていた母上が、閃いたとばかりに両手を合わせた。
「婚約者はスカーレット嬢にしなさい。一番最初に『彼女』にしているし、あの子なら誰も文句を言わないわ」
「いっ、いや……スカーレット嬢は」
彼女にはケイトリン嬢という愛する人がいる、とは言えず口籠ると、父上と母上、弟達からまた冷めた目を向けられた。
「まさか、また『彼女』を増やすおつもりですか?」
「兄上、浮気者は嫌われますよ」
ルークとマークは呆れたように話す。
「うっ浮気なんてしないよっ!」
浮気って、それだけはありえない。
ブンブンと首を横に振っていると、ルークが赤い瞳を煌めかせた。
「たくさんの彼女を持っている時点で、兄上は浮気者だと思います」
ーー浮気者?
私、浮気者なの?
◇◇◇
その後、父上から「この一年内に婚約を!」と一喝されディナーと話は終わった。
部屋に戻ってすぐに、話疲れた私は、上着と靴を脱ぎ捨て、ベッドにダイブした。
柔らかくて気持ちいい。
「どの世界でも、親の言うことは一緒だ……」
婚約者を決めるつもりではいるけれど、まだ16歳になったばかりなのに。
弟たちは10歳で婚約者が決まっているけれど。
(でもさ、前世だとまだ高校生だよ。婚約とか、早すぎると思うんだよね)
「……どうしよう」
父上に言われなくとも、絶賛婚約者探し中だった。
ーーまさか、ランディと噂になっているとは知らなかったけど。
「2人のどちらかに決めないと……」
顔を横に向けると、机の上に置いてある5人分の書類の山が見えた。
「明日、明日書くから」
そう言って、体を仰向けにして目を瞑る。
「婚約……私が婚約者を決めたら、彼女たちは……」
婚約者を決めるつもりでいたけれど、内々の決定にしておこうと思っていた。
結婚は成人を迎えるまでできないのだ。だから、そのギリギリまで、スカーレット公爵令嬢、ケイトリン男爵令嬢、ノーラ聖女の3人の『彼女』たちはそのまま置いておくつもりでいたのに。
だが、父上に決めるよう言われてしまったため、公表しなければならない。
公表すれば、カール王子の『彼女』制度はなくなる。
「困ったなぁ」
隣国は同性婚が認められている。
スカーレット公爵令嬢もそのことは知っている。結婚を望むなら、彼女を連れてこの国を出て行くはずだけど、それをしないのには理由があるのだろう。
ノーラ聖女、彼女がずっとコーディ神官の側にいられるようにするには……。
「マジで婚約者、どうしよう」
そもそも王族ならば、弟たちのように10歳の頃には婚約者が決められる。
だが、私は世継ぎという理由で決められなかった。
いや、父上はその頃にはすでに決まっていたと聞いたことがある。
私だけが、どうして?
「もしかして……」
ーー転生、関係ある?
あの時、最後に好きな人と幸せな結婚がしたいと願ったから……転生した私、カール王子の婚約者は決められなかった?
「お爺さん神様、すごいな」
あんなに小さかったのに、めちゃくちゃ力持ってたんだ。
(だったら、もう一度……一緒になりたいって願えばよかった)
『浮気者は嫌われますよ』
フッとマークに言われた言葉を思い出した。
浮気か……。
まさか自分が、その言葉を言われる立場になろうとは思わなかったな。
浮気……。
「光輝の相手……どんな人だったんだろう」
実はちょっと……ううん、すごく気になってた。
あの時互いに36歳。私(かおり)は少しでもキレイに見えるように努力していた、つもりだ。
けれど、不妊治療をしていた私の体は、毎日の薬や注射、通院で心とともにボロボロだった。
ーーあの辛さは、経験しないとわからないと思う。
毎月、月の物が来る度に地獄に突き落とされる。妊娠出来ない私は、女としてダメだと言われている感じがしていた。
気づかれない様に平静を装っていたから、周りは誰も知らないけど。
でもまぁ、不妊治療も妊娠のために控えていた飲み物や食べ物も、お爺さん神様の言葉をきっかけにやめてしまったけれど。
ーーちょうどよかった。
あの時の私は、疲れ切っていたから。
止めたら止めたで妙な不安があったけど。
どちらにせよ、私は妊娠することはなかったから。
ーー最後まで、光輝とは何もなかったから。
あの頃、夜になると光輝のスマホにかかってきていた電話の相手。
光輝は会社の後輩だって言ってたけど、本当は彼女だとわかってた。
いつもベランダや廊下に出て、私に聞かれない様に話していたから。会社の後輩だったら、あんなコソコソと話す必要ない。
それに『あきら』って優しい声で呼んでるの、何度も聞こえてて。
ーー『あきら』さん、どんな人だったんだろう。
光輝は、華奢な清楚系美人が好きだったから、そんな女性なんだろうな。
私とはまったく違うタイプの……。
「……ばか……光輝のばか! 私の名前はほとんど呼んでくれなかったくせに、あきらって、浮気相手の名前はしょっちゅう甘い声で呼んでさっ! ばかっばかっ!」
思い出したら悔しくなって、枕に顔をくっ付けて叫んだ。
今は部屋に一人きり。
そう思って前世で香が溜め込んでいた思いを吐き出した。
「かおりって、呼んでほしかった! もっとぎゅってして欲しかった!」
もし、廊下に声が漏れていたとしても、カール王子様ご乱心? と思われるだけ。
どうせ言っている内容なんて誰もわかんないから。
◇◇◇
(……香……)
カールが一人きりだと思っていた部屋に、ランディはいた。
仕事を済ませ、明日の約束をしてシシリアを帰したランディは、少しでも早くカールに会うためにダイニングの扉の前で待っていたのだ。
すると、何やら神妙な面持ちで出てきたカールが、ランディに気づくことなく早足で通り抜けた。
(カール?)
ランディは、そのままカールの後ろをついて行った。
カールは、ランディが後ろにいると気づかないまま、自室へ戻り、服と靴を脱ぎ捨てベッドへダイブしたのだ。
ランディはそっと部屋の扉を閉めて、声をかけるタイミングを見計らい、部屋の片隅に立っていたのだが。
そこで、カールの口から前世の自分へのありもしない浮気話を聞くことになった。
(違う、違うんだ……)
「バカ……」
カールが、今にも泣き出しそうな声で何度も呟く。
ランディは唇を噛み締め、ただ聞くことしかできなかった。
伝えたいことはたくさんある。
けれど、今は……。
しばらくすると、カールが静かになった。
「……カール、寝たのか?」
スー、スーと寝息が聞こえてくる。
ランディは足音を立てない様にベッドへと近づいた。
「カール?」
カールは眉間には皺を寄せ、口はタコみたいに尖らせたまま眠っていた。
「『あきら』は会社の後輩、男だよ」
囁くように話したランディは、そっとカールの髪に触れた。
柔らかな金色の髪。
短い髪は、するりと指を抜ける。
俺、甘い声で名前を呼んだ覚えはないけど。
確かに、香の名前はほとんど呼ばなかったな。
呼ぶ時は『ねぇ』とか『おい』なんて言ってた。
何だか名前を呼ぶのは照れくさくてっていい訳だよな。
「……かおり」
◇◇◇
「おはようございます、カール王子様。本日はリゼット・モーガン伯爵令嬢の所へ行きますよ」
ランディの甘い声がすると同時に、耳にフッと息を吹きかけられた。
「ふえっ?!」
びっくりして飛び起きて、そのまま片手で首を抱えた。
ーーわぁ、めっちゃ首が痛い。
寝違えているみたい。
昨日、あのまま寝てしまったからなのか、凄く首が痛いよ。
起きたのを確認したからか、ランディは、ガバッと布団を剥いだ。
ーー寒っ!
「カール王子様、モーガン伯爵家に行く前に5名分の書類にサインをしていただかなければなりません。本日は予定が詰まっておりますので、急いで下さい!」
「ええっ! 今起きたばっかりだぞ」
「急いで!」
ランディが、アイスブルーの目から矢を飛ばすような勢いで私を見ている。
さっきの甘ったるい声はどうした?
お前変わりすぎだぞ? などと思いつつ、私は急いで身支度を整え書類にサインをした。
ああ、『彼女』に入れるのは簡単なのに外すのは何でこんなに大変なんだろ。
1人分の書類をすませた時、ぐううっとお腹が鳴った。
そういえば、身支度を整えた時、水を一杯のんだだけだ。
「……お腹空いた。ランディちょっと休憩させて」
判を押しながら、後ろに立っているランディに言った。
「ほら」
突然、口の中にぶどうが一粒押し入れられる。
「むぐっ」
「美味いだろう?」
おいしい、おいしいけどちょっとこれは違うだろう?
それに恥ずかしい。
この部屋には、昨日からランディの手伝いをすることになった、シシリア嬢もいるのだ。
彼女はちょっと離れた場所に椅子を置き、私達の様子を見ながらニヤニヤ笑っている。
「ランディ、自分で食べるからーーぐっ、んっ」
口を開いた途端、ぶどうを口に入れられた。
結局、私が「もう食べきれない」と言うまで、ランディは口にぶどうを運び続けた。
「うふふ、眼福ですわ」
シシリア嬢は私とランディのやり取りを見て楽しそうに笑っている。
恥ずかしい……ランディのバカ!
男同士なのに、お口にあーんとかするな!
くそっ、強く抵抗出来ない私も悪いのか?
でもあの顔……うっ、ズルい。
ーー何とか昼前に5人分の書類は完成した。
それからすぐに、私達はモーガン伯爵家へと出掛けたのだ。
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私がサフィア王子と婚約したのは7歳のとき。彼は13歳だった。
……あれ、変態?
そう、ただいま走馬灯がかけ巡っておりました。だって人生最大のピンチだったから。
「愛しいアリアネル。君が他の男を見つめるなんて許せない」
そう。殿下がヤンデレ……いえ、病んでる発言をして部屋に鍵を掛け、私をベッドに押し倒したから!
「君は僕だけのものだ」
いやいやいやいや。私は私のものですよ!
何とか救いを求めて脳内がフル稼働したらどうやら現世だけでは足りずに前世まで漁くってしまったみたいです。
逃げられるか、私っ!
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
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