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11 幸せな宝物
しおりを挟む「すみませんカール王子様。せっかくランディ様とのデートなのに。私、お邪魔ですね」
『彼女』であるリゼット・モーガン伯爵令嬢の邸宅へと向かう馬車の中。
ランディの横に座っているシシリア嬢が、おかしなことを言ってきた。
「デ、デートじゃないよっ? 今から私の『彼女』の所へ行くんだよ?」
そんなこと、他の人に聞かれたらあの噂は本当だったと思われてしまう。
「……そうですかぁ?」
シシリア嬢は笑みを浮かべ、ランディを横目で見る。
ランディはといえば、馬車に乗ってからずっと仏頂面をして窓の外を眺めていた。
昨日、シシリア嬢を紹介された時にはランディの彼女何じゃないかと思ったりもしたのだけれど。
どうも、違うみたいだ。
シシリア嬢の言う通り、二人は本当に友人なのだろう。
「リゼット伯爵令嬢とは、どんな方なのですか?」
シシリア嬢がまん丸な目を向けて聞いてきた。
モーガン伯爵家までは、まだ少し距離がある。
私はシシリア嬢に話をすることにした。
「リゼット嬢はね……」
8人目の『彼女』リゼット・モーガン伯爵令嬢。
薄い紫色の髪と青い目のかわいい女性だ。
出会ったのは2年前。
彼女を一目見て、私から『彼女』になって欲しいと頼んだ。あの時、私はなぜだかどうしてもリゼット伯爵令嬢に『彼女』になって欲しいと思ったのだ。
ーーだが、すぐに断られた。
「カール王子様、私はこんな姿なのです」
リゼット伯爵令嬢は、自身の持つ白い杖を見せると寂しそうに笑った。
リゼット嬢は生まれた時から足が悪かった。
この国には、聖女も魔女もいる、魔法も使えるのに、彼女の足は治すことができなかった。
だが、足の治らない原因こそが、魔法だった。
はじまりは、リゼット嬢が生まれてすぐ、モーガン伯爵が足の治療のために呼んだ魔女だ。
魔女は彼女の足の原因となる骨を治した。歩くようになるまでは完全に治っているのかわからないと言い、何かあれば再び自分を呼ぶようにと告げた。
それから数年後、しばらくは何事もなく歩いていたリゼット嬢が、足が痛いと泣くようになった。
モーガン伯爵は、もう一度あの魔女を呼んだ。
しかし、訪れた魔女は、あの魔女の孫娘だった。
最初にリゼット嬢に治癒を施した魔女は、高齢のため亡くなっていたのだ。
そのため、魔女の孫娘がリゼット嬢に痛みを取り除く治癒魔法を掛けた。
痛みは一旦治ったものの、一年後には再び痛みはじめた。
魔法は一人一人が微妙に違う性質を持つ。それが同じ呪文でもだ。
ただ、当時その事を知るものは、聖女にも魔法を使う魔女たちの中にも少なかった。
当然、何も知らないモーガン伯爵は、娘の足を治してやりたいという思いで、いろいろな聖女や魔女に治癒をたのんだ。
しかし、重ねられた治癒魔法はリゼット嬢の足を治すどころか悪化せ、杖がなければ歩けない状態になったのだ。
「リゼット嬢の足を治せる人を探すためにも、私の『彼女』になって、と言ったんだ。でも、ぜんぜん見つけられなくてさ」
ノーラ聖女にも見てもらったけれど、自分にはどうにもできないと言われた。
あれから1年半、リゼット伯爵令嬢とは会えずじまいだ。
私が話終えると、シシリア嬢はゆっくり目を伏せた。
「それは……モーガン伯爵もさぞ悲しまれたでしょうね」
「うん、そうなんだ」
娘のためにと思ってやったこと。
モーガン伯爵は悪くない。
それに、誰であろうと、自分が望みが叶うときけば、どんなものにも手を出してしまうのだ。
話を終えた私は、窓の外に目を向けた。
ーー私も、前世で似た様なことがあった。
それは、子どもが欲しいと切に願っていた頃。
私は、子宝の御利益があるときけばそこへ足を運んでいた。
数々の神社でお祓いをし、お札にお守り、子宝の石にパワーストーンなど手に入れていた。
けれど、赤ちゃんを授かる気配すらなくて。
そんなある日、商店街のイベントに有名な占い師がきたのだ。
占いも好きだった私は、もちろん占ってもらった。
『あなた、いろんな所に行き過ぎて、たくさんの生き霊が付いているわよ。子どもを授かれない原因はそれね』
『えっ、それじゃ私は、どうすればいいんですか?』
『これを持っていれば大丈夫』
そう言って渡されたパワーストーン、五千円也。
その占いを信じたわけじゃないけれど、その後は人の多いところを避けるようになった。
だって生き霊って、生きている人の霊でしょ?
お札や御守りはある程度返しに行った。たくさんあった子宝グッズはどうにもできなくて、そのまま箱に仕舞い込んだ。
「そういえば、招き猫を買いに朝から並んだ事もあったなぁ……あれ、どうしたっけ」
「マネキネコってなんですかぁ?」
「ーーへっ?」
やばっ、口に出てた。
とりあえず、笑ってみたけれど、私を見るシシリア嬢の顔は興味津々で。
うわぁー、この国、招き猫ないのかな? ないよね⁈
「……猫の置物だろ」
ランディが外を眺めたまま言った。
「ああ! 猫の置物! そういえばマネキネコという名前のものがありましたね!」
知ってる、知ってると言いながら、シシリア嬢は頷いた。
ーー招き猫……この国にはそんなの無いよね?
◇◇◇◇
カールが呟いた『招き猫』。
それは、一人になって半年が過ぎた頃。実家へ戻るため、部屋を片付けていた時に見つけた白いダンボール箱に入っていた。
箱には大小様々なたくさんの招き猫、変な黒い人形と唐辛子みたいな飾りが入ってた。
それから、香がよく着けていた白とピンクの石の腕輪と、子宝の御守りが一つ。
後でわかったけど、箱の中身全て、子宝祈願の物だった。
ーーこれを香は……どんな気持ちで箱に仕舞い込んだんだろう。
想像して……俺は、箱を抱えて泣いた。
ーーごめん、ごめん香。子どもができなかったのは俺のせいだ。
俺が正直に言っていれば、それでも、ずっとそばにいてほしいと伝えれば……。
いなくなった今、こんなこと思ってもどうしようもない。
ーーダンボール箱はそのまま寺に持っていった。
お祓いして処分しておきますね、と言われ、慌てて香がよく着けていた白とピンクの石の腕輪を取り出した。
男の俺が着けるのには抵抗があったから、部屋に飾った香の写真の前に置いた。
毎朝仕事へ行く前に握りしめて「行ってきます」と言うのが俺の定年までの習慣となっていた。
40年の間には紐も切れて、腕輪はバラバラになったけれど。
そのバラバラの石を、香を思って握りしめていた。
『転生したらまた会える』
そう思うことが、俺の生きる希望だった。
(再び香に会ったなら、全部話して謝って、もう一度一緒になって欲しいと伝える)
一日も早く転生したいと願っていたが、自ら命を断つことも、命を縮める行為もしなかった。
俺の転生には、条件があったのだ。
転生を急ぎ、自ら命を絶ってはならない。必ず寿命を全うしなければならない。
それが守れなければ、二度と香と同じ場所に転生することはない。
今、生まれ変わった香はすぐそこにいる。
この腕に抱きしめられるほど近くにいるのにーー。
◇◇◇◇
ーーしっ視線を感じる。
思わず逸らしてしまったが、さっきまで外を眺めていたランディが、招き猫の話の後から、ずっと私を見ているのだ。
それも、すごく熱い視線で。
それを、シシリア嬢がワクワクした顔をして見ているのも気になる。
ううっ、ランディ。その顔で見つめてくるなっ、男でも恥ずかしいぞ!
「うふふ、氷の騎士の熱視線、凍るの? 溶けるの? なーんて!」
小さな声でシシリア嬢がくだらない事を言っている。
聞こえてないフリをしてるけど、全部聞こえてるからね!
「あっ、と・ろ・け・ちゃう、かな~?」
「……」
ランディの熱視線を受けながし、シシリア嬢の話を聞きながしながら、やっとモーガン伯爵邸へと着いた。
先ぶれを出していたからか、玄関先でモーガン伯爵と夫人が待っていた。
「カール王子様、ようこそいらっしゃいました」
モーガン伯爵と夫人は深々と頭を下げる。
「久しぶりだね。って、モーガン伯爵、夫人も、どうしたの?」
「その……あったといいますか。どうか! カール王子様、我々に温情をお与え頂きたいのです」
二人はさらに頭を下げる。
「……どういう事?」
頭を上げて詳しく話すよう告げると、モーガン伯爵夫妻は顔を上げた。
「詳しくは、見ていただければおわかりになると思います」
モーガン伯爵夫妻はもう一度頭を下げた。
「どうぞこちらへ……。リゼット達が待っております」
「……達?」
リゼット嬢は一人娘のはずだけど?
モーガン伯爵に案内され、リゼット嬢の待つ部屋へ向かった。
はじめて入った彼女の部屋の中に、リゼット嬢がいた。
「カール王子様、お久しぶりでございます」
「ああ、長らく会いに来なくてすまなかったね。変わりはない……?」
ーーないことは無いよね?
どう見ても、何かあった。
リゼット嬢は腕に、かわいい赤ちゃんを抱いていた。
二人の横には、くの字に体を折り曲げ頭を下げる茶髪の青年もいる。
ーー誰?
リゼット嬢は私の視線の先に気づくと、赤ちゃんの顔を私に見せた。
「カール王子様、この子は私の子供です」
「そ、そのようだね。そっくりだ、うん、とても可愛い」
かわいい赤ちゃんだ。ぷにぷにしている、何ヶ月くらいかな?
などと考えている間も、リゼット嬢の隣では茶髪の青年が頭を下げ続けていた。
ーーリゼット嬢、リゼット嬢の赤ちゃん、となるとその青年は……。
「ねぇ君、頭を上げてよ。そのままでは話も出来ないよ?」
申し訳なさそうに顔を上げた青年を見て、ハッとした。
その青年は、幼少期の剣術の先生であったハミルトン伯爵の次男、セレス令息だったのだ。
彼も一緒に指導を受けていた。私はあまり上手くなかったが、彼は父親譲りの腕前で素早い突きは秀逸だった。
「カール王子様、お久しぶりです。セレス・ハミルトンです」
「久しぶりだねセレス。もしかして、君がその子の父親なの?」
「はい、その通りです」
そうか、父親。ーー父親?
「ほぇっ⁉︎ ほ、本当に?」
驚いて変な口調になってしまった。
リゼット嬢は私の、この国の王子の『彼女』だ。
とはいえ、恋をしてもかまわないし、他に好きな相手が現れたなら『彼女』から外れることもできる。
リゼット嬢からそう言った話はこれまでまったくなかった。
それなのに、子ども?
意味がわからない私は、ただ目を丸くした。
「一年半程前になります」
セレス伯爵令息が、申し訳なさそうに話をはじめた。
事業の一部で庭の造形を請け負っていたハミルトン伯爵は、モーガン伯爵から庭を作り替えたいと頼まれ、ハミルトン伯爵はセレスと職人を連れて、モーガン伯爵家を訪れた。
セレスは、そこで初めてリゼット嬢と出会い、何度か会って話をする内に、互いに惹かれあい、子供が出来たという。
「ちょっ、待ってよ。互いに惹かれ合ったのはわかるけど、それだけじゃ子供は出来ないだろうっ!」
早すぎる、セレス! お前早いのは突きだけじゃなかったのか!
「申し訳ありません!」
セレスは深々と頭を下げた。
ーーまったく。
(ーーああ、だからモーガン伯爵夫妻は、温情をと言ったのか……)
玄関先で深々と頭を下げたモーガン伯爵夫妻の理由が、ここでようやくわかった。
モーガン伯爵夫妻は『彼女』となっているにもかかわらず、妊娠し子どもを産んだ娘に、私が罰を与えると思っていたのだ。
うーん?
『彼女』は『婚約者』ではない。婚約者候補だ。
罰なんて与えるつもりはないし、与えるのはおかしな気がする。
それに『彼女』に入ってもらったのは私だ。一年以上も会わなかったのも私。
「リゼット嬢、手紙でもいいから私に一言伝えてくれればよかったのに。セレスもだよ?」
笑みを浮かべ伝えると、セレスが再び頭を下げた。
「本当に申し訳ありません」
「カール王子様、本当に……」
リゼット嬢が頭を下げようとすると、赤ちゃんがぐずりだした。
「お腹が空いたの?」
リゼット嬢は優しく語りかけながら、赤ちゃんをあやしている。
その光景を微笑ましく見ていた私は、あることに気がついた。
リゼット嬢は赤ちゃんを両手で抱いているのだ。
もちろん杖は持っていない。
セレスが支えている訳でもなく、一人でしっかりと立っている。
「リゼット嬢! 杖が無くても平気なの⁉︎」
リゼット嬢は優しく微笑み小さく頷いた。
「何故かわかりませんが、妊娠がわかってから徐々に足の痛みが消えたのです。今では普通に歩く事が出来るほどです。本当に不思議なのですが、どうしてなのか……」
すると突然、私の後ろにいたシシリア嬢が「失礼」と言い、リゼット伯爵令嬢の前に立った。
頭の先から爪先までを舐めるように見ると、何やらわかったように、ふむふむと頷いた。
「赤ちゃんを授かったことで、重なり複雑になっていた治癒魔法が綺麗になったようです」
「えっ、どういうこと?」
「この赤ちゃんが、少しずつ魔力を吸収していたようです。大きくなったら、聖女になれるかもしれませんね」
へぇ、なるほどと感心した私は、シシリア嬢を見て首を傾げた。
「何で分かるの?」
シシリア嬢はランディの友人だ。
手伝いを頼むほど優秀な人であるには違いないけど……。
シシリア嬢はハッとした顔をして、変な作り笑いをした。
「ほほっ、そういった事例を知っています」
ほほっ、ほほっと笑って、シシリア嬢はランディの後ろに隠れるように下がった。
「よくわかんないけど、良かった。うん、良かった!」
彼女の足が治ったんだ、かわいい赤ちゃんも生まれてる。
父親になる男は、私も知っている誠実な……誠実な奴だ。
喜ばしいことだ、リゼット嬢があんなに笑っている顔を私は初めて見た。
ーーもう、それだけでいい。
「おめでとう、リゼット嬢」
まだ言ってなかったお祝いの言葉を告げると、リゼット嬢が「カール王子様、よろしければ赤ちゃんを抱っこしてもらえませんか?」と言ってくれた。
「いいの? もちろん喜んで抱かせてもらうよ!」
私はリゼット嬢に赤ちゃんを抱かせてもらった。
ーーうわぁ、小さい! かわいい! ミルクの匂いがする!
「あうーっ、あーっ」
覗き込む私の頬を、リゼット嬢の赤ちゃんがペチペチと叩いてキャッキャと笑う。
それを見てオロオロしているセレスが何とも可笑しかった。
「リゼット嬢の足を治してくれてありがとう。幸せになるんだよ」
そう告げると、赤ちゃんが「あうー」とまるで返事のように声を上げた。
「カール王子様、ありがとうございます」
リゼット嬢が嬉しそうな顔をしながら涙ぐんでいる。その隣で、セレスは号泣していた。
私はそんな二人を羨ましく思いながら、もう一度祝福の言葉を告げて、城へと帰った。
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