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5 お母さまの部屋
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「こちらが、お嬢様のお部屋となります」
テイラーが案内してくれた部屋は、公爵邸の西側、前世の記憶では客室だった場所。
コンコンとノックをし、誰もいないことを確かめてテイラーは扉を開き中に入った。
「ここはアニス様がお使いになられていたお部屋です」
テイラーが壁にかかる照明に明かりを灯す。
「この部屋が、お母さまの……」
客室として使われていた時とは違い、暖かみのある可愛らしい部屋になっていた。
南向きの大きな掃き出し窓には、水色の生地にピンク色の小花が描かれたカーテンが下げられている。ピンク色の絨毯に、白色の小さなテーブルと椅子、同じく白色のフレームのベッドには、たっぷりのフリルのシーツがかけてある。壁にはちょうど手の届く高さに飾り棚があり、本や置物が飾られている。
(かわいい……)
「カーテンや家具、本や置物は、そのままにしております。シーツなど肌に触れるものは新しい物と交換してございますが、お気に召されなければ、何もかもすべて、お嬢様のお好きなように変えられてかまいません」
「変えるなんて、このままで十分です。とても素敵だわ」
「そう、ですか……。では、他に必要な物がございましたらおっしゃって下さい」
「ええ……」
話の途中、コンコンと扉をノックして、若いメイドがお茶を運んできた。
「遅かったわね」
テイラーは、小さなテーブルにお茶を置くように命じると、すぐにメイドを下がらせた。
お茶を運んできたメイドは二か月前に入ったばかりで、まだ満足なお茶を淹れることができないのだといい、テイラーがお茶を淹れた。
「お嬢様、こちらへどうぞ」
「ありがとう」
勧められるまま椅子に腰をおろし、テイラーが淹れてくれたお茶を口にした。
(美味しい……)
私がお茶を飲む様子が気になるのか、テイラーの視線が鋭くなった。
所作は、優しく厳しい乳母ノエルにしっかりと叩き込まれている。
おかしくはないはずだ、けれど……。
「……テイラー、どうかしましたか?」
視線が気になり声を掛けた。
理由は……なんとなくわかっていたけれど。
たぶん、先ほど倒れてしまったお父さまと同じ。
私の顔が『メイドのリディア』とよく似ているからだろう。
前世、メイドのリディアだった私は、彼女と一緒に働いていた。
リディアは、十二歳で両親を亡くし、遠縁にあたる伯爵家で使用人として働いていた。それから四年後、十六歳になった時、伯爵様からマクスウェル公爵家を紹介され働くことになった。
公爵家に来てすぐに仲良くなったメイドが、二つ年上のテイラーだった。彼女は、リディアを実の妹のように可愛がってくれ何でも教えてくれた。
前世のリディアは、彼女を心から信頼していた。
テイラーは、ハッと目を大きくし「申し訳ありません」と告げた。
「お嬢様が、私の知る人にあまりにもよく似ていたもので」
「まぁ……」
メイドのリディアが亡くなってずいぶん経った。忘れられてもおかしくはない年月が過ぎ去っていたが、彼女は覚えていてくれていたのだ。
そう思うと嬉しくて、つい聞いてみた。
「どんな方だったの?」
「ええ、実は名前も同じで……本当に……」
テイラーは、私を見つめたまま言葉を詰まらせた。
私を通し、メイドのリディアを見ているのだろうか。
公爵邸で、唯一私たちの交際を知り、応援してくれていたテイラー。彼女には、私もラリーも心を開き、何でも話していた。
交際が公爵夫妻に知られ、別れるように告げられた私たちに、生まれ変わりのことを教えてくれたのも彼女だった。
この世で結ばれないのなら来世で結ばれればいいと、二人なら必ず生まれ変わり、一緒になれると言って、その方法を教えてくれた。
『満月の明かりの下、二人同時に誓いを立てて、命を絶つ』
偶然にも、その夜は満月だった。
私たちは、生まれ変わり来世で結ばれることを願い、決心した。それを知ったテイラーは、苦しむことなく命を絶てるようにと、毒の入ったワインを用意してくれたのだ。
——あの時、テイラーの言ったことは本当だった。
こんな形になってしまったが、私は生まれ変われたから。
私だけ……。
(あの時、すでにラリーが私を裏切っていたのなら……)
彼を『ラリー』と親しく呼んだテイラーは、何もかも知っていた?
少なくとも、今のテイラーならば、私が知りたいすべてのことを知っているのでは?
そんなことを想いながら、私はテイラーのスッと伸びた鼻筋に目を移した。
「……申し訳ありません。よく見るとまったく違いました」
テイラーは急に冷たい声になり「あの女は、お嬢様のように品のあるお顔ではありませんでした」と言葉を強くした。
「そう……」
会話はそこで途絶えた。
聞きたいことはいくつもあったけれど、こちらから話しかける雰囲気ではなくなってしまった。
私は無言のまま彼女が淹れてくれたお茶を口に運んだ。
「お嬢様。私はこれから、ローレンス様の下へ参ります。何かございましたら呼び鈴でお知らせください」
私がお茶を飲み終えるのを待って、テイラーは部屋を後にした。
テイラーが案内してくれた部屋は、公爵邸の西側、前世の記憶では客室だった場所。
コンコンとノックをし、誰もいないことを確かめてテイラーは扉を開き中に入った。
「ここはアニス様がお使いになられていたお部屋です」
テイラーが壁にかかる照明に明かりを灯す。
「この部屋が、お母さまの……」
客室として使われていた時とは違い、暖かみのある可愛らしい部屋になっていた。
南向きの大きな掃き出し窓には、水色の生地にピンク色の小花が描かれたカーテンが下げられている。ピンク色の絨毯に、白色の小さなテーブルと椅子、同じく白色のフレームのベッドには、たっぷりのフリルのシーツがかけてある。壁にはちょうど手の届く高さに飾り棚があり、本や置物が飾られている。
(かわいい……)
「カーテンや家具、本や置物は、そのままにしております。シーツなど肌に触れるものは新しい物と交換してございますが、お気に召されなければ、何もかもすべて、お嬢様のお好きなように変えられてかまいません」
「変えるなんて、このままで十分です。とても素敵だわ」
「そう、ですか……。では、他に必要な物がございましたらおっしゃって下さい」
「ええ……」
話の途中、コンコンと扉をノックして、若いメイドがお茶を運んできた。
「遅かったわね」
テイラーは、小さなテーブルにお茶を置くように命じると、すぐにメイドを下がらせた。
お茶を運んできたメイドは二か月前に入ったばかりで、まだ満足なお茶を淹れることができないのだといい、テイラーがお茶を淹れた。
「お嬢様、こちらへどうぞ」
「ありがとう」
勧められるまま椅子に腰をおろし、テイラーが淹れてくれたお茶を口にした。
(美味しい……)
私がお茶を飲む様子が気になるのか、テイラーの視線が鋭くなった。
所作は、優しく厳しい乳母ノエルにしっかりと叩き込まれている。
おかしくはないはずだ、けれど……。
「……テイラー、どうかしましたか?」
視線が気になり声を掛けた。
理由は……なんとなくわかっていたけれど。
たぶん、先ほど倒れてしまったお父さまと同じ。
私の顔が『メイドのリディア』とよく似ているからだろう。
前世、メイドのリディアだった私は、彼女と一緒に働いていた。
リディアは、十二歳で両親を亡くし、遠縁にあたる伯爵家で使用人として働いていた。それから四年後、十六歳になった時、伯爵様からマクスウェル公爵家を紹介され働くことになった。
公爵家に来てすぐに仲良くなったメイドが、二つ年上のテイラーだった。彼女は、リディアを実の妹のように可愛がってくれ何でも教えてくれた。
前世のリディアは、彼女を心から信頼していた。
テイラーは、ハッと目を大きくし「申し訳ありません」と告げた。
「お嬢様が、私の知る人にあまりにもよく似ていたもので」
「まぁ……」
メイドのリディアが亡くなってずいぶん経った。忘れられてもおかしくはない年月が過ぎ去っていたが、彼女は覚えていてくれていたのだ。
そう思うと嬉しくて、つい聞いてみた。
「どんな方だったの?」
「ええ、実は名前も同じで……本当に……」
テイラーは、私を見つめたまま言葉を詰まらせた。
私を通し、メイドのリディアを見ているのだろうか。
公爵邸で、唯一私たちの交際を知り、応援してくれていたテイラー。彼女には、私もラリーも心を開き、何でも話していた。
交際が公爵夫妻に知られ、別れるように告げられた私たちに、生まれ変わりのことを教えてくれたのも彼女だった。
この世で結ばれないのなら来世で結ばれればいいと、二人なら必ず生まれ変わり、一緒になれると言って、その方法を教えてくれた。
『満月の明かりの下、二人同時に誓いを立てて、命を絶つ』
偶然にも、その夜は満月だった。
私たちは、生まれ変わり来世で結ばれることを願い、決心した。それを知ったテイラーは、苦しむことなく命を絶てるようにと、毒の入ったワインを用意してくれたのだ。
——あの時、テイラーの言ったことは本当だった。
こんな形になってしまったが、私は生まれ変われたから。
私だけ……。
(あの時、すでにラリーが私を裏切っていたのなら……)
彼を『ラリー』と親しく呼んだテイラーは、何もかも知っていた?
少なくとも、今のテイラーならば、私が知りたいすべてのことを知っているのでは?
そんなことを想いながら、私はテイラーのスッと伸びた鼻筋に目を移した。
「……申し訳ありません。よく見るとまったく違いました」
テイラーは急に冷たい声になり「あの女は、お嬢様のように品のあるお顔ではありませんでした」と言葉を強くした。
「そう……」
会話はそこで途絶えた。
聞きたいことはいくつもあったけれど、こちらから話しかける雰囲気ではなくなってしまった。
私は無言のまま彼女が淹れてくれたお茶を口に運んだ。
「お嬢様。私はこれから、ローレンス様の下へ参ります。何かございましたら呼び鈴でお知らせください」
私がお茶を飲み終えるのを待って、テイラーは部屋を後にした。
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