一緒に命を絶った恋人が何故か生まれ変わった私のお父さまだった理由

五珠 izumi

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13 追想①〜ローレンス〜

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『リディア』が部屋を出て行く。
 足音が遠ざかるのを待って、扉に鍵をかけた。

 さっきまで、彼女が座っていた緑色の椅子にそっと触れて、瞼を閉じる。

(リディア……)

 昨日、姿を見た瞬間、だと感じたことは間違いではなかった。

(あの時、彼女が願った通りの姿だった……)

 彼女リディアと変わらぬ姿。

 衝撃のあまり、あんな態度をとってしまったことが悔やまれる。
(あんな情けないところを見せたくはなかった)


 リディア彼女リディアだ。


 この椅子を見た時の表情、カップを手にした瞬間の微笑み。
 なにより私の心が、全身が、彼女リディアだといっている。

(彼女の、『リディア』の生まれ変わりだ)


『愛する人ならどんな姿であっても必ずわかるわ。出会った瞬間、心が震えるから』

 ──アニスが話してくれた通りだった。


 だが、まさか彼女が、アニスの子供として生まれ変わるなんて思ってもみなかった。

 ──アニスも知ったら驚くだろう。

(本当に、こんなに近くに……)

 ──しかし、先程わかったことがある。
 彼女は、生まれ変わったことに気づいてはいない。

(当たり前だ……)

 生まれ変わりに気づいていれば、私をあんな風に見てはくれない。

 気づいていれば私を憎むはずだ。

(リディア、ごめん……)


 一緒に生まれ変わろうと約束したのに。


 ──私は、死にぞこなった──



『リディア』とはじめて出会ったのは、十六歳になって間もない頃。
 公爵家にメイドとして入ったばかりのリディアを、私の部屋の掃除を担当するメイドのテイラーが連れてきた。

「リディア・レノンです。よ、よろしくお願いします」

 小鳥のようにかわいい声が緊張で上擦っていた。
 頭を下げた時に覗いた形の良い小さな耳が、赤く染まっている。
 小さく震えている彼女リディアに、私は「大丈夫?」と声をかけた。
「は、はい」
 パッと顔を上げたリディアは、恥ずかしそうに笑った。
 その笑顔が、なぜかすごく輝いてみえた。

 毎日掃除にくるテイラーは、週に二回だけ彼女リディアを連れてきた。
 テイラーに指示を受けながら、リディアは一生懸命に掃除をする。
 
 気づけば、リディアの姿を目で追っていた。
 彼女リディアが、部屋にくる日を待ち遠しく思うようになって、仕事中の彼女リディアに近づき、少しずつ会話をするようになった。

 キラキラと輝く紫色の目に見つめられると、なぜか嬉しくて。
 声を聞くと胸が高鳴るのを感じた。

 彼女リディアが来ない日はつまらなくて、散歩をすると言って屋敷の中を歩き回った。
 偶然でもいいから会いたくて。

 四六時中、彼女リディアのことを考えてしまっていた。

 ──私は、リディアに恋をしていた。


 出会いから三か月ほど経った時、私は彼女がメイドだということは十分承知した上で、リディアに告白をした。
 リディアも私を好きだと言ってくれて、私たちは恋人になった。

 しかし、恋人となっても会えるのは彼女が部屋の掃除に来てくれる時だけ。
 二人だけになることは難しく、恋人らしいことは何もできない。
 もどかしい思いを抱え過ごしていると、公爵邸で唯一、私たちの交際を知り見守ってくれているテイラーが、誰もこない場所があると教えてくれた。
 公爵邸で十六年暮らしてきた私も知らずにいたその場所は、屋敷の南側にある階段の裏の地下室だった。

 古い家具が置いてあるだけで、使用人ですら滅多に近づくことはないという。
 その部屋が、私たちの逢瀬の場所となった。

 会える時間は真夜中のほんのひと時。
 誰にも見つからないように地下室へと向かった。
 秘密の逢瀬、部屋の明かりは灯さずに、庭に面した細い天窓から降りそそぐ月明かりだけを頼りに、私たちは二人の時を過ごした。

 部屋の奥には古い長椅子が置いてあった。
 その椅子に、二人寄り添って座る。
 手を繋ぎ、指を絡め、顔を寄せあい、いつしか口づけを交わすようになっていた。

 リディアは甘くて、柔らかくて、手を離せば消えてしまいそうなぐらい儚く感じた。

 ──会う度に思いは募る。
 
 もっと会いたい。
 そばにいたい。

 そのためには、今のままではダメだ。
 こんな風に隠れて会うことしかできない関係では……。
 どうにかしなければ。

 ──リディアと恋人となってから、数ヶ月が過ぎていた。

 私は、あとひと月余りで十七歳の誕生日を迎える。
(どうすれば……)

 代々マクスウェル公爵家の後継は、十七歳で結婚相手を決めるのだ。
 両親が選んだ家柄や財産、公爵家にとって有意義となり得る者たちから一人を選ぶ、政略結婚。

 そのため、私は結婚に何の感情も持っていなかった。
 結婚は、同盟関係を結ぶ儀式でしかない。
 相手など心底どうでもいいと思っていた。

 私には恋も愛も関係がないのだ。
 公爵家の為に結婚するだけなのだから。

 しかし、彼女リディアに出会ってしまった。
 人を好きになり、恋を知り、世界が変わることを知った。

(リディアがいるのに、他の女性と結婚なんてできない)

 私は、どうにかリディアと結婚する方法はないか、両親に認めてもらうことはできないかと、公爵家で唯一私たちの交際を知るメイドのテイラーに相談していた。
 彼女テイラーは、リディアが姉のように慕っている人だ。私も彼女のことを心から信用していた。
 歳上で博識な彼女なら、何か解決策を見出してくれるのではないかと思った。
 テイラーは親身になって考えてくれた。
 二人には幸せになって欲しいと思っていると、言ってくれて。

 しかし、何の策も出ないまま時は流れ。

 ──私は十七歳になった。



 誕生日を迎えたその日の昼間。
 公爵邸では、私の誕生日を祝うパーティーが盛大に行われた。

 結婚相手候補だという令嬢たちも多く招かれていた。
 両親が一人一人の名前と家柄、趣味や性格を伝えてくる。リディア以外には興味のなかった私には、どうでもいいことに思え、両親の話は上の空で聞いていた。

 私の結婚相手候補となる令嬢たちは、領地の事業に関係する家柄の者たちだった。

 マクスウェル公爵領では、広大な領地で葡萄の栽培を行い、主だってワインを生産している。大きな収入源であり、領民の多くがそれに従事していた。
 私はマクスウェル公爵の為、領民の為に相手を選ばなければならなかったのだ。
 けれどこの時の私は、自分のことしか考えられなかった。

「気になった人はいないの? とりあえず話をしてみたら?」

 母親が、誰とも関わりを持とうとしない私に声をかけてきた。

「そう、ですね」

 気が乗らない私は、曖昧な返事をした。

 私にはすでに、心に決めた人がいる。他の誰とも結婚するつもりはない。
 しかし、リディアはメイドだ。テイラーが調べてくれたが、彼女の亡くなった両親には爵位がなかった。 
 私が彼女リディアとの結婚を望んでも、階級にこだわりを持つ両親が簡単に許すはずはない。
 それがわかっているから、伝えることができない。

「皆、ラリーから声をかけてもらうのを待っているわよ」
「はい……」

(とりあえず、このパーティーをやり過ごさなければ)

 令嬢たちを招いた両親の立場もある。
 
 誰でもいいから、とりあえず会話をしなければならないと思った。

 令嬢たちの中に、私に全く興味のなさそうなリディアと同じ髪色の令嬢がいた。私は、その令嬢と話をすることにしたのだ。
 当たり障りのない話をして時間を過ごした。顔も名前も覚えることはなかった。

 この時会話をした可哀想な令嬢が、アニスだったことを私は後に知る。



 真夜中、いつものようにあの地下室でリディアと会った。

 リディアの目には涙が浮かんでいた。
 なぜ泣くのかと尋ねると、思ってもみない言葉が返ってきた。

「私は、ラリーに何一つあげられない。それが悲しいの」

 誕生日を迎えた私へと、マクスウェル公爵家にはたくさんの贈り物が届いていた。
 リディアはそれらを目にして、自分はプレゼントをあげることができないと悲しんでいるのだろう。

 贈り物なんていらないのに。
 こうしてリディアに会えるだけで、十分なのに。

「いらない。こうして会えるだけで、僕は……」

 君に会えるだけで幸せなんだと、わかって欲しい。

「でも、私……」

 リディアは、言い難そうに唇を噛んだ。
 紫色の目から次々と涙がこぼれ落ちていく。
 涙の理由は贈り物だけではなかったのだ。

「どうしたの? 何かあった?」

 昼間、私はパーティーに出ていて、リディアに会うことも、姿を見かけることさえもできなかった。
 私の知らないどこかで、何かあったのではないかと不安が過った。

「ラリー、昼間のパーティーに来ていたたくさんのキレイな女性たちは、あなたの結婚相手だと聞いたの」

 公爵家で行われたパーティー。屋敷の誰もが、来訪客がどういった者たちか聞き知っている。
 リディアは、着飾った令嬢たちすべてが私の結婚相手であり、その中から一人を選ぶことを知ったと言って「だから、もう会わない方がいい」と声を落とした。

「会わない……? それは別れるという意味?」

 リディアはコクリと頷いた。

「別れるなんて……」

 背筋が凍るようだった。
 リディアと別れる、そんなこと……。

「僕にはリディアだけだ。他の誰とも結婚するつもりはない」

 彼女の両手を握って、真剣な眼差しを向けた。

 離さない、離したくない。

「ラリー……」

 リディアは一瞬、嬉しそうに微笑んだ。けれどすぐに首を横に振って。

「あなたはマクスウェル公爵家のただ一人の後継者よ。そんなこと許されない。誰かと結婚しなければ、私じゃない誰かと……」

 リディアは涙を溢しながら口角を上げ、繋いだ手を離そうとする。
 その手をギュッと力を込めて繋ぎ止めて、紫色の瞳を絡めとるように見つめた。

「僕は君と結婚する」

 リディアはハッと目を開き、再び首を横に振った。

「ラリー……そんなこと無理よ」
「今すぐには無理でも、必ずそうなるようにする」
「……ラリー」
「リディア、僕と結婚して欲しい」
「ラリー……」

 リディアの目からポロポロとこぼれ落ちる涙が、繋いだ手を濡らしていく。

「結婚して下さい」

 そう告げた時、偶然にもこれまで雲に隠れていた月が姿を現し、私とリディアを明るく照らした。

 私には、月が二人の未来を祝福しているように思えた。
 きっと、リディアもそう感じてくれたのだと思う。
 
「はい……。私を、あなたの妻にして下さい」

 返事を聞いてすぐ、私は彼女の唇に唇を重ねた。
 繋いでいた手を離し、その手で体を抱き寄せて、何度も何度も口づけた。
 唇から頬に、耳に、首筋に数えきれないほど口づけを落とし、痕を残した。
 彼女の白い肌に浮かぶ私がつけた赤い痕が、欲を昂らせた。
 今すぐに彼女のすべてを私のものにしたい。
 そう思った。
 私は彼女の耳に口づけながら「君が欲しい」と囁いた。
 リディアは恥ずかしそうに頷いてくれた。

 月明かりの下、私たちははじめて体を繋いだ。

(両親が何と言おうと、絶対に結婚する。リディアを必ず幸せにする)

「リディア、愛してる」
「私も、ラリー愛しています」

 ──この夜が、二人を分つことになるとは思わずに、私たちは時間が許す限り何度も愛し合った。
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