一緒に命を絶った恋人が何故か生まれ変わった私のお父さまだった理由

五珠 izumi

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15 追想③〜ローレンス〜

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「ラリー」

「ラリー、お願い目を覚まして」

 誰だ……。

「ラリー」

 知っている声……だけど、リディアの声じゃない……。

「ラリー」

 誰が……。

 瞼が重い。
 体が……気分が悪い……。

「ラリー」

 重い瞼をなんとか持ち上げると、月の様な髪色の女性が見えた。

(テイラー……?)

 私の顔を確かめるように覗き見たテイラーは、「よかった」と呟いて、バタバタと部屋を出て行った。

(何が……?)

 どうやら私は自室のベッドで寝ているようだ。

(どうして部屋にテイラーが?)

 見回すと、部屋にはセバスチャンの姿もあった。

「セバスチャン……これは一体……」

 声はなんとか出たが、体は重く動かせない。
 一体何が起きているのか……。

 何とか動けないかと力を入れていると、勢いよく扉を開き、両親が入ってきた。

「ああ、ローレンス! よかった、よかったわ」

 母親は私の手を取り縋り泣いた。

「母上……?」

「ローレンス、すまなかった。すまなかった」

 側に立った父親は目頭を押さえている。

「一体、どうしたのですか……」

 両親が泣いている理由がわからない。
 どうして私がベッドに寝ているのかも。

「二人がそれほど想い合っていたなんて知らなかったの」

 母親が涙ながらに口にする。
 その横で父親は悲壮な顔をしていた。

「可哀想なことをした。二人一緒に死を望むほど愛し合っていたとは思わなかったのだ」

 可哀想なこととは一体……。
 両親は何を言っているのか?

 頭がぼやけているからか、父親の話がよくわからない。
 私の頬に手を添えた母親は「あなたが生きていてくれてよかった」と微笑んだ。

(生きていてくれて……生きて……)

 ぼんやりしていた頭が、だんだんとハッキリしてきた。



 ──そうだ、思い出した──

 私は、リディアと一緒に生まれ変わろうと約束をして、彼女と一緒に毒入りのワインを飲んだ、飲んでそれから……。

 ぎゅっと目を閉じて、ゆっくりと瞼をひらく。

 自室のベッドの上、側には母親と父親。
 少し離れた場所にセバスチャンとテイラーがいる。

 夢じゃない……。
 私は、生きている。

「どうして……。僕は、生きて? どうして……」

 死ぬはずだった。
 生まれ変わるはずだったのに──。

「リディアは……?」

 私が目を向けると母親は顔を背けた。

「……使用人が、地下室で倒れていたあなたたちを見つけたの。それで、あなたは助かったのよ」

 使用人が?
 真夜中に、あの部屋で私たちを見つけたというのか?
 そんな……。

「リディアは? 彼女は今どこに……」

 私が生きているのなら、彼女も生きているはずだ。

「あの子は死んだ」

 父親が感情のない声で話した。

「……どうして……」

 わからなかった。
 こうして自分は生きているのに、どうしてリディアだけが死ぬのか、理解できなかった。

 母親が目を伏せる。

「お医者様はあの子が小さかったから、毒の周りが早かったのだと言われたわ」
「うそだ……」
「……本当よ」

 彼女を打ち据えた母親の言うことだ。
 信じられない。信じたくない。

 彼女が、彼女だけが死んだなんて。

「セバスチャン……本当なのか? リディアは……」

 執事のセバスチャンは、私に嘘をつくことはない。
 そう思い尋ねた。

 セバスチャンは何も言わず、肯定するように頭を下げた。
 体が芯から冷えていくようだった。
 リディアとの日々が走馬灯のように頭の中に流れていく。
 はじめて会った日の恥ずかしそうに笑った顔、口づけを交わした日、結婚を誓った夜、一緒に生まれ変わると約束をして、はじめて飲んだワインを美味しくないと言って笑い合った月の夜──。

 腕に抱いてたんだ……。
 さっきまで、この腕の中にいたんだ……。

「うそだ……」

 リディアが……。

「どうして……」

 彼女だけが……。

「どうして、僕を助けたりしたんだ! どうして! リディアと一緒に死なせてくれなかったんだ! 一緒に死ななければ、一緒に生まれ変われないのに!」

 母親の手を振り解き拳を握った。
 やるせない怒りに体が震える。

「ローレンス!」

 母親が、再び私の手に縋りついた。

「あなたは私たちの大切な息子なの!」
「お前が死んでしまったら、私たちはどうしたらいいんだ」

 母親は泣き、父親の体は震えていたようだった。

 しかしこの時、私は両親のことなどどうでもいいことでしかなかった。

「リディア、リディアに会わせて」

 この目で見ないと信じられない。
 彼女が死んだというのなら、本当にそうだというのなら──。

「お願いです。リディアの姿を……一目でいいから」

 懇願すると、母親は首を横に振った。

「ローレンス、あなたたちが心中を図ってから二日が過ぎているの。彼女の葬儀は昨日済ませ、遺体は土の中だわ」

「そんな……」

 呆然とする私に、父親が深刻な表情を浮かべ話しはじめた。

「ローレンス、こんな時にこの話をすることは非情だと思うが聞いて欲しい」

 私は、何も言わずに父親に目を向けた。
 目が合うと、父親は頷いた。

「今、マクスウェル公爵領は困ったことになっているのだ」
「…………」
「メイドがワインを飲み、死んだという話が広まった。その話が、マクスウェル公爵領のワインには毒があるという話に変わってしまっている」

 父親は顎に手を添えて、何やら思い出しているかのようにゆっくりと話を続けた。

「ワインはマクスウェル公爵領の特産品、領民にとって大切な収入源だ。……公爵家の為、領民の為にも早急にこの問題を収めなければならない」

 父親は諭すように私を見た。

「わかるな?」

 私は無言のまま、一度瞼を閉じた。
 その動きを了承と得た父親は口角を上げ、首を縦にする。

「そこでだ、ローレンス。お前には早急にラッセル侯爵家の令嬢と結婚してもらうことになった」

 父親はその方法をとることが領民にとって最良なのだと話していた。

 ──結婚……。
 ラッセル侯爵令嬢……。

 この時の私の記憶はあまり定かではない。
 リディアを失ったという事実があまりにも大きかったのだ。

 何も言わずにただ聞いている私を見ている母親は、満足顔だった。

「ローレンスは覚えているかしら? 誕生日の宴であなたが話していた令嬢、あの子がラッセル侯爵令嬢よ。あの子なら身分も家柄もあなたに合うわ」

「そんな! あんまりです!」

 突然、テイラーが声を上げた。
 両親は目を開き、テイラーの方へ顔を向けた。

(テイラー……?)

「かわいそうです、ローレンス様がかわいそう」
「……テイラー、ローレンスのことを思ってくれるのは嬉しいが、私は領主として民を守らなければならない」
「だからって、侯爵令嬢と結婚だなんて」
が死んだ今、階級の高い令嬢との結婚が望ましいのだ。わかってくれ」
「そんな……酷いわ……」

 ──今になって思えば、テイラーと両親との会話はどこかおかしかった。

 だが、当時の私はわからずにいた。

 両親は、私へ結婚の話をするとセバスチャンに医者を呼びに行かせ、安心したら疲れてしまったと、テイラーを残して部屋を出て行った。


 テイラーは二人だけになった途端、深々と頭を下げた。

「ローレンス様、申し訳ありませんでした」

 テイラーは、何もかも自分のせいだと声を潤ませた。

「どうして? テイラーは、何も悪くない……」

 悪いのは私だ。私が、すべて悪い。
 体だけ大人になって、気持ちはいつまでも子供のままだった。
 だから、愛する人を守ることもできなかった。
 一緒に死ぬことも許されなかった。

「『ラリー』と、お呼びしてしまいました」

「……ああ、そのこと」

 呼ばれたことなど、すっかり忘れていた。

 テイラーは、目を覚まさない私の為、リディアが呼んでいた名で呼べば目覚めるのではないかと思い、呼んでしまったと申し訳なさげに話した。

 
「いいよ、テイラー」
「え……」
「君になら、呼んでもらっても構わない」

 テイラーは、リディアが姉のように慕っていた人だから。

「ですが、それは親しい間柄でしかお許しにならないのでは……」
 テイラーは困ったように手で口元を隠した。

「うん。だから『友人』として、呼んでくれたらいい」



 ──そう言ってしまったことを、私は今、後悔している。

 あれからテイラーは何かと『ラリー』と呼ぶようになった。

 リディアの前でも呼ぶなんて思わなかった。


 リディアに変に誤解されていないだろうか。

(いや、生まれ変わったことに気づいていないのなら、誤解も何もないだろう……)

 ──リディア……。

 君を失ってから、私は毎日君を思い出し、君に出会える日を夢見ていた。
 私の気持ちは変わっていない。今も変わらず君が好きだ。

 ──『娘』として出会った今も、君に向ける私の気持ちは同じ。

 けれど今の君は、私を『お父さま』と呼ぶ『娘』だ。
 君の前世で恋人だったからといっても、お父さまから恋慕われるなど、恐怖でしかないだろう。
(歳もずいぶん離れてしまった)

 そうわかっているけれど……。

 リディアを目にする度に、声を聞く度に、私の鼓動は高鳴ってしまう。
 あの頃のように、目で追ってしまうのだ。

 許されるなら、今すぐにでも抱きしめて口づけたい。

 彼女が生まれ変わりに気づいてくれたならと、そう思う。だが一方で、気づいた彼女に嫌われるのが怖くてたまらないのだ。
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