一緒に命を絶った恋人が何故か生まれ変わった私のお父さまだった理由

五珠 izumi

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26 小さな馬車

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「二人乗りの馬車は、はじめて乗りました」
「私もよ」

 墓地へ向かう為に用意された馬車は、二人乗りの四輪箱型馬車だった。小さくて黒い外観に大きい車輪、それを引く馬は二頭。御者台には、帽子を深く被った使用人が一人座っている。

 ミリーメイは、これまで大きな幌馬車や公爵家の四人乗りの馬車にしか乗ったことがなく、新鮮な感じがするとはしゃいでいる。
 私も、ちょっとだけかわいいと思って楽しい気分になっていた。
(行き先は墓地だけど)

 馬車は公爵邸を出発後、馬の為に二度ほど休憩をとりつつ、墓地まで真っ直ぐに走っていた。

「もうすぐ着くはずですが……」

 ポケットから時計を取り出したミリーメイは、時間を確認して首を傾げた。時計を仕舞い、窓の外に目を向ける。
 私も同じように外を眺めた。
 マクスウェル公爵家の墓地へはつい先日行ったばかりだ。
 通った道は何となく覚えているのだが、今日は違う道を通っているらしく、私には今どこにいるのか全くわからない。

 時間的には、とっくに着いていてもおかしくはないはず。けれど、公爵家の墓地がある小高い丘は見当たらない。

 邸を出た時には晴れていた空にも暗雲が立ちこめている。

「あれ? ここは」
「知っている場所?」

 キョロキョロと周りを見ていたミリーメイが眉をひそめた。

「うーん。知っている道のようなんですけど、その道は通るはずがないんですよ」
「そうなの?」
「はい。墓地とは反対方向になるんです。それに……」

 ミリーメイのお腹がぐうっと鳴った。

「リディアお嬢様、私はお腹が空きました」
「私も、喉も渇いたわ」

「はぁ……」
「はぁ……」

 二人同時にため息が出た。
 それがなんだかおかしくて、私たちは顔を合わせクスクスと笑いあった。

「リディアお嬢様、今、何が食べたいですか?」
「私? そうね……すぐには思いつかないわ。ミリーメイは?」

「うーん、いっぱいあるんですけど、食べられるならおばあちゃんが作るクリームシチューです。パン生地を蓋にしてオーブンで焼いて食べるんです。すごく美味しいんです」

 思い出したのかミリーメイの顔はうっとりとなった。
 焼きたてのパンが蓋になっているクリームシチュー……想像だけでも美味しそうだ。

「美味しそうね」
「思いつきましたか?」
「そうね、私はジャスミンのケーキかな。すごく美味しいのよ」
「わぁジャスミンさんのケーキ! 今度作ってもらえないか聞いてみます」

 ミリーメイが目を輝かせたところで、突然ガタンッと大きな音がして馬車が止まった。

「どうしたのかしら?」

 止まったまま馬車は動く気配がない。前方を覗く窓は外側から閉じられている為、こちらからは状況がわからない。

「何かあったのでしょうか? 私、様子を見てきます」

 ミリーメイが話したと同時に、馬の嘶きが聞こえた。

 ミリーメイはすぐさま馬車を飛び降りて、間もなく戻ってきた。

「リディアお嬢様、大変です」
「何があったの⁈」
「いいですかリディアお嬢様。よく聞いて下さい」

 はじめて見るミリーメイの真剣な顔に、おもわず唾を飲み込んだ。

「はい……」
「御者と馬がいなくなりました」
「……えっ?」
「ですが、運良く一頭残っていました。よかった」
「運良くって」

 馬がいるだけでは馬車は動かせない。
 それに、残念なことに私は馬の扱いはできないのだ。

「私が手綱を引きます」
「え、ミリーメイ出来るの?」

「お任せください」
 ミリーメイはメイドの仕事よりも得意だと笑顔で言った。

「この馬車と私たち二人なら、一頭でも十分引いて行くことができます。実は、この先の林を抜けてしばらく行くと、おじいちゃんの牧場があるんです。そこで雨が通過するのを待ちましょう」

 空を指差したミリーメイは「時間がありません」と話した。
 確かに、空は厚い雲に覆われて、辺りは暗くなっている。ゴロゴロと雷の鳴る音も聞こえていた。
 いつ雨が降り出してもおかしくない状況だ。

「少し急ぎます、しっかり掴まっていてください」
 御者台に座ったミリーメイが声を上げた。
(掴まるって、どこを持てば?)
 とりあえず両手で背もたれを掴んだ。

「出発します!」

 合図とともに馬車は動き出した。
 ミリーメイの手綱捌きにより馬車は軽やかに駆け、あっという間に大きな畜舎が並ぶ牧場の敷地へと入っていった。
 奥まで入っていくと、扉のない大きな建物の中に入った。

「着きました。リディアお嬢様、おじいちゃんの牧場へようこそ!」

 馬車を降りた途端、音を立て雨が激しく降り出した。同時に雷も鳴りはじめて。

「よかった、思ったより近かったから、濡れずにすみました」
「ありがとうミリーメイ。あなたがいなかったら大変なことになる所だったわ」

 あのまま動かずにいたら、雷雨に怯えた馬が暴走してしまっていただろう。
 馬車に雷が落ちた可能性だって考えられる。事故が起きてもおかしくはなかったのだ。
 ミリーメイに感謝を伝えていると、建物の中から体の大きな黒髪の青年が現れ、こちらへ向かって来た。
 
「おいっ、お前たち何を勝手に入ってきたんだ」

 声を張り上げた青年に向け、ミリーメイは両手を大きく広げ左右に振った。

「ギル!」
「……ミイ?」

 ミリーメイは、青年に向け満面の笑みを浮かべる。
 どうやらかなり親しい間柄のようだ。
 
「久しぶり、今日も来てたんだね」
「どうしてここへ? そちらのお嬢様は?」

 黒髪の青年は、私へと目を移すと訝しげな顔をした。
 大きな体に彫りの深い整った顔立ちの彼の紺碧の眼差しに威圧感を覚え、恐縮してしまった。

(何だか怖い人……)

 私が怯えていることに気づいたのか、ミリーメイが慌てて話しはじめた。

「えっと、ここに来た経緯は後からはなすね。まず、こちらはマクスウェル公爵家のリディアお嬢様です」
 紹介を受け、挨拶をした。

「私はリディア・マクスウェルです。突然の訪問お許しください」

 黒髪の青年は目を大きく見開いた。

「え、マクスウェル公爵家のお嬢様? 本当にいたんだ……」
 
 そういう態度を取られても仕方がない。私は、しきたりという名目で別邸で育てられ、公爵令嬢であるにもかかわらず社交界にも出ていないから。

「ギル、失礼よ」

 ミリーメイは青年を見上げて唇を尖らせる。

「ごめん、冗談だよ」

 青年はミリーメイにウインクをして見せると、私へと向き直った。さっきまでとは違う、穏やかな表情に緊張が少し解けた。

「失礼をお許し下さい。俺はギルバート・フォックス。フォックス伯爵家の次男です」

 ギルバートは私の目を見つめながら、恭しく挨拶をした。

 彼の自己紹介を補足するように、ミリーメイが口を添えた。
 
「ギルは姉と同じ歳の、私には兄のような人です。おじいちゃん家には経営を学ぶ傍ら手伝いをする為によく来ているんです」

「何だよ、簡単すぎるだろう。もう少しかっこいい感じに紹介しろよ」

「え、嫌だよ。まさかギル、リディアお嬢様を狙ってるの?」
 ミリーメイはギルバートに冷たい目を向けた。
(狙ってるってどういうこと?)

「いや、狙えるならいくだろう? 彼女と結婚できれば俺、公爵じゃん?」

(ああ、そういうこと……)

 私がラリーの娘だったなら、私の伴侶となる者は公爵位を受けることになる。
 けれど、本当の私は祖父母の養子、ラリーとは義兄妹。私と結婚しても何もない。爵位はラリーが受け継ぎ、これから生まれる子か、養子へと継がれるのだ。

「あ、もしかしてすでに婚約者がいたりしますか?」

 ギルバートは体を屈め、私と視線を合わせた。
 紺碧の瞳には自信が漲っている。

「婚約者はいませんが……」

 彼のためにも、私と結婚しても爵位は手に入らないと伝えた方がいいだろう。
 けれどそのことを話せば余計な詮索をされそうだ。そう思うと言葉が出なくなった。

 ギルバートは声を詰まらせた私の反応を都合よくとらえたらしく、白い歯を見せ笑った。

「じゃあ、俺遠慮なくいかせてもらいます」

 そう言うと、グイッと体を寄せてきた。
 ミリーメイがサッと間に入ってくれて。

「ダメだって、ギルじゃ無理。公爵様が絶対お許しにならないから」
「どうして?」

「リディアお嬢様と公爵様は、やっと一緒に暮らせる様になったばかりなの」
 邪魔しないで、とミリーメイはプリプリと頬を膨らませる。

「そんなの理由にならない。俺は伯爵家の次男だけど、国から勲章も貰ってるし金だってある。公爵家だろうが婚約相手としては十分なはずだ」

 私の意見も聞かずに、ギルバートは勝手に婚約者として名乗り出るつもりでいるらしい。

「うー、でも……」

 ミリーメイは私とギルバートを交互にチラチラと見て顔を顰めた。

 これは……。
 テイラーの気持ちに気づくことができなかった私でも、この態度を見ればさすがにわかる。
 ミリーメイは、ギルバートを好きなのだ。

 私はミリーメイとの関係を大切にしたい。
 それに、私の気持ちはラリーにしかないのだ。

 私は、ミリーメイに大丈夫だと告げて、ギルバートと目を合わせた。

「申し訳ないのですが、私には想っている人がいるのです。もし、婚約者として名乗り出ようとなされているのなら、この場でお断りを……」

「想っている人って、誰?」

「えっ……」
「好きなだけで、そいつとは婚約しないの? それともできない?」

「それは……」

 好きな相手はラリーだ。けれど、彼は世間では私の『お父さま』、婚約なんて……。

「だったら、俺が諦める理由はないよね?」
 ギルバートは自信に満ちた笑みを浮かべた。
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