【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

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第1章 P勇者誕生の日

幕間 ある女王の独白

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(クイタイ・・・クイタイ・・・)

 『女王』の持つ食への執着、それは生まれた時からずっと鳴り止まない頭痛のような物だった。

 今でこそ“ 殺戮の森”は、『女王』の支配する夜行性の魔物の天下であったが、『女王』が君臨する以前は三皇時代とよばれ、デモンベア、ブランドタイガー、イグナイトリザードというそれぞれの勢力が、昼夜を問わずに捕食し合う、真の意味での殺戮が行われる場所だった。

 そんな地獄において、未発達な幼体の個体は他勢力にとっては絶好の捕食対象でしかなく、幼体が成体まで成長する事自体が希少であり。
 そして三者の中で最も弱小だったデビルベアの群れは満足に餌も取れずに、共食いが頻繁に行われる程に追い詰められていた。

 獣の世界こそ、まことの地獄。

 飢えを満たす為なら平気で親を、子供を、その胃袋に収めるような、なんの仁義も愛も存在しない澆薄ぎょうはくの世界。

 『女王』も、口減らしの為に親に食われそうになった事は何度もあった、満足に餌を狩って親に献上する事が出来ない他の兄弟は全員殺された、そんな地獄を生き抜いて、『女王』はなんとか成体となる事が出来た。

 転機が訪れたのは二年前。

 欲深い人間達がブランドタイガーの群れを乱獲し、その毛皮だけを剥いで余った肉を捨てて行ったのだ。

 そのおかげで勢力のバランスは逆転し、デビルベアは長い受難の時を終えて、飢えから解放された。

 そして更に、『女王』はブランドタイガーを乱獲していた人間の一人である、欲深い神父の男を喰らった。

 その時に『女王』はデビルベアという凡百の器から解脱し、新たにデモンベアという最強の肉体への進化を遂げた。

 それは欲深い神父の体には、普通の魔物や人間からは得られないほどに濃厚な、生命の進化へと至るに足る魔力が満ちていた故である。

 強い人間を喰らえば更に強くなれる。

 その答えに至った『女王』が人喰いに手を染めるまでに時間はかからなかった。

 森に迷い込んだ人間を襲い、幾度となく捕食する度に、『女王』の肉体は巨大化し、そしてその食欲も膨れ上がった。

 そのせいで冒険者と呼ばれる強い人間達による討伐隊が組まれる事になったが、『女王』はそれさえも跳ね除けた。

 敗れた人間の悲鳴を聞きながら下半身から捕食すると、『女王』の消えない衝動は幾許か鎮静し、その時に初めて交尾でも得られないような快楽が己を満たしてくれる。

 だから『女王』は、どうしてもあの娘が食べたくてたまらない。

(クイタイ・・・クイタイ・・・)

 強靭で、逞しい、魔族の娘。

 あの柔らかい体を貪り食えば、どれだけの快楽が体を満たし、そして血肉を強化してくれるだろうか。

 想像するだけで垂涎し、傷だらけの肉体が恋をしたように打ち震える。

 その執着は『女王』にとっての唯一の希望であり同時に破滅への一本道でもあった。

 自身より強い相手を捕食したいと思う事など、獣の掟に反するような愚行だからだ。

(クイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイ)

 それでも『女王』は、己の内に芽生える衝動を抑えきれず、決して来る事の無い未来を夢想した。

 そのどこまでも強欲で、愚かな傲慢さは、『女王』が人間を喰らったが故の罪深さだった。

 『女王』は辺りに打ち捨てられた同族の死骸を喰らいながら、魔族の娘を喰らうという夢を何度も何度も夢想した。

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