泡沫のゆりかご 二部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第53 抱いた悋気 10

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「お前なりの甘えだった、と言うのなら、もう良い」

その後に改めて向けられた目からは、さっきまであった冷たく鋭い視線が消えていた。いつもの目がレフラを仕方ない、というように見つめてくる。

雰囲気が変わったギガイにホッとする。だけどそうやって穏やかに見える姿は、ギガイに何かを耐えさせてのことなのだ。

(私だけがこうやって、甘やかされる関係なんて、おかしいです)

ギガイがレフラに『耐えるな』といつも言ってくれるように、レフラもギガイにできるだけ耐えて欲しくなかった。

(それに、本当は何も解決していないから……)

きっとまた、何も気が付かない内にギガイを不快にするのだろう。その度に何度もこの主は許してくれるのかもしれない。今のように飲み込んで。最後はそうやってレフラを甘やかしてくれる姿が簡単に想像できて、何だか悲しくなってくる。

「……“耐えるな” と私に仰るのは、いつもギガイ様じゃないですか……」

自分が出来ることは少なすぎて、ギガイのように上手く受け止めきれるのかは分からない。でも同じぐらい大切に想って愛しんでいることは分かって欲しいのだと、気持ちを込めてギガイに伝えてみる。

「……もう良い、なんて言わないで……ギガイ様にも耐えて欲しくありません……私の行った何かが、ギガイ様を不快にしてしまったのでしょう? だから教えて下さい……」

心を込めた言葉だった。だけど、ギガイの視線はまたツイッと逸らされてしまう。言った所で無駄だと思われているのかもしれない。

「ギガイ様……」

レフラはギュッとギガイの袂を握ってその横顔へと視線を注いだ。

「お願いします……教えて下さい……」

視線を合わせてくれないギガイへ縋るようにそう言えば、粘るレフラに折れる気になってくれたのだろう。ギガイがもう1度自分の頭をクシャッと掻いた。

「……どんなに言っても私以外へ心を砕く、お前に腹が立っただけだ」

「……申し訳ございません……」

苛立ちと言うには、どこか疲れたような声で告げられたその内容は、あの武官のことで何度も聞かされていた言葉だった。

(自分の気持ちばかりを優先して、ギガイ様の気持ちをろくに考えていなかったんだ……)

何度も窘められながらも、最後はレフラの意を汲んで貰えていたから。それに甘えきってしまっていたことに、今さらになって気が付いた。

「……申し訳ございません……やっぱり、甘えすぎておりました……」

「お前なりの甘えだった、ということであればもう良い。それにお前は自分へ関わる者を安易に切り捨てきれないようだからな」

諦めるようなその言葉を吐かせてしまったことも、そんな風に告げられたことも苦しくなる。

レフラにとってもギガイの存在が唯一無二であることには変わりない。もしも何かあれば、ギガイ以外のものを全て切り捨ててでも絶対にこの主を選ぶと分かっている。

でも孤高の主へ寄り添う者として求められる御饌なのだ。

(他の誰かと比べての1番では、ダメってことなんですね……)

だから歴代の御饌達は、あの宮の中で過ごしてきたのだろう。

「やっぱり、私は宮におります。もう近衛隊の方々にも顔も覚えて頂けたと思います。だから祭りの間だけ、上の館へはご一緒します」

それなら今までのようにレフラの世界は、ギガイとギガイが許した者達だけが存在する。それが本来の御饌の姿として望ましいはずなのだ。

レフラが腕を伸ばして、ギガイの首の辺りに留まった掌を求めた。その手に気が付いたギガイが、レフラが望むままに、レフラの手を握り返してくる。

かつては諦めていたものだった。
そんな自分に寄り添ってくれる温もりや、当たり前に与えられる優しさに心を震わせながら、両手で包み込んでそっと頬へ押し当てた。
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