泡沫のゆりかご 二部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第57 抱いた悋気 14

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(今までは泣いたことなんて、ろくになかったのに……)

泣いたところで寄り添ってくれる者どころか、気に掛けてくれる者さえいなかった。それに背負うべく定めを前にして、泣くことで惨めに成りたくなかった。

だからずっと顔を上げて、前を向いて。そんな自分でいたはずだった。それなのに、そんな自分がギガイのそばでは決壊してしまうのだ。

結局こみ上げてしまった涙で喉が詰まって、レフラはコクコクと大きく頷いた。そんなレフラの眦をギガイが親指の腹で拭っていく。

「お前は本当に泣き虫だな」

フッと笑い声が聞こえてくる。
そう言って頭を引き寄せるギガイからは、揶揄したり、不快そうな空気はない。

「ギガイ、さまのおそば、だけです……」

肩口に顔を伏せさせる手と同じように、ギガイの声も雰囲気もただ柔らかかった。
怒っていたはずだったのに、こうやってどこまでも甘やかしてくれようとするのだ。レフラはギガイの温もりを頬へ感じながら、グスッと鼻をすすり上げた。

「と、嫁ぐまでは、泣いたこと、なんて、なかったん、です……」

「そうか」

言葉と一緒に頭を撫でてくれる大きな手。その動きに結んだままだった鈴がチリンと涼しげに鳴って、ギガイの指が鈴と髪を解いていく。
そのまま白金の髪がサラッと背中に零れて、光を受けながら広がった。ギガイの指が髪を梳き、一束掬い取ってキスをする。

「私は損なうマネや逃げ出すマネ以外は構わないと言ったからな。お前の仕草や言動の1つずつが、お前なりの甘えということならば、仕方がない」

何が仕方ないことなのだろう。

「……ギガイ様?」

「数多ある中で選ばれることも悪くはない。籠もる必要はない。そのまま過ごしていろ」

「で、でも!」

「さっきお前が言っていただろう。私がいるから不要なのだと 」

「はい……」

「お前が選ぶのが私であり、今の口付けのように私だけを見て、私以外を考えない時間があるのなら、堪えてやる」

「でも、私もギガイ様に堪えて欲しくありません」

「それは私も同じだからな。楽しそうに笑うお前を閉じ込めていたくはない。だから、堪えてやる分、その後にお前には今のように頑張ってもらうさ」

その言葉と一緒に、ギガイの唇が耳殻に触れた。

「お前は私だけの御饌なのだから、その時は応えてくれるだろ?」

そのまま舌を這わされ、歯を立てられる。頭へ直接響いてくるような声とその感触に、レフラは身体を震わせた。

「は、い……」

「なら良い」

フッと微かに笑う音が聞こえた後に、耳殻を解放した唇がこめかみへ軽く触れてくる。そんなささやかな接触のあと「さて」と区切りを付けるような声音が聞こえてきた。

「それなら、さっさと宮へ戻って相手をして貰おう」

思わず顔を向けたレフラへギガイが口角を上げて、意地悪い笑みを浮かべている。

「ギ、ギガイ様……お手柔らかに、お願いします……」

思わず走った悪寒に向けた顔が引き攣ってしまう。その強ばりを解かすようにギガイの手がレフラの頬へ伸びてくる。

「あれだけ私を嫉妬へ煽ったのだから、残念だが諦めろ」

包み込んでくれると思ったその手は、そのままフニフニと頬を摘まんで引っ張っていた。

まるで天気の話しでもしているような、サラッとした答えなのだ。ただただ決定事項を伝えているようなギガイの態度に、レフラはとても慌ててしまう。

「ひょ、ひょんな……」

そんな中でのとっさの訴えは、頬を引っ張られたままだったせいで、すごく情けない声だった。
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