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本編
第95 艶やかな毒 8
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「……」
「ギガイ様は七部族の長で、覇者として君臨されてる方です。望むのなら、全てを手に入れる力を持った方です。そのギガイ様相手に “与える” とは、だいぶ傲慢なのですね」
ナネッテの言葉が止まって、静かになったテラスの一角に、声音が冷たく響いていた。ナネッテにしても、さすがに失言だったと思っているのか、顔色がどんどん青ざめていく。
「な、何ですの。ただの言葉の綾ですわ! そもそも跳び族のくせにーーー」
それでも精一杯、虚勢を張ろうとしたのだろう。だけどその言葉は最後まで言えないまま、ナネッテの身体が、突然宙に持ち上がった。
「私の寵妃の価値は、私が決める、と言ったはずだ」
いつの間に戻って来たのか。目の前にいたギガイが、ナネッテの首を掴んでいた。
ギガイの太い腕によって、つま先が辛うじて地面に触れるぐらいまで、ナネッテの身体は、引き上げられてしまっている。圧迫された気道では、呼吸がろくに出来ていないことが見てとれた。
「……っ……ぁっ……」
口からわずかに漏れる呻き声さえも、ほとんど音に成っていない。そんな中で、ただ、ひたすら。ナネッテの肉感的な身体が揺れている。締め付けたギガイの手から逃れようと、試みるナネッテの必死さを、その激しさは如実に周りへ伝えていた。
「ギガイ様、どうか手をお離し下さい!!」
レフラ達から離れた位置で、近衛隊に押し止められた者達が、必死な声で叫んでいた。
そんな中でナネッテの顔が、ゆっくりと赤黒くなっていく。
ナネッテも懸命に、首に掛かったギガイの指を剥がそうと、試みているようだった。ナネッテの爪がガリガリと肌を抉る度に、白い首に紅い筋が増えていく。それでも、緩むことのないギガイの指に、また幾つも悲鳴が、あちらこちらから上がっていた。
突然、何が起きているのか。状況に追いつけないレフラは、目を瞬かせた。
ただ気が付けば、周囲に漂っていた華やいだ祭の雰囲気も、一掃されて、不穏な空気が満ちている。その中をまた、懇願の声が響いていく。
「お願い致します! このままでは、死んでしまいます!!」
「ギガイ様、お願いです! 手をお離し下さい!」
「ギガイ様!!」
白族の臣下達らしき多数の男女が、顔を青ざめ強張らせていた。きっと彼等の声だろう。聞く者の胸をザワつかせるような、かなり悲痛な声だった。
その声に反応するように、ギガイがそちらへ顔を向けた。だがレフラの方からも見える横顔は、あまりに冷淡で、懇願の声が一切心に響いていないことは明らかだった。
「どうか、どうかお願い致します……」
「ご、ご慈悲を、下さいっ! お願い致します!」
近衛隊の前で、白族の臣下達が膝を付いて頭を下げる。力で敵うはずもない相手なのだ。白族の者達にすれば、族長の命が握られている状況でも、こうやって慈悲を請う以外に方法がないのかもしれない。
その姿に目を細めたギガイが、レフラへ一瞬だけ視線を向けたようだった。レフラがその視線を確認する前に、軽く腕を振ったギガイが、ナネッテの身体を臣下達の方へ投げつけた。
「ウワッーー!!」
荷物のように放り投げられたナネッテの身体が、臣下の身体にぶつかった。
「ゲッホゲッホ、ゲッホ……ヒュッ、ゥ、ヒューゥッ……」
鈍い音と、驚愕の声が重なり合って聞こえた後に、激しい咳き込みと息を吸う音が聞こえてくる。
「大丈夫ですか、ナネッテ様!?」
投げつけられたナネッテの身体は、下敷きになっていた複数の臣下の上に、グッタリと力なく崩れ落ちた。その身体の下から這い出した者達が、慌ててナネッテの身体を抱え込んで、呼吸や脈を確認しているようだった。
そんな白族にあっけなく背を向けたギガイが、大股でレフラの方へ近付いてくる。 感情の読めない表情のギガイに、レフラがコクッと唾を飲んだ。
(さすがに、怒っていますよね……)
思った以上に大事になってしまったのだ。レフラだって、こんなことになる前から、少しぐらいは叱られる覚悟だってしていたのだ。それなのに、ここまでの騒ぎになってしまえば、どれだけ叱られるのかが分からない。
エルフィルやラクーシュ、リランにしても、さっきまでの殺意はすっかりと鳴りを潜めている。
『ギガイ様のお咎めが、皆さんに行かないように必ずします』
そう約束をして、ワガママを聞いて貰ったのだ。自分のワガママのせいで、誰かが処罰されることだけは、防がなくてはいけなかった。レフラは緊張で冷えた指先を、キュッと強く握り込んだ。
「ギガイ様は七部族の長で、覇者として君臨されてる方です。望むのなら、全てを手に入れる力を持った方です。そのギガイ様相手に “与える” とは、だいぶ傲慢なのですね」
ナネッテの言葉が止まって、静かになったテラスの一角に、声音が冷たく響いていた。ナネッテにしても、さすがに失言だったと思っているのか、顔色がどんどん青ざめていく。
「な、何ですの。ただの言葉の綾ですわ! そもそも跳び族のくせにーーー」
それでも精一杯、虚勢を張ろうとしたのだろう。だけどその言葉は最後まで言えないまま、ナネッテの身体が、突然宙に持ち上がった。
「私の寵妃の価値は、私が決める、と言ったはずだ」
いつの間に戻って来たのか。目の前にいたギガイが、ナネッテの首を掴んでいた。
ギガイの太い腕によって、つま先が辛うじて地面に触れるぐらいまで、ナネッテの身体は、引き上げられてしまっている。圧迫された気道では、呼吸がろくに出来ていないことが見てとれた。
「……っ……ぁっ……」
口からわずかに漏れる呻き声さえも、ほとんど音に成っていない。そんな中で、ただ、ひたすら。ナネッテの肉感的な身体が揺れている。締め付けたギガイの手から逃れようと、試みるナネッテの必死さを、その激しさは如実に周りへ伝えていた。
「ギガイ様、どうか手をお離し下さい!!」
レフラ達から離れた位置で、近衛隊に押し止められた者達が、必死な声で叫んでいた。
そんな中でナネッテの顔が、ゆっくりと赤黒くなっていく。
ナネッテも懸命に、首に掛かったギガイの指を剥がそうと、試みているようだった。ナネッテの爪がガリガリと肌を抉る度に、白い首に紅い筋が増えていく。それでも、緩むことのないギガイの指に、また幾つも悲鳴が、あちらこちらから上がっていた。
突然、何が起きているのか。状況に追いつけないレフラは、目を瞬かせた。
ただ気が付けば、周囲に漂っていた華やいだ祭の雰囲気も、一掃されて、不穏な空気が満ちている。その中をまた、懇願の声が響いていく。
「お願い致します! このままでは、死んでしまいます!!」
「ギガイ様、お願いです! 手をお離し下さい!」
「ギガイ様!!」
白族の臣下達らしき多数の男女が、顔を青ざめ強張らせていた。きっと彼等の声だろう。聞く者の胸をザワつかせるような、かなり悲痛な声だった。
その声に反応するように、ギガイがそちらへ顔を向けた。だがレフラの方からも見える横顔は、あまりに冷淡で、懇願の声が一切心に響いていないことは明らかだった。
「どうか、どうかお願い致します……」
「ご、ご慈悲を、下さいっ! お願い致します!」
近衛隊の前で、白族の臣下達が膝を付いて頭を下げる。力で敵うはずもない相手なのだ。白族の者達にすれば、族長の命が握られている状況でも、こうやって慈悲を請う以外に方法がないのかもしれない。
その姿に目を細めたギガイが、レフラへ一瞬だけ視線を向けたようだった。レフラがその視線を確認する前に、軽く腕を振ったギガイが、ナネッテの身体を臣下達の方へ投げつけた。
「ウワッーー!!」
荷物のように放り投げられたナネッテの身体が、臣下の身体にぶつかった。
「ゲッホゲッホ、ゲッホ……ヒュッ、ゥ、ヒューゥッ……」
鈍い音と、驚愕の声が重なり合って聞こえた後に、激しい咳き込みと息を吸う音が聞こえてくる。
「大丈夫ですか、ナネッテ様!?」
投げつけられたナネッテの身体は、下敷きになっていた複数の臣下の上に、グッタリと力なく崩れ落ちた。その身体の下から這い出した者達が、慌ててナネッテの身体を抱え込んで、呼吸や脈を確認しているようだった。
そんな白族にあっけなく背を向けたギガイが、大股でレフラの方へ近付いてくる。 感情の読めない表情のギガイに、レフラがコクッと唾を飲んだ。
(さすがに、怒っていますよね……)
思った以上に大事になってしまったのだ。レフラだって、こんなことになる前から、少しぐらいは叱られる覚悟だってしていたのだ。それなのに、ここまでの騒ぎになってしまえば、どれだけ叱られるのかが分からない。
エルフィルやラクーシュ、リランにしても、さっきまでの殺意はすっかりと鳴りを潜めている。
『ギガイ様のお咎めが、皆さんに行かないように必ずします』
そう約束をして、ワガママを聞いて貰ったのだ。自分のワガママのせいで、誰かが処罰されることだけは、防がなくてはいけなかった。レフラは緊張で冷えた指先を、キュッと強く握り込んだ。
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