泡沫のゆりかご 二部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第163 深淵を覗いて 1

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周りから、時折すすり泣く声や、ブツブツと罵るような声、懇願する声が聞こえてくる。

そんな中、イシュカは連行された黒族の地の独房で、床石の繋ぎ目を、ただ黙って眺めていた。

どうして、こんな事になったのか。
何が悪かったのかが分からなかった。

いや、直接の原因なら、もちろん数ヶ月前にナネッテの甘言を信じて、手を取ってしまったことだと分かっている。だからこそ、イシュカはその結果として、首を差し出すことは覚悟していた。

(俺は跳び族の長として、村の者達に責任がある……)

自分の判断によって、多くの村人を傷付けたのだ。ムニフェルムの花に気が付いたナネッテによって、労働力として駆り出されて、狂っていった村人達。

どうにか抗おうと、緋族の武官に切り捨てられた、仲間達。

そんな事態を生み出したのだ。その責任を負うことから、逃げ出そうとは思わない。

だから、他の者達のようにみっともなく狼狽えはせずに、イシュカは捕らえられた地下牢で、ただ黙って過ごしていた。

(でも、何がいけなかったと言うのか……)

その思いだけは無くならない。

(侮られ続けた一族の誇りを、取り戻すことは間違っていなかったはずだろう!)

それなのに、なぜこんな結末になってしまったのか。取った手段が間違えていたことは分かっていても、根本的に何が悪かったのか。イシュカにはいまだに分からなかった。

(もしも、一族の者達が、俺の想いに付いてきてくれたなら。もしも、父上や長老が、あの時に理解をしてくれたなら。もしも、シャガトだけでも、俺の想いへ共感してくれたなら)

多くの ”もしも” を前にしながら、今とは違っていた未来があったはずだ、と想い続けていた。そんなイシュカの牢の前に、誰かが立った気配がした。肌で感じる威圧感と、警備兵の畏まった雰囲気に、見る前から誰か分かる相手だった。

「……七部族の長であるギガイ様が、このような所に、何の御用でしょうか?」

黒族の長として用があるならば、自分でこんな所へ足を運ぶ必要はないはずなのだ。わざわざやって来たということは、私的なこと。ハッキリと言うなら、レフラのことに関してだろう。

「愚か者の末路に、言葉を手向けてやろうと思ってな」

ギガイが軽く手を上げて、見張りの武官達を下がらせた。

「……レフラの恨み言でも、伝えにいらっしゃったのですか?」

不敬な態度は、この冷酷な黒族長の不興をだいぶ買うだろう。だけど、どうせ殺されることが、決まっているのだ。

(冷酷無慈悲と言われた男が、だいぶ腑抜けになったものだ……)

イシュカはハッと鼻で笑いながら、ギガイを気丈に睨み付けた。

「アレは死にゆく者を、鞭打つようなマネはしない」

「レフラは弱いですからね。昔から、苦境に立ち向かう強さはない。流されるように生きて、抗う痛みからずっと逃れている」

レフラの弱さを、優しさのように言うギガイに、イシュカが顔を歪めて否定した。寵妃を嘲られて、憤怒に染まるかと思っていた。だが、ギガイの顔には嘲笑が浮かび、クククッとギガイが喉奥で低く笑った。

「アレが弱いとはな。逆に貴様は強いと言えるのか?」

「レフラよりは、だいぶマシでしょう。少なくとも私はアイツのように、現状に目を背けて、流されるままに生きたりはしない」

「貴様達は、よほどアレを見る気が無かったのだな」

「どういう事ですか……?」

「アレは痛みから逃れたりはしない。痛みを受け入れ、1人で堪えるタイプだ。そして痛みを抱えたままで、最善だと思う未来へ進み続ける。過度な夢など見ず、今の自分に出来ることを1つずつ積み上げてな。そんなアレが弱いとは、私は思わん。だが、貴様はどうだ?」

「……どう、とは……?」

「儘ならない現状に不満ばかりを訴えて、駄々をこねただけではないか。そんな貴様がアレより強いとは、ずいぶん笑止なことを言う」

「わ、私は駄々をこねたわけではない! 一族の誇りを護るために、成すべき事を全うしようとしただけだ!」

「ほう、それで? その護るべき一族はどうなった?」

「…………」

脳裏を過った村人達の姿に、イシュカは唇を噛みしめた。
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