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第一部
黒族長の定め 1
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ギガイの纏う雰囲気が変わり、リュクトワスの後ろに控えた別な臣下が強ばった。
「簡易的な治療を施して、地下牢に入れております」
主席近衛官としてギガイの側に仕え続けているだけはあって、硬い声音になりながらも再び答えたのもリュクトワスだ。ギガイを見つめ返す目に、リュクトワスの気丈さが見て取れる。
「外の間に連れてこい。あともう一人の医癒官もだ」
いつ、とも。なぜ、とも告げない言葉。だが黒族長の言葉ならば、本来はそれだけで十分だった。族長の言葉は絶対であり、疑問を投げるものでも、意を唱えるものでもない。
それにも関わらず意に背いたエクストルは、他の誰から見ても、愚かとしか言いようがなかった。
「承知致しました」
リュクトワスが浅めの目礼と共に返答する。追加で掛けられる言葉を待つようなわずかな間が後に続いた。その間にギガイからの言葉がこれ以上無い事を確信したのか、今度は深く礼をして背後の者と退出をしていった。
それと入れ違いになった配下の者より服を受け取り、退出させる。
着替える為に抱えていたレフラの身体をベッドへ横たわらせると、消えた温もりを探すようにレフラの身体が身じろいだ。
その頬を掌で軽く一撫ですれば、温もりに頬を擦り寄せてくる。たったそれだけで大人しく眠るレフラの姿が微笑ましくて、ギガイの口元に笑みが浮かんだ。
手早く衣装を身につけてその身体を抱き上げる。壊れた扉から通路へ出て、先ほど医癒官達が駆け寄ってきた方向とは逆の方へと歩き出す。そのまま目の前に現れた重厚な扉を開けば、明るい穏やかな草地が目の前に現れた。
立地の高低差を活かしたこの場所は、許可された者しか入れない、御饌の為の場所だった。
要塞のように周りを岸壁が囲っていて、その上に黒族の建造物と、民が過ごすエリアがある。
窪地でありながら風もそよそよと吹き抜けていた。
あの花の香が、かすかに鼻腔を掠めていく。
今は酩酊しそうな甘い香りよりも、清涼な香が勝っていた。レフラの動きや体温に合わせて立ち上がるこの香りは、体臭のようなものだろう。香油や薫香のような人工物とはどこか違っていた。
「身体といい、この香といい。色々と不思議な点がある奴だ」
そんな他との違いさえ、唯一と思えて愛おしさは増すばかりだった。
始まりは決して良いとは言えない状況だ。これがギガイ自身の采配のミスによる結果である事は分かっている。
目を覚ましたレフラが、そのまま微笑んでくれるとは思えない。
それでもレフラはギガイの御饌だ。拒絶する事は許さない。だからこそ、できる限りの慈しみを向けて、癒やしていきたかった。そもそもギガイにはそれ以外の方法も思い付かないのだ。
自責によって悔いる事。謝罪をする事は、ギガイにとっては有り得ない事だった。
七部族の上に立つ立場では、悔いたところで意味がない。その責からは免れる事も出来なければ、誰かが責を肩代わりしてくれる事もない。それは謝罪に対しても同じだった。許しを請う事さえも認められていない立場なのだと、幼い頃からその機会を与えられた事さえない。
寝台の上で小さく固まっていたレフラへ抱いた感情が、唯一の御饌からの拒絶を恐れて許しを請うものだったと知る事ができたのなら、この後の二人の関係もきっと変わっていったのだろう。
始まりの扱いをギガイが詫びていたのなら、隷属でしかない婚姻なのだと、レフラが心を閉ざす前に伝わる想いもあったはずなのだ。
「簡易的な治療を施して、地下牢に入れております」
主席近衛官としてギガイの側に仕え続けているだけはあって、硬い声音になりながらも再び答えたのもリュクトワスだ。ギガイを見つめ返す目に、リュクトワスの気丈さが見て取れる。
「外の間に連れてこい。あともう一人の医癒官もだ」
いつ、とも。なぜ、とも告げない言葉。だが黒族長の言葉ならば、本来はそれだけで十分だった。族長の言葉は絶対であり、疑問を投げるものでも、意を唱えるものでもない。
それにも関わらず意に背いたエクストルは、他の誰から見ても、愚かとしか言いようがなかった。
「承知致しました」
リュクトワスが浅めの目礼と共に返答する。追加で掛けられる言葉を待つようなわずかな間が後に続いた。その間にギガイからの言葉がこれ以上無い事を確信したのか、今度は深く礼をして背後の者と退出をしていった。
それと入れ違いになった配下の者より服を受け取り、退出させる。
着替える為に抱えていたレフラの身体をベッドへ横たわらせると、消えた温もりを探すようにレフラの身体が身じろいだ。
その頬を掌で軽く一撫ですれば、温もりに頬を擦り寄せてくる。たったそれだけで大人しく眠るレフラの姿が微笑ましくて、ギガイの口元に笑みが浮かんだ。
手早く衣装を身につけてその身体を抱き上げる。壊れた扉から通路へ出て、先ほど医癒官達が駆け寄ってきた方向とは逆の方へと歩き出す。そのまま目の前に現れた重厚な扉を開けば、明るい穏やかな草地が目の前に現れた。
立地の高低差を活かしたこの場所は、許可された者しか入れない、御饌の為の場所だった。
要塞のように周りを岸壁が囲っていて、その上に黒族の建造物と、民が過ごすエリアがある。
窪地でありながら風もそよそよと吹き抜けていた。
あの花の香が、かすかに鼻腔を掠めていく。
今は酩酊しそうな甘い香りよりも、清涼な香が勝っていた。レフラの動きや体温に合わせて立ち上がるこの香りは、体臭のようなものだろう。香油や薫香のような人工物とはどこか違っていた。
「身体といい、この香といい。色々と不思議な点がある奴だ」
そんな他との違いさえ、唯一と思えて愛おしさは増すばかりだった。
始まりは決して良いとは言えない状況だ。これがギガイ自身の采配のミスによる結果である事は分かっている。
目を覚ましたレフラが、そのまま微笑んでくれるとは思えない。
それでもレフラはギガイの御饌だ。拒絶する事は許さない。だからこそ、できる限りの慈しみを向けて、癒やしていきたかった。そもそもギガイにはそれ以外の方法も思い付かないのだ。
自責によって悔いる事。謝罪をする事は、ギガイにとっては有り得ない事だった。
七部族の上に立つ立場では、悔いたところで意味がない。その責からは免れる事も出来なければ、誰かが責を肩代わりしてくれる事もない。それは謝罪に対しても同じだった。許しを請う事さえも認められていない立場なのだと、幼い頃からその機会を与えられた事さえない。
寝台の上で小さく固まっていたレフラへ抱いた感情が、唯一の御饌からの拒絶を恐れて許しを請うものだったと知る事ができたのなら、この後の二人の関係もきっと変わっていったのだろう。
始まりの扱いをギガイが詫びていたのなら、隷属でしかない婚姻なのだと、レフラが心を閉ざす前に伝わる想いもあったはずなのだ。
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