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幽霊
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午後になって、光一に人事の国見智則からメールが来た。呑みの誘いだ。やっと新人の配属も決まって一息つきたいのだろう。こちらも月末処理にはまだ間がある。光一は承諾のメールを送った。
終業後、待ち合わせたのはいつもの店だ。店構えは古いが、肴は旨い。それに、もう数十年のつき合いになるこの店の親父は彼ら顔を見ただけで注文も聞かず料理を出してくる。コレがまた外れない。
「おやっさんは、ホント外さないよな」
と言う智則に、
「そりゃはずれっこないさ。おまいさん等の顔にちゃんと何が食いたいって書いてんだからな」
と胸を張る親父。
「ま、ここは何食っても旨いけどな」
「そうだな、全部旨きゃ外れっこねえな」
光一の言葉に、智則はそう言いながら上機嫌で杯を干すと、
「あ、そうだ、おまえんとこ可愛いのがいったろ。よろしく頼むわ」
とようやく本題に入る。
「お嬢ちゃんの肝入りらしいな」
という光一に、
「なんだ、知ってたのか」
智則はあからさまにがっかりという顔をした。
「配属の書類は眼鏡かけてたろ。眼鏡はいいのかと聞いたら、琴子という友人に、ウチに入るんだったら眼鏡を止めろと言われたと言ってた。
同じ大学の出身だし、俺の知ってる琴子でそんな言い方をすんのは、あのお嬢ちゃん位だろ」
光一がお嬢ちゃんと呼ぶ琴子-阪井琴子-はYUUKIの社長、結城総一郎の娘だ。阪井という名字からも判るように婚外子であるが、何年も前から前妻は病に倒れており、実質彼女の母が総一郎の妻として社交的な部分はすべてこなしているのが実状だし、そうでなくても認知されている彼女は紛れもない社長令嬢だ。
「まぁ確かにな。そうそう、あの眼鏡。琴子ちゃんのプッシュがなきゃ、書類でオチってパターンだ」
「おいおい、天下のYUUKIが女子を顔で採用するのか」
人権擁護委員会にパワハラで訴えられるぞと光一が言うと、
「天下のYUUKIだからだよ。
毎年ものすごい数の学生がエントリーシートを送ってくるんだぞ。それもみんな似たり寄ったりの好成績。それなら見た目の良い奴に食指が動くのは当然だろーが」
と、智則が答える。それを聞いた光一が、
「道理で、顔ばっかで使えない奴が来る訳だ」
と言ってため息を吐けば、
「お前のがよっぽどパワハラじゃん」
と言って智則は笑ったあと、急に声を潜めて、
「ところがさ、フタを開けてみればアレだよ。最初は幽霊が来たかと思ってお札探したぜ」
と続ける。こいつは良い奴だがどうもふざけたところがある。光一は軽くため息を吐きながら、
「お前なぁ……まぁ、正直俺も固まったんだけどな」
と智則に返す。
「だろ?」
それを聞いた智則はうんうんと頷いた。
「まさか、お前それで俺のとこへ回したのか?」
(こいつならやりかねない)
「バカ言え、んなもん俺の一存だけじゃできねぇって。
研修時の適性も見たろ、細かいことをコツコツ頑張るタイプ。
それに簿記・ワープロと電算を持ってるとくりゃ、お前んとこで決まりだろ」
「まぁ、それはそうだが……」
「まだ、何かあるのかよ。とにかく、頼むぜ。琴子ちゃんからも『志乃は天然だから、変なのに食われないように』って言われてんだ。
その点、お前なら大丈夫だろ。既に枯れてる」
と笑う智則に光一は、
「余計なお世話だ」
と、燗がつき上がったばかりの徳利を智則から取り上げた。
「ま、まぁな……生きてるか死んでるかわかんない奴に幽霊は失礼か」
どうしてんだろうな、あの娘。と智則は肴をつつきながら宙をみる。
「生きててそれなりに幸せなら良いがな。ほら、よく言うだろうが、『男は自分が幸せだと思う時に昔の女を思い出し、女は自分が不幸だと思う時に昔の男を思い出す』って。けどな……」
「けど、なんだよ」
「死んでたら、化けてでも出てほしいと思う」
真顔でそう言う光一に、智則はあきれ顔で、
「幽霊でも会いたいか? あれから20年以上も経つんだぜ」
未だにそれを望むなんざ病んでるな、お前。と苦笑する。それに対して光一は、
「俺はただ、なんでいきなり消えたか理由を聞きたいだけだ。
それにな、それを言うなら、俺の初恋の相手は正真正銘本物の幽霊だ」
と笑いながら言う。
「冗談もいい加減にしろよ」
それを聞いて根が怖がりの智則の肩がピクッと揺れる。
「冗談なもんか。
小六の時だ。俺は夏休みにばーさんの実家の広島に一人で行ったんだ。そこで一つ年下の不思議な女の子に会った。
やたら古い遊びとか知ってるくせに、当時のアイドルなんかからっきし知らない。
その日は広島市内に出かけるのによそ行きを着せてもらったんだって嬉しそうに笑ってた。けどな、次の日も彼女は同じ服を着て同じ事を言うんだ。
実はそいつは原爆で死んだお袋の一回り上の姉だったんだよ。
36年、自分が死んだことにも気づかずにな。
俺と出会うことでそれに気づいた彼女は、37年目の慰霊祭の日に穏やかに消えてったよ」
「なんだよ、それ。そんな与太話で俺をビビらそうと思ったってそうはいかないぜ」
光一の話に、智則は顔を引き攣らせながらそう返す。
「ビビらせるつもりなんかないさ。信じたくないのなら信じなくて良い」
「おいおい、彼女もホントは……なんてことないだろうな。お前が引き寄せてたってことは……な」
そして、件の新入社員の事まで疑うように言う智則の声は震えている。
「お嬢ちゃんのご学友がそんな訳ないだろ。そんなにビビるんなら俺に幽霊話を振るな」
ニヤっと笑った光一に、智則は、
「おまえやっぱり作り話だろ! 作り話だ。そんなことが本当にあってたまるか。そうだ、作り話だ」
と、何度も作り話を連呼し、すっかり酔いが冷めてしまったと、親父に追加の酒を要求したのだった。
終業後、待ち合わせたのはいつもの店だ。店構えは古いが、肴は旨い。それに、もう数十年のつき合いになるこの店の親父は彼ら顔を見ただけで注文も聞かず料理を出してくる。コレがまた外れない。
「おやっさんは、ホント外さないよな」
と言う智則に、
「そりゃはずれっこないさ。おまいさん等の顔にちゃんと何が食いたいって書いてんだからな」
と胸を張る親父。
「ま、ここは何食っても旨いけどな」
「そうだな、全部旨きゃ外れっこねえな」
光一の言葉に、智則はそう言いながら上機嫌で杯を干すと、
「あ、そうだ、おまえんとこ可愛いのがいったろ。よろしく頼むわ」
とようやく本題に入る。
「お嬢ちゃんの肝入りらしいな」
という光一に、
「なんだ、知ってたのか」
智則はあからさまにがっかりという顔をした。
「配属の書類は眼鏡かけてたろ。眼鏡はいいのかと聞いたら、琴子という友人に、ウチに入るんだったら眼鏡を止めろと言われたと言ってた。
同じ大学の出身だし、俺の知ってる琴子でそんな言い方をすんのは、あのお嬢ちゃん位だろ」
光一がお嬢ちゃんと呼ぶ琴子-阪井琴子-はYUUKIの社長、結城総一郎の娘だ。阪井という名字からも判るように婚外子であるが、何年も前から前妻は病に倒れており、実質彼女の母が総一郎の妻として社交的な部分はすべてこなしているのが実状だし、そうでなくても認知されている彼女は紛れもない社長令嬢だ。
「まぁ確かにな。そうそう、あの眼鏡。琴子ちゃんのプッシュがなきゃ、書類でオチってパターンだ」
「おいおい、天下のYUUKIが女子を顔で採用するのか」
人権擁護委員会にパワハラで訴えられるぞと光一が言うと、
「天下のYUUKIだからだよ。
毎年ものすごい数の学生がエントリーシートを送ってくるんだぞ。それもみんな似たり寄ったりの好成績。それなら見た目の良い奴に食指が動くのは当然だろーが」
と、智則が答える。それを聞いた光一が、
「道理で、顔ばっかで使えない奴が来る訳だ」
と言ってため息を吐けば、
「お前のがよっぽどパワハラじゃん」
と言って智則は笑ったあと、急に声を潜めて、
「ところがさ、フタを開けてみればアレだよ。最初は幽霊が来たかと思ってお札探したぜ」
と続ける。こいつは良い奴だがどうもふざけたところがある。光一は軽くため息を吐きながら、
「お前なぁ……まぁ、正直俺も固まったんだけどな」
と智則に返す。
「だろ?」
それを聞いた智則はうんうんと頷いた。
「まさか、お前それで俺のとこへ回したのか?」
(こいつならやりかねない)
「バカ言え、んなもん俺の一存だけじゃできねぇって。
研修時の適性も見たろ、細かいことをコツコツ頑張るタイプ。
それに簿記・ワープロと電算を持ってるとくりゃ、お前んとこで決まりだろ」
「まぁ、それはそうだが……」
「まだ、何かあるのかよ。とにかく、頼むぜ。琴子ちゃんからも『志乃は天然だから、変なのに食われないように』って言われてんだ。
その点、お前なら大丈夫だろ。既に枯れてる」
と笑う智則に光一は、
「余計なお世話だ」
と、燗がつき上がったばかりの徳利を智則から取り上げた。
「ま、まぁな……生きてるか死んでるかわかんない奴に幽霊は失礼か」
どうしてんだろうな、あの娘。と智則は肴をつつきながら宙をみる。
「生きててそれなりに幸せなら良いがな。ほら、よく言うだろうが、『男は自分が幸せだと思う時に昔の女を思い出し、女は自分が不幸だと思う時に昔の男を思い出す』って。けどな……」
「けど、なんだよ」
「死んでたら、化けてでも出てほしいと思う」
真顔でそう言う光一に、智則はあきれ顔で、
「幽霊でも会いたいか? あれから20年以上も経つんだぜ」
未だにそれを望むなんざ病んでるな、お前。と苦笑する。それに対して光一は、
「俺はただ、なんでいきなり消えたか理由を聞きたいだけだ。
それにな、それを言うなら、俺の初恋の相手は正真正銘本物の幽霊だ」
と笑いながら言う。
「冗談もいい加減にしろよ」
それを聞いて根が怖がりの智則の肩がピクッと揺れる。
「冗談なもんか。
小六の時だ。俺は夏休みにばーさんの実家の広島に一人で行ったんだ。そこで一つ年下の不思議な女の子に会った。
やたら古い遊びとか知ってるくせに、当時のアイドルなんかからっきし知らない。
その日は広島市内に出かけるのによそ行きを着せてもらったんだって嬉しそうに笑ってた。けどな、次の日も彼女は同じ服を着て同じ事を言うんだ。
実はそいつは原爆で死んだお袋の一回り上の姉だったんだよ。
36年、自分が死んだことにも気づかずにな。
俺と出会うことでそれに気づいた彼女は、37年目の慰霊祭の日に穏やかに消えてったよ」
「なんだよ、それ。そんな与太話で俺をビビらそうと思ったってそうはいかないぜ」
光一の話に、智則は顔を引き攣らせながらそう返す。
「ビビらせるつもりなんかないさ。信じたくないのなら信じなくて良い」
「おいおい、彼女もホントは……なんてことないだろうな。お前が引き寄せてたってことは……な」
そして、件の新入社員の事まで疑うように言う智則の声は震えている。
「お嬢ちゃんのご学友がそんな訳ないだろ。そんなにビビるんなら俺に幽霊話を振るな」
ニヤっと笑った光一に、智則は、
「おまえやっぱり作り話だろ! 作り話だ。そんなことが本当にあってたまるか。そうだ、作り話だ」
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