似ている

神山 備

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親子になる日(前編)(生方雅之視点)

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 5年も行方不明だった義姉が帰ってきたと聞いて、俺たちは急ぎ喜美子の実家に向かったが、そこにいたのは義姉に似ているという色白の小さな女の子だけだった。そこで俺たちは、
「朝に来て、『仕事をしている間預かってくれ』と言われたから、もうそろそろ迎えに来るだろう」
という義母の言葉に従って待ってみるも、義姉は待てど暮らせど現れなかった。義姉は子供を捨てて一人またどこかに行ってしまったのだ。
 仕事が長引いているのだ、そう言っていた義母も、それが一週間を越えたところで義姉が娘を置き去りにしたことを認めざるを得なかった。
 
 そこで、子供自身に聞いてみたのだが、自分の名が『ふくしましの』で4歳であること、ここには長い間電車に乗ってきたことぐらいしか分からなかった。
 それでも、福島の両親にとって、孫には変わりはない。彼らはこの子の面倒をみると決めて、役場に赴いた。『しの』を保育園に通わせるためである。
 しかし、何もなかった。否、あったと言うべきか。娘、福島美奈子は已然父、福島丈太郎と母、福島志津子の娘として存在しており、婚姻による抹消はなかった。ただ、同時に『しの』が生まれたという記載も一切なかったのだ。出生届からもしかしたら義姉の居所が判るかも知れないという希望は絶たれた。そこで、
「しのちゃんはパパのこと知ってるの?」
とダメもとで聞いてみた喜美子に、
「パパはしのが生まれる前にお空に行ったって。パパはめちゃめちゃ賢い人で、ママが大好きやったって」
と、しのは言った後、
「けど、そう言うた後ママはいつも『ゴメンな』て謝る。『そんなパパが死んでしもたんはママのせいやから』て言うて泣くから、しのは……」
ママを泣かすパパは嫌いと呟いて俯いた。
 東京を離れると義姉が電話してきたときも、彼女はしきりに、その恋人の成瀬という男を懸命に擁護していたと言うから、その時点で男は死んでいたのかも知れない。ただそうだったとしても、こっちに戻って親元で子育てすれば良かったのにと、俺は簡単に思っていた。田舎でシングルマザーへの風当たりは強いかも知れないが、愛する男の子をどうしても育てたいと言えば、きっと福島の両親は結果的には折れただろうにと。どうして出生届も出さぬまま、そして今親元に置き去りにしたのかが理解できなかった。
 だが、理由は分からなくても、しのの戸籍をこのま宙ぶらりんにしておくことは出来ない。未就学の今はともかく、このままでは学校にすら行けない。
 義姉の戸籍に入れるのが本来なのだろうが、どんな事情であれ今まで届け出ていなかったことがどうにも引っかかる。よくある理由とすれば莫大な借金だ。そうなれば、戸籍の回復(この場合元々なかったのだからそうは言わないだろうが)した途端、このまだ小さな子供の所に不躾な借金取りが押し寄せるかも知れない。こういう奴らは妙に鼻が利いてどこからともなくやってくる。
 しのは本当に戸籍も持たずに逃げ暮らしていたとは思えないほど、素直で明るかった。今更福島の両親が子育てをするのは大変だろうとも思ったし、何より美和が志乃にべったりだった。福島家に行く度、帰らないとだだをこねる美和を志乃から引き剥がすのに苦労するのだ。
 俺たち夫婦は自分たちから福島の両親にしのと養子縁組みをしたいと申し出た。それも、一旦義姉の戸籍に入れるのではなく、無戸籍のまま俺たち夫婦の特別養子になるという形を取って。
 
 特別養子縁組みが成立した日、福島の家に迎えに行った俺は、
「今日からお前は生方志乃や。生方志乃、言えるか?」
と、志乃に言った。
「うぶかた、しの? 何で? 美和ちゃんのパパ」
志乃は、予想通り言葉の意味が分からず首を傾げる。そこで、
「これから、志乃は俺の子どもや」
俺はそう言って志乃の頭を撫でた。すると志乃は、
「しののパパ? しののパパは……」
と言いながら空を見上げる。
「そやな、志乃のパパは天国やったな。ほんなら、俺のことはお父ちゃん、叔母ちゃんのことはお母ちゃんと呼んだらええ」
生まれる前に既に鬼籍に入っていたとしても、この子にとって父親はやはりその男しかないのだろうから。
「お父ちゃん?」
疑問系でそう呼んだ志乃に、
「なんや、志乃」
俺は笑ってそう答える。
「お父ちゃん、おとうちゃん、お父ちゃん、お父ちゃん」
すると、何度も繰り返し俺を呼ぶ志乃。その目にはいつしか涙が。
 そや、今まで呼びとうても呼ばれへんかった分、ようけ呼んでもええんやに。
 ほんで、ゆっくりでええから親子になっていこに。俺は、
「なんや、お父ちゃんの大安売りやな。心配せんでも、お父ちゃんもお母ちゃんも逃げいかへんに。
ほな、家に帰ろな」
と志乃の肩を引き寄せると、買ったばかりのジュニアシートに志乃を座らせ、家に向かって出発した。
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