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お局様と呼ばないで 1 (高橋郁夫視点)
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俺は同じ経理の先輩、佐伯くるみさんが好きだ。
若い女共が
『佐伯くるみは完全無欠のお局様。
だから、30過ぎても結婚できない』
と陰で揶揄しているようだけど、釣書の飾りに入社したようなお前等にそんなこと言う権利はないと俺は思う。
俺が彼女に惚れたのは、入社してすぐのこと。
俺はその時、エクセルに入れた貸借が合わないでマジで泣きそうになっていた。すると、
「高橋君、そのセルF25関数飛んでる」
佐伯さんが俺の机の後ろをすり抜けざまにそう言った。だけど、彼女は俺の作業をマジマジと覗いていたわけではなく、時間にすればホンのわずか1~2秒ほどじゃなかったろうか。
「へっ?」
と聞き返した俺に、
「F25の金額が空欄」
そう言われてみると小計であるF25には金額がはいっておらず、カーソルを持って行くと関数の表示は出ない。
「ありがとうございます」
慌てて俺はお礼を言い、隣の数式をコピーした。そして、佐伯さんを見ると、彼女はなにやら書いていた。しかし、近づいてみてそれが帳簿で、しかも計算しながら埋めている。その速さは、ダダーッツ・・ポンという感じか。とても計算しているという速度じゃない。俺は、
「速っ!」
と思わず叫んでしまった。そんな俺に彼女は、
「暗算は得意だから」
と申し訳なさそうにそう答えた。で、俺は何の気なしに、級を聞いてみると……
「じゅ、10段!?」
そろばんだけじゃなく、暗算もだそうだ。それって得意どころじゃないだろ、先生の域じゃん。何を申し訳なさそうにしなきゃらならいんだろ。もっと誇って良いと思ってそう言うと、
「たまたまウチの向かいが珠算教室だったから。保育所代わりに預けられてたっていうか……」
彼女は照れながらそう答えた。
反復練習が基本のそろばんだ。通常でも週3回は教室があるし、そうじゃなくてもそこんちに毎日遊びに行っていたらしい。やるのはフラッシュ暗算。ソフトが自宅にある、教室の先生の子供さんと競いあって解いていた……って、どんだけ計算三昧な生活なんだ、それ。
だからというのか、間違っているときは空気でそれを感じられるらしい。
「間違っている数字や文字って、なんか浮いて見えるのよね」
と言ってた。
ただ、何かの時に女共にその話をしたら、ぼそっと一言、
「げっ、キモっ。妖怪みたい。やっぱお局様は違うわ」
と言った奴がいたけど。俺からすりゃ、たいした努力もしないで、
「えー、そんなの知らないよぉ」
とかブって言ってる君の方が、マジでキモいと思うけどな。
で、それから何かというと彼女を見るようになっていった。それで分かったことは、彼女は女共が言うような「機械のような冷たい女」じゃ決してないって事だ。
確かに仕事に対してはすごくシビアだ。けど、休憩時間にお菓子を摘んでるときとか、ホッとしたいい笑顔をするんだぜ。
その話を高校時代からのツレ、悌二に話すと、
「郁にも遅い春がやっときたか」
って笑いやがった。悪かったな、遅い春で。この童顔で男子校。男にケツを掘られかけること数知れず。そんな俺は、男はもちろん女にだってなかなか食指が動かなかったんだよ。
まぁ、それはさておき、自分の気持ちに気づいた俺は、さっそく佐伯くるみ捕獲大作戦を開始した。
しかし、俺はあっさりと玉砕し続けた。誤植にはとんでもなく鼻の利く佐伯さんだが、こと男女の恋愛に関してはそれはまったく利かないらしい。いや、他人の恋路の世話は焼いていたりするから、まったくではないな。だが、それにこと自分が関わってくると、とたんに鈍くなる。あのクソ女共が言うように、
『アラサーのお局様』には虫も寄りつかないと、自分でも思っているらしかった。
「第一、かわい気がないでしょ」
と、自嘲気味に佐伯さんは言う。でも、それは仕事だからであって、プライベートな彼女はとってもキュートなのに。
その上、佐伯さんには長年思い続けてる人がいたのだ。それは我が部の長、成瀬光一。俺が思うに彼女のあの頑張りは、偏に成瀬さんに認めてもらいたいという気持ちの表れからきていると思う。だが、確かに仕事の面では部長も大いに佐伯さんを評価しているみたいだが、ただそれだけだ。彼女に恋愛感情は感じていない様子。それでも約10年諦めきれない彼女と、その彼女のことをやっぱり諦めきれない俺。自分でも情けないほどのヘタレっぷりだった。
だが、何とか打開策はないものかと考えていた入社三年目……それを思いつく前に、何と佐伯さんの方からとんでもない提案が俺に持ち込まれたのだった。
若い女共が
『佐伯くるみは完全無欠のお局様。
だから、30過ぎても結婚できない』
と陰で揶揄しているようだけど、釣書の飾りに入社したようなお前等にそんなこと言う権利はないと俺は思う。
俺が彼女に惚れたのは、入社してすぐのこと。
俺はその時、エクセルに入れた貸借が合わないでマジで泣きそうになっていた。すると、
「高橋君、そのセルF25関数飛んでる」
佐伯さんが俺の机の後ろをすり抜けざまにそう言った。だけど、彼女は俺の作業をマジマジと覗いていたわけではなく、時間にすればホンのわずか1~2秒ほどじゃなかったろうか。
「へっ?」
と聞き返した俺に、
「F25の金額が空欄」
そう言われてみると小計であるF25には金額がはいっておらず、カーソルを持って行くと関数の表示は出ない。
「ありがとうございます」
慌てて俺はお礼を言い、隣の数式をコピーした。そして、佐伯さんを見ると、彼女はなにやら書いていた。しかし、近づいてみてそれが帳簿で、しかも計算しながら埋めている。その速さは、ダダーッツ・・ポンという感じか。とても計算しているという速度じゃない。俺は、
「速っ!」
と思わず叫んでしまった。そんな俺に彼女は、
「暗算は得意だから」
と申し訳なさそうにそう答えた。で、俺は何の気なしに、級を聞いてみると……
「じゅ、10段!?」
そろばんだけじゃなく、暗算もだそうだ。それって得意どころじゃないだろ、先生の域じゃん。何を申し訳なさそうにしなきゃらならいんだろ。もっと誇って良いと思ってそう言うと、
「たまたまウチの向かいが珠算教室だったから。保育所代わりに預けられてたっていうか……」
彼女は照れながらそう答えた。
反復練習が基本のそろばんだ。通常でも週3回は教室があるし、そうじゃなくてもそこんちに毎日遊びに行っていたらしい。やるのはフラッシュ暗算。ソフトが自宅にある、教室の先生の子供さんと競いあって解いていた……って、どんだけ計算三昧な生活なんだ、それ。
だからというのか、間違っているときは空気でそれを感じられるらしい。
「間違っている数字や文字って、なんか浮いて見えるのよね」
と言ってた。
ただ、何かの時に女共にその話をしたら、ぼそっと一言、
「げっ、キモっ。妖怪みたい。やっぱお局様は違うわ」
と言った奴がいたけど。俺からすりゃ、たいした努力もしないで、
「えー、そんなの知らないよぉ」
とかブって言ってる君の方が、マジでキモいと思うけどな。
で、それから何かというと彼女を見るようになっていった。それで分かったことは、彼女は女共が言うような「機械のような冷たい女」じゃ決してないって事だ。
確かに仕事に対してはすごくシビアだ。けど、休憩時間にお菓子を摘んでるときとか、ホッとしたいい笑顔をするんだぜ。
その話を高校時代からのツレ、悌二に話すと、
「郁にも遅い春がやっときたか」
って笑いやがった。悪かったな、遅い春で。この童顔で男子校。男にケツを掘られかけること数知れず。そんな俺は、男はもちろん女にだってなかなか食指が動かなかったんだよ。
まぁ、それはさておき、自分の気持ちに気づいた俺は、さっそく佐伯くるみ捕獲大作戦を開始した。
しかし、俺はあっさりと玉砕し続けた。誤植にはとんでもなく鼻の利く佐伯さんだが、こと男女の恋愛に関してはそれはまったく利かないらしい。いや、他人の恋路の世話は焼いていたりするから、まったくではないな。だが、それにこと自分が関わってくると、とたんに鈍くなる。あのクソ女共が言うように、
『アラサーのお局様』には虫も寄りつかないと、自分でも思っているらしかった。
「第一、かわい気がないでしょ」
と、自嘲気味に佐伯さんは言う。でも、それは仕事だからであって、プライベートな彼女はとってもキュートなのに。
その上、佐伯さんには長年思い続けてる人がいたのだ。それは我が部の長、成瀬光一。俺が思うに彼女のあの頑張りは、偏に成瀬さんに認めてもらいたいという気持ちの表れからきていると思う。だが、確かに仕事の面では部長も大いに佐伯さんを評価しているみたいだが、ただそれだけだ。彼女に恋愛感情は感じていない様子。それでも約10年諦めきれない彼女と、その彼女のことをやっぱり諦めきれない俺。自分でも情けないほどのヘタレっぷりだった。
だが、何とか打開策はないものかと考えていた入社三年目……それを思いつく前に、何と佐伯さんの方からとんでもない提案が俺に持ち込まれたのだった。
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