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神山 備

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誕生日のプレゼント

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「倉本さんは遊園地は苦手ですか」
ある日、夏海に電話で武田が唐突にそう尋ねた。
「別に好きでも嫌いでもないけど?」
そう言えば龍太郎が苦手だったのかもしれない。大体にして出不精だった龍太郎とは、買い物以外には出かけたことがあまりなかった。高校時代仲の良かった速水容子に拝み倒されて、ダブルデートしたくらいか。それも、ほとんど乗り物に乗らない龍太郎に合わせて、夏海も絶叫マシンには乗らなかった。まるで、容子たちの保護者と言う方が正しかったのではないだろうか。
「実家が新聞購読のおまけに遊園地のタダ券もらったって言うんですよ。ねーちゃんはそんなもん要らないって言うから、俺がもらおうと思ってるんです。倉本さんって、7月生まれでしたよね」
「ええ、7月19日……」
「誕生日プレゼント代りに、一緒に行きませんか? 俺、金ないからこんなことしかできないけど……」
彼はそう言って笑った。
(そう言えば、龍太郎とは誕生日に指輪を……なんて言って、それが別れの引金になったんだっけ。もう、あれから一年も経つのか……)
「別に行くのは構わないけど、三人なんかで行ったら小夜ちんの機嫌、悪くならない?」
しかし、そういう場所なのだ。当然小夜子も行くに違いない。
「えっ、券二枚しかもらわなかったから、小夜ちゃんは誘わないつもりですよ。俺と二人じゃダメですかね」
武田君と二人?……
「ダメじゃないけど……」
夏海は戸惑いながらそう答えた。武田がこうして自分の誕生日を覚えていてくれて、気を遣わせないような形で誕生日プレゼントを用意してくれることはとても嬉しかった。しかしその反面、自分は彼にどう思われているのだろうという疑問が頭をもたげるのを抑えられない。
「良かった。じゃぁ、決まりってことで。この時期ならプールも解禁されてるから、水着も持ってきてくださいね」
武田は、嬉しそうにそう言うと、音楽のことに話題を変えた。

 夏海は水着を新調した。ビキニを着る勇気などとてもなかったが、目に付いて思わず購入したものが真っ赤だった事に彼女は苦笑いした。
無意識に彼に合わせて若く見せようとしているのかもしれない。バカな私……彼は後輩の彼氏だと言うのに、何を期待しているんだろう。

 当日の天気は晴。むせ返る熱気で陽炎が立つ中、夏海は武田を待った。
「すいません、待たせちゃいました?」
待ち合わせ場所に遅れて来た彼は、彼女を見ると汗を噴き出しながら小走りでやってきた。
「ううん、気にしないで。どれだけかかるか判らないから、早めに来たの」
それを見て、夏海はそう言った。
「しっかし、あっちぃー! 絶好のプール日和だな。プールが呼んでるぜ」
彼は着ているTシャツをバタバタさせながらそう言って夏海を先導した。

 夏海と武田は遊園地のいくつかのアトラクションを周った後、プールに向かった。水着に着替えた夏海に武田は、
「倉本さんって、ホント色白いですね」
と言った。夏海は自分があまり色白だという意識がなく、その言葉に驚いた。
小学生の頃、泳ぐのが好きだった彼女は学校のプールに通い詰め、母からは『女の子なのに裏か表か判らない。』と何度も嘆かれた。
だが、大人となった今ではそんな風に屋外で泳ぐこともないし、仕事もデスクワークで歩きまわることもない。休みの日もアウトドアではなく、地下街でショッピングすることが多い。そう言われて見てみると、確かに浅黒くはなかった。
「そのまま焼いちゃうと痛いですよ。塗ります?」
武田はそう言ってサンオイルを取りだした。
「あ、この歳で焼くと大変なことになっちゃう。だから、私はこっちよ」
夏海は自分のポーチから日焼け止めを取りだした。
「まだ若いじゃないですか」
そういう彼に彼女は手を振りながら、
「ダメダメ、二十五過ぎたらオバサン」
と返した。
「自分でそんなこと言っちゃダメですよ……あ、貸して下さい」
武田は塗りにくそうに背中に日焼け止めを塗る夏海から、それをもぎ取ると、少しにやけた表情で彼女の手の届かない部分に塗り始めた。
そっと水着を持ち上げて、布に隠された部分にまで手が及ぶ……それは痛い思いをさせないようにとのただの気遣いだろうが、夏海の心はざわざわと騒いだ。

 ひとしきり泳いだ後、夏海はこの日誘ってくれたお礼に作った弁当を取りだした。
「うわっ、これ全部夏海さんが作ったんですか?」
夏海がフタを開けると、武田はそう言いながら、嬉しそうにおかずの一つを手で摘まんで口に入れた。
「ええ、料理は嫌いじゃないし、ほら、お箸もここにあるから……でも、口に合うかが心配。嫌いな物とか入ってないかしら」
(龍太郎の家に行っていたときには定期的に作っていたけれど、最近はあまりお料理してないしな。それに、龍太郎はいろんな意味で食べられない物が多かったから、結局パターン化していたような気がするし)夏海は小夜子のいないのを見計らって、会社の若い男性にお弁当で入れてほしいものを聞いてもみたのだが、やはり個人で好みは違う。
「え?俺何でも食べますよ。ホント、旨いっす」
武田はそう言うと、モリモリと弁当を口に運んだ。そして、満面の笑みを浮かべて、
「倉本さんの旦那さんになる人って、ホントに幸せだな」
と言った。夏海はその“旦那さん”の一言に一気に表情を曇らせた。
「すいません、悪いこと言っちゃいましたかね」
そんな夏海の表情を見て、彼は慌てて謝った。
「そんなことないわよ」
そうは言ったものの、夏海の脳裏を龍太郎の笑顔がかすめる。
「エリック・サティの人の事、まだ忘れてないんですね。でも、倉本さんにそんな顔をさせる奴のことなんて、早く忘れた方が良い」
武田はそう言うと、また弁当に箸を進めた。
私が初めて会ったときに、ジムノペディの三番に反応したこと、覚えていたんだと、夏海は思った。思えばあの時、『なんか訳ありの曲ですか』なんて不躾な質問をいきなりぶつけてきたっけ。不思議とあの時、腹は立たなかった。
 ただ、忘れたいのに忘れられない……それは今も変わっていないのだ。なら、あなたがそれを忘れさせてくれるとでも言うの? 夏海は『旨い』を連発しながら弁当を頬張る武田を見ながら、そんな苛立ちを感じていた。
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