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Parallel
母の思惑
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一方、夏海の母は、彼女が武田と付き合っていると解かっていても、いや解かっているからこそなのか、事あるごとに見合いを勧めた。母にとっては四歳も年下の社会人になり立ての男など対象外だと言わんばかりに、知り合いのお節介なおばさんたちにどんどんと娘を売り込んでいる様である。
夏海は何度か盛装をしての写真(つまりは釣書に添えるためのもの)を取る様に強要されたが、彼女はそれを断固として断った。
「じゃぁ、スナップ写真でも良いわ。このごろは自然な感じなのが流行りだって言うから」
それでも母はまだ諦められないらしい。夏海は、ほとほとうんざりしながら一枚のスナップ写真をピックして渡した。
それは社員旅行の際の写真で、にこやかに笑う彼女の横には、男性社員が二人一緒にフレームに納まっていた。
「私が写真嫌いなの知ってるでしょ。今、笑ってるのなんてこれしかないわよ」
夏海は母からクレームがつかぬうちにそう先制攻撃を加えた。こんな風に同僚と言えど男と写っている様な写真を見て、それでも良いと言うような男などいないだろう。いっそのことツーショットならなお良かったのに……
母親は明らかに物言いたげだったが、無言でそれを受け取った。
夏海はあんな写真で見合いに応じる男などいないと思っていた。実際、その写真を渡してからしばらくは話を持ってくる人などいなかったから、彼女は安心しきっていた。
しかし、そんな写真などものともせず、会おうという物好きが現れたというのである。夏海はにべもなく断った。しかし、それに対して
「会うだけでいいから、会ってみてちょうだいよ」
と、話を持ってきた母の昔からの友人は写真を持ち帰らず、そう懇願して置いて帰った。
「一体この方のどこがいけないの」
その友人が去った後、母は夏海に言った。
「この人がどうだって訳じゃないわ。解かってるんでしょ。会えるわけがないじゃない」
「この際だから言うわ。夏海ちゃん、武田君は駄目よ」
「何がダメなのよ! 大体、お母さんは龍太郎のときだって反対したわ。どうして私の気持ちを考えてくれないの!」
「あなたが幸せになれそうもない子ばかり選ぶからよ。武田君って、もとは中谷さんと付き合ってた人でしょう? そんな節操のない子が四歳も年上のあなたと結婚するつもりがあると思う?」
母はやはり知っていたのだ。まだ付き合う以前に不用意に夏海が口にしたのか、状況から類推したのかは判らないが、その辛辣な口調に彼女は目眩がするほどだった。
「あの子と付き合ったのが私と会うより先だったんだもの。しょうがないじゃない。それに、いきなり別れたりしてそれが私が原因だと分ったら、私とあの子との関係が崩れるもの。あれは康文の配慮よ」
夏海は少し剝れながらそう答えた。
「だったら尚更そんな優柔不断な男は止めなさい。彼、今東京にはいないんでしょう? そのうちあっちに女を作って、それで終わりだわ」
すると母はすぐさまそう返した。何てデリカシーのない言い方なのだろう……夏海は涙がこぼれおちるのを必死でこらえた。
この人はそうやっていつも自分の一番不安に思っていることを的確に付いて突いてくるのだ。『お母さんはね、夏海ちゃんが幸せになる、それだけを望んでいるのよ』口ではいつもそう言うが、本当にそう思っているのか疑いたくなる。
もっとどうして娘の目線に立って考える事が出来ないのか。そうね、私はお姉ちゃんみたいに素直じゃない。きっと疎まれているのだ。
夏海には二歳年上の姉がいる。両親に従順な姉は、短大を卒業して二年でさっさと親の喜びそうな彼女より三歳年上のサラリーマンと結婚した。
確かにおっとりと優しい姉は夏海の自慢でもあったが、夏海はまた、姉の様にはなれないとも思っていた。
「お母さんには、私の気持ちなんて解かってもらわなくて良い!」
夏海はそう言うと、家を飛び出した。
そして向かったのは自宅近くの電話ボックス。夏海は空で覚えてしまっている武田の電話番号を押した。
一刻も早くこの場所から連れ出して! 夏海は心の中で何度もそう叫んでいた。
夏海は何度か盛装をしての写真(つまりは釣書に添えるためのもの)を取る様に強要されたが、彼女はそれを断固として断った。
「じゃぁ、スナップ写真でも良いわ。このごろは自然な感じなのが流行りだって言うから」
それでも母はまだ諦められないらしい。夏海は、ほとほとうんざりしながら一枚のスナップ写真をピックして渡した。
それは社員旅行の際の写真で、にこやかに笑う彼女の横には、男性社員が二人一緒にフレームに納まっていた。
「私が写真嫌いなの知ってるでしょ。今、笑ってるのなんてこれしかないわよ」
夏海は母からクレームがつかぬうちにそう先制攻撃を加えた。こんな風に同僚と言えど男と写っている様な写真を見て、それでも良いと言うような男などいないだろう。いっそのことツーショットならなお良かったのに……
母親は明らかに物言いたげだったが、無言でそれを受け取った。
夏海はあんな写真で見合いに応じる男などいないと思っていた。実際、その写真を渡してからしばらくは話を持ってくる人などいなかったから、彼女は安心しきっていた。
しかし、そんな写真などものともせず、会おうという物好きが現れたというのである。夏海はにべもなく断った。しかし、それに対して
「会うだけでいいから、会ってみてちょうだいよ」
と、話を持ってきた母の昔からの友人は写真を持ち帰らず、そう懇願して置いて帰った。
「一体この方のどこがいけないの」
その友人が去った後、母は夏海に言った。
「この人がどうだって訳じゃないわ。解かってるんでしょ。会えるわけがないじゃない」
「この際だから言うわ。夏海ちゃん、武田君は駄目よ」
「何がダメなのよ! 大体、お母さんは龍太郎のときだって反対したわ。どうして私の気持ちを考えてくれないの!」
「あなたが幸せになれそうもない子ばかり選ぶからよ。武田君って、もとは中谷さんと付き合ってた人でしょう? そんな節操のない子が四歳も年上のあなたと結婚するつもりがあると思う?」
母はやはり知っていたのだ。まだ付き合う以前に不用意に夏海が口にしたのか、状況から類推したのかは判らないが、その辛辣な口調に彼女は目眩がするほどだった。
「あの子と付き合ったのが私と会うより先だったんだもの。しょうがないじゃない。それに、いきなり別れたりしてそれが私が原因だと分ったら、私とあの子との関係が崩れるもの。あれは康文の配慮よ」
夏海は少し剝れながらそう答えた。
「だったら尚更そんな優柔不断な男は止めなさい。彼、今東京にはいないんでしょう? そのうちあっちに女を作って、それで終わりだわ」
すると母はすぐさまそう返した。何てデリカシーのない言い方なのだろう……夏海は涙がこぼれおちるのを必死でこらえた。
この人はそうやっていつも自分の一番不安に思っていることを的確に付いて突いてくるのだ。『お母さんはね、夏海ちゃんが幸せになる、それだけを望んでいるのよ』口ではいつもそう言うが、本当にそう思っているのか疑いたくなる。
もっとどうして娘の目線に立って考える事が出来ないのか。そうね、私はお姉ちゃんみたいに素直じゃない。きっと疎まれているのだ。
夏海には二歳年上の姉がいる。両親に従順な姉は、短大を卒業して二年でさっさと親の喜びそうな彼女より三歳年上のサラリーマンと結婚した。
確かにおっとりと優しい姉は夏海の自慢でもあったが、夏海はまた、姉の様にはなれないとも思っていた。
「お母さんには、私の気持ちなんて解かってもらわなくて良い!」
夏海はそう言うと、家を飛び出した。
そして向かったのは自宅近くの電話ボックス。夏海は空で覚えてしまっている武田の電話番号を押した。
一刻も早くこの場所から連れ出して! 夏海は心の中で何度もそう叫んでいた。
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