経験値ゼロ

神山 備

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マイケルさんの家族

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 逃げ回っていたマイケルさんを捜していたのは、彼の息子さんだった。マイケルさんはプリプリ怒っている息子さんに、
「だって、じっとしてても展開が浮かばなかったんだもん」
と、小さな子どものように、口をとがらせて答える。息子さんは、
「おまけに他人様怪我させてあちこち連れ歩くなんざ、どういう了見なんだよ。すいません、義父ちちがご迷惑をおかけしまして。あ、俺はこのボンクラ親父の息子で、幸太郎と申します」
と、マイケルさんにだっこされたままの私にそう言って挨拶した。
「違うよ、幸太郎君」
「何が違うよ」
「違います! マイケルさんは私が足を挫いて動けなくなっているのを助けてくださって、親切に病院に連れて行ってくださっただけです」
マイケルさんに怪我をさせられたなんてとんでもない! これは、正真正銘私が一人で転んだんだもん、情けないけど。
「ま、病院は良いとして、そのあとデパートで服買って、ここに来る必要があるか? おかげで、あのデパートならここだって渡りを付けられたんだけどさ」
「あ、デパートでバレたんだ。しまった、なら更紗ちゃんの言うように巣鴨に行けば良かった」
「へっ、巣鴨?」
デパートで足がついたと聞いて、マイケルさんはそう言って、舌打ちする。でも、巣鴨と言うと幸太郎さんは驚いた顔をした。
 いや、私は別に巣鴨に行きたかった訳じゃない。もっと庶民的なところでお買い物できないかって言っただけだ。
 巣鴨に素敵なお店がまったくないとは言わない。だけど、ジモティーじゃない私やマイケルさんにそれを見つけられるかどうかわからないじゃない。
「あそこから一番近いなじみのボックスったら、ここだろ? 女連れならどっかにしけこんだのかもとも思ったけど、店長から連れの女性が怪我してるって聞いてたから、親父の性格じゃそりゃないなって思った」
続いて幸太郎さんはマイケルさんをここで見つけた根拠を説明する。あの人偉そうなと思ってたけど、やっぱり店長だったのね。それにしてもしけこむって……か、顔が熱い。
「お持ち帰りだなんて、僕はそんなことしないよ。幸太郎君とは違うんだから」
マイケルさんもムキになって反論する。だけど、
「ひっでぇ、人が血眼になって探してたってのにその言種はねぇだろ。んなこと言うんだったら、奏禁止令発動するぞ」
マイケルさんは幸太郎さんの言う、『奏禁止令』を聞くとぴしっと固まってしまった。そして、
「えーっ、かなちゃん禁止令は勘弁して。かなちゃんのあのかわいいほっぺをぷにぷにするのが今の僕の生き甲斐なのに。はい、ごめんなさい、僕が悪かったです」
と、ペコペコ謝りだす。それを見た幸太郎さんは
「解りゃ、良い。解りゃ」
と、したり顔でそう言って笑った。
 だけど、そんな微笑ましい親子(ちょっと立場が逆転してる感は否めないんだけど)の会話に、私の心は冷えていった。
 会話の内容から察するに、幸太郎さんの言う『奏ちゃん』は彼のお子さん。つまり、マイケルさんにはお孫さんにあたるのだろう。
 そして極めつけに、
「なぁ、これからしばらくためないでくれよな。来月は結婚式なんだぜ。父親不在の結婚式なんてしゃれになんねぇ。
それにしても、女どもってどうしてああ、結婚式でもりあがるかねぇ。英雄や奏の服にまで大騒ぎだしさ、お袋なんて、当日の薫の支度ができないってぶーたれてやんの。新郎の母親が新婦の支度ができるかってぇの」
と、幸太郎さんの口から、彼の母親(つまりマイケルさんの奥さん)の話が出てきて、
「そりゃ鮎さんはプロだからね。櫟原クヌギハラが絡んでなきゃ、もう少し彼女の自由にさせてあげるんだろうけど」
マイケルさんは済まなそうに幸太郎さんにそう返す。その口振りでマイケルさんが奥さんのことを愛されているのがしっかりわかってしまう。幸せな幸せな家族の情景。そこに私が入る隙は一ミリもない。
 そうだよね……一人寂しくカラオケをBGM代わりにしながら仕事してるからと言っても、だからってそれが独身の証明にはならないのだから。

……って、私何を期待していたんだろう。マイケルさんは今日会ったばかりの人、名前以外お互い何も知らないのに。
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