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傷ついた瞳
「じゃぁ、送っていくよ。あのホテルでいい?」
幸太郎さんの『頼みます』発言に、戸惑いMAXになっていた間に、マイケルさんはカラオケの支払いを終え、私を再び抱き上げた。
「いえ、もうさすがにもうあそこにはいないと思います」
それに対して私は首を振ってそう答えた。ホテルのラウンジになんてそう長い時間いられる訳がない。
「とにかく、どこにいるか電話してみたら?」
と言ってくれるマイケルさんに、私は、
「今日は携帯を置いてきたんです」
と答えた。
実は着物用のバッグは小さいし、旦那持ち子供持ちの友達たちが休みの日に連絡なんてしてくることなんてないから、携帯置いてきたのよね。
「じゃぁ、僕のでかければいいよ。きっと心配されてるから。それで怪我をしたことをまず話せば、少しは怒られるのもマシかもしれない」
いきなり現れるよりずっといいよ、とマイケルさん。
「でも、携帯はメモリーに頼ってるから番号なんて覚えてないです」
「じゃぁ、自宅にかけて。そこにいらっしゃらなかったらホテルに戻ろう」
それで私は、おそるおそる自宅に電話した。そしたら、いつもはなかなかでないのに、電話はたった3回でつながった。
「はい、月島です」
ママの声が少しうわずっている。きっと知らない電話番号だからだ。いつもなら知らない(しかも携帯の)番号の電話には、ママは怖がって一回目から出ないのだ。
「……私……」
「更紗ちゃん? 更紗ちゃんなの!? あなた、無事なの。どこにいるの」
ママは私だと判ると、矢継ぎ早にそう畳みかけた。その口調は怒っていない。心底心配してるって感じだ。
「私ね、ホテルで足挫いちゃって」
「ホテル足を挫いた? でも、ママホテル中探したのよ」
「うん、それで偶然通りかかった友達が、病院に連れってってくれたの」
とても見ず知らずの人とは言えなかった。
「じゃぁ、今は病院? どこなの、正巳(まさみ)が来てるから迎えに行かせるわ」
げっ、正巳が来てるって? 正巳というのは私の二つ下の弟で、一年半前、姉の私より先に結婚した。
それに、あいつは絶対に私を姉だと思ってない。いつも『更紗』って呼び捨てだし。
「ううん、その人がついでに家まで送ってくださるって。もう、車にも乗ってるの」
ああ、マイケルさんの車で送ってもらえて良かった。じゃなきゃ、今日も私を見つけた途端、指さしてさんざんにバカにされるに決まってるわ。
「そう、ならここで待ってればいいのね。もう、本当にドジなんだから」
そう言うママの声ちょっと涙声で、私はガンガン怒られるよりぐっときちゃった。
「今日は、……ごめんね。あと、大変だったでしょ」
おかげで、素直にママに謝れた。そしたらママは、
「良いわよ。ママが更紗ちゃんに内緒であんなお話進めたんだし、あなたが怒るの無理ないわ。
それに渋井さん、バツイチだったのよ。子供までいるって言うんだもの。きっとバレなきゃずっと隠し通すつもりだったんだわ。
騙されたと思って、ママもテーブル叩いて帰ってきちゃったわよ。ホント、更紗ちゃんが逃げ出してくれて正解」
と、あの後の顛末を語りだす。
えっ、あの人バツイチだったの? ふーん。私はそれを聞かされてもべつに衝撃は受けなかった。まぁあの人なら奥さんも逃げだすだろうなぁなんて、妙に納得しちゃったし。おかげで、怒られずに済んだのだから、むしろラッキーかもしれないと思ったくらいだ。
「混んでなければあと15分くらいでつくから」
私はそう言って電話をきった。
「どう、お母様怒ってなかった?」
「ええ、とっても心配してました。電話ありがとうございます。かけてよかったです」
「だろ?」
そう言いながらマイケルさんは、今スマホに入れた電話番号を今度はナビに入れて我が家を検索する。出てきたデータを見てマイケルさんは、
「良かった、この辺なら分かるよ。着いたら声もかけないで病院に連れていったこと、一緒に謝ってあげるね」
と言った。
「こちらの方がお世話になったのに、そこまでしてもらったら悪いです」
結局、病院から服にカラオケ代まで全部出してもらっちゃったもんね。すると、マイケルさんは、
「だって、僕また一緒にカラオケ行ってほしいから。更紗ちゃんのお母様に嫌われたらもう行くなっていわれちゃうでしょ。じゃぁ、これ僕の携帯番号。家に帰ったら、更紗ちゃんの携帯から電話して。僕が数字で入力するとどうしてか番号間違っちゃうんだよね。だから、更紗ちゃんがかけてくれたらそれ、登録するから」
ニコニコとそう言った。でも小学生じゃあるまいし、ママに言われたからってカラオケに行けなくなる歳でもないんですけど。
そうね、お子さんはもちろん、お孫さんまでいるマイケルさんにとっては、私なんて小さな子供とそんなに変わらないのかもしれない。だから奥さんがいても簡単に誘えるんだ。
急に黙ってしまった私に、
「どうしたの、長い時間振り回して足痛くなっちゃった?」
と心配げにのぞき込むマイケルさん。私は黙って頭を振った。
妙な沈黙が流れる中、マイケルさんの車はウチの家にたどり着いた。あ、家の前に誰かいる。玄関先に仁王立ちしているのは……うわっ、正巳だ。なんでママじゃないのよ。
正巳は、車から降りると当然のように助手席を開けて私を抱き上げたマイケルさんを睨み上げると、
「あんた誰? 一体、更紗のなんなのさ」
言って、私を強引にマイケルさんから取り上げた。
「ま、正巳! 何すんのよ!!」
正巳危ないよ! 私、物じゃないんだよ、生身の人間なんだからね。落とされたらさらに怪我するじゃないのさ!! マイケルさんは、
「櫟原武と申します。今日はお声もかけずに更紗さんを連れ回したりして、すいませんでした」
その言葉にそう言って、正巳に深々と頭を下げた。その時、
「まぁまぁ、今日はどうもありがとうございます。どうぞ上がってお茶でも飲んでください」
遅ればせながらママが慌てて走り込んできた。ママを見るとマイケルさんは、
「いえ、車ですし、これから仕事先に顔を出さないといけませんので今日はこれで失礼します」
と言うと、また深々と頭を下げて助手席のドアを閉めた。そして、車に乗る直前、
「更紗ちゃん、今日はありがとう。ホントに楽しかったよ。
あ、それからさっき渡したメモだけど、やっぱり捨てておいてくれる? それじゃぁ」
と言ったのだが、その表情は泣きそうなとても傷ついた顔をしていた。さっき渡したメモって電話番号のことだよね。どうしていきなり捨ててって……ビックリして返す言葉も出せないまま、マイケルさんの車はあっという間に走り去ってしまっていた。
幸太郎さんの『頼みます』発言に、戸惑いMAXになっていた間に、マイケルさんはカラオケの支払いを終え、私を再び抱き上げた。
「いえ、もうさすがにもうあそこにはいないと思います」
それに対して私は首を振ってそう答えた。ホテルのラウンジになんてそう長い時間いられる訳がない。
「とにかく、どこにいるか電話してみたら?」
と言ってくれるマイケルさんに、私は、
「今日は携帯を置いてきたんです」
と答えた。
実は着物用のバッグは小さいし、旦那持ち子供持ちの友達たちが休みの日に連絡なんてしてくることなんてないから、携帯置いてきたのよね。
「じゃぁ、僕のでかければいいよ。きっと心配されてるから。それで怪我をしたことをまず話せば、少しは怒られるのもマシかもしれない」
いきなり現れるよりずっといいよ、とマイケルさん。
「でも、携帯はメモリーに頼ってるから番号なんて覚えてないです」
「じゃぁ、自宅にかけて。そこにいらっしゃらなかったらホテルに戻ろう」
それで私は、おそるおそる自宅に電話した。そしたら、いつもはなかなかでないのに、電話はたった3回でつながった。
「はい、月島です」
ママの声が少しうわずっている。きっと知らない電話番号だからだ。いつもなら知らない(しかも携帯の)番号の電話には、ママは怖がって一回目から出ないのだ。
「……私……」
「更紗ちゃん? 更紗ちゃんなの!? あなた、無事なの。どこにいるの」
ママは私だと判ると、矢継ぎ早にそう畳みかけた。その口調は怒っていない。心底心配してるって感じだ。
「私ね、ホテルで足挫いちゃって」
「ホテル足を挫いた? でも、ママホテル中探したのよ」
「うん、それで偶然通りかかった友達が、病院に連れってってくれたの」
とても見ず知らずの人とは言えなかった。
「じゃぁ、今は病院? どこなの、正巳(まさみ)が来てるから迎えに行かせるわ」
げっ、正巳が来てるって? 正巳というのは私の二つ下の弟で、一年半前、姉の私より先に結婚した。
それに、あいつは絶対に私を姉だと思ってない。いつも『更紗』って呼び捨てだし。
「ううん、その人がついでに家まで送ってくださるって。もう、車にも乗ってるの」
ああ、マイケルさんの車で送ってもらえて良かった。じゃなきゃ、今日も私を見つけた途端、指さしてさんざんにバカにされるに決まってるわ。
「そう、ならここで待ってればいいのね。もう、本当にドジなんだから」
そう言うママの声ちょっと涙声で、私はガンガン怒られるよりぐっときちゃった。
「今日は、……ごめんね。あと、大変だったでしょ」
おかげで、素直にママに謝れた。そしたらママは、
「良いわよ。ママが更紗ちゃんに内緒であんなお話進めたんだし、あなたが怒るの無理ないわ。
それに渋井さん、バツイチだったのよ。子供までいるって言うんだもの。きっとバレなきゃずっと隠し通すつもりだったんだわ。
騙されたと思って、ママもテーブル叩いて帰ってきちゃったわよ。ホント、更紗ちゃんが逃げ出してくれて正解」
と、あの後の顛末を語りだす。
えっ、あの人バツイチだったの? ふーん。私はそれを聞かされてもべつに衝撃は受けなかった。まぁあの人なら奥さんも逃げだすだろうなぁなんて、妙に納得しちゃったし。おかげで、怒られずに済んだのだから、むしろラッキーかもしれないと思ったくらいだ。
「混んでなければあと15分くらいでつくから」
私はそう言って電話をきった。
「どう、お母様怒ってなかった?」
「ええ、とっても心配してました。電話ありがとうございます。かけてよかったです」
「だろ?」
そう言いながらマイケルさんは、今スマホに入れた電話番号を今度はナビに入れて我が家を検索する。出てきたデータを見てマイケルさんは、
「良かった、この辺なら分かるよ。着いたら声もかけないで病院に連れていったこと、一緒に謝ってあげるね」
と言った。
「こちらの方がお世話になったのに、そこまでしてもらったら悪いです」
結局、病院から服にカラオケ代まで全部出してもらっちゃったもんね。すると、マイケルさんは、
「だって、僕また一緒にカラオケ行ってほしいから。更紗ちゃんのお母様に嫌われたらもう行くなっていわれちゃうでしょ。じゃぁ、これ僕の携帯番号。家に帰ったら、更紗ちゃんの携帯から電話して。僕が数字で入力するとどうしてか番号間違っちゃうんだよね。だから、更紗ちゃんがかけてくれたらそれ、登録するから」
ニコニコとそう言った。でも小学生じゃあるまいし、ママに言われたからってカラオケに行けなくなる歳でもないんですけど。
そうね、お子さんはもちろん、お孫さんまでいるマイケルさんにとっては、私なんて小さな子供とそんなに変わらないのかもしれない。だから奥さんがいても簡単に誘えるんだ。
急に黙ってしまった私に、
「どうしたの、長い時間振り回して足痛くなっちゃった?」
と心配げにのぞき込むマイケルさん。私は黙って頭を振った。
妙な沈黙が流れる中、マイケルさんの車はウチの家にたどり着いた。あ、家の前に誰かいる。玄関先に仁王立ちしているのは……うわっ、正巳だ。なんでママじゃないのよ。
正巳は、車から降りると当然のように助手席を開けて私を抱き上げたマイケルさんを睨み上げると、
「あんた誰? 一体、更紗のなんなのさ」
言って、私を強引にマイケルさんから取り上げた。
「ま、正巳! 何すんのよ!!」
正巳危ないよ! 私、物じゃないんだよ、生身の人間なんだからね。落とされたらさらに怪我するじゃないのさ!! マイケルさんは、
「櫟原武と申します。今日はお声もかけずに更紗さんを連れ回したりして、すいませんでした」
その言葉にそう言って、正巳に深々と頭を下げた。その時、
「まぁまぁ、今日はどうもありがとうございます。どうぞ上がってお茶でも飲んでください」
遅ればせながらママが慌てて走り込んできた。ママを見るとマイケルさんは、
「いえ、車ですし、これから仕事先に顔を出さないといけませんので今日はこれで失礼します」
と言うと、また深々と頭を下げて助手席のドアを閉めた。そして、車に乗る直前、
「更紗ちゃん、今日はありがとう。ホントに楽しかったよ。
あ、それからさっき渡したメモだけど、やっぱり捨てておいてくれる? それじゃぁ」
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