22 / 33
書く理由
しおりを挟む
そして、マイケルさんが倒れてから10日、彼の退院が決まった。
退院の日がパパの公休に当たっていると私が言うと、マイケルさんは一旦家に戻ってシャワーを浴びるとすぐに美久さんの車に乗ってやって来ると言った。本当は自分で運転するつもりだったらしいけど、退院後すぐ行くと言ったマイケルさんに、幸太郎さんはそれなら迎えに行った美久さんの運転で行けと譲らなかったらしい。
「シャワーなんてダメですよ。またぶり返したらどうするんですか」
と言う私に、
「そんなこと言ったって、病院の空気を背負ったまま更紗ちゃんのご両親に会えないよ」
と返すマイケルさん。
「次の公休でも良いんじゃないですか」
と言った私に、
「ダメ、今度は絶対に失いたくないんだ。それに、こういうのって勢いが大事だと思わない?」
マイケルさんはそう言って納得してくれなかった。でも、今度は……か。マイケルさんの中にはまだ華子さんへの想いがあったりするのかな。そうだよね、私とはまだ一月も経っていない訳だし。
「どうしたの?」
「い、いえ……何でも」
私が歯切れの悪い返事をすると、マイケルさんは、
「何でもじゃないでしょ、更紗ちゃんって自分の気持ちをすぐ飲み込んじゃうよね。僕にはどんなことでも全部ぶつけて」
と、ちょっとムッとした表情で私にそう言った。
「……」
「思いが膨らみすぎると爆発するよ」
マイケルさんは、ベッド脇に座っている私の髪を撫でながらそう付け加えた。
「マイケルさん……」
「何?」
「マイケルさんは……今でも華子さんのこと……好き……なんですか」
それで、私がようやく華子さんのことを口に出すと、マイケルさんはふっと笑った。
「華子? ああ、香澄のことか。幸太郎君に聞いたの?」
そうか、華子は「コーラルブルー」の登場人物の名前だもんね。本名は香澄さんっていうのか。私は黙って頷いた。
「好きと言えば好きかも知れない」
そして、ものすごく穏やかな顔でマイケルさんはそう返した。だよね、やっぱり忘れていないんだ。解ってたけど、胸が痛い。目頭が熱くなる。
「そうじゃないかな。そう、好きって言うより感謝だと思う」
だけど、私が泣きそうな顔をしたからだろうか、マイケルさんはそう付け加えて、静かに語り始めた。
「パパが結婚して、僕も僕らしく生きようと思ったとき、一番最初に思い出したのは確かに彼女のことだったよ。
で、あのとき、僕はどうすれば良かったんだろう、彼女は何を考えてあの言葉を口に出したんだろうって思ったとき、二次元で僕は彼女になりきって生きてみよう。そうすれば彼女の気持ちが少しでも解るかもって考えたんだ。そうして書いたのがあの、『コーラルブルー』だった。
だからって何が解るってこともなかったんだけどね、ただ、自分の中で彼女への想いが昇華された。それでもう僕は充分だったんだ。
でもね、それを遅ればせながらの恋愛収束宣言のつもりで学生時代の物書き仲間テッちゃんに見せたら、テッちゃんは香澄のことを全部知ってるのに、それでもこれは小説として売れるからって、勝手に知り合いの菊田編集長のところに持ち込んじゃったんだよね。
それでなし崩しにこんな風に小説家になっちゃった。
だから、どうしてもって理由が自分の中になかったんだと思うんだ。書くことはもちろん大好きだし、手を抜いているつもりはないんだけど、書いてると逃げ出したくなっちゃう」
マイケルさんはそう言って舌を出しながら笑った。そして、
「だけどね、最近やっとわかったんだ。僕が小説家になった理由」
と、嬉しそうに続けた。
「わかったんですか?」
私とも逃げ出して出会ったんだから、極々最近だよね。まさか、入院して悟りを開いたとか? マイケルさんはそう思った私の手を握って、
「うん、それはね……更紗ちゃん、君に会うためだよ。
櫟原で仕事に明け暮れていたら、君には絶対に出会えなかったもん」
と言った。しかも、その表情は掟破りの? 天使スマイル。つながれている手からざーっつと音が聞こえる位の勢いで熱が頭に上ってくる。
「あ、あ、あの……」
パクパクと金魚みたいな呼吸をしている私に、
「それにね、更紗ちゃんがいっしょにいてくれると、カラオケの時みたいに、どんどんネタが湧いてくるんだ、だからね」
とマイケルさんは続ける。
「だから?」
「捨てないでね」
と、マイケルさん。そして、
「ヨボヨボのおじいちゃんになってもだよ」
さらにそう念を押す。冗談を言ってる訳じゃなく、その目は至って真剣。私のどこがそんなに良かったのかと首を傾げたくなるくらいに。
で、そんなマイケルさんをかわいいと思ってしまう私。
たぶん……似たものなんだろうな。
「はいはい、私もその頃にはオバサンですからね、その言葉そのまま返します」
私もそう言って笑った。
退院の日がパパの公休に当たっていると私が言うと、マイケルさんは一旦家に戻ってシャワーを浴びるとすぐに美久さんの車に乗ってやって来ると言った。本当は自分で運転するつもりだったらしいけど、退院後すぐ行くと言ったマイケルさんに、幸太郎さんはそれなら迎えに行った美久さんの運転で行けと譲らなかったらしい。
「シャワーなんてダメですよ。またぶり返したらどうするんですか」
と言う私に、
「そんなこと言ったって、病院の空気を背負ったまま更紗ちゃんのご両親に会えないよ」
と返すマイケルさん。
「次の公休でも良いんじゃないですか」
と言った私に、
「ダメ、今度は絶対に失いたくないんだ。それに、こういうのって勢いが大事だと思わない?」
マイケルさんはそう言って納得してくれなかった。でも、今度は……か。マイケルさんの中にはまだ華子さんへの想いがあったりするのかな。そうだよね、私とはまだ一月も経っていない訳だし。
「どうしたの?」
「い、いえ……何でも」
私が歯切れの悪い返事をすると、マイケルさんは、
「何でもじゃないでしょ、更紗ちゃんって自分の気持ちをすぐ飲み込んじゃうよね。僕にはどんなことでも全部ぶつけて」
と、ちょっとムッとした表情で私にそう言った。
「……」
「思いが膨らみすぎると爆発するよ」
マイケルさんは、ベッド脇に座っている私の髪を撫でながらそう付け加えた。
「マイケルさん……」
「何?」
「マイケルさんは……今でも華子さんのこと……好き……なんですか」
それで、私がようやく華子さんのことを口に出すと、マイケルさんはふっと笑った。
「華子? ああ、香澄のことか。幸太郎君に聞いたの?」
そうか、華子は「コーラルブルー」の登場人物の名前だもんね。本名は香澄さんっていうのか。私は黙って頷いた。
「好きと言えば好きかも知れない」
そして、ものすごく穏やかな顔でマイケルさんはそう返した。だよね、やっぱり忘れていないんだ。解ってたけど、胸が痛い。目頭が熱くなる。
「そうじゃないかな。そう、好きって言うより感謝だと思う」
だけど、私が泣きそうな顔をしたからだろうか、マイケルさんはそう付け加えて、静かに語り始めた。
「パパが結婚して、僕も僕らしく生きようと思ったとき、一番最初に思い出したのは確かに彼女のことだったよ。
で、あのとき、僕はどうすれば良かったんだろう、彼女は何を考えてあの言葉を口に出したんだろうって思ったとき、二次元で僕は彼女になりきって生きてみよう。そうすれば彼女の気持ちが少しでも解るかもって考えたんだ。そうして書いたのがあの、『コーラルブルー』だった。
だからって何が解るってこともなかったんだけどね、ただ、自分の中で彼女への想いが昇華された。それでもう僕は充分だったんだ。
でもね、それを遅ればせながらの恋愛収束宣言のつもりで学生時代の物書き仲間テッちゃんに見せたら、テッちゃんは香澄のことを全部知ってるのに、それでもこれは小説として売れるからって、勝手に知り合いの菊田編集長のところに持ち込んじゃったんだよね。
それでなし崩しにこんな風に小説家になっちゃった。
だから、どうしてもって理由が自分の中になかったんだと思うんだ。書くことはもちろん大好きだし、手を抜いているつもりはないんだけど、書いてると逃げ出したくなっちゃう」
マイケルさんはそう言って舌を出しながら笑った。そして、
「だけどね、最近やっとわかったんだ。僕が小説家になった理由」
と、嬉しそうに続けた。
「わかったんですか?」
私とも逃げ出して出会ったんだから、極々最近だよね。まさか、入院して悟りを開いたとか? マイケルさんはそう思った私の手を握って、
「うん、それはね……更紗ちゃん、君に会うためだよ。
櫟原で仕事に明け暮れていたら、君には絶対に出会えなかったもん」
と言った。しかも、その表情は掟破りの? 天使スマイル。つながれている手からざーっつと音が聞こえる位の勢いで熱が頭に上ってくる。
「あ、あ、あの……」
パクパクと金魚みたいな呼吸をしている私に、
「それにね、更紗ちゃんがいっしょにいてくれると、カラオケの時みたいに、どんどんネタが湧いてくるんだ、だからね」
とマイケルさんは続ける。
「だから?」
「捨てないでね」
と、マイケルさん。そして、
「ヨボヨボのおじいちゃんになってもだよ」
さらにそう念を押す。冗談を言ってる訳じゃなく、その目は至って真剣。私のどこがそんなに良かったのかと首を傾げたくなるくらいに。
で、そんなマイケルさんをかわいいと思ってしまう私。
たぶん……似たものなんだろうな。
「はいはい、私もその頃にはオバサンですからね、その言葉そのまま返します」
私もそう言って笑った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
【完結】結婚式の隣の席
山田森湖
恋愛
親友の結婚式、隣の席に座ったのは——かつて同じ人を想っていた男性だった。
ふとした共感から始まった、ふたりの一夜とその先の関係。
「幸せになってやろう」
過去の想いを超えて、新たな恋に踏み出すラブストーリー。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる