33 / 33
手紙
お久しぶりです。とは言え、私のことなど覚えておられないかもしれません。
先ずは、ご結婚おめでとうございます。
そしてあのお見合いのこと、深くお詫び申し上げます。
あのときそれが見合いであることを私もあの場所で知りました。私は何を置いてもまず、妻帯者だということをあなた方に告げてこちらからお断りすべきだったのでしょうが、私はその後の母の荒れ狂う様が容易に想像できたので、あなたの方から断っていただくようにもっていくという、消極的な態度しかとれませんでした。こんなだから嫁も出ていくのだと言われても仕方ありませんね。
だけど、あなたがあの場所から消えてくれたおかげで、ようやく私は母と闘う決心がついたのです。
私はあの後すぐ、荒れる母を後目に嫁を迎えに行きました。ですが、嫁が家を出てからもう一年半もたってしまっていました。
そして、嫁のタイの実家にたどり着いたとき、嫁の腕(かいな)には見知らぬ赤子が抱かれていました。嫁はこんなふがいない私をさっさと見限って別の男の許に今はいるのだと思いました。自業自得ですから、怒りはありませんでした。ただ、自分がほとほと情けなかっただけです。
「遅かったのか……」
がっくりと肩を落としてようやくそれだけ言えた私に嫁のファラは、笑顔で、
「カズオ遅すぎるね」
と言いました。
「そうだな、遅すぎたな。じゃぁ」
「どこ行くね」
すごすごと帰ろうとする私をファラは何故か引き留めました。
「帰る」
「もうか? ああ、飛行機時間あるのか? でも、私荷物マダ持ってないね。それにスミレも家だよ」
菫(すみれ)というのは私とファラとの娘の名です。
「へっ」
「カズオ迎えに来たの違うか?」
「いや、間違ってない。間違ってないよ。迎えに来た。でも、ファラ一緒に帰ってくれるのか」
「もちろんだよ、ファラカズオの嫁ね。けど、なかなか迎えに来てくれないから、父さん母さん帰るゆるしてくれなかったよ」
「そうか、ごめんな。長いこと待たせた」
何のことはない、ファラは私を見限って国へ帰ったのではなく、一旦頭を冷やすために実家に戻ったら妊娠が分かって、しかも経過がよくなかったため、日本に戻りたくても戻れなくなっていただけだったのです。さらに産まれた子は未熟児で、出産前はファラの命も危なかったそう。
「タイ語じゃなくても、英語で手紙ぐらい寄こせないのか」
それなのに、連絡すらよこさない私に、ファラの両親はカンカンで、当然家には入れてもらえず。私としては、連絡を取ろうとすると母が激怒して荒れるので、いつかあきらめたというか……はい、言いわけでしかありません。そして、玄関先で土下座をし続けて数時間、やっとのことで渋々許してもらい、私は、ファラと子供たちを連れ日本に戻ってくることができたのでした。
しかし、帰る道中どんな嵐が吹こうとも今度は絶対にファラや子供たちを守ると堅く決心して、鼻息も荒く戻った私の前に現れたのは、憔悴した様子の母の姿でした。私が急に迎えに行ったことで、見合いの一幕が父に知れ、父は結婚して初めて母に手を上げたそうです。
ですが、そんな落ち込んだ母を救ったのは、他ならぬ菫の、
「ばーたん」
の一言でした。あまりかわいがってはいなかったはずなのに、この孫は笑顔で自分を祖母と呼んでくれる。その姿に、母は正直この孫がかわいいと思えたそうです。
以来母は、宗旨替えしたように、菫の面倒を見るようになりました。
実は菫は母の事をあまり覚えてはおらず、タイの義父母にかわいがってもらっていたことがベースになっていることは母には言わぬが花です。
下の息子の類(ファラの両親がつけた名に帰国後あわてて漢字を充てました)にまだまだ手が掛かるため、菫を母に任せられるようになって、母とファラとの関係も格段によくなり、いろいろありましたが、この寄り道も無駄ではなかったと勝手ながら思っている次第です。
それもこれもすべてはあなたが毅然とした態度をとってくれたお陰です。本当にありがとうございました。
それではあなたの幸せを祈りつつ、この辺で筆を置くことにします。
取り急ぎ結婚のお祝いと、感謝のご報告まで。
櫟原 更紗様
渋井 一男
※どこまでも煮え切らない見合い相手の後日談でした。(名前だけは渋い ― 男ですが)
先ずは、ご結婚おめでとうございます。
そしてあのお見合いのこと、深くお詫び申し上げます。
あのときそれが見合いであることを私もあの場所で知りました。私は何を置いてもまず、妻帯者だということをあなた方に告げてこちらからお断りすべきだったのでしょうが、私はその後の母の荒れ狂う様が容易に想像できたので、あなたの方から断っていただくようにもっていくという、消極的な態度しかとれませんでした。こんなだから嫁も出ていくのだと言われても仕方ありませんね。
だけど、あなたがあの場所から消えてくれたおかげで、ようやく私は母と闘う決心がついたのです。
私はあの後すぐ、荒れる母を後目に嫁を迎えに行きました。ですが、嫁が家を出てからもう一年半もたってしまっていました。
そして、嫁のタイの実家にたどり着いたとき、嫁の腕(かいな)には見知らぬ赤子が抱かれていました。嫁はこんなふがいない私をさっさと見限って別の男の許に今はいるのだと思いました。自業自得ですから、怒りはありませんでした。ただ、自分がほとほと情けなかっただけです。
「遅かったのか……」
がっくりと肩を落としてようやくそれだけ言えた私に嫁のファラは、笑顔で、
「カズオ遅すぎるね」
と言いました。
「そうだな、遅すぎたな。じゃぁ」
「どこ行くね」
すごすごと帰ろうとする私をファラは何故か引き留めました。
「帰る」
「もうか? ああ、飛行機時間あるのか? でも、私荷物マダ持ってないね。それにスミレも家だよ」
菫(すみれ)というのは私とファラとの娘の名です。
「へっ」
「カズオ迎えに来たの違うか?」
「いや、間違ってない。間違ってないよ。迎えに来た。でも、ファラ一緒に帰ってくれるのか」
「もちろんだよ、ファラカズオの嫁ね。けど、なかなか迎えに来てくれないから、父さん母さん帰るゆるしてくれなかったよ」
「そうか、ごめんな。長いこと待たせた」
何のことはない、ファラは私を見限って国へ帰ったのではなく、一旦頭を冷やすために実家に戻ったら妊娠が分かって、しかも経過がよくなかったため、日本に戻りたくても戻れなくなっていただけだったのです。さらに産まれた子は未熟児で、出産前はファラの命も危なかったそう。
「タイ語じゃなくても、英語で手紙ぐらい寄こせないのか」
それなのに、連絡すらよこさない私に、ファラの両親はカンカンで、当然家には入れてもらえず。私としては、連絡を取ろうとすると母が激怒して荒れるので、いつかあきらめたというか……はい、言いわけでしかありません。そして、玄関先で土下座をし続けて数時間、やっとのことで渋々許してもらい、私は、ファラと子供たちを連れ日本に戻ってくることができたのでした。
しかし、帰る道中どんな嵐が吹こうとも今度は絶対にファラや子供たちを守ると堅く決心して、鼻息も荒く戻った私の前に現れたのは、憔悴した様子の母の姿でした。私が急に迎えに行ったことで、見合いの一幕が父に知れ、父は結婚して初めて母に手を上げたそうです。
ですが、そんな落ち込んだ母を救ったのは、他ならぬ菫の、
「ばーたん」
の一言でした。あまりかわいがってはいなかったはずなのに、この孫は笑顔で自分を祖母と呼んでくれる。その姿に、母は正直この孫がかわいいと思えたそうです。
以来母は、宗旨替えしたように、菫の面倒を見るようになりました。
実は菫は母の事をあまり覚えてはおらず、タイの義父母にかわいがってもらっていたことがベースになっていることは母には言わぬが花です。
下の息子の類(ファラの両親がつけた名に帰国後あわてて漢字を充てました)にまだまだ手が掛かるため、菫を母に任せられるようになって、母とファラとの関係も格段によくなり、いろいろありましたが、この寄り道も無駄ではなかったと勝手ながら思っている次第です。
それもこれもすべてはあなたが毅然とした態度をとってくれたお陰です。本当にありがとうございました。
それではあなたの幸せを祈りつつ、この辺で筆を置くことにします。
取り急ぎ結婚のお祝いと、感謝のご報告まで。
櫟原 更紗様
渋井 一男
※どこまでも煮え切らない見合い相手の後日談でした。(名前だけは渋い ― 男ですが)
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。
孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。
その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。
そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。
同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。
春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。
昔から志穂が近くにいてくれるから……。
しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。
登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。
志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。
彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。
志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。
そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。
その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。