24 / 25
感謝の理由
しおりを挟む
「へえ、綿貫さん、和菓子なんか召し上がるんですね」
-桜をもう一度見せたい-そのつぶやきに気づかぬ振りをして加奈子は暢気な口調でそう切り出した。
「あれ、言ってなかったですか? あんこは昔から大好きですよ。若い頃のデカ盛り行脚は、B級グルメとスイーツが結構セットになってましたし。
でもそう言えば、ダイブロ時代は結構ストイックだったからカロリーが折り合っても食べなかったし、菓子の記述もしなかったかな」
亮平は、加奈子のその発言を聞くとそう言って苦笑する。
「子供たちも洋菓子よりは和菓子の方が好きなんです。だから、香織は子供たちが小さい頃、手伝わせてよく作っていました。これも実はあかりが作ったものなんです」
「へぇ、お上手ですね」
加奈子はそれが彼らの長女の手作りだと聞いて驚いた。見た目も味も市販のものに引けを取らない。
「いや、慣れれば電子レンジで意外に簡単にできるらしいですよ。それに香織は餡から炊きましたが、あかりは市販の茹で小豆をつかっていますから。
最後に持っていった日にはそんなものはもう喉を通らなくなってたんですが、香織は『必ず元気になって食べるからね』とあかりに言って、枕元に置いたままずっと眺めて……」
その時の香織の表情を思い出したのだろう、亮平の声が涙で途切れる。亮平はその想いを振り切るように頭を振ると、
「これは昨日、明日お母さんの大事な友人が来ると言っておいたら、今朝作ってありました」
そう話を続けた。それを聞いた加奈子は、
「綿貫さん、大切な友人だなんて」
おこがましいと、手を振ってそう返した。
「いいえ、香織は感謝していましたよ」
すると亮平は首を振り、涙を湛えたまま穏やかな表情でそう言った。
「なぜ?」
そう言われても感謝される理由が加奈子には解らない。
「あなたがあのとき急に『落ち』て、僕も落ちかけなければ、香織は僕の許に走る勇気なぞ持てなかったでしょう
香織だけじゃない。僕自身も本当に感謝してるんです。全くお恥ずかしい話なんですが、その時僕はやってきた彼女に自分の弱さを全部ぶつけて陵辱してしまいましてね……」
亮平は咳払いを一つ下すと、
「その……晃平はその時の子供です」
と決まり悪そうに加奈子にそう告げた。
「訴えられても仕方ないことをしたのに、香織はそんな僕をすべて受け止めてくれたばかりか、僕が責任を放棄したとしても、晃平を一人で産んで育てる決心までしていました」
「エルちゃん、ホントにエイプリルさんが好きだったんですね」
そして、思わずかつてのハンドルネームでそう言った加奈子に、
「ホント、こんな僕には過ぎた女房です」
亮平は臆面もなく妻を讃える。しかし、加奈子はそれをちっとも嫌味には感じなかった。
「でも、私なんかいなくても……」
「いいえ、それは違いますよ。あなたが僕をすっぱりと切ってくれたおかげです。そうでなければ、こうはなってなかった」
謂わば、キューピットみたいなもんですと言った亮平に、今度は加奈子が苦笑する。結果オーライなやっつけ仕事。どれだけやさぐれた天使が関わればこういう結末になるのだろう。
しかし、同時に「いたくら」に彼らが訪れたとき、香織が『感謝している』と言っていた台詞は嫌味ではなく本心だったのだなと解って、少し胸がジンとした。いや、まったく嫌味がなかった訳ではないだろうが、いろいろなものを超えて夫と結び合わせてくれたことを感謝してもいてくれたのだろうと思う。
「板倉さんは今幸せですか」
そんなことを考えていると、亮平がそう質問してきた。
「ええ、まぁ。ウチもいろいろありましたけど、この歳になるとこんなもんかと思って、相変わらず一緒に仕事しながら暮らしてます。
ウチは自営業ですから、少々腹が立とうが仕事は一緒にしないとダメでしょ。で、いつの間にか仲直りしてたりして」
どこでもそんなものですねと言って二人は笑い合った。
-桜をもう一度見せたい-そのつぶやきに気づかぬ振りをして加奈子は暢気な口調でそう切り出した。
「あれ、言ってなかったですか? あんこは昔から大好きですよ。若い頃のデカ盛り行脚は、B級グルメとスイーツが結構セットになってましたし。
でもそう言えば、ダイブロ時代は結構ストイックだったからカロリーが折り合っても食べなかったし、菓子の記述もしなかったかな」
亮平は、加奈子のその発言を聞くとそう言って苦笑する。
「子供たちも洋菓子よりは和菓子の方が好きなんです。だから、香織は子供たちが小さい頃、手伝わせてよく作っていました。これも実はあかりが作ったものなんです」
「へぇ、お上手ですね」
加奈子はそれが彼らの長女の手作りだと聞いて驚いた。見た目も味も市販のものに引けを取らない。
「いや、慣れれば電子レンジで意外に簡単にできるらしいですよ。それに香織は餡から炊きましたが、あかりは市販の茹で小豆をつかっていますから。
最後に持っていった日にはそんなものはもう喉を通らなくなってたんですが、香織は『必ず元気になって食べるからね』とあかりに言って、枕元に置いたままずっと眺めて……」
その時の香織の表情を思い出したのだろう、亮平の声が涙で途切れる。亮平はその想いを振り切るように頭を振ると、
「これは昨日、明日お母さんの大事な友人が来ると言っておいたら、今朝作ってありました」
そう話を続けた。それを聞いた加奈子は、
「綿貫さん、大切な友人だなんて」
おこがましいと、手を振ってそう返した。
「いいえ、香織は感謝していましたよ」
すると亮平は首を振り、涙を湛えたまま穏やかな表情でそう言った。
「なぜ?」
そう言われても感謝される理由が加奈子には解らない。
「あなたがあのとき急に『落ち』て、僕も落ちかけなければ、香織は僕の許に走る勇気なぞ持てなかったでしょう
香織だけじゃない。僕自身も本当に感謝してるんです。全くお恥ずかしい話なんですが、その時僕はやってきた彼女に自分の弱さを全部ぶつけて陵辱してしまいましてね……」
亮平は咳払いを一つ下すと、
「その……晃平はその時の子供です」
と決まり悪そうに加奈子にそう告げた。
「訴えられても仕方ないことをしたのに、香織はそんな僕をすべて受け止めてくれたばかりか、僕が責任を放棄したとしても、晃平を一人で産んで育てる決心までしていました」
「エルちゃん、ホントにエイプリルさんが好きだったんですね」
そして、思わずかつてのハンドルネームでそう言った加奈子に、
「ホント、こんな僕には過ぎた女房です」
亮平は臆面もなく妻を讃える。しかし、加奈子はそれをちっとも嫌味には感じなかった。
「でも、私なんかいなくても……」
「いいえ、それは違いますよ。あなたが僕をすっぱりと切ってくれたおかげです。そうでなければ、こうはなってなかった」
謂わば、キューピットみたいなもんですと言った亮平に、今度は加奈子が苦笑する。結果オーライなやっつけ仕事。どれだけやさぐれた天使が関わればこういう結末になるのだろう。
しかし、同時に「いたくら」に彼らが訪れたとき、香織が『感謝している』と言っていた台詞は嫌味ではなく本心だったのだなと解って、少し胸がジンとした。いや、まったく嫌味がなかった訳ではないだろうが、いろいろなものを超えて夫と結び合わせてくれたことを感謝してもいてくれたのだろうと思う。
「板倉さんは今幸せですか」
そんなことを考えていると、亮平がそう質問してきた。
「ええ、まぁ。ウチもいろいろありましたけど、この歳になるとこんなもんかと思って、相変わらず一緒に仕事しながら暮らしてます。
ウチは自営業ですから、少々腹が立とうが仕事は一緒にしないとダメでしょ。で、いつの間にか仲直りしてたりして」
どこでもそんなものですねと言って二人は笑い合った。
0
あなたにおすすめの小説
ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!
汐瀬うに
恋愛
雫は失恋し、単身オーストリア旅行へ。そこで素性を隠した男:隆介と出会う。意気投合したふたりは数日を共にしたが、最終日、隆介は雫を残してひと足先にった。スマホのない雫に番号を書いたメモを残したが、それを別れの言葉だと思った雫は連絡せずに日本へ帰国。日本で再会したふたりの恋はすぐに再燃するが、そこには様々な障害が…
互いに惹かれ合う大人の溺愛×運命のラブストーリーです。
※ムーンライトノベルス・アルファポリス・Nola・Berry'scafeで同時掲載しています
普通のOLは猛獣使いにはなれない
えっちゃん
恋愛
恋人と親友に裏切られたOLの紗智子は、バーで偶然出会った猛獣(みたいな男)と意気投合して酔った勢いで彼と一夜を共にしてしまう。
あの日のことは“一夜の過ち”だと思えるようになってきた頃、自宅へ不法侵入してきた猛獣と再会して今度は過ちだったと言い逃れが出来ない関係へとなっていく。
普通のOLとマフィアな男の、体から始まる関係の話。
*ただ今、不定期更新になっています。すみません。
*他サイトにも投稿しています。
*素敵な表紙イラストは氷川こち様(@dakdakhk)
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
堅物上司の不埒な激愛
結城由真《ガジュマル》
恋愛
望月かなめは、皆からオカンと呼ばれ慕われている人当たりが良い会社員。
恋愛は奥手で興味もなかったが、同じ部署の上司、鎌田課長のさり気ない優しさに一目ぼれ。
次第に鎌田課長に熱中するようになったかなめは、自分でも知らぬうちに小悪魔女子へと変貌していく。
しかし鎌田課長は堅物で、アプローチに全く動じなくて……
愛想笑いの課長は甘い俺様
吉生伊織
恋愛
社畜と罵られる
坂井 菜緒
×
愛想笑いが得意の俺様課長
堤 将暉
**********
「社畜の坂井さんはこんな仕事もできないのかなぁ~?」
「へぇ、社畜でも反抗心あるんだ」
あることがきっかけで社畜と罵られる日々。
私以外には愛想笑いをするのに、私には厳しい。
そんな課長を避けたいのに甘やかしてくるのはどうして?
白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは
紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。
真由子の母、雪江は大学教授であり、著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。
婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。
白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる