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感謝の理由
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「へえ、綿貫さん、和菓子なんか召し上がるんですね」
-桜をもう一度見せたい-そのつぶやきに気づかぬ振りをして加奈子は暢気な口調でそう切り出した。
「あれ、言ってなかったですか? あんこは昔から大好きですよ。若い頃のデカ盛り行脚は、B級グルメとスイーツが結構セットになってましたし。
でもそう言えば、ダイブロ時代は結構ストイックだったからカロリーが折り合っても食べなかったし、菓子の記述もしなかったかな」
亮平は、加奈子のその発言を聞くとそう言って苦笑する。
「子供たちも洋菓子よりは和菓子の方が好きなんです。だから、香織は子供たちが小さい頃、手伝わせてよく作っていました。これも実はあかりが作ったものなんです」
「へぇ、お上手ですね」
加奈子はそれが彼らの長女の手作りだと聞いて驚いた。見た目も味も市販のものに引けを取らない。
「いや、慣れれば電子レンジで意外に簡単にできるらしいですよ。それに香織は餡から炊きましたが、あかりは市販の茹で小豆をつかっていますから。
最後に持っていった日にはそんなものはもう喉を通らなくなってたんですが、香織は『必ず元気になって食べるからね』とあかりに言って、枕元に置いたままずっと眺めて……」
その時の香織の表情を思い出したのだろう、亮平の声が涙で途切れる。亮平はその想いを振り切るように頭を振ると、
「これは昨日、明日お母さんの大事な友人が来ると言っておいたら、今朝作ってありました」
そう話を続けた。それを聞いた加奈子は、
「綿貫さん、大切な友人だなんて」
おこがましいと、手を振ってそう返した。
「いいえ、香織は感謝していましたよ」
すると亮平は首を振り、涙を湛えたまま穏やかな表情でそう言った。
「なぜ?」
そう言われても感謝される理由が加奈子には解らない。
「あなたがあのとき急に『落ち』て、僕も落ちかけなければ、香織は僕の許に走る勇気なぞ持てなかったでしょう
香織だけじゃない。僕自身も本当に感謝してるんです。全くお恥ずかしい話なんですが、その時僕はやってきた彼女に自分の弱さを全部ぶつけて陵辱してしまいましてね……」
亮平は咳払いを一つ下すと、
「その……晃平はその時の子供です」
と決まり悪そうに加奈子にそう告げた。
「訴えられても仕方ないことをしたのに、香織はそんな僕をすべて受け止めてくれたばかりか、僕が責任を放棄したとしても、晃平を一人で産んで育てる決心までしていました」
「エルちゃん、ホントにエイプリルさんが好きだったんですね」
そして、思わずかつてのハンドルネームでそう言った加奈子に、
「ホント、こんな僕には過ぎた女房です」
亮平は臆面もなく妻を讃える。しかし、加奈子はそれをちっとも嫌味には感じなかった。
「でも、私なんかいなくても……」
「いいえ、それは違いますよ。あなたが僕をすっぱりと切ってくれたおかげです。そうでなければ、こうはなってなかった」
謂わば、キューピットみたいなもんですと言った亮平に、今度は加奈子が苦笑する。結果オーライなやっつけ仕事。どれだけやさぐれた天使が関わればこういう結末になるのだろう。
しかし、同時に「いたくら」に彼らが訪れたとき、香織が『感謝している』と言っていた台詞は嫌味ではなく本心だったのだなと解って、少し胸がジンとした。いや、まったく嫌味がなかった訳ではないだろうが、いろいろなものを超えて夫と結び合わせてくれたことを感謝してもいてくれたのだろうと思う。
「板倉さんは今幸せですか」
そんなことを考えていると、亮平がそう質問してきた。
「ええ、まぁ。ウチもいろいろありましたけど、この歳になるとこんなもんかと思って、相変わらず一緒に仕事しながら暮らしてます。
ウチは自営業ですから、少々腹が立とうが仕事は一緒にしないとダメでしょ。で、いつの間にか仲直りしてたりして」
どこでもそんなものですねと言って二人は笑い合った。
-桜をもう一度見せたい-そのつぶやきに気づかぬ振りをして加奈子は暢気な口調でそう切り出した。
「あれ、言ってなかったですか? あんこは昔から大好きですよ。若い頃のデカ盛り行脚は、B級グルメとスイーツが結構セットになってましたし。
でもそう言えば、ダイブロ時代は結構ストイックだったからカロリーが折り合っても食べなかったし、菓子の記述もしなかったかな」
亮平は、加奈子のその発言を聞くとそう言って苦笑する。
「子供たちも洋菓子よりは和菓子の方が好きなんです。だから、香織は子供たちが小さい頃、手伝わせてよく作っていました。これも実はあかりが作ったものなんです」
「へぇ、お上手ですね」
加奈子はそれが彼らの長女の手作りだと聞いて驚いた。見た目も味も市販のものに引けを取らない。
「いや、慣れれば電子レンジで意外に簡単にできるらしいですよ。それに香織は餡から炊きましたが、あかりは市販の茹で小豆をつかっていますから。
最後に持っていった日にはそんなものはもう喉を通らなくなってたんですが、香織は『必ず元気になって食べるからね』とあかりに言って、枕元に置いたままずっと眺めて……」
その時の香織の表情を思い出したのだろう、亮平の声が涙で途切れる。亮平はその想いを振り切るように頭を振ると、
「これは昨日、明日お母さんの大事な友人が来ると言っておいたら、今朝作ってありました」
そう話を続けた。それを聞いた加奈子は、
「綿貫さん、大切な友人だなんて」
おこがましいと、手を振ってそう返した。
「いいえ、香織は感謝していましたよ」
すると亮平は首を振り、涙を湛えたまま穏やかな表情でそう言った。
「なぜ?」
そう言われても感謝される理由が加奈子には解らない。
「あなたがあのとき急に『落ち』て、僕も落ちかけなければ、香織は僕の許に走る勇気なぞ持てなかったでしょう
香織だけじゃない。僕自身も本当に感謝してるんです。全くお恥ずかしい話なんですが、その時僕はやってきた彼女に自分の弱さを全部ぶつけて陵辱してしまいましてね……」
亮平は咳払いを一つ下すと、
「その……晃平はその時の子供です」
と決まり悪そうに加奈子にそう告げた。
「訴えられても仕方ないことをしたのに、香織はそんな僕をすべて受け止めてくれたばかりか、僕が責任を放棄したとしても、晃平を一人で産んで育てる決心までしていました」
「エルちゃん、ホントにエイプリルさんが好きだったんですね」
そして、思わずかつてのハンドルネームでそう言った加奈子に、
「ホント、こんな僕には過ぎた女房です」
亮平は臆面もなく妻を讃える。しかし、加奈子はそれをちっとも嫌味には感じなかった。
「でも、私なんかいなくても……」
「いいえ、それは違いますよ。あなたが僕をすっぱりと切ってくれたおかげです。そうでなければ、こうはなってなかった」
謂わば、キューピットみたいなもんですと言った亮平に、今度は加奈子が苦笑する。結果オーライなやっつけ仕事。どれだけやさぐれた天使が関わればこういう結末になるのだろう。
しかし、同時に「いたくら」に彼らが訪れたとき、香織が『感謝している』と言っていた台詞は嫌味ではなく本心だったのだなと解って、少し胸がジンとした。いや、まったく嫌味がなかった訳ではないだろうが、いろいろなものを超えて夫と結び合わせてくれたことを感謝してもいてくれたのだろうと思う。
「板倉さんは今幸せですか」
そんなことを考えていると、亮平がそう質問してきた。
「ええ、まぁ。ウチもいろいろありましたけど、この歳になるとこんなもんかと思って、相変わらず一緒に仕事しながら暮らしてます。
ウチは自営業ですから、少々腹が立とうが仕事は一緒にしないとダメでしょ。で、いつの間にか仲直りしてたりして」
どこでもそんなものですねと言って二人は笑い合った。
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