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遠い旋律
高広の病気
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しばらくして……高広のおかあさんと久美子ちゃんが到着した。
「三輪さん?!」
「久美子ちゃん……」
久美子ちゃんは私の顔を見ると駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんに痩せたとは聞いてたけど……」
彼女はクリスマスの時に高広が私を見たときと同じ目で私を見た。
「心配しないで、病気じゃないから」
私はあの時のうんざりするほど何度も念を押された『大丈夫か?』を思い出して、高広によく似た久美子ちゃんの顔が見ていられなくなって目を背けた。
「お兄ちゃんは?」
「まだ、処置室から出てきてないの」
私は救急処置室を手で指し示してそう言った。そのとき、ゆっくりと近づいてきた高広のお母さんが私に挨拶した。
「あなたが、さくらさんですか…高広の母です」
「はじめまして…三輪さくらです」
あいつのお母さんと会うのは初めてだった。私たちはそれこそ知り合ってから1年半以上経つのだけど、付き合いらしきものを始めてからは、半年も経っていない。
連絡が途切れる2~3日前に、
「次は日曜日に空けられるか?家族に紹介するから」
あいつはそんなことを言っていて、具体的な日を決めないと休みが取れないから、電話しないとと思っていた矢先だった。
「高広のこと許してやってくださいね。いきなりあなたから離れたり、こんな形で現われたり…さぞ、びっくりしたでしょ?」
それから高広のおかあさんは、遠慮がちにこう言った。
「さくらさん、高広はもう……」
「それ以上言わないでください!!」
私は高広のお母さんの遠慮がちな、高広が突然別れようと言い出した本当の理由を必死で塞き止めた。
「何となくだけど判ってます…だから言葉にしないでください!!認めたくない……んです」
私は耳を塞いで首を激しく振りながらそう叫んだ。
「ごめんなさい、やっぱりあなた気づいてたんですね。あなたは看護師をされていると聞いてましたから」
「もちろん、はっきりとではないです。でも……家族に紹介してくれるとまで言ってくれた人が、何も言わずにぷっつり連絡してくれなくなって、次に会ったらいきなり別れようだなんて……納得できないですよね、そんなの。彼は、『他に好きな奴ができたから』って言ったけど、ウソだってすぐわかったし…でも、それなら何でって考えていったら、どうしてもそれしか辻褄が合わなかった……そんなことないって思っても、それしか頭に残らなかった……」
私は涙でつっかえながらそう言った。
「そうですか…あの子が最初に倒れたとき、私たちは真っ先にあなたに知らせようとしたんです。でも、何故かその時、あの子の携帯は見つかりませんでした。見つかった時には、あの子はもう意識を取り戻していて、頑として『知らせるな』って言われたんです。
その時、あの子はまだ自分の病気がどんなものかは知らなかったんですが、虫が知らせたのかもしれません。『あいつにオレが倒れたなんて言わないでくれ。そんなことしたら、あいつは自分の仕事を放っぽり出してオレに付きっ切りになるから。それじゃぁ、ダメだ』って」
「なんか、高広らしい……」
高広は私がダイエットで会わないようにしていた時でも、それが仕事だというと、文句は言うんだけど、最後は『ムリすんなよ。』って言って電話を切った。『誰にでもできることじゃないから大切にしろ。』そんなことを言ったこともあった。
「それから、あの子は父親から無理やり自分の病気のことを聞き出してしまいました。『オレにはどうしてもしておかなきゃならないことがあるから』あの子はその時、そう言ったんです」
あいつのお母さんは俯いて涙をこぼした。でも、やらなきゃならないことって…私との別れ?
「退院してきた時、気がついたら今日みたいにあの子がいなくなっていて、慌てました。でも、しばらくしたら帰ってきて、『オレ、さくらと別れてきたから。あいつはもうオレとは関係ない。だから、何があっても連絡なんかすんなよ。それとオレの前ではさくらの話しないでくれ。』って言い出したんです」
もしかしたら、別れようと言ったあの時ケータイが鳴ったのは、今日みたいにお母さんか久美子ちゃんが高広を探すための着信だったのかもしれない。だから、高広は取らずに切ったんだ。
「それで、彼はあと……どれくらい……」
命の期限なんて本当は聞きたくないのに、私は自分からそれを口にしていた。
「発見されたときには数ヶ所に転移してて…もう手の施しようがなくて、余命3ヶ月と…だからよくもってあと1月くらい……」
「たったそれだけ……」
私は自分の無力さがたまらなく嫌になった。医療の現場にいながら何も出来ない自分が歯がゆかった。
「坪内高広さんのご家族の方ですか?」
そのとき救急処置室から看護師が出て来て、私たちに声をかけた。
「……はい」
高広のお母さんがそれに涙声で答える。
「一応症状は落ち着きましたので、これから病室に運びます。入院の手続きを」
「わかりました」
あいつのお母さんは、救急の看護師にそう返事してから私の方を向いて言った。
「さくらさん、今日はお仕事大丈夫ですか?」
「はい、今から帰るところでしたけど……」
「良かったら、今日は高広と一緒にいてやっていただけませんか。」
「一緒に居て…いいんですか?」
驚いてそう言った私にあいつのお母さんは頷いた。
「あの子だって本当はそうしたいはず……今日居なくなったときの置き手紙には『さくらを見に行く』と書いてあったんです。だから、どこか花見にでも行ったのかと思って探していたんですが…この病院に搬送されたとあなたから電話をいただいたとき、あなたを遠くからでも見ようと思ってここまで来たのだと気付きました。さくらを平仮名で書いていましたから……あの子。本当に素直じゃないんだから……」
それからあいつのお母さんは私に軽く会釈して、
「じゃぁ、手続きに行ってきます。久美子はさくらさんと一緒に病室の方に行ってくれる?私は、一度家に戻ってくるわ」
と言って受付に向かって歩いて行った。
「わかった。お母さん、気をつけて」
そう久美子ちゃんは言った。
「……ありがとうございます……」
私はその後姿に深々と頭を下げた。
「三輪さん?!」
「久美子ちゃん……」
久美子ちゃんは私の顔を見ると駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんに痩せたとは聞いてたけど……」
彼女はクリスマスの時に高広が私を見たときと同じ目で私を見た。
「心配しないで、病気じゃないから」
私はあの時のうんざりするほど何度も念を押された『大丈夫か?』を思い出して、高広によく似た久美子ちゃんの顔が見ていられなくなって目を背けた。
「お兄ちゃんは?」
「まだ、処置室から出てきてないの」
私は救急処置室を手で指し示してそう言った。そのとき、ゆっくりと近づいてきた高広のお母さんが私に挨拶した。
「あなたが、さくらさんですか…高広の母です」
「はじめまして…三輪さくらです」
あいつのお母さんと会うのは初めてだった。私たちはそれこそ知り合ってから1年半以上経つのだけど、付き合いらしきものを始めてからは、半年も経っていない。
連絡が途切れる2~3日前に、
「次は日曜日に空けられるか?家族に紹介するから」
あいつはそんなことを言っていて、具体的な日を決めないと休みが取れないから、電話しないとと思っていた矢先だった。
「高広のこと許してやってくださいね。いきなりあなたから離れたり、こんな形で現われたり…さぞ、びっくりしたでしょ?」
それから高広のおかあさんは、遠慮がちにこう言った。
「さくらさん、高広はもう……」
「それ以上言わないでください!!」
私は高広のお母さんの遠慮がちな、高広が突然別れようと言い出した本当の理由を必死で塞き止めた。
「何となくだけど判ってます…だから言葉にしないでください!!認めたくない……んです」
私は耳を塞いで首を激しく振りながらそう叫んだ。
「ごめんなさい、やっぱりあなた気づいてたんですね。あなたは看護師をされていると聞いてましたから」
「もちろん、はっきりとではないです。でも……家族に紹介してくれるとまで言ってくれた人が、何も言わずにぷっつり連絡してくれなくなって、次に会ったらいきなり別れようだなんて……納得できないですよね、そんなの。彼は、『他に好きな奴ができたから』って言ったけど、ウソだってすぐわかったし…でも、それなら何でって考えていったら、どうしてもそれしか辻褄が合わなかった……そんなことないって思っても、それしか頭に残らなかった……」
私は涙でつっかえながらそう言った。
「そうですか…あの子が最初に倒れたとき、私たちは真っ先にあなたに知らせようとしたんです。でも、何故かその時、あの子の携帯は見つかりませんでした。見つかった時には、あの子はもう意識を取り戻していて、頑として『知らせるな』って言われたんです。
その時、あの子はまだ自分の病気がどんなものかは知らなかったんですが、虫が知らせたのかもしれません。『あいつにオレが倒れたなんて言わないでくれ。そんなことしたら、あいつは自分の仕事を放っぽり出してオレに付きっ切りになるから。それじゃぁ、ダメだ』って」
「なんか、高広らしい……」
高広は私がダイエットで会わないようにしていた時でも、それが仕事だというと、文句は言うんだけど、最後は『ムリすんなよ。』って言って電話を切った。『誰にでもできることじゃないから大切にしろ。』そんなことを言ったこともあった。
「それから、あの子は父親から無理やり自分の病気のことを聞き出してしまいました。『オレにはどうしてもしておかなきゃならないことがあるから』あの子はその時、そう言ったんです」
あいつのお母さんは俯いて涙をこぼした。でも、やらなきゃならないことって…私との別れ?
「退院してきた時、気がついたら今日みたいにあの子がいなくなっていて、慌てました。でも、しばらくしたら帰ってきて、『オレ、さくらと別れてきたから。あいつはもうオレとは関係ない。だから、何があっても連絡なんかすんなよ。それとオレの前ではさくらの話しないでくれ。』って言い出したんです」
もしかしたら、別れようと言ったあの時ケータイが鳴ったのは、今日みたいにお母さんか久美子ちゃんが高広を探すための着信だったのかもしれない。だから、高広は取らずに切ったんだ。
「それで、彼はあと……どれくらい……」
命の期限なんて本当は聞きたくないのに、私は自分からそれを口にしていた。
「発見されたときには数ヶ所に転移してて…もう手の施しようがなくて、余命3ヶ月と…だからよくもってあと1月くらい……」
「たったそれだけ……」
私は自分の無力さがたまらなく嫌になった。医療の現場にいながら何も出来ない自分が歯がゆかった。
「坪内高広さんのご家族の方ですか?」
そのとき救急処置室から看護師が出て来て、私たちに声をかけた。
「……はい」
高広のお母さんがそれに涙声で答える。
「一応症状は落ち着きましたので、これから病室に運びます。入院の手続きを」
「わかりました」
あいつのお母さんは、救急の看護師にそう返事してから私の方を向いて言った。
「さくらさん、今日はお仕事大丈夫ですか?」
「はい、今から帰るところでしたけど……」
「良かったら、今日は高広と一緒にいてやっていただけませんか。」
「一緒に居て…いいんですか?」
驚いてそう言った私にあいつのお母さんは頷いた。
「あの子だって本当はそうしたいはず……今日居なくなったときの置き手紙には『さくらを見に行く』と書いてあったんです。だから、どこか花見にでも行ったのかと思って探していたんですが…この病院に搬送されたとあなたから電話をいただいたとき、あなたを遠くからでも見ようと思ってここまで来たのだと気付きました。さくらを平仮名で書いていましたから……あの子。本当に素直じゃないんだから……」
それからあいつのお母さんは私に軽く会釈して、
「じゃぁ、手続きに行ってきます。久美子はさくらさんと一緒に病室の方に行ってくれる?私は、一度家に戻ってくるわ」
と言って受付に向かって歩いて行った。
「わかった。お母さん、気をつけて」
そう久美子ちゃんは言った。
「……ありがとうございます……」
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