遠い旋律

神山 備

文字の大きさ
36 / 36
再び桜花咲う季

山笑う

しおりを挟む
 夢を見た後、私は翔子の実家に出向いた。
 すると、私の心変わりを聞いた義母は、
「やっと決心がついたのね」
と返したので驚いた。
「翔子の母親としては娘に操を立ててくれるのは嬉しくない訳じゃない。
だけどね、だからといってそれは死んだような目をして、翔子の亡霊を追っかけることじゃないのよ。
あなたは生きてるんだもの。今の仕事を始めたくらいからかな、変わり始めた芳治くんを見て、正直ホッとしてたのよ。ああ、ちゃんと支えてくれる人ができたんだなって。いつ知らせてくれるのかって、楽しみにしてたんだから」
「お義母さん……」
私が翔子と穂波の後を追おうとしていた事、さくらの事も先刻お見通しのようだった。
「じゃぁ、近い内にお位牌引き取りに行くわね」
といった義母に、
「いえ、それはいいです。彼女と知り合ったのもお互いのパートナーを失ったからで、彼女は翔子や穂波のことも丸ごと受け止めてくる女性です。
それに……プロポーズはまだ……。とりあえず、自分の気持ちが固まったことをお義母さんに伝えようと思って……」
と言うと、
「あら、呆れた。私に報告しに来るより、それが先じゃない」
と言って、心底呆れられてしまった。
「振られても、僕の気持ちが変わったのは事実なんで」
「まったく、芳治くんらしいわね。大丈夫、上手くいくわよ」
義母はそう言って私の背中を押してくれた。

 そして、さくらに自分の気持ちを告げようと決心した私は、その足でさくらの勤める病院に向かった。

 病院の駐車場に車を置くと、私はまっすぐその前にある公園の池の端にある桜の木の前に向かった。
 この木は、この病院で生まれた三輪さくらがさくらという名前を付ける由来になった木で、坪内高広が自分の余命を知った時、彼女を託した木でもある。

 見上げると、この町で一番最初に花を付けるその木には、まだ固いながら、小さな蕾がいくつもついていた。私は木に向かって言った。
「高広君、もし君があのとき彼女を頼むと言うつもりで頭を下げてくれたのなら、私に力を貸してくれないか」
 もちろんそれに対して答えはない。しかし、その時ふわりと春を思わせる風が私の頬を撫で、遠くで春告鳥(うぐいす)の鳴く声が聞こえた。

 私は軽く頷くと携帯を取り出して、さくらに電話した。
「さくらちゃん、今大丈夫? 折り入って話があるんだけど、4月の頭くらいで何時が休みかな」
私は桜が満開になる頃を見計らって彼女と会う約束を取り付けた。

-*-*-*-*-*-

 そして、今日……私は満開の桜の中、彼女に自分の想いを告げた。実は高広がこのシチュエーションでプロポーズするつもりだったと彼の手記に書かれていたのに乗っかった形だ。

「君が高広君を忘れられないのは解かっているから。と言うよりも、高広君をずっと心の中に持っている君が好きだから……君が嫌じゃなかったら、これからの人生を私と一緒にすごしてくれないだろうか」
高広君、力を貸してくれそう心で呟きながら私はそうさくらに言った。
「ねぇ、私なんかで良いの? 私、翔子さんみたいに素晴らしい奥さんになんかなれないよ」
すると彼女は、不安そうにそう答えた。
「出会った頃にいろいろ話したアレ、かなり美化しすぎてたかもな。翔子もホントはかなり天然だったよ。それに、穂波も君が好きみたいだ」
「へっ?」
私はこの間見た夢の話を彼女にした。
「私、穂波ちゃんに認めてもらえたんですか」
彼女の眼に涙があふれた。そして……
「私も、松野さんが好きです。一緒にいてください」
と言ってくれた。

 それから、彼女は満開の桜を見上げてぽつりと、
「高広が笑ってる。あいつ、ここにいたんだ」
と言って静かに涙を流した。

 一斉に花が咲きそろう様子を『山笑う』と表現した歌人もいる。そう言われれば、このピンクの花の波は、彼の穏やかな笑顔に似ているような気がした。

 
-サクラサク-
今、私の前でもう一つの桜の花が笑っていた。

                         再び桜花咲う季 -The End-

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...