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半年後
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僕が海と別れて約半年が経とうとしていた。
ある夜、僕は健史から電話をもらった。
「龍太郎、悪いんだけど明日の夜、俺のアパートに来てくれないかな。折り入って話したい事がある」
そう言った彼の声は興奮し、弾んでいた。
「君の彼女でも紹介してくれるの?」
僕はそんな健史にそう質問したが、彼は含み笑いをするだけで、答えをぼかした。僕はそれがたぶん間違ってはいないだろうと予想していた。ここ最近、彼は定時がくるとあっという間にどこかに消えてしまうようになっていたから。
でも……一体誰だろう。会社の娘だろうか。心当たりはなかった。
「詳しい事は、明日に」
と思わせぶりに健史は言うと、そそくさと電話を切ってしまった。
だが、その翌日……健史は会社には現れなかった。全く連絡すらもない。無断欠勤したのだ。
僕は健史が出勤時間をはるかに過ぎても現れないので、彼のアパートに電話を入れてみたのだが、家にも居ないのか電話にも出てこない。ふと、彼のデスクに目をやったとき、僕は言い様のない悪い胸騒ぎを抑える事が出来なかった。
普段からきっちりした性格の健史のデスクはいつも綺麗に整頓されているのだが、そこには違和感が感じられた。
最初、僕はその違和感が何なのか判らなかった。しかし、確かに違和感を感じるのだ。
やがて、その違和感の正体が「あるべきものがない」という事なのだと気付いた。
健史の私物と言われるものが何一つなくなっていたのだ。
僕は思わず、彼のデスクの一番大きな引き出しを開けてみた。
そして、その中に封筒が二つ入っているのを見つけた。
一通は僕宛の手紙、
そしてもう一通は……辞表だった。
-*-*-*-
僕はとっさにその2通をポケットに入れてその場を離れた。とにかく、一刻も早く状況を把握したかったのだ。
その頃の僕は自分の父親の会社に勤務しているとは言え、まだ何の役職にも就いていないペーペーだったから、間仕切りのない僕のデスクでそれを読むのは憚られた。だから、僕はそれをトイレに持ち込んで読んだ。
まず、僕宛の手紙-
龍太郎へ
俺は今、俺のデスクを開けたのがお前で、人知れずこの手紙を手にしてくれたと確信している。
もし、それが当たっているなら、このままこの手紙の事は誰にも言わずに今晩俺の部屋に来てくれ、それで全てがわかると思う。
そして、俺が用意したお前への最高のプレゼントを是非とも受け取ってくれ。
本当はお前の誕生日に用意してやりたかったんだが、手間取って今頃になってしまった。お前への誕生プレゼントを、俺の誕生日頃に贈るなんて却って俺らしいと思うか?
あ、それから返却は受け付けない。そこんとこだけは忘れないでくれ。ま、返却しようなんてきっと思わないだろうけどな、お前は。
じゃぁ、また夜に…
健史
一方辞表の方は……本当に型どおりのもので、
「私儀、このたび一身上の都合により退社いたしたく、ここにお届け申し上げます」
と、彼の律儀な性格を現す字がそこに連なっているだけだった。
それにしても一身上の都合だなんて、なんとなく女子社員の寿退社のようだなと僕は思った。
僕はますます混乱する頭のまま、とにかく彼の望んだように誰にも手紙の事も辞表の事も話さず、じれる思い出定時を待った。
そして、僕は定時きっかりにタイムカードを押すと、息せき切って彼のアパートに急いだ。
しかし、彼はアパートにもおらず、当然ながら鍵も掛かっているその前で、僕は一時間あまりも待っただろうか……
足音が聞こえた。足音は鉄筋の階段をゆっくりと上がってきた。やっと健史が帰って来た、そう思った。
だが、上がって来たその人物に、僕は息を呑んで固まってしまった。
ニコニコといかにも嬉しそうに階段を上がってきたのは……
健史ではなく、海だったからだ。
ある夜、僕は健史から電話をもらった。
「龍太郎、悪いんだけど明日の夜、俺のアパートに来てくれないかな。折り入って話したい事がある」
そう言った彼の声は興奮し、弾んでいた。
「君の彼女でも紹介してくれるの?」
僕はそんな健史にそう質問したが、彼は含み笑いをするだけで、答えをぼかした。僕はそれがたぶん間違ってはいないだろうと予想していた。ここ最近、彼は定時がくるとあっという間にどこかに消えてしまうようになっていたから。
でも……一体誰だろう。会社の娘だろうか。心当たりはなかった。
「詳しい事は、明日に」
と思わせぶりに健史は言うと、そそくさと電話を切ってしまった。
だが、その翌日……健史は会社には現れなかった。全く連絡すらもない。無断欠勤したのだ。
僕は健史が出勤時間をはるかに過ぎても現れないので、彼のアパートに電話を入れてみたのだが、家にも居ないのか電話にも出てこない。ふと、彼のデスクに目をやったとき、僕は言い様のない悪い胸騒ぎを抑える事が出来なかった。
普段からきっちりした性格の健史のデスクはいつも綺麗に整頓されているのだが、そこには違和感が感じられた。
最初、僕はその違和感が何なのか判らなかった。しかし、確かに違和感を感じるのだ。
やがて、その違和感の正体が「あるべきものがない」という事なのだと気付いた。
健史の私物と言われるものが何一つなくなっていたのだ。
僕は思わず、彼のデスクの一番大きな引き出しを開けてみた。
そして、その中に封筒が二つ入っているのを見つけた。
一通は僕宛の手紙、
そしてもう一通は……辞表だった。
-*-*-*-
僕はとっさにその2通をポケットに入れてその場を離れた。とにかく、一刻も早く状況を把握したかったのだ。
その頃の僕は自分の父親の会社に勤務しているとは言え、まだ何の役職にも就いていないペーペーだったから、間仕切りのない僕のデスクでそれを読むのは憚られた。だから、僕はそれをトイレに持ち込んで読んだ。
まず、僕宛の手紙-
龍太郎へ
俺は今、俺のデスクを開けたのがお前で、人知れずこの手紙を手にしてくれたと確信している。
もし、それが当たっているなら、このままこの手紙の事は誰にも言わずに今晩俺の部屋に来てくれ、それで全てがわかると思う。
そして、俺が用意したお前への最高のプレゼントを是非とも受け取ってくれ。
本当はお前の誕生日に用意してやりたかったんだが、手間取って今頃になってしまった。お前への誕生プレゼントを、俺の誕生日頃に贈るなんて却って俺らしいと思うか?
あ、それから返却は受け付けない。そこんとこだけは忘れないでくれ。ま、返却しようなんてきっと思わないだろうけどな、お前は。
じゃぁ、また夜に…
健史
一方辞表の方は……本当に型どおりのもので、
「私儀、このたび一身上の都合により退社いたしたく、ここにお届け申し上げます」
と、彼の律儀な性格を現す字がそこに連なっているだけだった。
それにしても一身上の都合だなんて、なんとなく女子社員の寿退社のようだなと僕は思った。
僕はますます混乱する頭のまま、とにかく彼の望んだように誰にも手紙の事も辞表の事も話さず、じれる思い出定時を待った。
そして、僕は定時きっかりにタイムカードを押すと、息せき切って彼のアパートに急いだ。
しかし、彼はアパートにもおらず、当然ながら鍵も掛かっているその前で、僕は一時間あまりも待っただろうか……
足音が聞こえた。足音は鉄筋の階段をゆっくりと上がってきた。やっと健史が帰って来た、そう思った。
だが、上がって来たその人物に、僕は息を呑んで固まってしまった。
ニコニコといかにも嬉しそうに階段を上がってきたのは……
健史ではなく、海だったからだ。
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