6 / 57
拉致ったものの……
しおりを挟む
メイサから王都シュバルにつながる街道をものすごいスピードで走る一台の馬車があった。
操作している御者を除けば、この馬車に乗っているのは、二人。その内の一人は暢気に眠りこけていて、残る一人はその人間を何とも忌々しいという表情で睨んでいる。
睨みつけている方の男の名前はランス・ジェド・ラ・ロッシュ。アシュレーンの大貴族ロッシュ家の長男であり、次期当主だ。
眠りこけている者の髪は、肩の少し上で切り揃えられ、軽くウエーブのかかってはいるが、艶やかな黒。瞳も先ほど眠る前に見たが、髪と同じく夜の闇のように黒かった。瞳からあふれるのは、その色に違わぬ強い魔力。
それに反して、軽すぎる身体。生みたての卵を思わせる薄黄色い肌。まだ未分化のそれは、乱暴に扱えば折れてしまいそうな位華奢で、庇護欲を駆り立てるのに十分だ。
「ああ、見れば見るほど腹が立つ」
治癒師である自分が恨めしい。もし自分が騎士であるならば、あの場で一刀両断に切り捨てていただろうにと、ランスは拳を爪が食い込むほど握りしめた。
それでも、この者をあの場に置いておく訳には絶対にいかないと取りあえず連れてはきたがどうしたものだろう。森に捨て置いて魔物の餌食にさせるのも寝覚めが悪かろうし……
ランスがそんなことを考えながら頭を抱えて悶々としていたとき、疾走していた馬車が馬の嘶きと共に乱暴に停まった。
「トマス、何事だ」
「聞きたいのは俺の方です」
ランスは御者に声をかけたが、返事をしたのは馬車を停めた張本人で、程なく彼はカーゴの扉を開いてずかずかと入り込み、
「おい、起きろチーズ。おまえも曲がりなりにも魔力持ってんだろ。そんなにカンタンに魔法にかかるな、バカ」
と言いながら眠りこけている者の顔をペタペタと叩いて起にかかるが、言っている内容の口の悪さに反して、その語感は甘い。その甘ったるさに、ランスは侵入者-彼の弟のフレン-を頭ごなしに怒鳴りつけるのをかろうじて抑えて、
「慌てて迎えに来たようだが、無駄だ。こいつは屋敷に連れ帰る」
と言って、チーズと呼ばれた者を我が身に引き寄せる。(それにしてもチーズと言うのか。なんと卵色の肌を持つこの者に似つかわしい名前だろうか。いやいや、感心している場合ではない)
「何故!」
しかし、弟はそれに対して聞く耳を持たず、強引にチーズを奪い返そうとランスの脇に滑り込もうとする。それを間一髪で躱しながら、
「何故と聞くのか、この恥知らずが」
とたまりかねてランスがそう言う。すると、
「誰が恥知らずだと言うんです。来て三日しか経たぬこいつを追いかけて走ってきたことがですか? それは兄上が強盗まがいのやり方でこいつを連れ去るからでしょう。大体、兄上には義姉上がおられるではありませんか」
と、ついに聞きたくもない言葉をフレンは吐いた。
「止めろ、気持ち悪いことを言うな」
ランスはプルプルと震えながらそう返す。
「気持ち……悪い?」
だが、ランスにそう言われてフレンは首を傾げる。(道を逸脱しているという自覚すらもうないのか。頭が痛い)
そのとき、双方から引っ張られて、チーズがようやく目を覚ました。
『ふぇ……なんでフレンが二人おんの?……あふっ』
チーズと呼ばれた者は寝ぼけ眼であくびをしながらそう言ったが、自国の言葉だったため、ランスには全く解らない。
「ややっ、こやつは何をしゃべっておる。もしや、少年の姿をした魔物か!」
(取り憑かれてしまう!)彼は青くなって手元に引き寄せていたチーズを震えながら突き飛ばした。
「魔物? こりゃ良い」
一方、フレンは、ランスの発言にそう言って、大きな笑い声を上げた。腹を捩って目に涙すら浮かべている。チーズは、二人を交互に見てから立ち上がり、口をくっと結ぶと、
「魔物って何よ! それ以前にあたしは男じゃなくて、女。お・ん・な! そこは間違うなってぇの!」
そう叫んで少々ビビり気味のランスに平手打ちを食らわせたのだった。
操作している御者を除けば、この馬車に乗っているのは、二人。その内の一人は暢気に眠りこけていて、残る一人はその人間を何とも忌々しいという表情で睨んでいる。
睨みつけている方の男の名前はランス・ジェド・ラ・ロッシュ。アシュレーンの大貴族ロッシュ家の長男であり、次期当主だ。
眠りこけている者の髪は、肩の少し上で切り揃えられ、軽くウエーブのかかってはいるが、艶やかな黒。瞳も先ほど眠る前に見たが、髪と同じく夜の闇のように黒かった。瞳からあふれるのは、その色に違わぬ強い魔力。
それに反して、軽すぎる身体。生みたての卵を思わせる薄黄色い肌。まだ未分化のそれは、乱暴に扱えば折れてしまいそうな位華奢で、庇護欲を駆り立てるのに十分だ。
「ああ、見れば見るほど腹が立つ」
治癒師である自分が恨めしい。もし自分が騎士であるならば、あの場で一刀両断に切り捨てていただろうにと、ランスは拳を爪が食い込むほど握りしめた。
それでも、この者をあの場に置いておく訳には絶対にいかないと取りあえず連れてはきたがどうしたものだろう。森に捨て置いて魔物の餌食にさせるのも寝覚めが悪かろうし……
ランスがそんなことを考えながら頭を抱えて悶々としていたとき、疾走していた馬車が馬の嘶きと共に乱暴に停まった。
「トマス、何事だ」
「聞きたいのは俺の方です」
ランスは御者に声をかけたが、返事をしたのは馬車を停めた張本人で、程なく彼はカーゴの扉を開いてずかずかと入り込み、
「おい、起きろチーズ。おまえも曲がりなりにも魔力持ってんだろ。そんなにカンタンに魔法にかかるな、バカ」
と言いながら眠りこけている者の顔をペタペタと叩いて起にかかるが、言っている内容の口の悪さに反して、その語感は甘い。その甘ったるさに、ランスは侵入者-彼の弟のフレン-を頭ごなしに怒鳴りつけるのをかろうじて抑えて、
「慌てて迎えに来たようだが、無駄だ。こいつは屋敷に連れ帰る」
と言って、チーズと呼ばれた者を我が身に引き寄せる。(それにしてもチーズと言うのか。なんと卵色の肌を持つこの者に似つかわしい名前だろうか。いやいや、感心している場合ではない)
「何故!」
しかし、弟はそれに対して聞く耳を持たず、強引にチーズを奪い返そうとランスの脇に滑り込もうとする。それを間一髪で躱しながら、
「何故と聞くのか、この恥知らずが」
とたまりかねてランスがそう言う。すると、
「誰が恥知らずだと言うんです。来て三日しか経たぬこいつを追いかけて走ってきたことがですか? それは兄上が強盗まがいのやり方でこいつを連れ去るからでしょう。大体、兄上には義姉上がおられるではありませんか」
と、ついに聞きたくもない言葉をフレンは吐いた。
「止めろ、気持ち悪いことを言うな」
ランスはプルプルと震えながらそう返す。
「気持ち……悪い?」
だが、ランスにそう言われてフレンは首を傾げる。(道を逸脱しているという自覚すらもうないのか。頭が痛い)
そのとき、双方から引っ張られて、チーズがようやく目を覚ました。
『ふぇ……なんでフレンが二人おんの?……あふっ』
チーズと呼ばれた者は寝ぼけ眼であくびをしながらそう言ったが、自国の言葉だったため、ランスには全く解らない。
「ややっ、こやつは何をしゃべっておる。もしや、少年の姿をした魔物か!」
(取り憑かれてしまう!)彼は青くなって手元に引き寄せていたチーズを震えながら突き飛ばした。
「魔物? こりゃ良い」
一方、フレンは、ランスの発言にそう言って、大きな笑い声を上げた。腹を捩って目に涙すら浮かべている。チーズは、二人を交互に見てから立ち上がり、口をくっと結ぶと、
「魔物って何よ! それ以前にあたしは男じゃなくて、女。お・ん・な! そこは間違うなってぇの!」
そう叫んで少々ビビり気味のランスに平手打ちを食らわせたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
レオナルド先生創世記
ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ
鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。
それが約50年前。
聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。
英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。
俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。
でも…英雄は5人もいらないな。
企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する
namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる