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苦悩
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チーズの生家で彼女の両親の涙を見た俺は、チーズを残して独り界渡りをしてきた。
「お帰りなさいませ」
と言葉をかけてくる使用人たち。界渡りは二度目だが未知の物はやはり不安なのか、皆が固唾をのんで見守っていてくれたようだ。
「若奥様はどうされました?」
もしや、お加減でも……と不安そうにクララが聞く。
「ああ、チーズが車をこっちに持ってくるって聞かなくてな。買ったはいいのだが、手続きにしばらく時間がかかるらしい。どうせなら久々の実家なのだから、それが終わるまであちらでゆっくりとしてくるようにと置いてきた」
俺は内心の動揺を悟られぬよう、極上の笑顔を張り付けてそう答えた。すると、クララの顔にさっと安堵の色がさした。
そう、彼らにもう彼女は帰って来ぬかも知れぬなどとは口が裂けても言えない。俺にとって彼女が唯一の伴侶であると共に、彼らにとっても彼女は愛すべき女主人なのだから。
「それにしても界渡りは疲れる。クララ、何か酒を持ってきてくれ」
俺はそう言って、居間の方に向かい、長椅子にうずくまるように座った。
そこにガーランド氏がやってきて、
「私もお相伴をしてよろしいですかな」
と言った。
「ええもちろん。あなたには今回本当にお世話になりました」
俺はそう言うと、ガーランド氏の分のグラスも持ってくるように頼んだ。
そうしてわらわらとそれぞれが己が持ち場に散るのを見て、ガーランド氏は、
「私が来たために、ミスター・ロッシュには悪いことをしてしまいましたな」
と抑え気味の声で俺にそう言った。
「ミセス・ロッシュは元の場所に『帰って』しまったのでしょ?」
続けてガーランド氏の口から出た言葉に、俺は驚いて思わず彼の顔を見た。
「……鋭いですね」
俺は否定も肯定もできず、ただそう言った。
「急に姿を消してしまうことの辛さは知ってますからな。もっとも、私は家族を捨てた方ですがね」
「ガーランドさん……」
すると彼は自嘲気味でそう言った。名前以外に何も明らかにされていないのには、それ相当の理由があるようだ。
「だが、妻は自分の持てる伝手を駆使して私の許にやってきました。
だから、ミセス・ロッシュも何があっても戻ってこられるでしょう。そういう気概のある方だ」
そして、続けてそう言うガーランド氏に、
「いえ、それは俺が止めました。
今、チーズがご両親を振りきって、むりやりアシュレーンに飛んだら、彼女は二度とあの家には戻れない。今は良くても、後々あやつはそれをきっと後悔することになる」
俺は首を振ってそう答えた。
「そうですか」
「一応、車をとりに行くときにまた来ると言ってあるので、そこまではそんな無茶はしないでしょう。ただ、それでもご両親の気持ちが変わらなければ、今度こそ飛んで来るだろうと思うと……」
「大丈夫、親なんてモノは娘がそれで幸せになるんなら、最後には折れてくれるものですよ。心配は要らない、きっといい方向に行きますよ」
俺のネガティブな発言に、ガーランド氏はそう言って励ましてくれたが、本当にそう上手く行くのだろうか。
俺は車がくるまでの七日間を悶々として過ごし、ついにその朝……
俺はその日、オラトリオの正装に身を包んだ。胸には『テレビ電話』の魔法に対して陛下から下された褒章を付ける。
前の二回は目立たぬようにとニホンの一般人が着るのと似た服装をチーズが見繕ってくれたが、今回は直接彼女の家の前に行くのだし、大事なお嬢さんを頂きに上がるのだ、正装で向かうのは当然だろう。
そんな物々しい様子と、俺の厳しい表情を見て、使用人たちは一様に顔を曇らせる。ただ、アシュレイだけが、
「フレン様、こちらの方は大丈夫ですから、ゆっくりとしてらっしゃいませ。
お二人でのお戻りをお待ちしておりますので」
といつもの笑みを浮かべて、恭しくお辞儀する。狸め、俺の不安を解っていて態とプレッシャーをかけてるな。
「ああ、もちろんだ」
俺はぐっと拳を握ってアシュレイにそう返すと、魔法強化の陣に入って意識を集中させた。
「お帰りなさいませ」
と言葉をかけてくる使用人たち。界渡りは二度目だが未知の物はやはり不安なのか、皆が固唾をのんで見守っていてくれたようだ。
「若奥様はどうされました?」
もしや、お加減でも……と不安そうにクララが聞く。
「ああ、チーズが車をこっちに持ってくるって聞かなくてな。買ったはいいのだが、手続きにしばらく時間がかかるらしい。どうせなら久々の実家なのだから、それが終わるまであちらでゆっくりとしてくるようにと置いてきた」
俺は内心の動揺を悟られぬよう、極上の笑顔を張り付けてそう答えた。すると、クララの顔にさっと安堵の色がさした。
そう、彼らにもう彼女は帰って来ぬかも知れぬなどとは口が裂けても言えない。俺にとって彼女が唯一の伴侶であると共に、彼らにとっても彼女は愛すべき女主人なのだから。
「それにしても界渡りは疲れる。クララ、何か酒を持ってきてくれ」
俺はそう言って、居間の方に向かい、長椅子にうずくまるように座った。
そこにガーランド氏がやってきて、
「私もお相伴をしてよろしいですかな」
と言った。
「ええもちろん。あなたには今回本当にお世話になりました」
俺はそう言うと、ガーランド氏の分のグラスも持ってくるように頼んだ。
そうしてわらわらとそれぞれが己が持ち場に散るのを見て、ガーランド氏は、
「私が来たために、ミスター・ロッシュには悪いことをしてしまいましたな」
と抑え気味の声で俺にそう言った。
「ミセス・ロッシュは元の場所に『帰って』しまったのでしょ?」
続けてガーランド氏の口から出た言葉に、俺は驚いて思わず彼の顔を見た。
「……鋭いですね」
俺は否定も肯定もできず、ただそう言った。
「急に姿を消してしまうことの辛さは知ってますからな。もっとも、私は家族を捨てた方ですがね」
「ガーランドさん……」
すると彼は自嘲気味でそう言った。名前以外に何も明らかにされていないのには、それ相当の理由があるようだ。
「だが、妻は自分の持てる伝手を駆使して私の許にやってきました。
だから、ミセス・ロッシュも何があっても戻ってこられるでしょう。そういう気概のある方だ」
そして、続けてそう言うガーランド氏に、
「いえ、それは俺が止めました。
今、チーズがご両親を振りきって、むりやりアシュレーンに飛んだら、彼女は二度とあの家には戻れない。今は良くても、後々あやつはそれをきっと後悔することになる」
俺は首を振ってそう答えた。
「そうですか」
「一応、車をとりに行くときにまた来ると言ってあるので、そこまではそんな無茶はしないでしょう。ただ、それでもご両親の気持ちが変わらなければ、今度こそ飛んで来るだろうと思うと……」
「大丈夫、親なんてモノは娘がそれで幸せになるんなら、最後には折れてくれるものですよ。心配は要らない、きっといい方向に行きますよ」
俺のネガティブな発言に、ガーランド氏はそう言って励ましてくれたが、本当にそう上手く行くのだろうか。
俺は車がくるまでの七日間を悶々として過ごし、ついにその朝……
俺はその日、オラトリオの正装に身を包んだ。胸には『テレビ電話』の魔法に対して陛下から下された褒章を付ける。
前の二回は目立たぬようにとニホンの一般人が着るのと似た服装をチーズが見繕ってくれたが、今回は直接彼女の家の前に行くのだし、大事なお嬢さんを頂きに上がるのだ、正装で向かうのは当然だろう。
そんな物々しい様子と、俺の厳しい表情を見て、使用人たちは一様に顔を曇らせる。ただ、アシュレイだけが、
「フレン様、こちらの方は大丈夫ですから、ゆっくりとしてらっしゃいませ。
お二人でのお戻りをお待ちしておりますので」
といつもの笑みを浮かべて、恭しくお辞儀する。狸め、俺の不安を解っていて態とプレッシャーをかけてるな。
「ああ、もちろんだ」
俺はぐっと拳を握ってアシュレイにそう返すと、魔法強化の陣に入って意識を集中させた。
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