Cheeze Scramble

神山 備

文字の大きさ
56 / 57

内通者の正体

しおりを挟む
 中に入ったグラッドは、まず本棚を戻し、それから扉を閉める。人払いはしてはいるし、王の部屋にずかずか入り込んでくる強者もいはしないので心配はないのだが、念には念を入れてだ。
 扉の奥は石造りの通路になっている。さすがにここは屈んで進まねばならないほど低くはないが、それでも幅は狭い。人一人がまっすぐに歩ける程度しかない。それはそうだろう、ここはアシュレーン城が攻め込まれたとき、城主を密かに落ち延ばせるための秘密の通路なのだから。通路はここと王妃の部屋にあり、それぞれが別の場所につながっている。別の場所につながっているのは、縦しんば見つかっても、王か王子(王女)のどちらかが逃げおうせるようにするためだ。因みに、王妃の方の道は、は子供たちと共に行動することを想定してもう少し広めだ。
 さて、その通路を使い町外れに出たグラッドは、巧みに町の雑踏に混ざり、一軒の家を目指す。言わずと知れた、アンダーロッシュ家だ。

 アンダーロッシュ家の使用人が来客を告げると、中から黒髪の小柄な女性が出て来た。彼女はグラッドをみるなり、
「グリーン様、また来たんですか?」
と言う。グリーンというのはグラッドの市井での偽名だ。ただ単に瞳の色が緑だからというのがその理由なのだが、そういう単純な理由が市井らしいと本人は気に入っている。
「様は付けるなとあれほど言っておるのに。まぁいい、今日はパトリックに伝言があるのだ。もう少し己が身を考えて行動してくれと、チーズからも言ってやってくれ」
グリッドがそう用件を告げると、この家の夫人チーズ・カマンベール・レ・ロッシュは、
【五十歩百歩やん、同じ立場なんやし、あんたがそれをビクに言う? て話やと思うけど】
と彼女の母国語で早口にまくし立てた後、
「パトリックなら今、来てますよ。直接おっしゃればどうですか」
と言った。
「そうか、では行こう」

 そして、チーズに導かれてロッシュ家のダイニングに行くと、小柄で黒髪の男(とは言え、服装をちゃんと見ていなければ女と見まがうような顔をしているのであるが)が、テーブルに置かれている物をウットリと見つめていた。
「パトリック殿……」
と、グラッドが声をかけると、
「あ、グリーン様、お久しゅうございます。皆様は、ご健勝であられますか」
パトリックは弾かれたようにグラッドを見て、花が咲いたように笑う。こいつは本当に生まれてくる性を間違えていると、それを見てグラッドは思う。
「ああ、皆元気でやっている」
と答えると、パトリックはそれを聞いて、
「それはよかった」
と言ったが、その視線は既に先ほどのテーブルの上の
物に戻っている。黒い容器に透明のフタ、金のリボンが巻かれたそれは、材質からして明らかにこのオラトリオの物ではない。
「それは、何だ」
「ああ、これはニホンで今話題のスイーツです。なかなか入手困難なので、チーズ様のお母様にお願いしていたものなんですよ」
やはり、平行世界のものだったか。そうこうしている内に、ドアがノックされて、この家の使用人が、パトリックと同じ物を携えて部屋に入ってきて、グラッドの前にも茶と共にそれを置く。
「グリーン様もも召し上がってください。コレ、濃厚なのにカロリー控えめで、なかなかはまっちゃいますよ」
と言うチーズ。本来は菓子など、女子供の食べるものとして、普段は食さないのだが、既に食べ始めているパトリックがあまりにも幸せそうな顔で口に入れるのを見て、グラッドは思わずフタを開けた。中に入っているのは、チョコレートケーキのようだ。グラッドは、これまたこのオラトリオでは絶対にお目にかかれない材質と薄さの白いスプーンで口に運ぶ。確かに濃厚だが、甘すぎずすっと溶けていって後口も悪くない。
「旨いな」
と言ったグラッドに、
「そうでしょう! 私も毎日食べたい位なんですが、如何せんニホンでも人気が高いらしく、売り切れていることが多くて……でも、チーズ様の地元の方がよく見かけると聞いてお願いした次第です」
パトリックは興奮気味でそう返した。
「ウチのお母も近所のコンビニ4軒回ってかき集めてきましたけどね」
まぁ、なかなか入手困難なため、チーズの母君に購入を依頼したのは分かった。
 だが、それをわざわざここで食べていく必要はないだろう。自分の立場を弁えているのかとグラッドが言うと、
「そうしたいのは山々なんですが、私がコレを食べていると、エリーサ様の機嫌がすこぶる悪くなるものですから……」
パトリックはそう言ってため息をつく。

 実はニホンにあるテレビという、チーズが編みだした[テレビ電話]の魔法の元になったもので、このスイーツの宣伝をしているらしいのだが、その宣伝文句が、
『ケーキとあたしのキス、どっちが好き』
という、オラトリオでは良識を疑うような台詞で、またそれを口にしていたのがHANANOというニホンでも一、二を争うアイドルグループのボーカルだったために、パトリックの奥方はうっとりするパトリックに、悋気りんきを起こしたという。パトリックがうっとりと見つめていたのは、絶対にそのHANANOではなく、このスイーツのほうだと、奥方ならわかりそうなものだが……
「まぁね、エリーサ様が怒るきっかけを作ったのはあたしだったりするんで」
スイーツ好きのパトリックに、食べてみろと画像を送ったのがアダになったと苦笑するチーズ。グラッドはふと思い立って、
「それに男バージョンはないのか」
と聞いてみた。チョコなど女子供の食べる物だ。男向けにそんな宣伝をしているのなら、女用のも当然あるに違いない。
「あるんですけどね、パトリック様がどうしてもエリーサ様に見せたくないって」
それに対して、チーズは手をひらひらさせてそう返した。
「だって、そうではないですか。エリーサ様とそう対して年の変わらぬ美丈夫が甘い声で『ケーキと僕のキス、どっちが好き』って囁くんですよ。他に免疫のないエリーサ様なんて、一気に持ってかれます!」
すると、パトリックは涙目でそう反論する。どうやら、犬も食わないヤキモチ合戦らしい。
グラッドは半ば脱力しながら、
「俺が今日来たのは、他でもない。ある提案をしに来た」
と本日の用件を切り出した。
「それも、旅人、パトリック・デューナではなく、ガッシュタルト国王、ビクトール・スルタン・セルディオ・ガッシュタルトにだ」
「グリーン様、その名前は……」
パトリック・デューナもとい、ビクトール・スルタン・セルディオ・ガッシュタルトは、顔を引き攣らせて、その言葉を慌てて遮ろうとするが、グラッドは、
「ガッシュタルト王よ、貴殿のアイリーン姫を我が子ジョナサンに嫁がせる気はないか」
構わずなおもそう続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...