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第2話 ソロモンの犬耳達
Chapter-13
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「フレッチャーの居所はまだ解らないのか!」
19時50分────連合軍側としては前日20時50分頃。
上陸部隊の指揮船『マーコレー』に設けられた司令部公室で、ターナー少将が苛立った声を上げている。
この時、ヴァンデグリフト、それにオーストラリア海軍の指揮官であるヴィクター・A・C・クラッチレー少将は、今後について話し合うためにマーコレーに集合していた。彼らは、一方的に宣言して担当海域を離れたフレッチャーに、憤りを感じていた。
「撤退すべき、と言われても、すでに2万人近い海兵隊員を上陸させてしまっている。これを翌朝までに撤収させることは不可能だ。夜が明ければまた爆撃機がやってくるだろう。撤退作業中をあのB-17モドキに襲われたら、人員に大損害が出ることになる」
険しい顔で、ヴァンデグリフトが言う。
「ヴァンデグリフト少将、荷揚げの完了まで後どれくらいかかる?」
「夜を徹して行っている。陸揚げなら朝までに終わる見込みだが────」
ターナーの問いに、ヴァンデグリフトは、まずそう答えるが、険しい表情で続ける。
「──だが、連日の爆撃で、スケジュールが狂っているのを、人員の休息時間を削って凌いでいる。輸送船団は過労状態だ。不測の事態はいつ起きてもおかしくない」
「OK.作業は続けてくれ」
ターナーは言う。
「なんとか朝までにフレッチャーを見つけて、戻ってもらわなければ」
「もし彼が見つからない場合、輸送船団を外洋に避難させる必要があるな」
忌々しげに言うターナーに、クラッチレーも憤り混じりの困惑を隠さずに言う。
「それは、上陸部隊を見捨てて逃げるということか?」
2人の発言に、ヴァンデグリフトが驚いたような声をだした。
「いや、そうじゃない。あくまで一時的に退避させるだけだ。フレッチャーを引きずり戻すか、最悪の場合は、再度夜を待って陸揚げを再開する」
ターナーが、ヴァンデグリフトを落ち着かせようと、手振り混じりでそう説明する。
「これ以上、あの大型爆撃機や一式陸攻の攻撃に輸送船団を晒しておくわけにはいかない」
「そうか……そうだな……」
ターナーの説明を聞いて、ヴァンデグリフトは、海兵隊指揮官として全面的には同意し難かったものの、それ以外の策がない以上、納得せざるを得なかった。
ターナーは、夜襲を警戒して、TF62を3群に分けて哨戒配置につかせた。停泊地の北西方向、ガダルカナル島北西端とフロリダ諸島との間にあるサボ島北東側に“北”集団、サボ島の南東側に“南”集団、そして停泊地を挟んで東側に“東”集団を配置し、この他に哨戒担当としてサボ島の西側に駆逐艦2隻、また輸送船の直掩に7隻の駆逐艦を配置した。
しかし、先程ヴァンデグリフトが言ったように、TF62の将兵も36時間の連続戦闘配置で疲労が限界に達していた。
この時点で、彼らはショートランド諸島で検知された890Mc/sの電波源の続報や、撃墜された米哨戒機の情報を受け取っていない。
ターナーは、TF62の各艦艇に、交代で休息を取る『コンディションII』を発令した。日本語で言うところの『半舷休息』だ。
また、南集団はオーストラリア海軍の重巡洋艦『オーストラリア』が指揮をとることになっていたが、クラッチレーがこの会議に参加するためにオーストラリアは配置を離れ、麾下の米巡洋艦『シカゴ』に指揮艦代行を命じていたが、艦隊としての全権を委任していなかった。
23時50分頃────
ラピス・デル・プエルトの前部アンテナマストでは、DKR-203の送信用5エレメントループアンテナと、3つの受信用八木アンテナが取り付けられ、そのうちひときわ大きな八木アンテナ1つを除いた3つが連動して旋回している。
その戦闘艦橋。
「さっきの変な電波、そのあと途切れっぱなし?」
ビクトリア艦長が、通信オペレーターに訊ねる。
「はい。まだ受信できていません」
30分ほど前、チハーキュ艦は750Mc/s付近に不明の電波を受信していた。
「うーん……電波警戒器の送信波で間違いないのよね」
「無変調送出でしたから。電鍵信号にも感じられませんでしたし、間違いないかと」
ビクトリアが問い返すと、オペレーターがそう答える。
電鍵信号は、地球でいうところのモールス信号である。モールスは人名であり、エボールグでは単に送出に使う機器の名前で呼んでいた。
ちなみに八木アンテナの場合は、これはエボールグでは人名ではなく、登場時に4エレメント、つまり「枝が8本ある木のように見える」ので八木アンテナ、と呼ばれるようになった。
日本隊は電波警戒器を積んでいない。チハーキュ艦のDKA-1、DKR-203とは使用周波数が違う。
それらから考えるとすると、これはアメリカ軍のレーダー波である、と考えるのが妥当だったのだが……
「うーん、だとしたらなんで電波切っちゃったんだろう」
ビクトリアは、腕を組んで首を傾げる。
哨戒艦の類だとしたら、30分もの長いスパンで波の送出を止めている理由がわからない。チハーキュ帝国海軍では、哨戒任務の艦艇は、常に電波警戒器を投入するとしている。
「電波警戒器に感!」
電波警戒器オペレーターの声で、正体不明の電波で緩みかけた緊張が、一気に戻ってくる。
「対水上目標です。距離、およそ21,000m」
オペレーターは水上捜索アンテナの円形ディスプレイを覗きながら言う。
SDD-202型旋回走査式表示器は、地球のPPIスコープに酷似していた。
「主砲戦準備! 照準器連鎖錠投入!」
ビクトリアが、凛とした声で下令する。
「島影じゃないわね!?」
「海図と照らし合わせても、反応する島や岩礁はないはずです!」
ビクトリアの問いに、オペレーターが答える。
チハーキュ帝国海軍は電波警戒器による測距射撃を研究し、DKR-203の開発で実用化した。ただ連合軍のように警戒レーダーと火器管制レーダーを別に搭載するのではなく、電波警戒器の発見した目標の座標位置に照準器が向くという機構になっていて、これは日本海軍が開発しているものと同じだった。
その差の背景には、ヴォルクス、フィリシスの目が人間族より暗視能力に長けているため、ある程度光学照準器に頼っても問題ないと考えるクセが抜けなかった事がある。
しかし、それでもDKR-203の初期型で、電波測距だけで方位誤差0.75°以内と、アメリカの初期の火器管制レーダーであるMk3 FCレーダーと同程度かそれ以上の精度をもつ。
実はチハーキュ、ひいてはエボールグ全体でマグネトロンの開発が日本よりも遅延しており、900Mc/s以上の周波数を安定して得られないことが開発のネックとなっていたが、一方で二重外部導体型低損失同軸ケーブルが早くも開発されており、受信波伝送特性の改善による実用域性能の向上を可能にした。地球はまだ、平衡フィーダーが主流である。
照準器連鎖錠はこの為の機構だ。これをオンにすると、光学照準器と、射撃測距用の大型八木アンテナとが連動するようになる。
「射撃可能ですか!?」
砲手がビクトリアに訊ねてくる。
「鳥海、キャルヴェロンに通報、初発後に最大戦速で突入開始、ヴェンタ・トレドールに『我に続け』と送れ! 射撃許可する!」
ズドドドドッ!
ビクトリアの下令の直後に、ラピス・デル・プエルトの前方2基、4門の24cm砲が咆哮を上げた。
同時にタービンとシリンダーへの蒸気供給が増やされ、ラピス・デル・プエルトは30ノットに増速する。ヴェンタ・トレドールがそれに続く。
「前方隊、撃った!」
「何ッ!?」
『鳥海』艦橋。
早川が声に出し、神重徳も色めき立つような表情をする。
「ラピス・デル・プエルトより入電! 『我、敵哨戒艦撃破しつつ突入す。速力30ノット』!」
「各艦第4戦速! 前方隊に続航し突入せよ!」
三川が下令する。
ドォ……オン……
右舷より前方で、明らかに発射炎とは異なる、盛大な火柱が上がった。
それはバッグレイ級駆逐艦『ブルー』だった。ターナーが指示したサボ島南側の哨戒にあたっていた。ブルーには警戒・捜索用のSCレーダーが搭載されていたが、アンテナ高さの違いにレーダー取り扱いの不手際もあって、ラピス・デル・プエルトに初弾を撃たれるまで、敵の接近に気が付かなかった。
艦尾に命中した24cm砲弾1発で、ブルーの艦尾は粉砕されたと言っていい状態になった。自身が燃える炎で照らされる中、早くも舳先を上げて、艦尾から急速に海中に飲み込まれつつあった。
「砲撃戦、魚雷戦準備!」
興奮した様子の早川が自艦に下令する。
「侮るつもりはないが、夜戦で女の艦隊に遅れを取っては帝国海軍の恥だぞ!」
「うっしゃ、始まったわよ!」
早川と同様、キャルヴェロンの戦闘艦橋で、アリシアが興奮した声を出した。
ご丁寧に尻尾まで左右にバタバタさせている。
日本人報道班員の丈乃は、アリシアの司令官補であるリティアに付き添われて、艦橋にいた。
「アメリカ海軍の皆さんには可愛そうですが、帝国海軍重巡隊『海の闘犬』の実力、地球の方々にもとくとご覧いただきましょう!」
丈乃に対して、やはり興奮を隠さず、リティアは言う。
──勇ましいのはいいが、女というものの見方が変わりそうだ。
丈乃は心中で苦笑しつつ、
「拝見させていただきましょう」
と、自らも軽く気分を高揚させた口調で、そう言った。
「鳥海より入電、『各艦第4戦速、前方隊に続航し突入せよ!』!」
「三川中将の指示通り! 後続艦にも通達!」
「了解!」
キャルヴェロン以下のチハーキュ隊本隊も、27ノットに増速し、日本隊に続いてサボ島・ガダルカナル島間の海峡に向かって突き進む。
「色白脳筋共に、電波測距戦を教育してやんなさい!」
「主砲戦、魚雷戦用意!」
ヴァレリアが自艦に指示を出す。
「し、司令! 大変です!」
ターナーのもとに、緊急を伝える報告が入ってくる。
この時彼は、重巡オーストラリアに乗り、西方の警戒隊より後方の、輸送船団の停泊位置の近くにいた。
「ラルフ・タルボットより緊急電です! 『敵艦隊接近、すでにサボ島南側を東進中。ブルーは撃沈された模様』!」
「くそっ、こんな時にか! 何のための哨戒だと思ってるんだ!!」
ブルーと同じくバッグレイ級駆逐艦の『ラルフ・タルボット』も、レーダーを入れた際に映る虚像の多さに辟易して、レーダーの情報を信用しなくなっていた。彼らも、ブルーが爆発する炎を見て、ようやく敵が接近していると気付いた。
そのラルフ・タルボットも、今、派手に炎上していた。
日本隊に向かって肉薄し、雷撃を試みようとしていたが、チハーキュ軽巡カスティラナの電波警戒器に補足され、16cm砲で滅多打ちにされているところだった。
ドゴォンッ!
自ら至近距離に飛び込み、16cm主砲に12.5cm両用砲まで、無数の砲弾を浴びたラルフ・タルボットは、魚雷発射管の魚雷が誘爆し、あまりの爆発力に一瞬、海面から艦体が浮かび上がった。半ば海面に崩れ落ちると、そのまま、一気に海中へ飲み込まれていく。
「右方魚雷戦!」
鳥海で、早川が下令する。
目前では、ラピス・デル・プエルトとヴェンタ・トレドールが、TF62・南集団と撃ち合っていた。
撃ち合っていたと言っても、米豪軍の巡洋艦の射撃は安定していなかった。よほど想定外の事態だったのだろう。先頭を行く形の豪・ケント型重巡『キャンベラ』が格上の2隻に一方的に撃たれているも同じだった。
「魚雷、目標敵重巡戦隊、魚雷発射後に砲戦開始!」
鳥海は、僅かに左に転舵する。
「魚雷、射てッ」
鳥海、そして第六戦隊の重巡洋艦から、日本海軍の必殺、九三式魚雷が発射される。僅かな航跡を引いて、2隻の重巡、2隻の駆逐艦のいる闇夜の海へ疾走していく。
「砲戦、敵2番艦、打ち方始め!」
ドドドドン……ッ
鳥海の1番、2番砲塔から、20サンチ砲弾が、キャンベラに続航する重巡めがけて放たれる。
「これは巡洋艦なのか!? 戦艦にも見えるぞ!」
米・ノーザンプトン級重巡『シカゴ』の艦上で、艦長のハワード・D・ボーデ大佐は、先行するキャンベラにむかって射撃を浴びせる敵艦2隻のシルエットに違和感を覚えつつ、緊張していた。
彼はブルーが炎上させられる寸前まで、コンディションIIに従って休息を取っていた。1日半ぶりの睡眠の最中に叩き起こされ、甲板に上がったときには、すでにキャンベラに命中弾が出て、炎が上がったところだった。
もともと、ケント型を含むカウンティ級重巡自体の防御力に難があったとは言え、キャンベラは艦橋から後ろが無惨に破壊され、炎上している。それに、海に着弾したときに上がる水柱も、8インチ砲(約20.3cm)より明らかに大きく見えた。
一方、キャンベラとシカゴがすでに数発の命中弾を与えているにも関わらず、敵艦────ラピス・デル・プエルトは悠然と前進しながら、射撃を続けている。
「後方、後方左舷側、敵の新手が接近します!」
「クソッタレが!」
ドゴッ、ボゴォッ!
日本隊の20サンチ砲弾が、シカゴに命中し始めた。
─※──※──※──※─
チハーキュ帝国陸軍 Re4 重爆撃機
設計・製造:レイアナー重工業
全長:27,000mm
全幅:30,200mm
主脚展開時高さ:5,620mm
尾翼形状:双尾翼(++型)
エンジン:
レイアナー LV12-Mk.LVII 液冷V型12気筒 1,320hp×4(Re4 Mk.III)
または
レイアナー S5-Mk.LXXI 空冷星型9気筒 1,370hp×4(Re4 Mk.V)
いずれもターボチャージャー装備
搭載量:
爆弾または魚雷3,500kg(胴体爆弾倉・主翼下爆弾架合計)
280l増槽 主翼下×2 (爆弾とは別に搭載可)
最高速度:486km/h (高度7,500m)
実用上昇限度:10,800m
航続距離:
3,360km(本体燃料のみ 爆装正規)
3,517km(燃料増槽あり 爆装正規)
5,800km(フェリー、燃料16.58kl)
防御武装:
20mmAPIブローバック機銃×6
(機首1丁、機首後方下面銃塔1丁、背面前部動力銃塔2連装、後部動力銃塔2連装)
8mmショートリコイル機銃×6
(機首1丁、背面後部銃座2連装、側面ブリスター銃座1丁×2、下面後部銃座1丁)
データは特筆なき場合Mk.III
19時50分────連合軍側としては前日20時50分頃。
上陸部隊の指揮船『マーコレー』に設けられた司令部公室で、ターナー少将が苛立った声を上げている。
この時、ヴァンデグリフト、それにオーストラリア海軍の指揮官であるヴィクター・A・C・クラッチレー少将は、今後について話し合うためにマーコレーに集合していた。彼らは、一方的に宣言して担当海域を離れたフレッチャーに、憤りを感じていた。
「撤退すべき、と言われても、すでに2万人近い海兵隊員を上陸させてしまっている。これを翌朝までに撤収させることは不可能だ。夜が明ければまた爆撃機がやってくるだろう。撤退作業中をあのB-17モドキに襲われたら、人員に大損害が出ることになる」
険しい顔で、ヴァンデグリフトが言う。
「ヴァンデグリフト少将、荷揚げの完了まで後どれくらいかかる?」
「夜を徹して行っている。陸揚げなら朝までに終わる見込みだが────」
ターナーの問いに、ヴァンデグリフトは、まずそう答えるが、険しい表情で続ける。
「──だが、連日の爆撃で、スケジュールが狂っているのを、人員の休息時間を削って凌いでいる。輸送船団は過労状態だ。不測の事態はいつ起きてもおかしくない」
「OK.作業は続けてくれ」
ターナーは言う。
「なんとか朝までにフレッチャーを見つけて、戻ってもらわなければ」
「もし彼が見つからない場合、輸送船団を外洋に避難させる必要があるな」
忌々しげに言うターナーに、クラッチレーも憤り混じりの困惑を隠さずに言う。
「それは、上陸部隊を見捨てて逃げるということか?」
2人の発言に、ヴァンデグリフトが驚いたような声をだした。
「いや、そうじゃない。あくまで一時的に退避させるだけだ。フレッチャーを引きずり戻すか、最悪の場合は、再度夜を待って陸揚げを再開する」
ターナーが、ヴァンデグリフトを落ち着かせようと、手振り混じりでそう説明する。
「これ以上、あの大型爆撃機や一式陸攻の攻撃に輸送船団を晒しておくわけにはいかない」
「そうか……そうだな……」
ターナーの説明を聞いて、ヴァンデグリフトは、海兵隊指揮官として全面的には同意し難かったものの、それ以外の策がない以上、納得せざるを得なかった。
ターナーは、夜襲を警戒して、TF62を3群に分けて哨戒配置につかせた。停泊地の北西方向、ガダルカナル島北西端とフロリダ諸島との間にあるサボ島北東側に“北”集団、サボ島の南東側に“南”集団、そして停泊地を挟んで東側に“東”集団を配置し、この他に哨戒担当としてサボ島の西側に駆逐艦2隻、また輸送船の直掩に7隻の駆逐艦を配置した。
しかし、先程ヴァンデグリフトが言ったように、TF62の将兵も36時間の連続戦闘配置で疲労が限界に達していた。
この時点で、彼らはショートランド諸島で検知された890Mc/sの電波源の続報や、撃墜された米哨戒機の情報を受け取っていない。
ターナーは、TF62の各艦艇に、交代で休息を取る『コンディションII』を発令した。日本語で言うところの『半舷休息』だ。
また、南集団はオーストラリア海軍の重巡洋艦『オーストラリア』が指揮をとることになっていたが、クラッチレーがこの会議に参加するためにオーストラリアは配置を離れ、麾下の米巡洋艦『シカゴ』に指揮艦代行を命じていたが、艦隊としての全権を委任していなかった。
23時50分頃────
ラピス・デル・プエルトの前部アンテナマストでは、DKR-203の送信用5エレメントループアンテナと、3つの受信用八木アンテナが取り付けられ、そのうちひときわ大きな八木アンテナ1つを除いた3つが連動して旋回している。
その戦闘艦橋。
「さっきの変な電波、そのあと途切れっぱなし?」
ビクトリア艦長が、通信オペレーターに訊ねる。
「はい。まだ受信できていません」
30分ほど前、チハーキュ艦は750Mc/s付近に不明の電波を受信していた。
「うーん……電波警戒器の送信波で間違いないのよね」
「無変調送出でしたから。電鍵信号にも感じられませんでしたし、間違いないかと」
ビクトリアが問い返すと、オペレーターがそう答える。
電鍵信号は、地球でいうところのモールス信号である。モールスは人名であり、エボールグでは単に送出に使う機器の名前で呼んでいた。
ちなみに八木アンテナの場合は、これはエボールグでは人名ではなく、登場時に4エレメント、つまり「枝が8本ある木のように見える」ので八木アンテナ、と呼ばれるようになった。
日本隊は電波警戒器を積んでいない。チハーキュ艦のDKA-1、DKR-203とは使用周波数が違う。
それらから考えるとすると、これはアメリカ軍のレーダー波である、と考えるのが妥当だったのだが……
「うーん、だとしたらなんで電波切っちゃったんだろう」
ビクトリアは、腕を組んで首を傾げる。
哨戒艦の類だとしたら、30分もの長いスパンで波の送出を止めている理由がわからない。チハーキュ帝国海軍では、哨戒任務の艦艇は、常に電波警戒器を投入するとしている。
「電波警戒器に感!」
電波警戒器オペレーターの声で、正体不明の電波で緩みかけた緊張が、一気に戻ってくる。
「対水上目標です。距離、およそ21,000m」
オペレーターは水上捜索アンテナの円形ディスプレイを覗きながら言う。
SDD-202型旋回走査式表示器は、地球のPPIスコープに酷似していた。
「主砲戦準備! 照準器連鎖錠投入!」
ビクトリアが、凛とした声で下令する。
「島影じゃないわね!?」
「海図と照らし合わせても、反応する島や岩礁はないはずです!」
ビクトリアの問いに、オペレーターが答える。
チハーキュ帝国海軍は電波警戒器による測距射撃を研究し、DKR-203の開発で実用化した。ただ連合軍のように警戒レーダーと火器管制レーダーを別に搭載するのではなく、電波警戒器の発見した目標の座標位置に照準器が向くという機構になっていて、これは日本海軍が開発しているものと同じだった。
その差の背景には、ヴォルクス、フィリシスの目が人間族より暗視能力に長けているため、ある程度光学照準器に頼っても問題ないと考えるクセが抜けなかった事がある。
しかし、それでもDKR-203の初期型で、電波測距だけで方位誤差0.75°以内と、アメリカの初期の火器管制レーダーであるMk3 FCレーダーと同程度かそれ以上の精度をもつ。
実はチハーキュ、ひいてはエボールグ全体でマグネトロンの開発が日本よりも遅延しており、900Mc/s以上の周波数を安定して得られないことが開発のネックとなっていたが、一方で二重外部導体型低損失同軸ケーブルが早くも開発されており、受信波伝送特性の改善による実用域性能の向上を可能にした。地球はまだ、平衡フィーダーが主流である。
照準器連鎖錠はこの為の機構だ。これをオンにすると、光学照準器と、射撃測距用の大型八木アンテナとが連動するようになる。
「射撃可能ですか!?」
砲手がビクトリアに訊ねてくる。
「鳥海、キャルヴェロンに通報、初発後に最大戦速で突入開始、ヴェンタ・トレドールに『我に続け』と送れ! 射撃許可する!」
ズドドドドッ!
ビクトリアの下令の直後に、ラピス・デル・プエルトの前方2基、4門の24cm砲が咆哮を上げた。
同時にタービンとシリンダーへの蒸気供給が増やされ、ラピス・デル・プエルトは30ノットに増速する。ヴェンタ・トレドールがそれに続く。
「前方隊、撃った!」
「何ッ!?」
『鳥海』艦橋。
早川が声に出し、神重徳も色めき立つような表情をする。
「ラピス・デル・プエルトより入電! 『我、敵哨戒艦撃破しつつ突入す。速力30ノット』!」
「各艦第4戦速! 前方隊に続航し突入せよ!」
三川が下令する。
ドォ……オン……
右舷より前方で、明らかに発射炎とは異なる、盛大な火柱が上がった。
それはバッグレイ級駆逐艦『ブルー』だった。ターナーが指示したサボ島南側の哨戒にあたっていた。ブルーには警戒・捜索用のSCレーダーが搭載されていたが、アンテナ高さの違いにレーダー取り扱いの不手際もあって、ラピス・デル・プエルトに初弾を撃たれるまで、敵の接近に気が付かなかった。
艦尾に命中した24cm砲弾1発で、ブルーの艦尾は粉砕されたと言っていい状態になった。自身が燃える炎で照らされる中、早くも舳先を上げて、艦尾から急速に海中に飲み込まれつつあった。
「砲撃戦、魚雷戦準備!」
興奮した様子の早川が自艦に下令する。
「侮るつもりはないが、夜戦で女の艦隊に遅れを取っては帝国海軍の恥だぞ!」
「うっしゃ、始まったわよ!」
早川と同様、キャルヴェロンの戦闘艦橋で、アリシアが興奮した声を出した。
ご丁寧に尻尾まで左右にバタバタさせている。
日本人報道班員の丈乃は、アリシアの司令官補であるリティアに付き添われて、艦橋にいた。
「アメリカ海軍の皆さんには可愛そうですが、帝国海軍重巡隊『海の闘犬』の実力、地球の方々にもとくとご覧いただきましょう!」
丈乃に対して、やはり興奮を隠さず、リティアは言う。
──勇ましいのはいいが、女というものの見方が変わりそうだ。
丈乃は心中で苦笑しつつ、
「拝見させていただきましょう」
と、自らも軽く気分を高揚させた口調で、そう言った。
「鳥海より入電、『各艦第4戦速、前方隊に続航し突入せよ!』!」
「三川中将の指示通り! 後続艦にも通達!」
「了解!」
キャルヴェロン以下のチハーキュ隊本隊も、27ノットに増速し、日本隊に続いてサボ島・ガダルカナル島間の海峡に向かって突き進む。
「色白脳筋共に、電波測距戦を教育してやんなさい!」
「主砲戦、魚雷戦用意!」
ヴァレリアが自艦に指示を出す。
「し、司令! 大変です!」
ターナーのもとに、緊急を伝える報告が入ってくる。
この時彼は、重巡オーストラリアに乗り、西方の警戒隊より後方の、輸送船団の停泊位置の近くにいた。
「ラルフ・タルボットより緊急電です! 『敵艦隊接近、すでにサボ島南側を東進中。ブルーは撃沈された模様』!」
「くそっ、こんな時にか! 何のための哨戒だと思ってるんだ!!」
ブルーと同じくバッグレイ級駆逐艦の『ラルフ・タルボット』も、レーダーを入れた際に映る虚像の多さに辟易して、レーダーの情報を信用しなくなっていた。彼らも、ブルーが爆発する炎を見て、ようやく敵が接近していると気付いた。
そのラルフ・タルボットも、今、派手に炎上していた。
日本隊に向かって肉薄し、雷撃を試みようとしていたが、チハーキュ軽巡カスティラナの電波警戒器に補足され、16cm砲で滅多打ちにされているところだった。
ドゴォンッ!
自ら至近距離に飛び込み、16cm主砲に12.5cm両用砲まで、無数の砲弾を浴びたラルフ・タルボットは、魚雷発射管の魚雷が誘爆し、あまりの爆発力に一瞬、海面から艦体が浮かび上がった。半ば海面に崩れ落ちると、そのまま、一気に海中へ飲み込まれていく。
「右方魚雷戦!」
鳥海で、早川が下令する。
目前では、ラピス・デル・プエルトとヴェンタ・トレドールが、TF62・南集団と撃ち合っていた。
撃ち合っていたと言っても、米豪軍の巡洋艦の射撃は安定していなかった。よほど想定外の事態だったのだろう。先頭を行く形の豪・ケント型重巡『キャンベラ』が格上の2隻に一方的に撃たれているも同じだった。
「魚雷、目標敵重巡戦隊、魚雷発射後に砲戦開始!」
鳥海は、僅かに左に転舵する。
「魚雷、射てッ」
鳥海、そして第六戦隊の重巡洋艦から、日本海軍の必殺、九三式魚雷が発射される。僅かな航跡を引いて、2隻の重巡、2隻の駆逐艦のいる闇夜の海へ疾走していく。
「砲戦、敵2番艦、打ち方始め!」
ドドドドン……ッ
鳥海の1番、2番砲塔から、20サンチ砲弾が、キャンベラに続航する重巡めがけて放たれる。
「これは巡洋艦なのか!? 戦艦にも見えるぞ!」
米・ノーザンプトン級重巡『シカゴ』の艦上で、艦長のハワード・D・ボーデ大佐は、先行するキャンベラにむかって射撃を浴びせる敵艦2隻のシルエットに違和感を覚えつつ、緊張していた。
彼はブルーが炎上させられる寸前まで、コンディションIIに従って休息を取っていた。1日半ぶりの睡眠の最中に叩き起こされ、甲板に上がったときには、すでにキャンベラに命中弾が出て、炎が上がったところだった。
もともと、ケント型を含むカウンティ級重巡自体の防御力に難があったとは言え、キャンベラは艦橋から後ろが無惨に破壊され、炎上している。それに、海に着弾したときに上がる水柱も、8インチ砲(約20.3cm)より明らかに大きく見えた。
一方、キャンベラとシカゴがすでに数発の命中弾を与えているにも関わらず、敵艦────ラピス・デル・プエルトは悠然と前進しながら、射撃を続けている。
「後方、後方左舷側、敵の新手が接近します!」
「クソッタレが!」
ドゴッ、ボゴォッ!
日本隊の20サンチ砲弾が、シカゴに命中し始めた。
─※──※──※──※─
チハーキュ帝国陸軍 Re4 重爆撃機
設計・製造:レイアナー重工業
全長:27,000mm
全幅:30,200mm
主脚展開時高さ:5,620mm
尾翼形状:双尾翼(++型)
エンジン:
レイアナー LV12-Mk.LVII 液冷V型12気筒 1,320hp×4(Re4 Mk.III)
または
レイアナー S5-Mk.LXXI 空冷星型9気筒 1,370hp×4(Re4 Mk.V)
いずれもターボチャージャー装備
搭載量:
爆弾または魚雷3,500kg(胴体爆弾倉・主翼下爆弾架合計)
280l増槽 主翼下×2 (爆弾とは別に搭載可)
最高速度:486km/h (高度7,500m)
実用上昇限度:10,800m
航続距離:
3,360km(本体燃料のみ 爆装正規)
3,517km(燃料増槽あり 爆装正規)
5,800km(フェリー、燃料16.58kl)
防御武装:
20mmAPIブローバック機銃×6
(機首1丁、機首後方下面銃塔1丁、背面前部動力銃塔2連装、後部動力銃塔2連装)
8mmショートリコイル機銃×6
(機首1丁、背面後部銃座2連装、側面ブリスター銃座1丁×2、下面後部銃座1丁)
データは特筆なき場合Mk.III
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