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第5話 Iron bottom Sound
Chapter-45
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10月15日(枢軸軍基準)、深夜────
「へへ……ジャップにパピー共、一泡吹かせてやるぜ……」
夜の帳が下りた熱帯雨林の中を、彼らはそう言い、這うほどに背を低くしながら、進んでいた。
彼らは、ここ数日の駆逐艦輸送によって運ばれたアメリカ陸軍第164歩兵連隊の一部だった。
M2 60mm迫撃砲を分解して担いでいた。それは現状、彼らにとって運び得るもっとも強力な火器だった。
枢軸軍が『第一次マタニカウ会戦』と呼称する、9月11日から9月14日(連合軍基準)に発生したマタニカウ川を挟んでの戦いで消耗して以降、装甲車両の増援は絶望的だった。
大砲に関しても、マタニカウ川の東岸9kmほどの幅の間は枢軸軍の射撃制圧下にあった。砲兵陣地を構築しようとこのゾーンに入ると、途端に枢軸軍の野戦砲の砲弾が降ってきた。
さらに言えば、その味方の野戦砲の砲弾も充分にある状況ではなかった。
もはや正攻法では攻略し得ないと判断し、彼らはマタニカウ川の上流を迂回して、熱帯林の中から枢軸軍陣地に迫ろうとしていた。この手段は以前にも取られたが、その時はあくまで正面突破が主攻で、上流迂回は混乱させるための助攻だったが、今はこちらを主攻としなければならなかった。
それに────第164歩兵連隊は、2,300名ほどが上陸に成功していた。だが、そのうちの半数はすでに戦闘員に数えられない状態だった。伝染病が蔓延し、そこへ食糧不足が加わって、次々に倒れていた。海兵隊やオーストラリア軍を加えても、戦闘に堪え得るのは3,000名ちょっとだった。5,000名を超えていると思われる枢軸軍に対抗する術は、もはや奇襲しかなかった。
ドォン……ドォン……
川向こう、味方の陣地からの砲声が響いてくる。
どうにか設置したM1 155mm榴弾砲が、陽動のために枢軸軍陣地に向かって射撃している。
この砲は、チハーキュ軍がガダルカナル島に多数上陸させている120ZSH-1自走120mm重榴弾砲よりも、2,500mほど射程が長かった。
だが、持ち込めた数が少ない上に、移動時重量が5.7トンに達するこの砲の運用は、車両は動くジープと小型トラックが数台ずつ、兵員も栄養失調状態という状況では、困難を極めた。
それに、枢軸側も数門だがより規模の大きい野戦砲を持ち込んでいた。ZH-157 mod.201 157.5mm重榴弾砲。原型は150mm牽引攻城砲(カノン砲)の後継として、口径を5%拡大したKH-157 157.5mm牽引攻城砲として新学暦194年に開発・採用されたが、新学暦204年の、北方大陸南岸の同盟国ノルヴァリンの国境紛争に介入した際の戦訓、戦車と自走砲の開発・運用方針が改められると、野戦砲もそれまでの山砲・野砲・榴弾砲・攻城砲の区分がなくなり、すべて榴弾砲で統一されたことで、形式がZH-157に変更された。
ガダルカナルには少数の牽引砲が陸揚げされていた。この砲の自走砲である157ZSH-1は、旧式化した戦車では砲の重量がありすぎて不適当なため、現用のMLB-3中戦車と同じ車台を使って完全に新製しており、希少なためまだ地球には派遣されていなかった。
第164歩兵連隊の迂回攻撃隊は、そのZH-157が味方の砲に向かって射撃している音に気がつく。
「急げ、敵が応射し始めたぞ!」
味方の155mm砲は、どうにか枢軸軍陣地に届くところへ展開させただけだ。本格的な砲兵陣地は作れていない。先述したようにその余裕がなかったし、あまりもたもたやっていると、連合軍がルーシーと呼び始めた双発攻撃機────Ar10を呼ばれてしまう。あるいは、ゼロが機銃掃射をかけに来る。
数も少ないし、いつまでも支援射撃をし続けられない。
彼らが少しの憔悴を感じ、その分冷静さを僅かに欠いた時。
グイッ
カラカラカラカラ……
乾燥させた木材同士がぶつかり合う音が、周囲に無数に鳴り響く。
足元に張り巡らされた細いロープを、彼らの1人が引っ掛けていた。それに引っ張られ、木々の間に吊るされた無数の鳴子が、軽い打撃音を鳴り響かせる。
「し、しまった、トラップだ!」
そう言うが早いか、北側、枢軸軍の陣地がある方角から、チハーキュ帝国陸海軍標準の8×50mm弾の射撃が無数に飛んでくる。
日本兵が、チハーキュ製TZB-1 mod.186手榴弾のピンを抜く。TZB-1は、原型の開発年次は新学暦178年という古参も古参の手榴弾だが、程よい能力と信頼性から使用が続けられている、エボールグの科学同盟圏における標準型手榴弾だ。
本体は球形に近く、果物の“ヘタ”のような雷管部が生えている。起爆ピンはそのてっぺんについていて、ヘタの横っちょに“安全ボタン”が取り付けられている。ピンを引き抜くと安全ボタンが脱落し、規定時間後に爆発する。ピンを抜いても安全ボタンが押し込まれたままだと起爆しない。
「これでも食らえ!」
日本兵は声を上げ、敵がいるはずの方向へ向かってTZB-1手榴弾を投擲した。爆発の瞬間、その閃光になにか、樹木とは異なる影が薙ぎ払われるかのように見えた。
「突撃は待て!」
中佐の階級章をつけた日本軍士官が、声を張り上げて怒鳴る。そして、それに続いて、
グォウ!!
ギュラララララ……
MLB-3中戦車が、熱帯雨林の間際まで前進してきた。
砲塔に、1人のチハーキュ兵が乗っている。ヴォルクスではない。ダークエルフの男性だった。
チハーキュでは主要4種族、と呼んではいるものの、ヴォルクスが安定的に過半数を占め、次いでフィリシス。デミ・ドワーフとダークエルフは各々10~9%程度でしかない────と、少なく感じるのだが、逆に無作為に100人集めればそのうち9人程度はダークエルフということでもある。
「います!」
ダークエルフ兵は、傍らでハッチから身を乗り出している、エリカ・セリル・シュマイナ少尉に告げる。
「真正面! 後続がまだ続いています」
エルフ系の種族にとって、森林の中は己の神経を通すような感覚で知覚できる。ダークエルフはハイエルフに比べて、森林への神性がやや劣るとされるが、それはあくまで比較論でしかない。人間族はもちろん、ある程度サバイバル能力のあるヴォルクスやフィリシスとでさえ、比べ物にならないほど鋭敏だ。
彼の仮想的な視覚の中では、選考していた連合軍部隊は味方の射撃で阻止されているが、なお数百人程度の後続がいることが感じられた。
「このまま撃てばど真ン中です!」
「解った! 耳塞いで口開けてろ!」
エリカは、そう言って一旦ハッチの中に収まる。
「撃てっ!」
ドゴォッ!!
エリカに言われたとおり、耳を両手で押さえながら口を開けている彼を乗せたまま、MLB-3の75mm砲から、榴弾が発射された。
「弾なら次はいくらでも持ってこさせる! 撃て! 撃て! 撃て!!」
カイル・エリオット・ヴァンステル中佐は、第一次マタニカウ会戦の頃までは主役である日本軍の手前、消極的な態度を取っていたが、何度も連合軍を撃退しているうちに、呵責のない射撃を敵に浴びせるよう叱咤する役回りが板についてしまっていた。無論、自身の手にもADC-3C/8.0自動小銃が握られている。
「!」
連合軍兵が、カイルの正面に踊り出てきた。すでに手に持っているM1小銃を扱うこともできないようだったが、カイルは反射的にADC-3のフルオート射撃を浴びせていた。
「しつこいぞ!」
1人の日本兵がカイルの傍まで駆け寄ってくる。手にはTZB-1手榴弾。
どこか幽鬼のようにフラフラとした様子を見せながらも、迫ってくる連合軍兵に対し、カイルがいくらか射撃を加えた後、日本兵がその方向へ向かって手榴弾を投擲した。
「中佐殿、御無事でありますか!?」
「大丈夫だ、そんなことより敵を仕留めるぞ!」
「はっ。無論であります!」
シュポーン……シュポッ……!!
八九式重擲弾筒から榴弾が発射される音が聞こえる。
トバァンッ! ズバンッ!!
ダダダダダダ……パタタタタタ……
夜の熱帯の島に、銃声、砲声は、今しばらく響き続けた。
────10月19日、払暁。
朝日が昇ると、枢軸軍陣地のあるマタニカウ川西岸地区の周辺に、おびただしい遺体が横たわっている光景が、照らし出される。
そのほとんどは、ろくに砲兵支援も受けられず、枢軸軍の射撃に晒された連合軍兵士だった。
この『第二次マタニカウ会戦』では、第一次にも増して一方的な結果に終わった。連合軍の戦死・行方不明者は765名にとどまったが、それはそもそも突撃に参加できる状態の兵士が減少していたことと、正面からの強硬突撃ではなかったこととで、攻撃人員全体が少なかったからに過ぎない。
枢軸軍の戦死者・行方不明者は、96名に過ぎなかった。
枢軸軍が『第一次マタニカウ会戦』『第二次マタニカウ会戦』と呼ぶ一連の戦いに対し、連合軍は特定の名称を与えなかった。非公式に、第一次マタニカウ会戦での強行渡河で連合軍兵士の遺体が折り重なることになったマタニカウ川蛇行部から、 “The Bloodbath of Mataniko Crescent”と呼ばれることになった。
これ以降、枢軸軍の戦略的撤退が完了するまでの間、連合軍のガダルカナル島陸上戦力は、大規模な攻勢に出ることはなかった。
オーストラリア、ブリスベン。
連合軍南太平洋方面司令部。
「これは一体、どういうことなのか説明してもらいたい」
マッカーサーは、第1海兵師団の指揮官であるアレクサンダー・アーチャー・ヴァンデグリフト少将を自らの下に呼びつけ、叱責の口調で問いただすように言った。
「海兵隊だけでは島を奪還できないと言うから、貴重な陸軍の戦力を上陸させた。だが、結果はジャップと犬人間どもの増長を許しただけだ。いつになったら、全島奪還の朗報が聞けるのかね」
「海兵としては、現状、制海権を確保できない以上、あの島を占領・維持することは不可能であると……」
「黙れ」
ヴァンデグリフトが弁明しようとするが、マッカーサーはそれを遮った。
「それは、海軍の無能と怠慢の結果だ。海兵は海軍の身内だろう?」
「しかし……海上の敵は優勢であって……」
「君達は、これがオアフ島であっても同じ弁明をするのかね?」
サングラス越しに、きつい視線をヴァンデグリフトに向けながら、マッカーサーは問いただすように言う。
「それは…………」
流石に、ヴァンデグリフトは言葉を詰まらせる。
米海軍の戦略としては、ハワイ撤退はあり得ない選択肢ではない。だが、公式にハイそうですというわけにも行かない。
「ああ、今の質問は意地悪が過ぎたか」
マッカーサーはそういうも、ヴァンデグリフトを見据え直すと、
「質問を変えよう。なぜ師団指揮官のはずの君がここにいる」
「それは、偶発的な事態の結果です」
“Battle of Savo island”の勃発時、ヴァンデグリフトは指揮船『マーコレー』の船上にいた。海戦の最中、マーコレーも被雷し、着底して身動きが取れなくなった。その後、ヴァンデグリフトは大破しつつも航行に支障のなかった重巡『クインシー』に救助されたが、ヴァンデグリフトはガダルカナル島へ上陸すると希望したものの、クインシーのサミュエル・N・ムーア艦長は艦の保全を優先して拒絶した。
その後、荷揚げすると必ずRe4が飛来して爆撃する、近寄る船舶の安全が保証できないこともあって、ヴァンデグリフトはガダルカナル島上陸の機会を失っていた。
「だが、現に我々は陸軍兵士を上陸させている。それなのに、君がここにいて、現場の士気が上がると思うかね」
──だったら、お前も来るか?
ヴァンデグリフトは、そう言いたくなるのを必死で堪え、言葉を飲み込んだ。
そもそも、マッカーサーに言われたくないとは言え、後方で安穏としている、と言われるのは、ヴァンデグリフトの本意ではなかった。
そして、ヴァンデグリフトは実際にガダルカナルへの途につく、────
ニューブリテン島ラバウル。
大日本帝国海軍第八艦隊地上司令部、兼
チハーキュ帝国地球派遣艦隊南太平洋支隊地上司令部。
チハーキュ海軍のオフィスで、カティナが、報告書に目を通している────
「潮時か、な?」
と、呟いた。
「そろそろ……ですか」
専任参謀、セレナ・ロイナ・グリフォード大佐が、言う。
「うん……年明けまで粘るって事も考えてはいたんだけどね。ちょっと損害がでかいかなと」
第一次ソロモン海戦以降、大型艦の大きな被害こそ、空母『アフルヘイムラー』1隻にとどまっているものの、ガダルカナル島周辺で小競り合いを繰り返しているせいで、巡洋艦以下には本国へ返さないといけない艦がボチボチと出ている。この程度でも、チリも積もればなんとやらだ。
それに、日本艦も駆逐艦を中心に被害を重ねているので、引き際を見誤ると、そのフォローも大きな負担になる。
カティナは、腕を組みながら、言う。
「それに、もうすぐ第二波が到着するでしょう? 年内は私に預けるって言われてるし、ここはちょっと斬り込んで、そう……アメリカの戦力補充能力がどれほどかはっきりとしないし、今のうちに現状の戦力は再起不能にしとこうかなと。存外厚くないみたいだし」
「本国や派遣艦隊本隊は?」
セレナが聞き返す。
「大丈夫だと思う。作戦自体は上奏済みで、前倒しにするだけだから。本国も引き際はこっちで見極めろって言ってるわけだし」
答えつつ、机の上の書類をザッザッと整頓したカティナは、立ち上がる。
「とりあえず、三川中将にも伝えがてら、反応見てきましょ」
「ご一緒します」
──
────
────────
チハーキュ帝国海軍 地球派遣艦隊 第二波
戦艦『ミシェイル』(ユリン級)
戦艦『シルヴァーナ』『エルダール』
『ノンガル』『シルフィロス』
(シルヴァーナ級)
空母『トヨカムネア』(トヨカムネア級)
空母『イステラント』『フィルメリア』
『ティルアモール』『オルグレナス』
(イステラント級)
軽空母『セリリオン』『フォレリン』
(シルフィオン級)
重巡『ミネルヴィア』『ロクサンダル……………………
「へへ……ジャップにパピー共、一泡吹かせてやるぜ……」
夜の帳が下りた熱帯雨林の中を、彼らはそう言い、這うほどに背を低くしながら、進んでいた。
彼らは、ここ数日の駆逐艦輸送によって運ばれたアメリカ陸軍第164歩兵連隊の一部だった。
M2 60mm迫撃砲を分解して担いでいた。それは現状、彼らにとって運び得るもっとも強力な火器だった。
枢軸軍が『第一次マタニカウ会戦』と呼称する、9月11日から9月14日(連合軍基準)に発生したマタニカウ川を挟んでの戦いで消耗して以降、装甲車両の増援は絶望的だった。
大砲に関しても、マタニカウ川の東岸9kmほどの幅の間は枢軸軍の射撃制圧下にあった。砲兵陣地を構築しようとこのゾーンに入ると、途端に枢軸軍の野戦砲の砲弾が降ってきた。
さらに言えば、その味方の野戦砲の砲弾も充分にある状況ではなかった。
もはや正攻法では攻略し得ないと判断し、彼らはマタニカウ川の上流を迂回して、熱帯林の中から枢軸軍陣地に迫ろうとしていた。この手段は以前にも取られたが、その時はあくまで正面突破が主攻で、上流迂回は混乱させるための助攻だったが、今はこちらを主攻としなければならなかった。
それに────第164歩兵連隊は、2,300名ほどが上陸に成功していた。だが、そのうちの半数はすでに戦闘員に数えられない状態だった。伝染病が蔓延し、そこへ食糧不足が加わって、次々に倒れていた。海兵隊やオーストラリア軍を加えても、戦闘に堪え得るのは3,000名ちょっとだった。5,000名を超えていると思われる枢軸軍に対抗する術は、もはや奇襲しかなかった。
ドォン……ドォン……
川向こう、味方の陣地からの砲声が響いてくる。
どうにか設置したM1 155mm榴弾砲が、陽動のために枢軸軍陣地に向かって射撃している。
この砲は、チハーキュ軍がガダルカナル島に多数上陸させている120ZSH-1自走120mm重榴弾砲よりも、2,500mほど射程が長かった。
だが、持ち込めた数が少ない上に、移動時重量が5.7トンに達するこの砲の運用は、車両は動くジープと小型トラックが数台ずつ、兵員も栄養失調状態という状況では、困難を極めた。
それに、枢軸側も数門だがより規模の大きい野戦砲を持ち込んでいた。ZH-157 mod.201 157.5mm重榴弾砲。原型は150mm牽引攻城砲(カノン砲)の後継として、口径を5%拡大したKH-157 157.5mm牽引攻城砲として新学暦194年に開発・採用されたが、新学暦204年の、北方大陸南岸の同盟国ノルヴァリンの国境紛争に介入した際の戦訓、戦車と自走砲の開発・運用方針が改められると、野戦砲もそれまでの山砲・野砲・榴弾砲・攻城砲の区分がなくなり、すべて榴弾砲で統一されたことで、形式がZH-157に変更された。
ガダルカナルには少数の牽引砲が陸揚げされていた。この砲の自走砲である157ZSH-1は、旧式化した戦車では砲の重量がありすぎて不適当なため、現用のMLB-3中戦車と同じ車台を使って完全に新製しており、希少なためまだ地球には派遣されていなかった。
第164歩兵連隊の迂回攻撃隊は、そのZH-157が味方の砲に向かって射撃している音に気がつく。
「急げ、敵が応射し始めたぞ!」
味方の155mm砲は、どうにか枢軸軍陣地に届くところへ展開させただけだ。本格的な砲兵陣地は作れていない。先述したようにその余裕がなかったし、あまりもたもたやっていると、連合軍がルーシーと呼び始めた双発攻撃機────Ar10を呼ばれてしまう。あるいは、ゼロが機銃掃射をかけに来る。
数も少ないし、いつまでも支援射撃をし続けられない。
彼らが少しの憔悴を感じ、その分冷静さを僅かに欠いた時。
グイッ
カラカラカラカラ……
乾燥させた木材同士がぶつかり合う音が、周囲に無数に鳴り響く。
足元に張り巡らされた細いロープを、彼らの1人が引っ掛けていた。それに引っ張られ、木々の間に吊るされた無数の鳴子が、軽い打撃音を鳴り響かせる。
「し、しまった、トラップだ!」
そう言うが早いか、北側、枢軸軍の陣地がある方角から、チハーキュ帝国陸海軍標準の8×50mm弾の射撃が無数に飛んでくる。
日本兵が、チハーキュ製TZB-1 mod.186手榴弾のピンを抜く。TZB-1は、原型の開発年次は新学暦178年という古参も古参の手榴弾だが、程よい能力と信頼性から使用が続けられている、エボールグの科学同盟圏における標準型手榴弾だ。
本体は球形に近く、果物の“ヘタ”のような雷管部が生えている。起爆ピンはそのてっぺんについていて、ヘタの横っちょに“安全ボタン”が取り付けられている。ピンを引き抜くと安全ボタンが脱落し、規定時間後に爆発する。ピンを抜いても安全ボタンが押し込まれたままだと起爆しない。
「これでも食らえ!」
日本兵は声を上げ、敵がいるはずの方向へ向かってTZB-1手榴弾を投擲した。爆発の瞬間、その閃光になにか、樹木とは異なる影が薙ぎ払われるかのように見えた。
「突撃は待て!」
中佐の階級章をつけた日本軍士官が、声を張り上げて怒鳴る。そして、それに続いて、
グォウ!!
ギュラララララ……
MLB-3中戦車が、熱帯雨林の間際まで前進してきた。
砲塔に、1人のチハーキュ兵が乗っている。ヴォルクスではない。ダークエルフの男性だった。
チハーキュでは主要4種族、と呼んではいるものの、ヴォルクスが安定的に過半数を占め、次いでフィリシス。デミ・ドワーフとダークエルフは各々10~9%程度でしかない────と、少なく感じるのだが、逆に無作為に100人集めればそのうち9人程度はダークエルフということでもある。
「います!」
ダークエルフ兵は、傍らでハッチから身を乗り出している、エリカ・セリル・シュマイナ少尉に告げる。
「真正面! 後続がまだ続いています」
エルフ系の種族にとって、森林の中は己の神経を通すような感覚で知覚できる。ダークエルフはハイエルフに比べて、森林への神性がやや劣るとされるが、それはあくまで比較論でしかない。人間族はもちろん、ある程度サバイバル能力のあるヴォルクスやフィリシスとでさえ、比べ物にならないほど鋭敏だ。
彼の仮想的な視覚の中では、選考していた連合軍部隊は味方の射撃で阻止されているが、なお数百人程度の後続がいることが感じられた。
「このまま撃てばど真ン中です!」
「解った! 耳塞いで口開けてろ!」
エリカは、そう言って一旦ハッチの中に収まる。
「撃てっ!」
ドゴォッ!!
エリカに言われたとおり、耳を両手で押さえながら口を開けている彼を乗せたまま、MLB-3の75mm砲から、榴弾が発射された。
「弾なら次はいくらでも持ってこさせる! 撃て! 撃て! 撃て!!」
カイル・エリオット・ヴァンステル中佐は、第一次マタニカウ会戦の頃までは主役である日本軍の手前、消極的な態度を取っていたが、何度も連合軍を撃退しているうちに、呵責のない射撃を敵に浴びせるよう叱咤する役回りが板についてしまっていた。無論、自身の手にもADC-3C/8.0自動小銃が握られている。
「!」
連合軍兵が、カイルの正面に踊り出てきた。すでに手に持っているM1小銃を扱うこともできないようだったが、カイルは反射的にADC-3のフルオート射撃を浴びせていた。
「しつこいぞ!」
1人の日本兵がカイルの傍まで駆け寄ってくる。手にはTZB-1手榴弾。
どこか幽鬼のようにフラフラとした様子を見せながらも、迫ってくる連合軍兵に対し、カイルがいくらか射撃を加えた後、日本兵がその方向へ向かって手榴弾を投擲した。
「中佐殿、御無事でありますか!?」
「大丈夫だ、そんなことより敵を仕留めるぞ!」
「はっ。無論であります!」
シュポーン……シュポッ……!!
八九式重擲弾筒から榴弾が発射される音が聞こえる。
トバァンッ! ズバンッ!!
ダダダダダダ……パタタタタタ……
夜の熱帯の島に、銃声、砲声は、今しばらく響き続けた。
────10月19日、払暁。
朝日が昇ると、枢軸軍陣地のあるマタニカウ川西岸地区の周辺に、おびただしい遺体が横たわっている光景が、照らし出される。
そのほとんどは、ろくに砲兵支援も受けられず、枢軸軍の射撃に晒された連合軍兵士だった。
この『第二次マタニカウ会戦』では、第一次にも増して一方的な結果に終わった。連合軍の戦死・行方不明者は765名にとどまったが、それはそもそも突撃に参加できる状態の兵士が減少していたことと、正面からの強硬突撃ではなかったこととで、攻撃人員全体が少なかったからに過ぎない。
枢軸軍の戦死者・行方不明者は、96名に過ぎなかった。
枢軸軍が『第一次マタニカウ会戦』『第二次マタニカウ会戦』と呼ぶ一連の戦いに対し、連合軍は特定の名称を与えなかった。非公式に、第一次マタニカウ会戦での強行渡河で連合軍兵士の遺体が折り重なることになったマタニカウ川蛇行部から、 “The Bloodbath of Mataniko Crescent”と呼ばれることになった。
これ以降、枢軸軍の戦略的撤退が完了するまでの間、連合軍のガダルカナル島陸上戦力は、大規模な攻勢に出ることはなかった。
オーストラリア、ブリスベン。
連合軍南太平洋方面司令部。
「これは一体、どういうことなのか説明してもらいたい」
マッカーサーは、第1海兵師団の指揮官であるアレクサンダー・アーチャー・ヴァンデグリフト少将を自らの下に呼びつけ、叱責の口調で問いただすように言った。
「海兵隊だけでは島を奪還できないと言うから、貴重な陸軍の戦力を上陸させた。だが、結果はジャップと犬人間どもの増長を許しただけだ。いつになったら、全島奪還の朗報が聞けるのかね」
「海兵としては、現状、制海権を確保できない以上、あの島を占領・維持することは不可能であると……」
「黙れ」
ヴァンデグリフトが弁明しようとするが、マッカーサーはそれを遮った。
「それは、海軍の無能と怠慢の結果だ。海兵は海軍の身内だろう?」
「しかし……海上の敵は優勢であって……」
「君達は、これがオアフ島であっても同じ弁明をするのかね?」
サングラス越しに、きつい視線をヴァンデグリフトに向けながら、マッカーサーは問いただすように言う。
「それは…………」
流石に、ヴァンデグリフトは言葉を詰まらせる。
米海軍の戦略としては、ハワイ撤退はあり得ない選択肢ではない。だが、公式にハイそうですというわけにも行かない。
「ああ、今の質問は意地悪が過ぎたか」
マッカーサーはそういうも、ヴァンデグリフトを見据え直すと、
「質問を変えよう。なぜ師団指揮官のはずの君がここにいる」
「それは、偶発的な事態の結果です」
“Battle of Savo island”の勃発時、ヴァンデグリフトは指揮船『マーコレー』の船上にいた。海戦の最中、マーコレーも被雷し、着底して身動きが取れなくなった。その後、ヴァンデグリフトは大破しつつも航行に支障のなかった重巡『クインシー』に救助されたが、ヴァンデグリフトはガダルカナル島へ上陸すると希望したものの、クインシーのサミュエル・N・ムーア艦長は艦の保全を優先して拒絶した。
その後、荷揚げすると必ずRe4が飛来して爆撃する、近寄る船舶の安全が保証できないこともあって、ヴァンデグリフトはガダルカナル島上陸の機会を失っていた。
「だが、現に我々は陸軍兵士を上陸させている。それなのに、君がここにいて、現場の士気が上がると思うかね」
──だったら、お前も来るか?
ヴァンデグリフトは、そう言いたくなるのを必死で堪え、言葉を飲み込んだ。
そもそも、マッカーサーに言われたくないとは言え、後方で安穏としている、と言われるのは、ヴァンデグリフトの本意ではなかった。
そして、ヴァンデグリフトは実際にガダルカナルへの途につく、────
ニューブリテン島ラバウル。
大日本帝国海軍第八艦隊地上司令部、兼
チハーキュ帝国地球派遣艦隊南太平洋支隊地上司令部。
チハーキュ海軍のオフィスで、カティナが、報告書に目を通している────
「潮時か、な?」
と、呟いた。
「そろそろ……ですか」
専任参謀、セレナ・ロイナ・グリフォード大佐が、言う。
「うん……年明けまで粘るって事も考えてはいたんだけどね。ちょっと損害がでかいかなと」
第一次ソロモン海戦以降、大型艦の大きな被害こそ、空母『アフルヘイムラー』1隻にとどまっているものの、ガダルカナル島周辺で小競り合いを繰り返しているせいで、巡洋艦以下には本国へ返さないといけない艦がボチボチと出ている。この程度でも、チリも積もればなんとやらだ。
それに、日本艦も駆逐艦を中心に被害を重ねているので、引き際を見誤ると、そのフォローも大きな負担になる。
カティナは、腕を組みながら、言う。
「それに、もうすぐ第二波が到着するでしょう? 年内は私に預けるって言われてるし、ここはちょっと斬り込んで、そう……アメリカの戦力補充能力がどれほどかはっきりとしないし、今のうちに現状の戦力は再起不能にしとこうかなと。存外厚くないみたいだし」
「本国や派遣艦隊本隊は?」
セレナが聞き返す。
「大丈夫だと思う。作戦自体は上奏済みで、前倒しにするだけだから。本国も引き際はこっちで見極めろって言ってるわけだし」
答えつつ、机の上の書類をザッザッと整頓したカティナは、立ち上がる。
「とりあえず、三川中将にも伝えがてら、反応見てきましょ」
「ご一緒します」
──
────
────────
チハーキュ帝国海軍 地球派遣艦隊 第二波
戦艦『ミシェイル』(ユリン級)
戦艦『シルヴァーナ』『エルダール』
『ノンガル』『シルフィロス』
(シルヴァーナ級)
空母『トヨカムネア』(トヨカムネア級)
空母『イステラント』『フィルメリア』
『ティルアモール』『オルグレナス』
(イステラント級)
軽空母『セリリオン』『フォレリン』
(シルフィオン級)
重巡『ミネルヴィア』『ロクサンダル……………………
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