進撃!犬耳機動部隊

kaonohito

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第5話 Iron bottom Sound

Chapter-44

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 アメリカ合衆国、ワシントンD.C.
 ホワイトハウス。
「君のレポートは興味深く読ませてもらった」
 アメリカ合衆国第32代大統領、フランクリン・デラノ・ルーズベルトは、執務机を挟んで視線を向けている人物────海軍作戦部長兼合衆国艦隊司令長官、アーネスト・ジョゼフ・キング大将に対して、そう言った。
 オーバル・オフィスの中には、キングとルーズベルトの他、コーデル・ハル国務長官、ジョージ・キャトレット・マーシャルJr.陸軍参謀総長、ヘンリー・ハーレー・アーノルド陸軍航空軍司令官、ウィリアム・ジョセフ・ドノヴァンOSS戦略情報局長官、そしてキングの名目上の上官であるウィリアム・フランクリン・ノックス海軍長官が集められていた。
 そのノックスが、僅かに不快そうな表情を浮かべている。
「問題はその根拠だ。30機程度の爆撃機が連日やってきます、程度では説得力を担保するのには程遠い。キング、君はそれ以外に根拠となる要素をもっていないのかね?」
「残念ながら」
 ルーズベルトの問いかけに、キングは激情家の素顔を隠し、ニュートラルな表情で言う。そして、一度ドノヴァンの方に視線を向けてから、それをルーズベルトの方に戻した。
「ただ、実際に相手国の国力、生産力の情報に関する収集は、海軍の指揮官である私の職責を大幅に逸脱することになりますが」
「それは、OSSに対する批判かね?」
 ルーズベルトがそう言うと、キングは内心、「おやっ?」という意外さを感じていた。
「正直に言わせてもらいましょう」
 キングは言う。
「OSSがチハーキュ帝国の情報収集に積極的ではないというのなら、海軍の情報セクションにもっと大きな権限と予算をいただきたい」
 キングの言葉を聞くと、今度はルーズベルトが、一度、マーシャルに視線を向けた。その先で、マーシャルは苦い表情をした。
 海軍の、というより、キングの権限を拡大すると、必ず陸軍も同じ権限を欲する。陸海軍の仲が悪いのは大日本帝国の専売特許ではない。しかも、言い出しそうな人物に心当たりがあった。
「言い方が悪かったようだ」
 ルーズベルトが、視線をキングに戻しながら言う。
「君の分析は正しいと考えなければならない」
 枢軸軍、日本軍とチハーキュ軍は継続的にガダルカナル島に戦力を送り込んでいる────が、島内では守勢を貫いていて、飛行場奪還、全島の再占領の意図が感じられない。これの意味するところは────
「ソロモン諸島周辺をキル・ゾーンとし、連合軍戦力を引きつけて損失を強要する」
 それだけで、そう判断する材料には充分ではあった。だが、────
「問題は」
 ルーズベルトが言う。
「いつ、どのタイミングで攻勢に移るのかだ」
「それともうひとつ」
 直後に、キングが言う。
「ん?」
「それは、どこへ攻勢を仕掛けるのか、です」
「それは……」
 ルーズベルトがマーシャルに目配せした。
「ソロモン諸島の完全制圧から、ニューカレドニア、フィジー方面へ進出し、オーストラリアを完全に孤立させる。あるいは、オーストラリア占領の実行、いずれかと考えられるが……」
 マーシャルが、執務机の上に置かれた、オーストラリア周辺海域の海図を指し示しながら、言う。
「…………無論、その可能性は充分に残る。警戒は怠れない」
 キングがそう言うと、他の出席者がキングに、凝視するように視線を向けた。
「他にどこがあると? インド洋方面か?」
「その可能性は極めて低いだろう」
 マーシャルの言葉に、キングは即答した。
「それは、『ヴィクトリアス』の件で、解っているはずだ」

 “Battle of South Solomon sea”『第二次珊瑚海海戦』以降、稼働可能な正規空母が『レンジャー』のみとなってしまったアメリカは、イギリスに空母の貸与を求めた。その候補として、地中海にいた『ヴィクトリアス』が挙がっていた。その代わり、アメリカは11月に入った後は北アフリカ戦線に戦力を送ることを保証するとした。
 だが、イギリスはこの案を一蹴していた。
 ひとつには、チハーキュの参戦で、大西洋方面にいたアメリカの戦力が吸い出され、北アフリカ方面の連合軍が苦戦しつつある状況があった。
 先日の“Battle of Guadalcanal”で壊滅させられた、グリーブス級駆逐艦なども、本来は大西洋方面に回す予定だったのが、高性能な輸送駆逐艦のタネが必要ということになって、急遽中止されたものだった。
 さらにアメリカの正規空母は大西洋から姿を消した今、イギリスとしては自国の大型空母をおいそれとアメリカに貸与できない状況なのは理解できる範疇だった。
 ────────が、実はイギリスにとって重要なのは、2つ目の理由、チハーキュとイギリスの関係だった。
 チハーキュとイギリスは、お互いに宣戦布告をしなかった。代わりに、『チハーキュ帝国-連合王国間の避戦協定』を交わしていた。
 内容は以下のようになっている。

1.チハーキュ帝国と連合王国の間には、各々単独の国家としては交戦の動機が存在しないことを確認する。
2.チハーキュ帝国は、連合王国がアメリカ合衆国軍とともに軍事作戦行動をとり、チハーキュ帝国に何らかの直接的な損害を与えない限り、連合王国に対して攻撃しない。
3.チハーキュ帝国は、地球の経度180°を基準とし、占領の意図を以て東経90°を超えて西進、また西経34°を超えて東進しない。ただし、大日本帝国及びタイ王国の個々の軍事活動に対しては干渉しない。
4.連合王国は、大日本帝国及びタイ王国を除いたチハーキュ帝国及びその同盟国籍の軍艦・船舶に対してその自由航行を保証する。
5.連合王国は、ソビエト社会主義共和国連邦に対し、如何なる形の支援もしない。
6.以上が遵守される限り、チハーキュ帝国と連合王国は、互いに独立主権を保証する。

 はっきり言ってしまってチハーキュ側にかなり都合のいい内容だ。ビルマからニューギニアにかけての英国植民地に対しては「知らねぇよ、この際出てけ」、と言っているに等しい。
 だが、頼みのアメリカがミッドウェイ海戦で敗北し、その埋め合わせに大西洋の戦力を太平洋方面に抽出し始めたのを目の当たりにして、ひとまず有力な敵を増やしたくなかったイギリスとしては、一旦これを受け入れる選択をした。
 それに、チハーキュの開戦の大義名分が「皇族の座乗艦を含む艦隊への誤攻撃」だから、同じ君主制のイギリスとしては、自国がチハーキュを尊重するかどうかは別として、なんでブチキレて全面戦争に至ったのかある程度は分かるし、その上での失点に巻き込まれてはたまらんという感情は当然にあった。
 イギリス艦を太平洋方面での作戦の為にアメリカに貸したとなると、協定破りと看做される可能性が限りなく高いため、イギリスは最終的に空母の貸与を拒否したわけである。
 かといってアメリカがイギリス支援を止めるわけにも行かない。それは完全にヒトラーに利する。────無論、これはチハーキュ側の勘定に入っている。チハーキュにとってドイツ第三帝国は好ましくない相手だったが、間接同盟国としては最大限利用するつもりでいた。
「あくまでも自国の都合でしか動かない。どれだけ我々が支援しようとも、その代償は払うつもりがない。まさしくジョンブルらしい考え方だ」
 キングなどはそう言ったものだった。

「この協定を取り交わしている以上、チハーキュ帝国は西進を考えていない。そう断言できる」
 キングがそう言った。
「だとすれば、オーストラリア方面以外に進出先はないはず……」
 アーノルドが、そう言いながら海図を見ていたが、やがてそれを凝視し始める。
「もしかして……ハワイ、か!?」
「その可能性は極めて高いと、私は考えている」
 アーノルドの言葉に、キングは肯定の言葉を返した。
「サイパン周辺には常に有力な空母部隊が遊弋している事が判明している。これは、攻勢発起点としてのサイパン、ミッドウェイの、我々の奪還作戦を危惧してのものだと考えれば理解が容易い」
「だが、…………確かに、ハワイを陥落させられれば、我々にとっては痛手だが……」
 マーシャルが、呻くような声で切り出した。
「その先はどうする? ハワイは戦略上の要衝とはなるが、資源埋蔵があるわけでもない。同盟国の日本をどうやって納得させる?」
「それについては、まだ断言できるだけの材料に乏しい。チハーキュの国力、生産力、資源の確保・運搬能力がどれぐらいあるのか、それがわからないことには敵の戦略を完全に看破する事は難しい」
 キングは、僅かに眉を険しくして、そう言った。
 そして、キングも含めた全員の視線が、ドノヴァンに集まる。
「…………ここでこのような発言をするのはとても辛いことだが、極東方面でのOSSの活動能力は低下しつつあると言わざるを得ない……特に、エージェントが連絡を断つ事態が相次いでいる」
「それは……OSSの失態ではないのか!?」
 ギョッとした様子でマーシャルが言い、糾弾するような視線をドノヴァンに向けた。
「いや、それは、この場で彼を責めても仕方のないことだ」
 その言葉に、発した本人以外が驚愕の表情でその人物を見た。
「ただ…………当然情報収集は続けて貰うとして、最悪の想定をする必要があるということだ」
 本来なら、こういう時に真っ先に激昂してもおかしくないキングが、落ち着いた様子で言う。
「その、最悪の想定とは?」
 ルーズベルトが聞き返した。
 すると、キングは震える手で、執務机の上の海図を撫でるように触れながら、言う。
「チハーキュ帝国は、合衆国の鏡像である可能性です。B-17モドキknockoff B-17や、ガダルカナル島に送り込まれている地上戦力は、その片鱗であるということです。合衆国が合衆国を相手にどう戦うか、どのような戦略を建てるか、それを考えなくてはなりません」
 キングは、ルーズベルトに対してそう言った後、一度、睨みつけるように視線をマーシャルに向けてから、
「とにかく! 現状のソロモン・キャンペーンはそれ自体が枢軸軍のペースで動いているのが現状だということだ! そして敵は強力な攻勢の準備を進めている、これだけは事実と断言できる。我々はこの島で出血を続けるべきではない!」
「キング……君は……」
 渋い顔をしたルーズベルトが、声を出す。
「それを、私からマッカーサーに言えと言うことか?」
 太平洋方面の陸軍の指揮官、ダグラス・マッカーサーは、政治的な野心を持っていた。マッカーサーをオーストラリア方面から退けさせると、民主党のルーズベルトに対する共和党の思惑もあって、再来年の再戦を目指すルーズベルトの重大な政敵、ないしはネガティブキャンペーンの材料になりかねなかった。
「……私は合衆国の軍人として、大統領閣下の命には可能な限り従います。ただし、海軍の権限でできる事は限られている、という事も事実です」
「そうか。それで構わない。最善を尽くしてくれ」
 ルーズベルトのその言葉に、キングは必死で自身の癇癪を抑え込まなければならなかった。この会合で、ルーズベルトはチハーキュ帝国の実情調査の強化には積極的だったが、ソロモン・キャンペーンの一時撤退を肯定する言葉は、ついに発しなかった。


 チハーキュ帝国、本土カムイガルド。
 帝都レングード。
 レイアナー重工業本社、応接室。
「御国の方でもこのような計画が存在しているとは……」
 日本からの訪問者は、テーブルの上に置かれた飛行機の木製模型を見て、多少興奮した様子を見せていた。
 中島知久平。中島飛行機の創設者であり、現在は日本の国会議員でもあった。その彼が“ゲート”を通ってカムイガルド、それもレングードまで来たのは、当然に理由がある。
 その理由を象徴するものが、今、知久平の目の前におかれている模型だった。
 エンジンは6基ついている。スケールの縮尺がわからないが、かなりの大型機であるように見えた。────レイアナーが対イビムにと提案した“決戦爆撃機”。
「いえ。我が社のそれは、エンジンは3,000馬力級でして。貴殿の構想に比べると、だいぶ劣ります」
 もう1人の、初老の男性────恰幅のいいヴォルクスが、そう言った。彼は窓から空を見上げていたが、そう言ってから、中島の対面の席に着いた。
「しかしこの計画は壮大だ。途方もないと言っていい」
 ヴォルクス男性は、先に郵便で中島飛行機から受け取っていた書類を見ながら、言う。
「しかし、それほどのものがなければ、到底アメリカを倒すことはできないのですよ」
「ええ、それは我々も感じ取っています」
 手振り混じりの知久平の言葉に、ヴォルクス男性は深く頷く。
「我が国を上回るほどの超大国の急所をつける飛行機────それはどうやっても、途方もないものになるでしょう……だが……」
 そこまで言って、ヴォルクス男性は、顔を上げて知久平の顔を直視すると、ニッ、と唇の端を吊り上げた。
「不可能ではない!」
 その言葉に、知久平も勇まし気な笑みを浮かべた。
「用意しましょう、液冷X型24気筒、5,000馬力級! 可能な数字だ!!」
 レイアナー重工業、現・航空機部門統括取締役副社長、アンドレイ・フィリップ・ズバルスキーは、力強く断言した。
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