不死鳥の素材屋さん

淡墨

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7.砂漠の聖獣

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 アサヒとしてのわたしと、不死鳥としてのわたしから見たゼーレ・レスティアについて。……という資料をまとめて整理しておきたかったのだが、わたしがそれをまとめられるくらいじっくり考える時間は与えられなかった。
 貴族側が休息期間に入ったためか、どうにも最近客が多い。そして皆一様に平民風の衣服でやってくる。そんな無駄な変装をしたところで貴族であるのは丸わかりなのだが、誰の差し金か、むしろバレバレのお忍びを楽しんですらいるようだ。

 魔術師見習いや新米騎士を相手にするのとは違って、ある程度自由に動かせる金を持つ貴族の客が増えるというのは思った以上に大変なことだった。いかんせん、すぐに素材が尽きる。爪や牙や鱗、尻尾など、一度仕入れると生え変わりを待つ必要がある素材が、飛ぶように売れたのだ。とりあえずの対策として値上げはさせてもらった。需要に対してあまりにも供給が間に合わない。
 営業日の内一日だけだった採集日も二日に増やした。わたしの休日は変わらない。イチノセ素材店の定休日が一日増えただけだと思えばいい。

 何より厄介なのが、急激に貴族が増えた原因でもあるゼーレが、春の一月目はなんだったのかと問いたいくらい頻繁に来店するようになったことだ。
 こまめに来るようになった分膨大な量の素材のまとめ買いは減ったものの、反面ゼーレ以外に誰がいるんだと疑問に思うような素材ばかり欲しいと要望を出してくる。クラーケンの吸盤はあまりに大きすぎたので、一部だけ切り取ったものを用意して手渡した。その他にもバジリスクの毒牙、ヒッポグリフの蹄、コカトリスのトサカなどなど……意地になってつい掻き集めてしまったが、大人しく無理だと断ったほうが良かったと気付いたのはいつも支払いの計算が終わった後だ。

 ドルガーやアーノルド、アーノルドと同じ魔術師見習いのディールも入れ代わり立ち代わり店にやってくるし、イチノセ素材店を開店してから一番の繁忙期をむかえているのではなかろうか。

 その忙しさと並行して、刻一刻と迫る花祭りの準備にも追われていた。

 準備自体は難しくない。枝を集めて燃やすなんて見られさえしなければ片手間にできるし、瓶詰めだって数は多いが先着順なので無理のない範囲ですればいい。困ったのは、灰を保存する場所だった。倉庫はすでに店売り用の素材でいっぱいいっぱいだったし、日常生活を送る場所に大量の灰を持ち込むのは躊躇われる。悩んだ挙句、地妖精のいる森に一時的に置かせてもらうことで解決はした。炎妖精だと袋ごと燃やす可能性があったし、水妖精だと湿気が敵だ。風妖精は灰を吹き飛ばすおそれがある。そういう理由で地妖精の棲家におかせてもらったのだが、その保管期間の間に灰が地妖精の鱗粉を多少取り込んだらしく、灰なのに黄色く変色したのは予想外だった。

 瓶詰めの作業は休日に倉庫に大きなシートを広げて行うつもりだったのに、保管場所が森だからわざわざ森に行って行う必要があった。せっかく森へいくのなら素材も回収しようと集めて回って、休日らしい休日はほとんど潰れていたと思う。
 記憶が曖昧なのは一種の現実逃避だ。そうでもしないとわたしだってやっていられない。ようやく無事花祭り当日を迎えることができそうだと確信できたのは、花祭り三日前のことだった。

「わたし、頑張った……頑張ったよ……」
「アサヒさん、口調、口調」
「……わたし頑張ったので、今日は店じまいしてもよろしいかしら?」
「口調が丁寧になっただけで、本音ダダ漏れてるぞ」

 ぐったりとしているわたしを気遣っているのか、いないのか。アーノルドは苦笑して、ディールは呆れたようにわたしを眺めていた。
 真っ直ぐな黒髪のアーノルドと、明るい茶髪にあちこち跳ねたくせ毛のディールは、見た目こそ違うものの兄弟のようだ。しっかり者のディールと、お人好しなアーノルド。王術院で知り合った彼らは、今やすっかり親友といっていい仲らしい。

「でも、それだけ特別なものを用意しているんでしょう? ぼくも花祭り参加したかったなぁ」
「馬鹿言え、花祭りは平民のための祭りだぞ。一応オレたちも底辺とはいえ貴族なんだから無理に決まってるじゃないか」
「分かってるよディール。でも、アサヒさんの準備した花祭りの品物は気になるだろ?」
「それは気になるけどさ……」
「大丈夫よ、二人の分は花祭りで配るのとは別に用意してあるから」

 流石に手渡すのは花祭りが終わったあとになる。貴族を優遇したところで、わたしには何の意味もなかった。花祭りは平民のための祭りなので、そちらを優先させたい。
 二人にはそれでも十分だったようで「やったぁ!」と大いに喜んでくれた。こちらの世界は成人自体は十八歳であるのだが、子どものうちから成人後即戦力となるよう教育されるので、十五歳の彼らが妙に大人びて感じることもあるのだが、喜ぶ姿は年相応だ。
 それを微笑ましく見つめていると、カランコロンと来客を知らせる鐘が鳴った。

「いらっしゃいませ。……あ、ゼーレ様」
「邪魔をする」

 平民風服を着たゼーレはちらりとわたし、アーノルド、ディールを一瞥してから、すぐに興味を展示されている素材へと移した。途端に緊張したアーノルドとディールにはなんだかわたしが申し訳ない気持ちになる。
 案の定、アーノルドとディールは「長居するのも申し訳ないから」とそれっぽく言い訳し、そそくさと帰宅した。残されたのはわたしとゼーレの二人のみである。

 いいのか悪いのか、花祭りが近いからと貴族たちが来店を若干遠慮している時期でもあった。そのため恐らく今日の最後の客が彼になることだろう。勝手に感じている気まずさを隠すために注文を受けていた素材を用意はするが、来店回数が増えたことにより一回の注文数は減っているのでそれもすぐに終わる。
 ……素材を眺めては何か考え込んでいるのを、ひっそりと見守るだけだ。いつも通りにしよう。
 そう自分に言い聞かせたというのに、ゼーレから「アサヒ」と名を呼ばれたことにより、どうやら今日はいつもと風向きが違うのだと悟った。

「なんでしょう?」
「この前買った、ワームの鱗のことなんだが」
「何か不備でもございましたか?」
「いいや、不備はない。相変わらず質のよい素材だった。ただ、ワームの鱗の仕入先からダマスクの情勢について、何か聞いてはいないか?」

 なぜここでダマスクの話題が出て来るのだろうか。ワームについてはともかく、ダマスクについてわたしはそれほど詳しくはない。アーノルドに説明した通り、トリューシカとの国境は山脈沿いにあること、乾燥した砂漠地帯が国の大半であること、オアシスとともに発展した国であること。そこに加えて知っている情報といえば、ダマスクの聖獣は虹蛇であることくらいだろうか。

「いいえ、特には。……何かあったんですか?」
「先日、ワームの討伐に西方騎士団が駆り出されたとの報告を受けた。まだ脅威になるほど成長していたわけではなかったが、とにかく数が多かったらしい。幻想生物の素材を取り扱っている君なら、ワームの大量発生についてなにか見聞があるかと思ったのだが」
「え、そうだったんですか。それは……妙ですね」

 たとえ下級であっても幻想生物という枠組みに入る生き物たちは、普通の生物に比べ繁殖が難しい。その上で天敵もいるワームが民間の討伐隊では間に合わないほど繁殖するというのは考えにくかった。

「討伐隊が間に合わないほどのワームが繁殖するのは考えにくいですし……ダマスクからやって来た、と考えるのが自然ですよね」
「やはりそう思うか。……少し待ってくれ」

 ゼーレがズボンのポケットから取り出したのは魔術具だった。小さな蓄音機のような形をしていて、ミニチュアとして見るとなかなか可愛らしい。ゼーレはその蓄音機型の魔術具に、己の魔力を注ぎ始めた。
 彼の魔力は、短い期間で話をしてきたゼーレの気質を元にすると、意外なほど穏やかななものだった。色をつけるなら朱色といったところか。注ぐ魔力に無駄はなく、下手に漏らすこともなければ慎重すぎて少しずつというわけでもない。
 やがて魔力が蓄音機に溜まったのだろう。レコード代わりのものが何もないというのに、蓄音機からは音が流れ始めた。オルゴールのような音色の音は、軽やかで美しい。

「君の魔力もこの魔術具に登録してくれ」
「わたしのもですか? ……ゼーレ様ほどの量は流せませんよ?」
「少量でいい」

 ならば、とわたしも蓄音機に魔力を注ぐ。平民であっても魔力を流すということくらいはできる。だから魔術具が生活を便利にするものとして発展してきたのだ。ただ魔術の扱い方について勉強する機会はないので、その扱い方は下手である。
 その下手さを出すというのがわたしには難しいが、本当に微々たる量を慎重に流すことで本来の力を隠させてもらった。

「登録できたな。これで、この魔術具の音が流れている間は、我々の会話は他には聞こえなくなる」
「……そこまで重要な話を、わたしにするつもりなんですか?」

 嫌な予感に思わず口元が引きつる。だがゼーレはわたしの都合など構わないとばかりに、淡々と話を続けた。

「魔術はともかく、幻想生物については君は詳しいだろう? でなければここまで素材を集めることも難しいはずだ」
「確かに幻想生物については詳しいと自負しておりますけど、王宮魔術師様たちに比べたらまだまだですよ」
「それでも私が君の意見を聞きたいと思ったから、こんなことをしている。さて、本題だ。これはまだ噂段階なのでまだ師団の上層部しか知らぬことなのだが、ワームの大量発生について、私はダマスクの聖獣が関連しているのではないかと考えている」
「ダマスクの聖獣が? 虹蛇様に、何かあったんですか?」

 ワームの大量発生にダマスクが関係しているのは分かるが、何故そこで虹蛇が出て来るのだろうか。
 虹蛇は不死鳥のように不死ではないが脱皮を繰り返しながら成長を続け、何百年も生きる聖獣である。一個体としては、不死鳥よりも長生きだ。そして虹蛇は己の領地、今はダマスクだが、その辺り一帯の生命の紐を握ると言われている。
 この紐は虹蛇が生命を管理するためのもので、それぞれの種族に結びついている。もしその紐が千切れたら、その紐に結びついている種族は死に絶えてしまう。ただ完全に滅びるわけではなく、その紐を握っていた虹蛇が死に、新たな虹蛇が生まれた時に新たに紐を結び直せば、どこからともなくその種族が帰ってくるという。
 そのためダマスクでは、トリューシカ以上に聖獣を奉っているし、同時に畏怖もしている。トリューシカの民にとって不死鳥は姿こそ滅多にみないものの共に寄り添い互いに見守るものだが、ダマスクの民にとって虹蛇は絶対的な、それこそ神にも等しい存在だった。

 その虹蛇に何かあったのだとしたら。それはダマスクにとっては一大事で、山脈に阻まれてはいるものの隣り合っているトリューシカにも影響が出ることだろう。

「その様子では、虹蛇がダマスクにとってどのような存在なのかは知っているようだな。話す手間が省けた」
「ええ、まぁ……それで、虹蛇様がどのように関係しているのですか?」
「まだ関係しているかどうかは分からない。ただ、私が勝手に関連しているだろうと予想しているだけだ」
「……根拠がおありなのですね?」

 ゼーレ曰く。ダマスクは数年前から、徐々にではあるが雨季の降雨量が減ってきていた。ダマスクにとって雨は重要なため、きちんと観測されており、それは間違いないらしい。虹蛇は水の属性が強い聖獣ではあるが、地には雨の恵みが不可欠である。そのため、降雨量の減少はわずかながらに虹蛇へも影響を与えているのは間違いない。
 それだけならば珍しいことでもないから、ただの自然現象で終わった。だがワームが大量にトリューシカに流れていることから考えると、人間にとっては気にもしないことだが、幻想生物には本能か予感か。ダマスクでは生きられないと判断していると想定してみると、虹蛇に何かあったと考えれば一応の辻褄が合うらしい。

「他国の、それも聖獣に関することだからな。表立って調査することもできない。だが、君なら独自の流通経路とやらで、秘密裏に情報を仕入れることも可能だろう?」
「まさか……わたしに素材だけじゃなくて、情報も仕入れて欲しいと?」
「だからこうして、誰にも聞かれぬよう細心の注意を払ったのだ」

 面倒事だと気付いた時には手遅れだった。使えるものは何でも使うつもりらしい。それにわたしが巻き込まれるのだけは勘弁してほしいのに、ゼーレの中ではわたしが素材とともに情報も仕入れるのは決定事項のようである。

「お断りさせていただく、ということは……」
「その場合は、私自ら君が隠しているらしい『何か』をとことん追求させてもらおう」

 それはわたしにとって、絶対に断ることができない理由になるとんでもない脅しだった。
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