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8.不死鳥の灰もどき
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結局ゼーレの頼み、もとい脅しを断れず、わたしが如何に怪しい存在であるかを強烈にアピールしてから三日後。今日は花祭り当日である。
イチノセ素材店が店を構えているのは富裕層向けの商店街なのだが、花祭りだと下町の更に下、一般的な家庭が多く連なる大通り沿いに露天という形で店を出すことになる。
この露天の場所は商人や商隊を取り仕切る商工会によって決められていた。商工会への入会は任意だが、ラッセルで商売をする者はよほど後ろ暗くない者以外は基本的に入っている。わたしも例外ではない。
入会時に入介料が、以降は更新料を取られるが、その分さまざまな補助をしてくれるので商人にはなくてはならない組織である。ちなみに更新料は立地条件により異なり、富裕層向けの商店街にあるイチノセ素材店の更新料はそこそこ高額である。主にゼーレのおかげで支払えないということはないが。
商工会から受けられる補助は、空き店舗の提供や客の斡旋など多岐に渡る。わたしの店も商工会から借りているものだし、新参なのにも関わらずそれなりに客を得られるのは斡旋してもらっているからだ。
良い場所に店を構えているからだろうか。イチノセ素材店に与えられた露天の場所は、最も人通りが多い大通りにあった。新参なので端の方ではあるが、通りが一本変わるだけで人通りは大幅に変わるので、大通りに配置されただけで十分すぎた。
祭りの開始は下町の中央広場にて宣言されることになっている。露店を出す側はそれより前に準備しておかねばならない。わたしは単身で店を経営しているので、準備を手伝ってくれる人手もおらず、かなり早めに荷物を台車に積んで露天へと移動することにした。
収納の魔術具を使わなかったのは、それ自体が少し高価な代物のため、祭りに持っていくにはあまり相応しい品とは言えないからだ。
春の三月目というだけあって、まだ朝早い時間なのに寒いとは感じない。やや暖かいどころか、荷車を引いていると汗ばむほどではなかったが若干暑いくらいだった。
基本的に人が歩く通りは石畳なのだが、祭りの中心になる一般的な商店の並ぶ大通りの石畳は整備が甘く、大きな欠けがあったり隙間にばらつきがあったりと歩きにくい。ここまで来るのに時間がかかったのも、そのせいで荷車の車輪が嵌りそうに何度かなったからだ。
まだ祭りの開始には早い時間なのだが、商人たちはすでにはりきって与えられたスペースを飾り始めていた。花祭りのメイン会場にもなる中央広場付近の露天は名のある店舗なのか、スペースも広くその上で自分たちが持ち込んだ華やかな色合いの天幕を張り、人も多い。陳列も机や棚を持ち込んでおり、ただ商品を並べるだけではなく、目玉商品を引き立たせたり、売りたい品を全面に押し出したりと多くの工夫がなされていた。
出来るだけ自分の店が目立つようにと張り切っている中央広場付近から離れるにつれて、自然と店の装いは質素なものになっていく。色とりどりの天幕がやがて色染めをしていないものになり、その天幕を用意できない店が並びはじめ、やがては天幕はもちろん机も準備できず、敷物に商品を直接並べた露天が並ぶようになっていく。
わたしの店は売上的には机や無地の天幕くらいなら準備できる余裕があったのだが、残念なことにそれを運ぶ人がいないため敷物を石畳に直接敷いて、その上に商品を並べるようにすることにしている。
その分敷物に使う布は少し奮発して、今の時期に合わせたものを用意した。白と淡い緑と黄色の布は、濃い灰色の石畳の上では良く映えてくれた。
わたしが持ち込んだ商品は大量入荷が可能な幻想植物の葉や枝が中心だった。貴重な素材を持ち込んだところで平民が気軽に買える値段まで値下げは出来なかったし、そもそも必要がなさそうだからだ。
魔力の森の葉や枝ならば平民でも購入できる価格帯だし、お守りとしてそれらを求める人は多かった。わたしの店にくる平民は主にこれを目的としていることが多い。祭りに合わせてほんの少しではあるが値引きをしてあるのと、不死鳥の灰……を模した縁起物を購入特典としてつけることにしているので、多少は興味を持ってもらえると思う。
種類ごと木箱に入れて敷物の上に並べ、値段を書いた木札をそれぞれの木箱の前に置いた。金銭的余裕がなくなればなくなるほど文字を読めない人も多くなり、王都であるラッセルでもそういった人は多いのだが、それでも買い物につかう硬貨については見慣れているためか理解は広く及んでいるので問題はないだろう。
「よし、とりあえずはこんなものかな」
派手な飾りこそないものの、商品が分かりやすい並びではなかろうか。
幻想植物の枝と葉として用意したのは、ロードリーエの木、ノクトリクションの木、ダースロフトの木の三種類である。
赤茶色の枝に鮮やかな緑の葉を持つロードリーエの木は炎に強く、なかなか燃えにくい性質がある。ノクトリクションの木は東の方に多く見られる木で、白っぽい枝に灰色の細い縦線がいくつもはいっており、これは水に強く腐りにくい木だ。葉は薄緑をしている。ダースロフトの木は白い葉と濃い茶色の枝を持つ木で、西に多く群生しており、乾燥した地域でも水さえあれば何事もなく育つ。
それぞれの木の特性から、ロードリーエの木は火を扱う職人、ノクトリクションの木は船乗り、ダースロフトの木は商売人に不死鳥の加護を与えるお守りとして求める人はそれなりにいる。貴族のように自宅に大きな木を植えることができない下町の人々にとっては、巣を模した飾りを軒先に飾ることも少なくなかった。
それが分かっていたからこそ、こうして商品として持ってきたわけだが。はたしてどれだけ売れるかどうかは、花祭りが始まってみないと分からない。
しかし準備している間に、興味深げに両隣の商人には見られていたし、気持ちが先走ってすでに露天を眺めている人々も目を向けてくれているので、売り残って困るということにはならなさそうだ。
花祭りが始まったのは、準備を終えてから体感一時間後のことだった。
「どうぞ、ゆっくり見ていってくださいね」
祭りが始まってからというもの、売上はなかなかに好調だった。
ラッセルでは手に入りにくい素材であるのと、値段も据え置きなので、複数まとめ買いしてくれる人も多い。
「これをお願いするわ。ふふ、うちにも不死鳥の加護があるといいんだけど」
「ありがとうございます。きっと不死鳥のご加護がありますよ」
枝を包んで手渡すと、おっとりとした老婦人は嬉しそうに微笑んだ。それに胸がむず痒くなる。不死鳥は国の象徴としてではなく、愛されている存在であることを突きつけられるからだ。わたしは不死鳥なんてただ気まぐれなだけでそんな立派なものじゃないとも思うけど、同時にこれほど民の心に寄り添う存在なのだから、ちゃんと見守らなきゃとも思う。
「こちらはご購入いただいた方にお渡ししているんですよ。不死鳥の蘇りの灰を模したものなんですけど、よろしければ今日の良き日の贈り物として、どうぞ受け取ってください」
「まぁ、まぁ。ありがとう、大切にするわね」
枝を燃やしてできた灰に、地妖精の鱗粉が混ざり黄色くなったそれは、明るい陽の下だと少し金色にも見えて随分と美しいものに見えた。
本当にささやかだけれど、不死鳥のことを大切にしてくれている人々へわたしからの加護が混ざった灰である。わたしの魔力が混ざっているだけなのだが、それが不思議と加護になるから、大切にしてくれればその分きっと良いことがあるだろう。
お昼が近くなると、隣の露天の女性がわざわざわたしの食事も用意してくれた。二十代の夫婦で、旦那さんが装飾品を作っているらしく、敷物に並べられた品々はうっとりするほど美しい。
「すみません、わざわざありがとうございます」
「いいのよ! でも、一人で店番をしてたら、買い物もろくにできないでしょう? うちは主人がいるから任せられるし、気になるのがあれば買ってきてあげようか?」
「いえ、お気持ちだけいただいて……あ、その、もし良ければそのネックレスを買わせていただけませんか?」
指差したのは革紐に小ぶりのガラス細工をぶら下げたネックレスだった。ガラス細工は透き通った赤色に金色で模様が描かれており、わたしの髪と瞳の色と近い色合いだ。ちょっと欲しいな、と思っていたのでせっかくだからと購入を申し出ると「ありがとうね」とすぐに手渡してくれた。
……光り物、というほどではないけど、キラキラしたものが好きなのは朝緋の趣味というよりは、不死鳥の……もっというと、鳥としての本能に近いのかもしれない。
受け取ったネックレスは早速身につけて代金を支払った。食事の分はいらないと言われてしまったので、代わりにわたしが売っている素材と配っている不死鳥の灰をお礼として手渡した。
「まぁ! お礼の方が食事代より高くなっちゃうわ」
「いいんですよ! 旦那さんの腕なら、こういう枝や葉っぱでも装飾品作れるだろうなぁって下心もありますから」
「そんなこと言われたらもらうしかないじゃない。ねぇ、あなた?」
「あのなぁ……ああ、でもせっかくだし、実はその枝を使った装飾品を作るとしたらどうしようかって考えてたから、正直嬉しいよ。ありがとう」
「いえいえ!」
朝緋の記憶がなければ、こういった一期一会の出会いはなかったことだろう。
(楽しい、な)
ふいに思ったそれは、むくむくと大きくなっていた。楽しい。この祭りが。不死鳥を愛してくれる人々と触れ合うのが。自分が人間としてここにいることが。
出来ることなら不死鳥として姿を表したいところだけど……店番がいない以上迂闊に離れることはできないし、離れたところで元の姿に戻る場所もないので、浮かれて気分のままに行動しようとするのはなんとか抑えつけた。
(今回は無理だけど……秋の降誕祭なら、きっと)
すでに秋の祭りのことに意識が向き始めたわたしだったが、品物に影が落ちて慌てて顔をあげた。
「あ、いらっしゃいませ!」
見上げたそこにいた人は、真っ黒なローブを頭まですっぽりと被っていた。見上げているのにも関わらず顔がよく分からない。ただ、じっとわたしの商品を見つめている。背の高さと体格から男性だろうが、それ以外は何も分からない。
春の柔らかな陽気の中、彼の周りだけは妙に暗かった。
「ええと……どうぞごゆっくり見ていってくださいね」
見るからに怪しい人だったが、うまく笑えたのではなかろうか。黒いローブの男は無言でわたしを見下ろしていたかと思うと、屈んで商品を眺め始めた。
途端、ぞわりとした何かが背筋を駆け上がっていった。
(……何、いまの)
明確な悪意を向けられたわけでも、目の前の男の魔力から変なものを感じたわけではない。だが、それが逆に妙な違和感だと言えばよいのだろうか。微動だにせずじっと商品を見ているだけのはずなのに、何故かこちらを探られているような気になる。
(違う、気になるんじゃない。……間違いなく、一瞬だけど探られた)
そしてその一瞬で、わたしが何か感じたこともきっと知られている。
見るからに怪しい姿通り、怪しさ満点の人物だ。いっそこちらから探りをいれてもいいのかもしれない。しかしわたしが探りを入れられたことに気付いた通り、相手も気付くに違いない。
もう気付かれている以上手遅れかもしれないが、下手にこちらから手を出して、花祭りを台無しにされるのが怖かった。
隣の夫婦はわたしを心配してくれていた。大丈夫だと浮かべている笑みはそのままに「気になるものはございましたか?」と声をかけてみる。
「……すべての品を一つずつ」
「かしこまりました」
無言を貫き通されるかと思いきや、随分と低く落ち着いた声色でそう言われた。手早く商品をまとめて手渡そうとすると、ひったくるように奪われる。代金の渡し方も素っ気なかった。
「それも」
このまま何事もなく帰ってくれ、という願っていたのだが、目ざとく不死鳥の灰もどきもしっかりと要求してきた。正直あまりこの男に渡したくなかったのだが、気付かれてしまってはそうもいかない。
「ああ、失礼いたしました。どうぞ」
平静を取り繕って手渡すと、男は懐に瓶をしまった。ゆらりと立ち上がって、そのまま雑踏の中へと消えていく。
「……なんだったのかしらね、あの人。ちょっと嫌な感じ」
「怪しかったですけど、何事もなく終わりましたから……」
わたしの代わりに男の態度を怒ってくれた奥さんを旦那さんと一緒になだめ、新たにやってきたお客さんの相手をする。
楽しいはずの花祭りは、不穏な気配を残して終わりを迎えた。
イチノセ素材店が店を構えているのは富裕層向けの商店街なのだが、花祭りだと下町の更に下、一般的な家庭が多く連なる大通り沿いに露天という形で店を出すことになる。
この露天の場所は商人や商隊を取り仕切る商工会によって決められていた。商工会への入会は任意だが、ラッセルで商売をする者はよほど後ろ暗くない者以外は基本的に入っている。わたしも例外ではない。
入会時に入介料が、以降は更新料を取られるが、その分さまざまな補助をしてくれるので商人にはなくてはならない組織である。ちなみに更新料は立地条件により異なり、富裕層向けの商店街にあるイチノセ素材店の更新料はそこそこ高額である。主にゼーレのおかげで支払えないということはないが。
商工会から受けられる補助は、空き店舗の提供や客の斡旋など多岐に渡る。わたしの店も商工会から借りているものだし、新参なのにも関わらずそれなりに客を得られるのは斡旋してもらっているからだ。
良い場所に店を構えているからだろうか。イチノセ素材店に与えられた露天の場所は、最も人通りが多い大通りにあった。新参なので端の方ではあるが、通りが一本変わるだけで人通りは大幅に変わるので、大通りに配置されただけで十分すぎた。
祭りの開始は下町の中央広場にて宣言されることになっている。露店を出す側はそれより前に準備しておかねばならない。わたしは単身で店を経営しているので、準備を手伝ってくれる人手もおらず、かなり早めに荷物を台車に積んで露天へと移動することにした。
収納の魔術具を使わなかったのは、それ自体が少し高価な代物のため、祭りに持っていくにはあまり相応しい品とは言えないからだ。
春の三月目というだけあって、まだ朝早い時間なのに寒いとは感じない。やや暖かいどころか、荷車を引いていると汗ばむほどではなかったが若干暑いくらいだった。
基本的に人が歩く通りは石畳なのだが、祭りの中心になる一般的な商店の並ぶ大通りの石畳は整備が甘く、大きな欠けがあったり隙間にばらつきがあったりと歩きにくい。ここまで来るのに時間がかかったのも、そのせいで荷車の車輪が嵌りそうに何度かなったからだ。
まだ祭りの開始には早い時間なのだが、商人たちはすでにはりきって与えられたスペースを飾り始めていた。花祭りのメイン会場にもなる中央広場付近の露天は名のある店舗なのか、スペースも広くその上で自分たちが持ち込んだ華やかな色合いの天幕を張り、人も多い。陳列も机や棚を持ち込んでおり、ただ商品を並べるだけではなく、目玉商品を引き立たせたり、売りたい品を全面に押し出したりと多くの工夫がなされていた。
出来るだけ自分の店が目立つようにと張り切っている中央広場付近から離れるにつれて、自然と店の装いは質素なものになっていく。色とりどりの天幕がやがて色染めをしていないものになり、その天幕を用意できない店が並びはじめ、やがては天幕はもちろん机も準備できず、敷物に商品を直接並べた露天が並ぶようになっていく。
わたしの店は売上的には机や無地の天幕くらいなら準備できる余裕があったのだが、残念なことにそれを運ぶ人がいないため敷物を石畳に直接敷いて、その上に商品を並べるようにすることにしている。
その分敷物に使う布は少し奮発して、今の時期に合わせたものを用意した。白と淡い緑と黄色の布は、濃い灰色の石畳の上では良く映えてくれた。
わたしが持ち込んだ商品は大量入荷が可能な幻想植物の葉や枝が中心だった。貴重な素材を持ち込んだところで平民が気軽に買える値段まで値下げは出来なかったし、そもそも必要がなさそうだからだ。
魔力の森の葉や枝ならば平民でも購入できる価格帯だし、お守りとしてそれらを求める人は多かった。わたしの店にくる平民は主にこれを目的としていることが多い。祭りに合わせてほんの少しではあるが値引きをしてあるのと、不死鳥の灰……を模した縁起物を購入特典としてつけることにしているので、多少は興味を持ってもらえると思う。
種類ごと木箱に入れて敷物の上に並べ、値段を書いた木札をそれぞれの木箱の前に置いた。金銭的余裕がなくなればなくなるほど文字を読めない人も多くなり、王都であるラッセルでもそういった人は多いのだが、それでも買い物につかう硬貨については見慣れているためか理解は広く及んでいるので問題はないだろう。
「よし、とりあえずはこんなものかな」
派手な飾りこそないものの、商品が分かりやすい並びではなかろうか。
幻想植物の枝と葉として用意したのは、ロードリーエの木、ノクトリクションの木、ダースロフトの木の三種類である。
赤茶色の枝に鮮やかな緑の葉を持つロードリーエの木は炎に強く、なかなか燃えにくい性質がある。ノクトリクションの木は東の方に多く見られる木で、白っぽい枝に灰色の細い縦線がいくつもはいっており、これは水に強く腐りにくい木だ。葉は薄緑をしている。ダースロフトの木は白い葉と濃い茶色の枝を持つ木で、西に多く群生しており、乾燥した地域でも水さえあれば何事もなく育つ。
それぞれの木の特性から、ロードリーエの木は火を扱う職人、ノクトリクションの木は船乗り、ダースロフトの木は商売人に不死鳥の加護を与えるお守りとして求める人はそれなりにいる。貴族のように自宅に大きな木を植えることができない下町の人々にとっては、巣を模した飾りを軒先に飾ることも少なくなかった。
それが分かっていたからこそ、こうして商品として持ってきたわけだが。はたしてどれだけ売れるかどうかは、花祭りが始まってみないと分からない。
しかし準備している間に、興味深げに両隣の商人には見られていたし、気持ちが先走ってすでに露天を眺めている人々も目を向けてくれているので、売り残って困るということにはならなさそうだ。
花祭りが始まったのは、準備を終えてから体感一時間後のことだった。
「どうぞ、ゆっくり見ていってくださいね」
祭りが始まってからというもの、売上はなかなかに好調だった。
ラッセルでは手に入りにくい素材であるのと、値段も据え置きなので、複数まとめ買いしてくれる人も多い。
「これをお願いするわ。ふふ、うちにも不死鳥の加護があるといいんだけど」
「ありがとうございます。きっと不死鳥のご加護がありますよ」
枝を包んで手渡すと、おっとりとした老婦人は嬉しそうに微笑んだ。それに胸がむず痒くなる。不死鳥は国の象徴としてではなく、愛されている存在であることを突きつけられるからだ。わたしは不死鳥なんてただ気まぐれなだけでそんな立派なものじゃないとも思うけど、同時にこれほど民の心に寄り添う存在なのだから、ちゃんと見守らなきゃとも思う。
「こちらはご購入いただいた方にお渡ししているんですよ。不死鳥の蘇りの灰を模したものなんですけど、よろしければ今日の良き日の贈り物として、どうぞ受け取ってください」
「まぁ、まぁ。ありがとう、大切にするわね」
枝を燃やしてできた灰に、地妖精の鱗粉が混ざり黄色くなったそれは、明るい陽の下だと少し金色にも見えて随分と美しいものに見えた。
本当にささやかだけれど、不死鳥のことを大切にしてくれている人々へわたしからの加護が混ざった灰である。わたしの魔力が混ざっているだけなのだが、それが不思議と加護になるから、大切にしてくれればその分きっと良いことがあるだろう。
お昼が近くなると、隣の露天の女性がわざわざわたしの食事も用意してくれた。二十代の夫婦で、旦那さんが装飾品を作っているらしく、敷物に並べられた品々はうっとりするほど美しい。
「すみません、わざわざありがとうございます」
「いいのよ! でも、一人で店番をしてたら、買い物もろくにできないでしょう? うちは主人がいるから任せられるし、気になるのがあれば買ってきてあげようか?」
「いえ、お気持ちだけいただいて……あ、その、もし良ければそのネックレスを買わせていただけませんか?」
指差したのは革紐に小ぶりのガラス細工をぶら下げたネックレスだった。ガラス細工は透き通った赤色に金色で模様が描かれており、わたしの髪と瞳の色と近い色合いだ。ちょっと欲しいな、と思っていたのでせっかくだからと購入を申し出ると「ありがとうね」とすぐに手渡してくれた。
……光り物、というほどではないけど、キラキラしたものが好きなのは朝緋の趣味というよりは、不死鳥の……もっというと、鳥としての本能に近いのかもしれない。
受け取ったネックレスは早速身につけて代金を支払った。食事の分はいらないと言われてしまったので、代わりにわたしが売っている素材と配っている不死鳥の灰をお礼として手渡した。
「まぁ! お礼の方が食事代より高くなっちゃうわ」
「いいんですよ! 旦那さんの腕なら、こういう枝や葉っぱでも装飾品作れるだろうなぁって下心もありますから」
「そんなこと言われたらもらうしかないじゃない。ねぇ、あなた?」
「あのなぁ……ああ、でもせっかくだし、実はその枝を使った装飾品を作るとしたらどうしようかって考えてたから、正直嬉しいよ。ありがとう」
「いえいえ!」
朝緋の記憶がなければ、こういった一期一会の出会いはなかったことだろう。
(楽しい、な)
ふいに思ったそれは、むくむくと大きくなっていた。楽しい。この祭りが。不死鳥を愛してくれる人々と触れ合うのが。自分が人間としてここにいることが。
出来ることなら不死鳥として姿を表したいところだけど……店番がいない以上迂闊に離れることはできないし、離れたところで元の姿に戻る場所もないので、浮かれて気分のままに行動しようとするのはなんとか抑えつけた。
(今回は無理だけど……秋の降誕祭なら、きっと)
すでに秋の祭りのことに意識が向き始めたわたしだったが、品物に影が落ちて慌てて顔をあげた。
「あ、いらっしゃいませ!」
見上げたそこにいた人は、真っ黒なローブを頭まですっぽりと被っていた。見上げているのにも関わらず顔がよく分からない。ただ、じっとわたしの商品を見つめている。背の高さと体格から男性だろうが、それ以外は何も分からない。
春の柔らかな陽気の中、彼の周りだけは妙に暗かった。
「ええと……どうぞごゆっくり見ていってくださいね」
見るからに怪しい人だったが、うまく笑えたのではなかろうか。黒いローブの男は無言でわたしを見下ろしていたかと思うと、屈んで商品を眺め始めた。
途端、ぞわりとした何かが背筋を駆け上がっていった。
(……何、いまの)
明確な悪意を向けられたわけでも、目の前の男の魔力から変なものを感じたわけではない。だが、それが逆に妙な違和感だと言えばよいのだろうか。微動だにせずじっと商品を見ているだけのはずなのに、何故かこちらを探られているような気になる。
(違う、気になるんじゃない。……間違いなく、一瞬だけど探られた)
そしてその一瞬で、わたしが何か感じたこともきっと知られている。
見るからに怪しい姿通り、怪しさ満点の人物だ。いっそこちらから探りをいれてもいいのかもしれない。しかしわたしが探りを入れられたことに気付いた通り、相手も気付くに違いない。
もう気付かれている以上手遅れかもしれないが、下手にこちらから手を出して、花祭りを台無しにされるのが怖かった。
隣の夫婦はわたしを心配してくれていた。大丈夫だと浮かべている笑みはそのままに「気になるものはございましたか?」と声をかけてみる。
「……すべての品を一つずつ」
「かしこまりました」
無言を貫き通されるかと思いきや、随分と低く落ち着いた声色でそう言われた。手早く商品をまとめて手渡そうとすると、ひったくるように奪われる。代金の渡し方も素っ気なかった。
「それも」
このまま何事もなく帰ってくれ、という願っていたのだが、目ざとく不死鳥の灰もどきもしっかりと要求してきた。正直あまりこの男に渡したくなかったのだが、気付かれてしまってはそうもいかない。
「ああ、失礼いたしました。どうぞ」
平静を取り繕って手渡すと、男は懐に瓶をしまった。ゆらりと立ち上がって、そのまま雑踏の中へと消えていく。
「……なんだったのかしらね、あの人。ちょっと嫌な感じ」
「怪しかったですけど、何事もなく終わりましたから……」
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