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6.魔術具の妖精
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魔術具によって示された暦が春の二月目を示したのは、体感ではあっという間だったように思う。
ゼーレはいつ来るのだと神経質になっていた気分は、季節の空気に流されて「どうにかなるでしょ」と楽観的にすらなっている。新たな始まりを告げ、どうしても慌ただしくなる春の一月目と違い、春の二月目はちょっとした休息期間だ。休息期間と言っても、春の三月目には平民にとって欠かせない祭りの一つである『花祭り』が催される。
花祭りは下町の祭りなので、貴族は基本的に介入しない。貴族も平民も一丸となって盛大な祭りを開くのは秋の降誕祭くらいなものだ。
一応、花祭りの催しとして何かしようとは思っている。なんせ、花祭りですらそもそも不死鳥の存在があったからこそ執り行われるようになった祭りなのだ。
花祭りは平民のための祭りでありながら、やはりというか、不死鳥が関わっている。不死鳥が焼死し蘇った際に、不死鳥が集めた枝は灰となる。ある日貧しい村に住む男が、まるで不死鳥に導かれるように不死鳥の巣へとたどり着いた。不死鳥と直接相見えることはなかったが、その巣を見つけたことを幸運と思い、かつては巣だったであろう灰を丁重に持ち帰った。すると、なんんということだろう。痩せた土地であったのにも関わらず、辺りの草木はぐんぐんと伸び、可憐な花々が咲き乱れたではないか!
痩せていたはずの土地は、草花の咲き誇った翌年からは肥沃の地となった。人々はそれを不死鳥の加護だと喜び、その加護が永劫続くように、そして何より不死鳥に感謝を示すために、毎年春の三日目に『花祭り』という不死鳥への感謝祭を執り行うことに決めたのだった。
……そりゃあ、不死鳥の魔力が十分に染み込んだ灰であれば、痩せた大地を肥沃の地にすることも可能だろうね。
少なくとも私達不死鳥は蘇ったあとの巣について思い入れがあるわけでもなく、焼死の際に燃えて灰となっている以上どうすることもできない。だが人間にとってはそうではなく、不死鳥が人々に与えた加護そのものだと捉えられるらしい。
余談だが、内容は少し違うものの、朝緋の記憶を持ちながらこの成り立ちを思い出したわたしは小さく「花咲か爺さん……」とつぶやいたのだった。
先代不死鳥やわたしが直接関与しているわけではないけれど、影響があったのは間違いないし、こうも不死鳥を信心されると、ちょっとしたお返しくらいはしたくなる。
ゼーレの次の注文のことを頭の片隅に追いやることができたのも、花祭りのことを考える必要があるからだった。
「花祭り、どうしようかなぁ……」
客がいないのをいいことに、ぼんやりと独り言を口にして、考えをまとめていく
「一部素材の特価販売は決定として。せっかくだから、店頭でプレゼントできるものがあるといいんだけど……」
そして可能であれば、不死鳥に関するものが望ましい。わたしならいくらでも手に入るからこそ、どこまでなら許されるか判断しにくい。涙は却下、血は当然である上に祭りの日にそんなもの出すなんて逆に呪いにしかならなそうだからわたし自身の怪我も含めて断固阻止、爪を削ったものは素材としては喜ばれるだろうが、朝緋の記憶があると「特別なお祭りに爪入りのプレゼントを用意したの」というのはなかなかにホラーだ。
「それこそわたしが蘇った直後なら灰でも詰めてやったのに……」
言ってから気付いた。あれ? 灰なら今でも用意できるんじゃない?
灰を用意するのは簡単だ。わたしのお気に入りの木の枝を集めて燃やして、小さな小瓶に詰めればいい。蘇りの時の灰とは違うのでどうしても込められる魔力は微々たる量だが、かつての逸話にちなんで、不死鳥が好むという木の枝の灰を用意しました、の方が祭りの主旨にも合っており丁度いい。無料で配るものだから、たとえただの灰であっても、ようは気分だ。気分がなにより重要なのだ。素材屋らしく珍しいけど珍しすぎない木の枝、それこそロードリーエの枝とか、そういうのを使えばちょっと特別感もある。
なにより、長年不死鳥を大切にしてくれている人々への恩返しに、ほんの少しだけどささやかな幸せを願って用意するつもりだから、わたし以外の誰も知ることはなくても、ちょっとした加護になる。
決めた。
そうとなれば次決めるべきは素材の用意と、小瓶の手配だ。雑貨屋で大量発注が必要だし、燃やす枝も複数用意して検証してみよう。
カランコロンと来客を知らせるベルが鳴ったのは、うきうきしたわたしの気持ちを落ち着かせるためのものだったに違いない。
「あ! いらっしゃいま……せ……」
ぱっと顔を向けると、そこにいたのは表情の乏しい――見た目良し、家柄良し、性格難ありな王宮魔術師団長、ゼーレ・レスティアその人だった。
「素材の注文に来た。これを頼む」
淡々と言いいながら、ゼーレはカウンターに見慣れた紙のメモを置いた。相変わらずびっしりと書かれている。ざっくり目を通したところ、手持ちの分と、次回の採集で事足りそうだ。
「かしこまりました。在庫のある分は今日お持ち帰りいただくことも出来ますし、他の素材とまとめてお渡しすることもできますが、いかがいたしますか?」
「ある分は受け取っておこう。……何故そんなに緊張している?」
じとり、と視線を向けられると、どうにもうまく説明ができなくなる。探られている、というほどではないが、わたしのことを怪しんでいる相手に緊張しないはずがない。
「だって、王宮魔術師団の団長様ですもの。お貴族様をお客様としてお迎えしているのですから、緊張は致し方ないものですよ」
「アサヒはそんなに繊細な女じゃないと、ドルガーは言っていたが?」
「……だからドルガー様は女性との縁がないのですとお伝え下さい」
営業スマイルは崩さないまま、しかし思わずそう口にすると、ゼーレは少しだけ目を細めた。
「分かった。伝えておこう」
「よろしくお願いいたします。……にしても、随分とお忙しかったとお聞きしておりますよ。続いていた注文が途切れたくらいなので、少し怖……いえ、心配していたのです」
「無理に口調を改める必要はない。ここは下町だ。それに、今は私も下町の人間としてここにいる」
「……ああ、そう言えば、お召し物は下町寄りですね」
今日のゼーレは、目立つ真紅のローブではなく、質素な下町風の衣服だ。あくまで下町風なだけで、生地は上質だし、汚れも少ないのでお忍びであることは隠しきれていない。何より、本人に自覚があるのかないのか分かりかねるが、この人、とにかく顔立ちが整っており綺麗なのだ。少なくとも富裕層であっても、平民では手に入れられない美しさがある。この顔立ちと佇まいと、明らかに仕立てられて平民風衣装を見て、貴族じゃないというのは無理がありすぎる。
だがこれを本人に説明したところで、だからもっと平民に寄せろというのもおかしな話だ。むしろ、見るからに貴族なのに何故かお忍びに見せかけようとしているというのが、いっそ守ることになるのかもしれない。……ゼーレの肩書を知らずに喧嘩を売るような人間のことを。
「店内を見ても良いか?」
「ええ、もちろん。その間に品物の用意してきますね」
一言断ってから倉庫へと赴く。その時にちらりとゼーレの様子をうかがってみると、少しだけ口の端が上がっていた。
……表情が乏しいだけで、無表情というわけではないらしい。
カウンター越しに店内が確認できるように、倉庫の扉は開けたまま、メモを元に品物を木箱に入れていく。
「ロードリーエの、今回は枝の方か。炎妖精の鱗粉はまだ残ってたからこれでよくて、あとは……あ、ワームの鱗もいるんだ。情報早いなぁ」
予想ではあるが、ワームの鱗はアーノルドが発信源で、それがゼーレにまで届いたのだと思う。ワームの鱗は数が少なかいので店頭に出していなかったし、求められている数も五枚と在庫ならあるかもしれない、という絶妙の数だ。ちょうどぴったり五枚、在庫はある。
新たに採集しに行かなければならないのは、幻想生物の希少な素材が中心だった。……クラーケンの吸盤なんて、何に使うのだろう。
一通り在庫分を揃えて店内に戻ると、前回と同じくゼーレは真剣に品物を眺めて何やら小さくつぶやいていた。あの様子だと、わたしが戻ってきていることにも気付いていなさそうだ。先に今回の分の精算処理だけ終わらせておこう。
前払い分の金塊の値段から前回分の料金を引いた値段は帳簿に残してあるので、今回はそれから更に引く。何枚もの金貨があっという間に数字上減っていくので、金塊分の注文は来月には終わってしまいそうだ。……金貨百枚分の買い物をたった三ヶ月で終わらせてしまうなんて、いくらわたしが不死鳥でも贅沢なお金の使い方だと思わざるをえない。
ゼーレは精算が終わってもまだ店内の棚をうろついては独り言をこぼしていた。終わりましたよ、と声をかければいいだけなのだが、真剣に考えを巡らせているところに声はかけづらい。
またしばらく待つか、と決めて、失礼にならない程度にゼーレの様子を眺めることにした。
店内の明かりは仄かなオレンジ色をしている。照明の役割を持つ魔術具にわたしの魔力ではなく炎妖精の鱗粉を使って、その魔力を与えているからだ。水妖精なら青っぽくなる、というわけでもなくて、照明という明かりの役割を持つ魔術具だから炎妖精と相性が良く魔術具に注ぐ魔力として充填が可能らしい。魔術具の仕組みは専門外なので、基本的にそういうものとしてわたしは覚えている。
部屋の隅に置いてある観葉植物にも妖精の魔力は使用されている。常に土を湿らせておくための魔術具に水妖精を、土の状態を最良に保つために、土に風妖精の鱗粉を混ぜており、お陰で定期的に鱗粉を充填すれば枯れることのない観葉植物のできあがりだ。
壁には時間と日にちを示すための魔術具がかけられているし、わたしの自室だとキッチンやトイレ、洗面台、風呂にだって魔術具が使われている。これだけ魔術具に溢れた生活は、平民はもちろん貴族であっても珍しいことだろう。科学の力に慣れた朝緋の記憶があるため、魔力に余裕があるせいかどうしても利便性を優先させてしまう。
そして恐らくそんなわたしと大差ない程度の魔力を持っていると思われるゼーレのことは、イチノセ素材店の店主アサヒとしては要注意人物なのだが、不死鳥としての目線で見ると、興味深い存在だった。
貴族として、魔術師団団長としてのゼーレについては、わたしはほとんど何も知らない。わたしは朝緋の記憶を取り戻すまでは魔力の森の一番深いところを拠点としていたし、人里近くを移動する時は上空から眺めこそするものの、降り立ったことはない。人間の記憶がないままだったら、次の蘇りまでわたしは人間と接することなく今代の不死鳥の生を終えていたことだろう。
現在の人間の情勢については興味もなかったので情報を仕入れることもなかった。わたしの人間の知識は、四百年前で停滞している。イチノセ素材店を構えてから少しずつ情報を仕入れているものの、アサヒとしての身を下町の平民に据えていると、貴族の情報はなかなか入ってこない。
わたしが今知っている貴族の情報が、ドルガーやアーノルドやディール、その他わたしの店へやってくる人々が世間話がてら話す程度のことばかりだ。
わたしは魔術師じゃないので、ゼーレの魔力の源について研究したいとは思わない。ただただ純粋に、彼の魔力はどこから授けられたものだろうかと、そればかりが気になった。
人間が人間以上の魔力を手に入れるには、幻想生物の加護が必要だ。そしてゼーレのそれは、わたしと同じ聖獣から与えられたものだ。
ゼーレの魔力は強くてもだいぶ人間本来が持つ魔力に馴染んでいるから、考えられるのは彼の祖先が大きな加護を与えられて、それを受け継いでいる、といったところだろうか。その場合だとゼーレの家族についても気になるところだ。血で受け継がれているのなら、きっと家族にもなんらかの影響が見られるはず。
一つ確実なのは、彼に与えられている加護は、少なくとも不死鳥のものではないということだけだ。なぜなら記憶がない。わたしにも先代の不死鳥たちにも。
結局ゼーレがわたしの存在を思い出したのは、ゆうに二時間が経過した後のことだった。
ゼーレはいつ来るのだと神経質になっていた気分は、季節の空気に流されて「どうにかなるでしょ」と楽観的にすらなっている。新たな始まりを告げ、どうしても慌ただしくなる春の一月目と違い、春の二月目はちょっとした休息期間だ。休息期間と言っても、春の三月目には平民にとって欠かせない祭りの一つである『花祭り』が催される。
花祭りは下町の祭りなので、貴族は基本的に介入しない。貴族も平民も一丸となって盛大な祭りを開くのは秋の降誕祭くらいなものだ。
一応、花祭りの催しとして何かしようとは思っている。なんせ、花祭りですらそもそも不死鳥の存在があったからこそ執り行われるようになった祭りなのだ。
花祭りは平民のための祭りでありながら、やはりというか、不死鳥が関わっている。不死鳥が焼死し蘇った際に、不死鳥が集めた枝は灰となる。ある日貧しい村に住む男が、まるで不死鳥に導かれるように不死鳥の巣へとたどり着いた。不死鳥と直接相見えることはなかったが、その巣を見つけたことを幸運と思い、かつては巣だったであろう灰を丁重に持ち帰った。すると、なんんということだろう。痩せた土地であったのにも関わらず、辺りの草木はぐんぐんと伸び、可憐な花々が咲き乱れたではないか!
痩せていたはずの土地は、草花の咲き誇った翌年からは肥沃の地となった。人々はそれを不死鳥の加護だと喜び、その加護が永劫続くように、そして何より不死鳥に感謝を示すために、毎年春の三日目に『花祭り』という不死鳥への感謝祭を執り行うことに決めたのだった。
……そりゃあ、不死鳥の魔力が十分に染み込んだ灰であれば、痩せた大地を肥沃の地にすることも可能だろうね。
少なくとも私達不死鳥は蘇ったあとの巣について思い入れがあるわけでもなく、焼死の際に燃えて灰となっている以上どうすることもできない。だが人間にとってはそうではなく、不死鳥が人々に与えた加護そのものだと捉えられるらしい。
余談だが、内容は少し違うものの、朝緋の記憶を持ちながらこの成り立ちを思い出したわたしは小さく「花咲か爺さん……」とつぶやいたのだった。
先代不死鳥やわたしが直接関与しているわけではないけれど、影響があったのは間違いないし、こうも不死鳥を信心されると、ちょっとしたお返しくらいはしたくなる。
ゼーレの次の注文のことを頭の片隅に追いやることができたのも、花祭りのことを考える必要があるからだった。
「花祭り、どうしようかなぁ……」
客がいないのをいいことに、ぼんやりと独り言を口にして、考えをまとめていく
「一部素材の特価販売は決定として。せっかくだから、店頭でプレゼントできるものがあるといいんだけど……」
そして可能であれば、不死鳥に関するものが望ましい。わたしならいくらでも手に入るからこそ、どこまでなら許されるか判断しにくい。涙は却下、血は当然である上に祭りの日にそんなもの出すなんて逆に呪いにしかならなそうだからわたし自身の怪我も含めて断固阻止、爪を削ったものは素材としては喜ばれるだろうが、朝緋の記憶があると「特別なお祭りに爪入りのプレゼントを用意したの」というのはなかなかにホラーだ。
「それこそわたしが蘇った直後なら灰でも詰めてやったのに……」
言ってから気付いた。あれ? 灰なら今でも用意できるんじゃない?
灰を用意するのは簡単だ。わたしのお気に入りの木の枝を集めて燃やして、小さな小瓶に詰めればいい。蘇りの時の灰とは違うのでどうしても込められる魔力は微々たる量だが、かつての逸話にちなんで、不死鳥が好むという木の枝の灰を用意しました、の方が祭りの主旨にも合っており丁度いい。無料で配るものだから、たとえただの灰であっても、ようは気分だ。気分がなにより重要なのだ。素材屋らしく珍しいけど珍しすぎない木の枝、それこそロードリーエの枝とか、そういうのを使えばちょっと特別感もある。
なにより、長年不死鳥を大切にしてくれている人々への恩返しに、ほんの少しだけどささやかな幸せを願って用意するつもりだから、わたし以外の誰も知ることはなくても、ちょっとした加護になる。
決めた。
そうとなれば次決めるべきは素材の用意と、小瓶の手配だ。雑貨屋で大量発注が必要だし、燃やす枝も複数用意して検証してみよう。
カランコロンと来客を知らせるベルが鳴ったのは、うきうきしたわたしの気持ちを落ち着かせるためのものだったに違いない。
「あ! いらっしゃいま……せ……」
ぱっと顔を向けると、そこにいたのは表情の乏しい――見た目良し、家柄良し、性格難ありな王宮魔術師団長、ゼーレ・レスティアその人だった。
「素材の注文に来た。これを頼む」
淡々と言いいながら、ゼーレはカウンターに見慣れた紙のメモを置いた。相変わらずびっしりと書かれている。ざっくり目を通したところ、手持ちの分と、次回の採集で事足りそうだ。
「かしこまりました。在庫のある分は今日お持ち帰りいただくことも出来ますし、他の素材とまとめてお渡しすることもできますが、いかがいたしますか?」
「ある分は受け取っておこう。……何故そんなに緊張している?」
じとり、と視線を向けられると、どうにもうまく説明ができなくなる。探られている、というほどではないが、わたしのことを怪しんでいる相手に緊張しないはずがない。
「だって、王宮魔術師団の団長様ですもの。お貴族様をお客様としてお迎えしているのですから、緊張は致し方ないものですよ」
「アサヒはそんなに繊細な女じゃないと、ドルガーは言っていたが?」
「……だからドルガー様は女性との縁がないのですとお伝え下さい」
営業スマイルは崩さないまま、しかし思わずそう口にすると、ゼーレは少しだけ目を細めた。
「分かった。伝えておこう」
「よろしくお願いいたします。……にしても、随分とお忙しかったとお聞きしておりますよ。続いていた注文が途切れたくらいなので、少し怖……いえ、心配していたのです」
「無理に口調を改める必要はない。ここは下町だ。それに、今は私も下町の人間としてここにいる」
「……ああ、そう言えば、お召し物は下町寄りですね」
今日のゼーレは、目立つ真紅のローブではなく、質素な下町風の衣服だ。あくまで下町風なだけで、生地は上質だし、汚れも少ないのでお忍びであることは隠しきれていない。何より、本人に自覚があるのかないのか分かりかねるが、この人、とにかく顔立ちが整っており綺麗なのだ。少なくとも富裕層であっても、平民では手に入れられない美しさがある。この顔立ちと佇まいと、明らかに仕立てられて平民風衣装を見て、貴族じゃないというのは無理がありすぎる。
だがこれを本人に説明したところで、だからもっと平民に寄せろというのもおかしな話だ。むしろ、見るからに貴族なのに何故かお忍びに見せかけようとしているというのが、いっそ守ることになるのかもしれない。……ゼーレの肩書を知らずに喧嘩を売るような人間のことを。
「店内を見ても良いか?」
「ええ、もちろん。その間に品物の用意してきますね」
一言断ってから倉庫へと赴く。その時にちらりとゼーレの様子をうかがってみると、少しだけ口の端が上がっていた。
……表情が乏しいだけで、無表情というわけではないらしい。
カウンター越しに店内が確認できるように、倉庫の扉は開けたまま、メモを元に品物を木箱に入れていく。
「ロードリーエの、今回は枝の方か。炎妖精の鱗粉はまだ残ってたからこれでよくて、あとは……あ、ワームの鱗もいるんだ。情報早いなぁ」
予想ではあるが、ワームの鱗はアーノルドが発信源で、それがゼーレにまで届いたのだと思う。ワームの鱗は数が少なかいので店頭に出していなかったし、求められている数も五枚と在庫ならあるかもしれない、という絶妙の数だ。ちょうどぴったり五枚、在庫はある。
新たに採集しに行かなければならないのは、幻想生物の希少な素材が中心だった。……クラーケンの吸盤なんて、何に使うのだろう。
一通り在庫分を揃えて店内に戻ると、前回と同じくゼーレは真剣に品物を眺めて何やら小さくつぶやいていた。あの様子だと、わたしが戻ってきていることにも気付いていなさそうだ。先に今回の分の精算処理だけ終わらせておこう。
前払い分の金塊の値段から前回分の料金を引いた値段は帳簿に残してあるので、今回はそれから更に引く。何枚もの金貨があっという間に数字上減っていくので、金塊分の注文は来月には終わってしまいそうだ。……金貨百枚分の買い物をたった三ヶ月で終わらせてしまうなんて、いくらわたしが不死鳥でも贅沢なお金の使い方だと思わざるをえない。
ゼーレは精算が終わってもまだ店内の棚をうろついては独り言をこぼしていた。終わりましたよ、と声をかければいいだけなのだが、真剣に考えを巡らせているところに声はかけづらい。
またしばらく待つか、と決めて、失礼にならない程度にゼーレの様子を眺めることにした。
店内の明かりは仄かなオレンジ色をしている。照明の役割を持つ魔術具にわたしの魔力ではなく炎妖精の鱗粉を使って、その魔力を与えているからだ。水妖精なら青っぽくなる、というわけでもなくて、照明という明かりの役割を持つ魔術具だから炎妖精と相性が良く魔術具に注ぐ魔力として充填が可能らしい。魔術具の仕組みは専門外なので、基本的にそういうものとしてわたしは覚えている。
部屋の隅に置いてある観葉植物にも妖精の魔力は使用されている。常に土を湿らせておくための魔術具に水妖精を、土の状態を最良に保つために、土に風妖精の鱗粉を混ぜており、お陰で定期的に鱗粉を充填すれば枯れることのない観葉植物のできあがりだ。
壁には時間と日にちを示すための魔術具がかけられているし、わたしの自室だとキッチンやトイレ、洗面台、風呂にだって魔術具が使われている。これだけ魔術具に溢れた生活は、平民はもちろん貴族であっても珍しいことだろう。科学の力に慣れた朝緋の記憶があるため、魔力に余裕があるせいかどうしても利便性を優先させてしまう。
そして恐らくそんなわたしと大差ない程度の魔力を持っていると思われるゼーレのことは、イチノセ素材店の店主アサヒとしては要注意人物なのだが、不死鳥としての目線で見ると、興味深い存在だった。
貴族として、魔術師団団長としてのゼーレについては、わたしはほとんど何も知らない。わたしは朝緋の記憶を取り戻すまでは魔力の森の一番深いところを拠点としていたし、人里近くを移動する時は上空から眺めこそするものの、降り立ったことはない。人間の記憶がないままだったら、次の蘇りまでわたしは人間と接することなく今代の不死鳥の生を終えていたことだろう。
現在の人間の情勢については興味もなかったので情報を仕入れることもなかった。わたしの人間の知識は、四百年前で停滞している。イチノセ素材店を構えてから少しずつ情報を仕入れているものの、アサヒとしての身を下町の平民に据えていると、貴族の情報はなかなか入ってこない。
わたしが今知っている貴族の情報が、ドルガーやアーノルドやディール、その他わたしの店へやってくる人々が世間話がてら話す程度のことばかりだ。
わたしは魔術師じゃないので、ゼーレの魔力の源について研究したいとは思わない。ただただ純粋に、彼の魔力はどこから授けられたものだろうかと、そればかりが気になった。
人間が人間以上の魔力を手に入れるには、幻想生物の加護が必要だ。そしてゼーレのそれは、わたしと同じ聖獣から与えられたものだ。
ゼーレの魔力は強くてもだいぶ人間本来が持つ魔力に馴染んでいるから、考えられるのは彼の祖先が大きな加護を与えられて、それを受け継いでいる、といったところだろうか。その場合だとゼーレの家族についても気になるところだ。血で受け継がれているのなら、きっと家族にもなんらかの影響が見られるはず。
一つ確実なのは、彼に与えられている加護は、少なくとも不死鳥のものではないということだけだ。なぜなら記憶がない。わたしにも先代の不死鳥たちにも。
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